第16話 凶撫の能力
周布へと続く野原を歩いていく。
「せ、雪凪ちゃんは、好きな食べ物はなに?」
「特にございませんが……温かい物が好きです」
「そうなんだ。じゃあ、僕の家の肉まんいっぱい食べにおいでよ。安くしておくからさ」
「ありがとうございます」
ヤスは熱心に雪凪にアプローチしている。青春だな。
「凶撫、周布を守っている妖刀衆はどんな奴なんだ?」
「妖刀衆『叢一刀斎』。あの人は一言で言うなら『万能』だね」
「お前に万能と言わせるか」
「ああ。炎を操る妖刀『灼華』でなんでもこなすよ。火炎を刀に纏って近接もするし、火炎を飛ばして射撃もできる。炎の壁で守りもこなすし、火炎の翼で空も飛ぶ。熱で傷を塞ぐこともできる。防衛に置くなら最適だ」
凶撫の表情を見るに、安心して背中を任せていい人みたいだな。
「剣術は?」
「60を超えているから肉体の衰えはあるけど、老練な剣術を使う。妖刀衆の最強は氷雨だろうけど、最優は叢さんだ。最弱はもちろん、凛音ちゃんだね」
いちいち言わなくてもいいことを……。
「吉数君」
「どうしたヤス」
ヤスは小さな声で、
「雪凪ちゃん、顔には出さないけど小さく息を切らしてる。そろそろ休憩を入れた方が良いよ」
やはりヤスを連れてきて良かった。こういう小さな気配りができる。
「そうか。わかった」
すでに登龍関を越えて暫く歩いた。少しペースを落としても問題ないだろう。
「あそこの木陰で休憩しよう」
三度目の休憩。
ヤスは持ってきた竹の水筒を雪凪に渡す。俺と凶撫は木に背を預けつつ周囲を警戒。
「凶撫、そろそろ聞いておきたい」
「なんでも聞きたまえ」
「お前の戦闘能力について話してくれ」
「あれぇ? 凛音ちゃんから聞いてないんだ」
「ああ」
「僕の力は単純だよ。『風船に命を与える』。それだけさ。それが僕の得意魔術」
風船に命を?
「どこが単純だ。意味わからないぞ」
「では凶撫劇場、開演~!」
凶撫は懐から風船の元となるゴム袋を出す。
「まずこれに風魔術で空気を入れまーす」
ノーモーションで膨らむ風船。
「そしてこれを捻じって捻じって、犬にしまーす」
バルーンアートだな。凶撫は凄まじい速度で風船の犬を作る。
「そして指を鳴らしまーす。ワン、トゥー、スリー」
凶撫が指を鳴らすと、犬のバルーンアートはひとりでに動き出した。
「「おぉ~!」」
とバルーンアートの出来含め凶撫に拍手を送るヤスと雪凪。
……凄い力だが、しかし……、
「あ、いま君、大して強くないなぁ~って思ったでしょ」
「正直そうだ」
風船が動いた所で何ができるというんだ。
「舐めない方がいいよ。僕が生命を与えた風船は、その形の生物・物体の特性を持つようになる。たとえばいま作った犬の風船は優れた嗅覚で索敵する。ほら、なにか見つけたようだよ」
犬の風船は30メートル程先にある岩の影に走っていく。すると、
「な、なんだこのブヨブヨした生き物は!?」
男の声が岩陰から聞こえた。
「ば、馬鹿! 大声出すな!」
俺は立ち上がり、岩陰に近づく。
「出てこい!」
俺が声を張って言うと、岩陰から亜羅水の鎧を来た男三人が現れた。
雑に髭が生え、見るからに肌が汚い。鎧もボロボロだ。
「……亜羅水の残党兵か」
前回の登龍関防衛線で亜羅水の侵攻軍は壊滅したが、それでも一人残らず始末したわけじゃない。周布の方へ逃げた者も居れば不知火軍の追跡から逃れるため、この辺りに身を隠した兵もそれなりの数は居るだろう。
「だろうね」
凶撫が俺の横に並ぶ。
「下がってろ。危険だぞ」
「舐めるなと言ったはずだよ。アレは僕が始末しよう」
亜羅水の兵士たちは抜刀する。
「不知火め……もう滅亡寸前の癖に、悪あがきしやがって!」
「はっはっは!! 男は皆殺し! 女はぶっ犯してやらぁ!!!」
品の無い連中だ。
「処女にこだわりはないけど、君らのような可能性を感じないオスにはやれないねぇ」
凶撫の服の隙間から、ゴム袋が四枚ほど飛び出る。風魔術で出したのだろう。
ゴム袋は空中で膨らみ、凶撫は縦長の風船を手に取り剣の形にする。
「そんな玩具出して、ふざけてんのかぁ!!」
一人が斬りかかってくる。凶撫は手に持った風船の剣で相手の刀を斬り裂いた。
「なっ!?」
「僕は大まじめだよ」
凶撫は風船の剣で兵士の胸を貫き、その死体を蹴り飛ばす。
そうか……剣の形をした風船だから、剣の如き切れ味を持っているわけか。いや、普通の刀より遥かに切れ味は上。凶撫の能力値によって特性に補正が掛かっているのかな。
「っ!?」
背後で雪凪の悲鳴が漏れた。
「な……なんだこの女……!」
凶撫は更に蛇の形をした風船を二個作る。蛇風船は地を這い、相手の一人に巻き付き体を拘束する。
さらに最初に出した犬風船がもう一方の兵士の頭に飛び乗った。
「実はね吉数君、僕が生命を与えた風船はもう一つだけ面白い特性を持つんだよ」
凶撫は手に持った剣の風船の空気を抜き、歪な笑みを浮かべる。
「もう一度指を鳴らすと、なんと僕の作ったバルーンアートは爆弾と化し、炸裂する」
凶撫が指を鳴らす。同時に、蛇風船と犬風船が爆発。
爆発の規模は車を吹き飛ばせる程で、兵士二人は跡形も無く消し飛んだ。
「――終演」