第13話 新たな戦の気配
凶撫の勧誘に成功した後、場は解散となった。
天草はまだ凶撫に話があるらしく、凶撫の家に残った。俺は来た道を戻って帰宅。
雪凪の作った山菜の天ぷらを食べながら、雪凪に今日起きたことを話した。
「枢木凶撫様の噂は何度か聞いたことがございますが、噂にたがわぬ変人みたいですね」
「ああ。だけど頼りにはなる。凶撫の加入で不知火軍は劇的に変わるだろう」
「……また女性、ですか」
雪凪の箸が止まる。
「? なにか問題が?」
「いえ。噂ですと、枢木様はかなりの美人だとか」
「あ、ああ。少々癖はあるが、美人の類だな」
「天草様も見目麗しいと聞きます」
「ああ。そうだな」
なんだ? なんか声色が低いな。
「なにか言いたいことがあるのなら聞くぞ」
「いえ。別に」
雪凪はわざと音を立てて味噌汁を飲む。
……なんだろう。なにか機嫌を損ねるようなことを言っただろうか。
それから何を聞いても雪凪は『いえ。別に』としか言わなくなった。
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翌日。
特にすることもなく里を歩いていると、道中の掲示板に興味深いことが書いてあった。
『周布にて志願兵募集。不知火のため、命かけられる者集まれり』
そろそろ周布の防衛戦が始まるか。あそこを落とされるとキツイな。三都奪還が遠のく。
周布の防衛は天草軍の仕事ではない。他の二つの軍のどっちかだ。俺の所属は天草軍……さすがにこれに参加するのはまずいか?
しかし、久々に抜刀術を戦場で振るいたいな。うずうずが止まらん。猛者を斬りたい。
「やぁ! こんなとこで何をしているんだい? 吉数くん♪」
白衣の少女、枢木凶撫が声を掛けてきた。
「お前こそ何をしているんだ」
「散歩」
「作戦会議はもういいのか?」
「亜羅水に対抗するための策は凛音ちゃんに伝えたからね~、後は不知火の努力次第♪ 楽しみにしてて」
実際楽しみだな。この劣勢を覆すために、コイツが何をするのか……。
「それで? 何を見てたのさ」
凶撫は掲示板を見る。
「ほほう。志願兵の募集ねぇ~。面白そうじゃないか」
「ああ。だが俺は天草軍の所属だ。行くわけにはいかないな」
「いいんじゃない別に」
「良くないだろ。もし里を留守にしている間に天草軍の招集があったらどうするんだ」
「じゃあ僕が無理やり連れて行ったことにすればいい」
「お前も来るのか?」
「もちろん♪ ぜひ戦場で君の抜刀術を見せてくれ」
「じゃ、行くか」
色々理屈をこねていたけど、俺の心は掲示板を見た時すでに決まっていたのかもしれない。
戦場――あの突き刺さるような熱気を、俺の心は常に求めている。
「っと、その前に、雪凪に言っておかないとな」
「せつな……? どなた様?」
「俺の世話係だ」
「ふーん。待つのもあれだし、ついてくよ」
「構わないが、俺の言うことを聞けよ」
「はーい」
凶撫に『屋敷の人間に見つかるな』と言いつけ、屋敷の裏口に回る。
凶撫はそこでなぜか、香水のようなモノを自分に振りかけ始めた。
「なにをしている?」
「気配を消しているんだよ」
「!?」
凶撫から発せられる匂い、音が極限まで小さくなり、更に凶撫の姿にモヤがかかる。
「『滅気香』。僕が造った気配消しの道具だよ。君にもかけてあげる」
コイツ、本当に凄いな。このスプレーがあれば偵察とか滅茶苦茶やりやすくなるんじゃないか?
「お前が味方になってくれて良かったよ」
「褒めても何も出ないよ」
気配消しのスプレーのおかげで容易く小屋までいけた。
小屋に入る。雑巾で部屋の隅々まで掃除している雪凪を発見。背中から声を掛ける。
「雪凪」
「ひゃあ!!?」
雪凪は珍しく声を張り上げた。
「き、吉数様!? な、なぜでしょう。お姿が薄く……?」
「コイツの発明品の力だ」
「どうも~」
「あなたは……?」
「昨日話した枢木凶撫だよ」
「この方が!?」
枢木が「よろしく~」と軽く手を振ると、なぜか雪凪は枢木の手の平を凝視した。
「枢木様、右手の平……怪我なさってますね」
「ああ、これかい? これは今朝凛音ちゃんと殺し合いした時に付いた傷だよ~」
朝っぱらからなにしてるんだ。
「いやぁ! 危なかったよ! もう少しで天草の屋敷を全焼させるところだった! あっはっは!」
笑いごとじゃない。
「なんで傷を放置してるんだ?」
「掠り傷だし、面倒だったからつい」
「私が治します」
雪凪は凶撫の右手の平に手を添える。
「へぇ、どう治すんだい?」
興味津々。という凶撫の顔。
雪凪は手から光を出し、凶撫の傷を癒す。
「これは……!?」
なぜか、凶撫は血相変えて雪凪の手を掴んだ。