第11話 枢木凶撫
枢木凶撫は一人、机に向かっていた。
書類の山、培養器の列、機械の群れ。
その中で、ただ魔術研究に没頭する。孤独感など皆無で、凶撫は現状を楽しんでいた。
『頼もう!!! 私は天草凛音!!!! 枢木凶撫、貴殿を王邸魔術師として我が軍に招きたい! すでに華姫様の許可は取ってある! 門を開けよ!!!!!』
凶撫手製の防音の壁すら貫通し、凛音の声が耳に届く。
「うるさいなぁ。また来たの凛音ちゃん? まったく僕のこと大好きなんだから。かわいいなぁ。応対する気はないケド」
凶撫は凛音の言葉を無視し、研究を続ける。
「妖刀はもう解析済みだしね~。灯桜の恩恵さえ受けられれば、外に出る必要はない。あーあ、でもさすがにこの国も飽きてきたね。どこかに良い観測対象でも無いかね~? そろそろ不知火も潮時かなぁ~?」
凶撫は異様な気配を感じ、一度手を止めた。
「なんだ? この感じ……」
『枢木凶撫殿! あと十秒待つ! 返事が無い場合は、この結界を斬る!!!』
凶撫の知らない、男の声。
凶撫はモニターを操作し、扉近くの映像を出す。
「誰だコイツ。この結界は私が半年かけて作った最高傑作だぞ。灯桜の鎖国結界をモデルにした最強の盾……それを」
凶撫は男の持つ刀をアップし、解析する。
モニターは刀を指し示し、『common(普通)』と表示する。
「こんな魔術的要素0の刀で破る気か? 真素万来を起こしても無理だ。さてさて、一体どうアプローチする気かな。お手並み拝見――」
バチ。と結界が割れる音がする。
「なに!?」
いつの間にか刀は抜かれていて、
いつの間にか結界は斬られていた。
「は……? あへぇ!? ――うわぁ!!?」
凶撫は思わず、椅子から転げ落ちた。
あらゆるカメラ、メーターが、『unknown(不明)』と表示している。
それは凶撫が初めて出会う『意味不明』だった。
「なんだ……今の。ど、どういう理屈だ? ただの速い抜刀術じゃない。一体なにがどうなって!?」
◆
結界を斬り裂く。
すると後ろに立っていた天草が、
「斬った……だと。我々の誰も破れなかった結界を……!」
結界は切れ目から割れ広がる。落ちたグラスのように。
俺は扉を開ける。結界が張ってあったからか、鍵は掛かっていなかった。
「失礼する」
薬品の匂い。
培養器や機械が部屋にある。モニターもあるぞ。ここだけ技術が何百年も先をいっている。
「やぁ」
挨拶してきたのは白髪の少女。真っ黒な瞳で、目の下にはクマがあり垂れ目がち。微笑んでいるが、どこかこちらを見透かすような目線で嫌なオーラを感じる。
白Yシャツの上に白衣を着ていて、下はスカートに黒のニーソックス……恰好も不知火の世界観に全然合ってない。
異質。という言葉が似合う少女だ。歳は多分、天草と同じぐらい。
コイツが枢木凶撫……海の外から来た不知火最高の魔術師、か。
「凶撫! 貴様……」
「黙っていろ天草凛音。今は君に用はない」
凶撫は俺に近づき、白衣のポケットから取り出したメスで目を突き刺しに来た。俺は抜刀術でメスを斬る。
「……速い。じゃないな。『斬った』、という現象はあるが、『斬る』という過程が世界から消失している? 否、現象が確かに存在するのならば、過程が無いはずがない。過程はあるのにそれを『観測できない』?……つまり……いや……」
凶撫は全身を震えさせる。そして、
「おっっっっっもしろいなぁ!!! きみぃ!!!」
凶撫の瞳にキラキラと星が浮かぶ。
「名前は?」
「空蔵吉数だ」
「吉数君か! いいねぇ、君すごくいいよぉ!! この僕が、君の抜刀術に対して一切の分析ができなかった! 『まったくわからない』なんて経験初めてだ! もっと、もっと見せてくれぇ!! 君の抜刀術をぉ!!!!」
迫ってくる凶撫。鼻からは血が垂れている。
「落ち着け。鼻血が出ているぞ」
「おっと、失敬失敬」
凶撫はティッシュを鼻に詰める……というか、箱ティッシュが普通にある。不知火の里では尻を拭くのに和紙を使っていたというのに。
「凶撫! 私の話を聞け!」
「やーだね」
コイツ、天草には一切興味無さそうだな。
「頼む。話を聞いてほしい」
「吉数君の頼みなら断れないね」
天草は怒りのあまり抜刀しそうになるが、なんとかギリギリで踏みとどまる。
どうやら俺は枢木凶撫に気に入られたらしい。少なくとも天草よりはな。
「情報の物々交換といこうじゃないか。君は僕にその抜刀術について教える。僕は君に欲しい情報をなんでもあげる。魔術の知識から下着の色までなんでも教えるよ~」
天草の方を見る。天草は頷く。『ひとまずそれでいい』ということなんだろう。天草にとって、恐らく凶撫と接触できただけで大金星なんだろうな。
「わかった。それでいい」
「おっけー。実りある話をしよう」