第1話 戦国異世界
――俺はただ、『抜刀』を極めた。
22歳からブラック企業でシステムエンジニアとして働き、趣味は持たず、金は使わず、無能な上司や部下に挟まれながら働き続けて、40歳で退職。退職理由は『老後を過ごすのに十分な金が貯まったから』。
退職後は実家の寺に帰り、余生はそこで過ごすことにした。
父の寺の仕事を手伝い、暇があれば寺にある日本刀を振るった。
特に目的はない。実家の寺に誰も使っていない道場があって、さらに大量に巻藁があって、道場になぜか刀があったから、暇つぶしに始めた。ただひたすらに、巻藁を抜刀の一振りで両断する。これが思いのほか楽しかった。日夜問わず、暇さえあれば抜刀術を磨き続けた。巻藁の切断面が、段々と鮮やかになっていくことが堪らなく嬉しかった。
人生は短い。と誰もが言うが、俺は逆だった。40歳までで大体やりたいことはやり尽くした。だからその先を、この目の前の快感に費やすことになんの躊躇いも無かった。
43歳の時、巻藁を作ることが面倒になり、巻藁を斬るのはその日の最後のみにし、それ以外は素振りに費やすことにした。
50歳、剣速が次第に上がっていき、一日で一万回素振りができるようになる。
55歳、抜刀術で岩を斬れるようになる。
やがて、抜刀術に大きな変化が起きる。
斬撃が音を置き去りにするようになり、更に斬撃の軌跡が見えなくなった。
更に極めていくと、今度は抜刀の音すら聞こえなくなった。
抜刀の構えを取り、『抜刀する』と意思決定した瞬間に斬撃は終わっていた。刀を振り抜くコマと振り終えたコマを繋げたような感じだ。斬撃は『観測不可能』だった。久しぶりに都会に出て、ハイスピードカメラを買って撮影したが、そのカメラですら斬撃は観測できなかった。1秒間に数千コマの撮影が可能とのことだが、抜刀の瞬間は見えなかった。
それでもまだ、会心の手応えとは言えなかった。まだ先がある気がして、俺は抜刀術の修練を続けた。
70歳の時、95歳の父が他界。寺は廃業し、山奥に小さな土地を買ってより抜刀術に費やす日々を送る。
90歳――遂に、会心の手ごたえを得る。
完成した、という実感が確かにあった。瞬間、胸の内をとてつもない幸福感が埋め尽くした。
同時に、虚無感が背筋を襲う。
抜刀術を極めるため、人生を費やしたことに後悔はない。心残りは、これだけの剣技を人間相手に試すことができなかったこと。
日本という国で、刀を用いた死合いなど不可能。
海外……戦地にでも行って、刀を振り回すか? 不可能だ。もうこの老体では戦地に着く前に体力が尽きる。
どうしたものか……。
『――――――己が強さを知りたいか』
頭の中に、若い、女性の声が響いた。
誰の声だ? なぜ頭に声が響く? ……よく状況は読めないが、とりあえず質問の答えは決まっている。俺は心の内で「ああ」と答える。
『では、戦乱の世に迎え入れてやろう』
え? いいのか? 願っても無い、ありがたいお誘いだ。
ていうか、あなたは誰?
『我は……えっと……神様……的なやつだ』
まさか、実家の寺で祀ってた神様……なのか。
『そう、そうだ。きっとそれだ』
きっと?
『とにかく、貴様の願いは叶えてやろう。今まさに死の運命にある若者の体をくれてやる』
死の運命にある? どういうことだ?
『行けばわかる。では、待っているぞ……』
声が聞こえなくなる。
なんだったんだ……一体、
「うぐっ!?」
急に、心臓に激痛が走る。
「が、は――!?」
心臓が締めあげられる感覚。耐え切れず、家の床に倒れ込む。
もちろん、誰かが助けに来ることは無い。この家に、この山奥に、俺はたった一人だ。
「――――」
これで、俺の人生……終わり、か。なんて、呆気ない――――
---
「っ!!?」
光が目に入る。
足下、甲冑を着た死体多数。空には炎や雷が行き交っている。
断末魔の声。雄たけび。角笛の音。爆撃音。凄まじい喧騒が耳に飛び込む。
軽く辺りを見渡すと……人と人とが、刃を交えて殺し合っていた。
「ここは――!?」
戦場!?
俺は自分の格好を確認する。
俺も甲冑を着ているが兜は無く、致命傷は無いが至る所に切り傷がある。
顔を触る。しわが無い。ふと目に入った前髪は黒い。俺の生前は白髪だった。べ、別人の体だ。
目線の高さ的に生前と変わらない170cm程の身長か。甲冑を着ているのに体が軽い。若く、強い肉体だ。
そして腰には、刀がぶら下がっている。
「死にやがれ不知火のクソ共がああああああ!!!!」
正面から、馬に乗った騎兵が迫る。槍を構えた大男だ。真っ黒な鎧を着ている。
「は、はは……! マジかよ神様。さいっこうだな」
つい口調が若い頃に戻る。体が若いからかな?
死の運命……そうか。きっとこの若者は、あの騎兵にやられて死ぬ運命にあったのだろう。
ならばまずはこの運命、切り開いて見せようか。
初めての異世界転生ものです!
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