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第九話 俺は勇者の末裔なんだぜ




安心してくれるように出来るだけ笑顔を作って、罪悪感なんて感じなくて良いように言葉を尽くして。暗い表情を浮かべた彼の目線はわたしの左腕をまっすぐに見詰めていた。負傷していることに気が付いてしまったのでしょう。勝算がないのだと、察してしまったのでしょう







「いいや、逃げない」







狂人のように目を大きく見開き、彼はまるで、長年の夢が叶う瞬間のような笑みを浮かべ、抜き身の剣を幻視させる研ぎ澄まされた鋭い声で言葉を吐き出す。誰に言う訳でもなく、自分に言い聞かせるように







一心不乱にスケルトンに襲い掛かる姿は、まるで獣のようで。とても同じ人間とは思えない、化物染みた動きに目を奪われつつも、スケルトンの攻撃に注意しつつ、的確に急所を狙い、数を減らす為に剣を振るう







聖属性の魔力と闇属性の魔力は、互いが互いに強く影響し合う関係にある。つまり、相手から見て、わたしは天敵に見えている筈だ。動きも鈍重なものだし、攻撃を食らう心配はない






止まぬアンデットの増援に、一時はどうなることかと思ったけど、彼の予想以上の働きによって、スケルトンの数も大幅に減少している。この調子ならあと少しでスケルトンの軍勢を全滅させ、生き残る事が出来るかと、気を抜いた、その時だった


 





存在を認識しただけで、殺されてしまうのではないかと錯覚する程の濃密な殺気。異様なまでに濃い死の気配。周囲への警戒を強めていると、一体の骸骨騎士が何かに追われるようにして目の前に現れた







骸骨騎士なんてものはありふれたアンデットだ。問題はその、ありふれたアンデットが、異常であるという事







全身が漆黒に変化した、おぞましい程の死の瘴気を纏う骸骨騎士は、明らかに格上。骸骨騎士の口が歪む。カタカタと歯を打ち鳴らし、骸骨騎士は醜く嗤っている。彼は骸骨騎士の存在に気付けていない。そう確信した瞬間、彼を護ろうと、身体が勝手に動いていた







黒色の骸骨騎士の一撃は通常の個体のものよりも遥かに重く、わたしの左腕は完全に使い物にならないくらいにひしゃげてしまった。想像を絶する痛みと、アンデットの気にあてられ、意識がはっきりとしない。でも、意識を失う訳にはいかない。彼に情報と、あのアンテットに通用する、魔法をかけてあげないと







意識が朦朧とする中、彼に骸骨騎士についての情報を伝え、彼の持つ剣に聖属性の魔力を付与すると、彼はよりいっそう笑みを深くして、すぐさま黒色の骸骨騎士へと飛び掛かった。ここまで追い込まれてなお、彼の心は折れていないのだ






剣を支えに立ち上がると、黒色でない、見慣れた骸骨騎士が複数体、獲物を吟味するような此方を見つめている。おそらくあの黒色の骸骨騎士の配下なのだろう。なにやら指示を受けたのか、通常個体の骸骨騎士は私達を無視して村の方へと向かおうとしている







団員の大半は村の外に大量発生しているアンデットの制圧に向かっている筈だ。村の警備は必要最低限しかされていない。そんな状態で骸骨騎士の突然の襲撃に耐えられるかといえば、少し不安が残る。それに彼が頑張っているというのに、わたしがこれくらいで根を上げていては、王国を護る騎士団の副団長の名が廃る







痛みと疲労感で震える身体に鞭を打ち、わたしは骸骨騎士三体を相手取り、勝ち筋の見えない長期戦へと身を投じた。数合打ち合っただけで身体は悲鳴をあげ、思わず剣を手放してしまいたくなるが、ここで、こんな所で諦める訳にはいかない







骸骨騎士の剣撃を躱し、逸らし、有り余る聖属性の魔力を纏わせた剣を振るい、骸骨騎士を粉砕する。この場に居るのがわたし一人だけなら、自爆覚悟でもコントロールの効かない聖属性魔法を撃つ方がまだ勝率が高いが、この場には彼がいる







殺意を向けられているのは自分ではないと言うのに、息を止めてしまいたいくらいの殺気だ。それに彼は立ち向かっているのだと。そう、考えていた。勘違いをしていた







違う。違った。そうではないのだ。前提が間違っていた。骸骨騎士でなく彼だったのだ。この殺気は彼のもので、わたしは、味方である筈の彼を恐れている






目が、常軌を逸した、狂気を宿した彼の目が、どうしようもなく恐ろしくて。彼があの骸骨騎士によって宙に放られてしまった時。全力を以て地を駆け、手を伸ばせば届く距離だった。なのに、出来なかった。躊躇してしまった。彼を、恐ろしいと思ってしまった







伸ばしかけた手は空を切り、彼の身体はそのまま地面へと投げ出された。それこそアンデットのように不死身じみた精神力で何度も立ち上がってきた彼が、今度は起き上がる気配がない。それを見てわたしは、安心してしまって、自らの犯した過ちに気が付いて







なりふり構わず駆け寄り、治癒魔法による治療を試みたが、全身の筋肉はひしゃげ、臓器はどれもこれもが潰れている。大半の骨は今にも崩れそうなくらいで、からだのあちこちから血が止まること流れている







死体となんら変わらない。死んでいておかしくない。むしろ死んでいないとおかしいくらいの惨状だ。しかし、彼はまだ生きている






どれを取っても致命傷。わたしの治癒魔法は対象の再生能力を魔力により高め、傷の完治を行うものだ。どれだけ魔力を費やしても、わたしでは彼を救えない







彼を助けたいが、わたしでは彼を救えない。わたし以外でも無理だ。こんな辛うじて人型を保っているような状態の人間を治療するなんて無茶、誰にだって出来る訳がない






頭では理解している。でも、諦めたくない。諦める訳にはいかない。彼の身体が弾け飛ばないギリギリ、限界まで魔力を浸透させ、治癒魔法を行使し続ける






骸骨騎士に斬られたって構うものか。かれはあの変異した骸骨騎士をたった一人で打倒してみせたのだ。それに彼の言葉を信じるならば、彼は死なせてはならない人間だ







神経を研ぎ澄ませ、深く集中し、彼への治癒魔法を維持しながら、剣を構える。三体の骸骨騎士はボロボロになったわたしを嗤うように骨を揺らし、視線を落としたかと思うと、さらに醜い笑みを浮かべ加虐的な雰囲気を漂わせている






不味い。骸骨騎士らの狙いは既にわたしでは無くなってしまった。骸骨騎士の標的は、上位の存在である変異した骸骨騎士を下した彼へと、置き換わってしまった






三体の骸骨騎士の攻撃から、彼を完全に護りきる事は不可だ。なら、わたしの傷は無視したって良い。治癒魔法が効力を発揮し、彼の意識が戻れば、この状況も打開することだって出来る筈だ







骸骨騎士の剣から彼を護るように覆い被さり、治癒魔法を行使し続ける。グズグズに弾けた肉はどろけており、眼球はドス黒く変色している。肉体は依然として死体となんら変わり無い







英雄譚のような都合の|何もかもが上手く行く展開《ご都合主義》は訪れない。教典に描かれるような神の奇跡は起こらない。現実は常に無情だ。願ったて、勇者は現れない






「なに? わたしから逃げれるなんて思ってわけ? きみらは実に馬鹿だね」




 

 

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