第七話 勇者の末裔として
疲労の色が浮かんでいる。彼女の顔には疲労の色が浮かんでいる。ここは比較的消耗の少ない俺が一気に決めるべきだ。やけに重たい聖剣を構え【身体強化】により身体能力を向上させる
退治するスケルトンは何も語らない。スケルトンには知能と呼ばれる物が存在していないように思える。そこにあるのは本能だけ、奴らは理性を会得していないのだ
襲い掛かるスケルトンらを斬り飛ばし、狙いを定め魔石を砕きながら、骸骨騎士へと駆け迫る。近付けば近付く程に濃く感じる死の気配は、おそらく骸骨騎士から放たれているのだろう。怖い。恐ろしい。けど、逃げる訳には行かない
俺は勇者の末裔なんだ。思考を休めるな。回し続けろ、世話しなく駆け巡る群像劇を。妄想しろ。理想を。正しさを。魔王に比べたら、骸骨騎士なんて、大したことないじゃないか
辺りのスケルトンは大半がただの骸と化し、僅かに残るスケルトンは彼女が相手をしてくれている。一対一、周囲に警戒を払う必要はない。目の前の相手だけに集中しろ。骸骨騎士は俺へと明確な敵意を、殺意を向けている
「おいおい、骸骨騎士さんよ。お前なんかが俺に剣を向けるなんざ、身の程を弁えた方が良いんじゃねぇの? 俺はあの、勇者の末裔なんだぜ? 」
恐怖を押さえ付け、怯えた身体を締め上げ。震えた手で剣を強く握り締める。骸骨騎士の姿をよく観察してみると、身に付けている鎧には交戦によって裂かれたような傷が目立ち、盾に至っては大きなヒビが入っている。剣は一見すると無事に見えるが、僅かに歪みがみられる。上手くやれば武器を破壊する事だって出来るだろう
聖なる力を纏った剣を構え、骸骨騎士へと一撃を浴びせようとした瞬間、俺の目は俺と骸骨騎士の間に割り込む、もう一体の個体の存在を正確に捉えた。減速する事は出来ないが、やることに変わりはない。ずれてしまった重心を修正、割れかけの鎧に狙いを定め、大降りな一撃を浴びせ、転がるように距離を取る
「畜生が。群れを作るのは生前の性質故ですかァ? 糞が」
最初に現れた骸骨騎士に比べ、後から現れた骸骨騎士からは濃密な死の気配を感じないのだが、問題は数だ。合計して八体の骸骨騎士を相手に立ち回るなど、無謀、無謀なんて話ではない。無理だ。だが、その無理をしなくては、俺達が生きて、村へと帰る事は出来ない
俺の魔力も限界に近い。剣に込められた聖なる力はまだ残ってはいるが、俺の魔力が切れ、魔力強化が行えなくなってしまえば、この剣をまともに振るうことは出来なくなる。そうなれば一か八か、スケルトンの粗悪な武器の中から、軽そうな物を拾って戦わなければならない。今ですら最悪の状況だが、今以上に、際限なく悪化してしまう
後の事は考えるな。このままじゃジリ貧だ。【魔力強化】を再度発動し、強化の段階を限界まで引き上げる。身体は悲鳴を上げているのが分かるが、今はそれを意図的に無視する。無視をしたのだと、思い込む
痛みを強引に押さえ付け、沈める。独学の、我流の剣を振るう。妄想の世界で何度も何度も振るってきた、最強の剣術を。理想の軌道を描き、最適な位置へ剣を運び、最初に現れた骸骨騎士へ攻撃を繰り返す
強化された目が一瞬で取り入れた情報を確認してみると、後から現れた骸骨騎士の内、三体を彼女が押さえてくれているらしいが、残りの四体は村の方へと向かってしまったようだ。村には彼女の仲間の騎士が居る筈だし、村の防衛に就いている騎士の力量が、彼女と同程度か、少し下と見積もっても、充分対処可能なレベルだろう
しかし彼女の方は不味い。左腕に甚大なダメージを受け、身動きを取るのも難しいような状態で、右手だけで剣を構え、三体の骸骨騎士の相手を引き受けてくれている。一体いつまで持つか、間違いなく、長くは持たないだろう
予想外の増援には驚いたが、俺のする事はなんら変わらない。目の前の骸骨騎士を倒して、一刻も早く彼女の援護に向かう
魔力は既に枯渇しかけている。このままではギリギリ剣を持てる程度の魔力強化も、数分後には解けてしまう。状況は変化している。それも、悪い方向に。悲鳴を上げる肉体に鞭を打ち、骸骨騎士へと駆け迫る
がむしゃらに振るった、型もクソもない。自分でも餓鬼のお遊びのようだと笑ってしまうような剣撃に対して、骸骨騎士の動きは規則的な、誰かに教わったような、教科書通りの、言ってしまえば簡単に次の行動を予測しやすい動きだ
攻撃を避けるだけなら俺でもなんとか可能なのだが、攻撃に転じようと隙を伺っているが、なかなか攻撃を挟み込めるようなタイミングがない
このままでは魔力が枯渇してしまう。無理にでも攻撃に転じなければ。目を見開き、情報を取り入れる。解除していた[集中強化]を発動し直し、さらに深く相手の観察を続ける。しかし隙は見付からない
集中しろ。教科書通りの動きといえば、あの騎士だって同じような動きだったではないか。であれば、不意を突いた一撃が効果的である可能性が高いが、彼らに目は存在しない。砂による目眩ましは通用しないだろう
なら別の方法。そうだ。剣を弾いてみるのはどうだ。妄想の世界で何度もやったことのある小技だ。それなら出来る筈だ。隙を作れる筈だ
大振りに振るわれた骸骨騎士の一撃に合わせ、横に薙ぎ払うように剣をぶつける。骸骨騎士の一撃は想像以上に重く、骨を揺らすような振動に、思わず剣を握る手を離してしまいたくなるが、ここで剣を落としてしまえばおしまいだ
結果的には骸骨騎士の一撃を弾くことは出来ず、強引に剣の軌道を反らす形となったが、テンポをずらし、隙を生み出せた事に変わりはない
骸骨騎士の剣は横方向からの強引な圧力により破壊された。代償として俺の両腕も使い物にならなくなってしまったが、俺にはまだ、足がある。魔力による強化を両足に集中させ、筋肉の断裂する痛みを意識外へ追い出し、骸骨騎士へと斬りかかる
骸骨騎士はひびの入った盾を構えているが、そんなものは蹴り破ってしまえば問題はない。魔力強化を右脚へ集中させ、盾を構える骸骨騎士へと飛びかかる
俺の思惑通りに盾は砕け散ったが、どうやらこの骸骨騎士は格闘術の心得があるらしく、飛び蹴りの勢いのままに斬りかかろうとしていた所を、足首を捕まれ、勢いのままに投げ飛ばされてしまった
意識が朦朧としてきた。肉体は既に自身の支配下から外れてしまっている。このまま地面に衝突すれば、意識を保つことは難しいだろう。ましてや、もう一度骸骨騎士に接近することなど、不可能だ。であれば、この一撃に賭けるしかない
既に枯渇している魔力を右腕と目に集中させ、狙いを定める。剣に込められた聖なる力は、未だ健在、何処に命中したとしても大きなダメージになる事は間違いないだろうが、それだけでは駄目だ
殺す、この一撃で殺さなければ。俺たちが殺される。死にたくない。まだ死ねない。死ぬわけにはいかない。だから、お前が死ね
呪詛のような思いと共に放たれた剣を、骸骨騎士手で受け止めようとしたのだろうが、その剣は王国の騎士が使っているだけあって、かなりの強度と、鋭さを誇っている。それに加えて、彼女の力により聖なる力が付与されたあの剣は、いわば疑似的な聖剣のようなものだ
そんな、聖なる剣に、邪悪なアンデットが触れればどうなるか。想像は容易である。聖なる剣は受け止めようとした骸骨騎士の腕を容易に貫通し、そのまま鎧をも打ち砕き、骸骨騎士の魔石を切り裂いた
魔石の破壊を確認した直後、集中強化、魔力強化などのスキル、魔法を全て解いたが、身体中に染み付いた痛みは一向に収まらない。もはや彼女が無事なのかどうかを確認する余裕すらない
再度魔力強化を使用し、目を強化しようとしても、魔力が体内に全く存在していないのか、視界は赤く潰れたままだ。五感が消え失せてゆく。痛みすらも曖昧で、声を出すことすらままならない。なにやら声が聞こえるような気もするが、それを受け止める耳は機能に不調を抱えている
俺は、死ぬのか。いやだ、なんで、俺が死ななくちゃならない。死にたくなんかない。待て、落ち着け。俺は勇者の末裔なんだ。死ぬわけがないじゃないか。だって勇者は正しい。正義の見方である筈だ。その末裔も、同じだろう。死なない筈なんだ
なのにどうして、こんなにも死が恐ろしい