第五話 所詮この程度
「おいおいおい、さっきまでの威勢は何処に行っちまったんだ? ぁあ!? 」
ヤバいヤバいヤバい。なんだ。なんなんだこの化物は。重ね重ね確認するが、騎士の野郎は重い鎧を身に付けており、振るう剣もかなりの重量の筈。それなのに、なんなんだこれは
藁でも振るうかの如く軽々しく、そして何らかの流派の剣術として振るわれるそれは、俺の知る剣術がただのお遊びに思えてしまうくらいに別格であった。一度剣が振るわれれば大気が揺れ、衝撃は大地を振動させている
尋常ではない速度から放たれる重剣の一撃は、まともに当たればその部位は使い物にならなくなるだろうレベルだ。掠っただけでも致命傷。最悪は言うまでもない
「 [集中強化] はは、イカれてるなぁ。でも、俺も負けてらねぇ」
武器も無い状態で、己を強いたげる大敵相手に、彼女は立ち上がった。立ち上がり、立ち向かっているのだ。なのに俺が折れてどうする
保有する数少ないスキルの一つを使用し、一時的に集中力を極限まで引き上げる。この状態を長時間維持する事は不可能なので、ここで一気に決めてしまいたい
しかし、俺の目は瞬時に、正確な情報を捉える事が出来ていない。目がここまでの速度で動く物質に慣れていないのだ。なので、見えるようにする。魔道具店の婆さんに教わった、唯一の魔法。俺の切り札を、ここで切る
「【魔力強化】」
魔力を用いて自己を強化する魔法は極めて一般的な物だが、この魔法はそれらの汎用的な魔法とは一味違う。一般的な魔法は、決められた魔力量を消費し、定められた効果を得ると言った物だ。しかし、この【魔力強化】は、込める魔力の量が設定されていない。上限下限共に存在しないのだ
詳しくは知らないが、熟練の魔法使いが魔法に改変を加えて行うような高等技術と同じような事らしい。込めた魔力の量が少なければ魔法の効力は弱くなるし、多ければ多い程魔法はより強力になる。加えて魔力による強化の範囲であれば、ある程度の改変まで可能。長い月日をかけて磨き上げた技。魔力を込め、強化するのは目だ
「【観察】」
さらにスキルを重ねる。相手の動きを観測し、その行動の意味を理解。収集した情報を元に、次回の行動を予測する。魔力により強化された目は、騎士の体内を巡る魔力の動きから、目線、意識の向けられた方向。筋肉の動き。ありとあらゆる情報を必要以上に脳に放り込み続けている
頭が割れてしまったのかと錯覚してしまうくらいに痛い。はは、魔法とスキルの併用を試みたのは今回が初めてだったが、まさかここまで負担が大きいとは。内側から鈍器で殴られるような鋭い痛みに耐えつつも、目を見開き、情報を収集する事は決してやめない
騎士の動きには規則性が存在している。教えられたままの型通り、教科書通りの戦闘術には、先程俺が行ったような砂や、石を用いて行った撹乱など、相手の予想を外れるような、相手のペースを崩す戦い方が効果的。騎士の攻撃を転がるようにして避けつつ、砂を両手に掴み、騎士目掛けて投げつける
「目眩ましのつもりか? [ウィンド] 」
しかし同じ手はそう何度も通用しない。魔法により生成された物だと推測される突風により、砂埃は吹き飛ばされてしまった。この状況を打開できるような画期的なアイデアなんてものは残されていない。詰みだ。俺の、俺達の負け
「残念だったなぁ! 俺達に逆らうからこう…ぅあ? 」
突如首から生えたボロボロの直剣。遅れて腕、足、胴体と鎧の隙間を狙った。否、鎧をすり抜けた攻撃が、騎士の命を急速に削り取ってゆく。唖然とした表情で地面に倒れた騎士の落とした剣を奪い取り、悲鳴を上げる身体に鞭を打ちながら彼女の元へと急ぐ
「なぁ騎士さま、アレの正体に心当たりとかってあったりする? 」
「スケルトン…屍術により産み出された、亡骸の王の手駒でしょう。万全の状態であれば、後れを取る事などないのですが…」
そう言いながら彼女は自らの左腕をさする。歪に捻れた様子から、左腕は使い物にならないだろう事は容易に想像できた
となれば現状、主戦力となるのは俺だけか。彼女が相手をしていたもう一人の騎士は、スケルトンの集団を見るや否や村の方へ逃げ去ってしまったし
数は三十程度、スケルトン達は貧相ながらもそれぞれ多種多様な武器を所持している。どうする、どうすれば良い。逃げるか、戦うか
握る騎士剣は俺の愛用する物よりもかなり重量がある。振るうには少しコツが要るが、扱えないわけじゃない。村まで逃げるにしても、このままスケルトンも一緒に連れ帰る訳にはいかないし、何処かで撒いてくる必要がある。たった二人でこの数を相手するなんて無茶だ。やはり逃走一択。となれば彼女にもその旨を…
「…貴方は村まで走って、助けを呼んできてください。彼がちゃんと助けを呼んできてくれるか、わからないですし」
「…騎士さまはどうすんだよ」
俯き、騎士の置き忘れていった騎士剣を拾い上げ、彼女は人を安心させる笑みを浮かべながら、目の前のスケルトンらなんて、自身の敵ではないのだと言うように余裕を装った
「わたしは騎士です。父も、叔父も先代からずーっと。代々民の安寧を願い、平和の為に戦ってきました。だから今度は、わたしの番なんです」
「なんだよ、それ。んなこと言ったって…このままじゃ」
「わたし、出来損ないなんです。なのに家柄で優遇されて、副団長なんて身の丈に合わない役割を貰っちゃって。部下の指導もぜんぜんダメで。だから、いいんです。わたしなんて。わたしの命の使い処は、ここなんです。」
ああ、駄目だ。駄目だぜ騎士さま。そんなんじゃ俺を騙せない。ヘタクソな演技、ド三流のお芝居だ。怯えているのだろう、手は酷く震えている。死ぬのが怖いんだろう。否定するなら、その泣き顔はなんだってんだよ
長話をし過ぎた。スケルトンは既に目と鼻の先。逃げるにしたって…ああいや、もうそんなのどうでも良い
「はやく逃げてください。貴方を逃がせるかどうか、実は結構ギリギリなんです。だから…」
「いいや、逃げない」
逃げて堪るものか。彼女を残して、俺だけ逃げる? 冗談も休み休み言え。俺を誰だと思ってやがる。簡単な話じゃないか
こんなスカスカの骨野郎、さっさと倒して、村に帰る。村のガキだって出来る。ツーステップの簡単なお仕事。それで、ハッピーエンドだ