第三十話 妖精使い
『ズルいね。その言い方。しょーがないなぁ、全く。ハイハイ助けてあげますよ。感謝してよね』
根底に何か異物が沈み混む感覚がある。以前は拒否してしまったそれを、今回は受け入れ、招き入れる。すると直後、膨大な魔力の奔流が枯れ果てた全身を余すことなく包み込んだ
死霊魔鎧の魔法は未だ放たれ続けている。剣に刻まれた回復魔法を膨大な魔力を湯水のように使って発動し、全身の傷を強引に治療。穴は塞がり、傷口は消えたがそれは表面上の話。まともに修復は出来ていない筈だ。でもそれで良い。それで充分だ
「好き勝手してくれたじゃねぇか。お陰で全身ボロボロだよ畜生」
全身を対象とした【魔力強化】。[集中強化]により思考力を向上させ、[動体視力強化]で視覚情報を最大化。迫りくる七本の闇の槍めがけ【|無属性魔術[ショット]】を放ち、狙いを反らし、間合いを詰める
しかしただで接近を許す死霊魔鎧ではない。死霊魔鎧が魔力の漏れ出す左腕を振るうと、俺の接近を阻むように死霊魔鎧との間に闇の炎の壁が形成された。しかしこんなものは飛び越えてしまえばいい
無属性魔術により魔力の足場を形成し、炎を飛び越えそのまま死霊魔鎧へ一撃を与え、殺してしまえばそれで終わりだ
なんて考えは甘かった。闇の炎は勢いを増し、揺らめく闇の炎の一部は形を変え、闇の槍となって俺を貫かんと撃ち放たれた。背後から迫る闇の槍の対応をしては、死霊魔鎧に背を向ける事になってしまう
それはあまりにも致命的な隙だ。大丈夫、幸い魔力は湯水のように有り余っている。全くもって問題はない。傷は後で回復すればいい。だから今は、死霊魔鎧を殺す事だけを考えろ
『いいわけあるか! 【妖精の悪戯】』
脳に住まう隣人は現実にも干渉できるらしく、背後に迫っていた闇の槍をなんらかのスキルか魔法で一つ残らず除去してくれた。妖精さまさまだ。これで万全の状態で最高の一撃を叩き込める
剣に魔力で干渉し鋭利のスキルを魔力でブースト。魔力強化を剣にも付与し、既に発動中の全身への魔力強化の出力をさらに向上させる
「ははは、お前の為だ。喜べ、喜んで死ね。早く死ね。死ね死ね死ね死ね死にやがれ! 」
等加速度で落下し様に頭部から脳天を突き刺し。無属性魔術で急増の剣を右手に形成し、何度も何度も突き刺す。十や二十じゃまだ足りない。何度も何度も繰り返し
死霊魔鎧も抵抗しようと魔力を練っているようだが、魔法の発動はその都度妖精が阻害している為、物理的な行動でしか俺から逃れる術はない。しかしそれを許すつもりなんてさらさらない
「そうだ。お前は死ぬんだ。ここで、俺の手で。死ぬんだよ。怖いか? 怖いよな。でもまだ足りないだろ。散々刺して、焼いてくれたんだ。こんなんじゃ全然足りねぇよ」
刺して、殴って、蹴って、斬って、動かなくなるまで何度も何度も繰り返し蹴り飛ばす。衝動のままに破壊を行ういわば獣のような怪物。そんな風に、死霊魔鎧には見えている筈だ
実際は違う。それらは全て、妖精が見せた幻惑、まやかしだ。別に放っておけばそのうち死ぬような相手にどうしてわざわざ危険をおかしてまでトドメを刺してやらねばならんのだ
そんな自己満足の為だけの行動をしている暇はない。妖精に頼み、一撃を浴びせた直後に生じた意識の空白を突き、死霊魔鎧に俺が襲い掛かる幻術を見せた
奴の放つ魔法を片っ端から無効化して貰っているせいか、折角借りれた妖精の膨大な魔力がもう半分を切っている。が、仕方ない。戦わずして勝てるのならこれが最善手だ
「目を瞑ってろ。今どかしてやる」
【魔力強化】により最小限の身体能力を向上させ、念の為に戦闘服に刻まれた結界術を発動し、少女の姉を保護。瓦礫を持ち上げ、その辺へと投げ捨てる
「足は…いや、良い。剣を握ってくれ。治す」
少女の下半身は長時間の圧迫によって壊死寸前だったが、複雑な怪我ではない。それに著しい欠損等も見受けられないし、これくらいなら問題ない。この程度なら剣に刻まれた回復魔法で治療可能だが、念のために回復薬も併用しておこう
ここから一番近い避難所は学院だ。しかし死霊や屍の徘徊する中進むにはかなりの距離だ。この子には最低限逃げ回れるようになっておいて貰わなくては。剣を握らせ、その上に手を添えて魔力を流し込み、剣に刻まれた回復魔法を起動し、少女の負傷を回復する。これで残存魔力は二割を切った。それでも契約前と比べればまだまだ魔力には余裕がある
「ちょっ、しっかりして! 貴方、大丈夫なの? 私より自分の治療を優先しなさい」
あとは歩いて学院に帰るだけだ。そう思って安心してしまったのか、視界が揺らぎ、身体に上手く力が入らず、転んでしまいそうになったが、治療が完了した少女の姉が支えてくれたお陰でなんとか倒れずに済んだ
「いや、治してる。だから心配しなくて良い。疲れがたまってたみたいだ。もう、大丈夫。なんたって俺は勇者の末裔だからな」
俺の負傷の治療は既に行われている。しかしそれは、無理矢理傷を塞いだだけの応急処置に過ぎない。俺の負った傷は臓器をそのまま抉るものや、部位に著しい損傷をもたらすものなど、傷の程度が大きすぎた
剣に刻まれた汎用の回復魔法では、俺の負った傷を完璧に治療する事は不可能だ。喪失した臓器はそのままだし、流した血は戻っていない。削がれた肉だって同じこと。復元したのではなく、寄せ集め、ただ傷を埋めただけ、上手く隠しただけだ。騙しだまし動かしてきた肉体も、限界が近いらしい。現に今も回復魔法は使いっぱなしだ。これを解いてしまえば俺の命は緩やかに死を辿るだろう
残りの魔力は三割。回復魔法だけを使うなら一日くらい余裕で持つが、戦闘を挟むとなると怪しくなってくる。極力死霊や屍との戦闘は回避しつつ、すみやかに学院まで避難しなくては。あの少女も姉と離れ離れになって寂しがっている事だろう
「歩けるか? 避難所に向かおう」
「歩けるかって、私より貴方のが重傷じゃない。ほら、掴まって」
剣を杖代わりに先導しようとしたが、やはり足元がおぼつかない。魔力強化を行えば少しは違うのだろうが、アレはかなり魔力を食う
『おーい。あのアンデットは魔力を使い果たして死んだみたい。それより、早くここを離れた方が良いよ。辺りに放出された魔力がアンデットを引き寄せてる』
「そうか。なら急ごう」
「貴方、誰かと話してるみたいに独り言を言うのね。気でも違えてしまったの? 」
何を言っているのだろう。独り言? もしや彼女には妖精の声が聞こえないのだろうか? 妖精が自らの存在を秘匿する為に認識を阻害している? あり得る話だ。ならば上手く誤魔化さねば
「勇者なんて大概何処かしら狂ってるものさ。正気じゃ勇者でいられない。悲しいことにね」
「それ、格好いいと思ってるの? 」
残念なものを見るような目を向けられたが上手く誤魔化せたようでなによりだ。それよりも身体のダメージが思ったよりも大きいな。痛みは不思議と感じないが、やはり動きがぎこちない
『わたしが簡単な幻術で痛みを誤魔化してあげてるの。無茶ばっかりして、もっと感謝してよね』
妖精様々だ。本当に頭が上がらない。変に疑ってあの時すぐに契約しなかった自分をぶん殴りたいくらいだ。お陰で痛みに怯える必要はなくなった。後の問題は上手く動かない身体についてだが、移動の際は少女の姉に肩を借りるとして、戦闘になれば魔力強化によって無理矢理にでも動かせば良いだろう
しかし戦闘出来るのは最大でも五回程度が限界だろう。それも黒蝕の骸骨騎士や死霊魔鎧クラスを相手にするのは無理だ。スケルトンやゴーストなんかの一般的な屍や死霊の場合ならまだしも、それにしたって数が多ければ逃げに徹するしかなくなる
最悪幻術を見せて逃げてしまえば良いが、現実から乖離したものを見せるとなると魔力の消費が激しくなる為、一度遭遇するだけで生還は絶望的になる。結局、生きるか死ぬかは天運に任せるしかないのだ
『ボクの力を過信しすぎないでよ。幻術だって相手が弱ってたから通用しただけだし、高い知性を持つ相手には効きにくい。これ以上ボクは役に立たないと思って』
残存魔力量と距離の兼ね合いから消耗の激しい【妖精の悪戯】は使えない。だが、魔力を使わせて貰えるだけでもかなり助かる
バックパックの中の簡易的な治療キットを用いて身体の補強を行ったが、焼け石に水だろう。こんなのは気休め程度にしかならない。でもやらないよりはましだ
バックパックの中身は使いかけの簡易回復キットと、最後の魔力回復の丸薬だけ。回復は剣に刻まれた魔法頼りだ