第三話 王国騎士と死霊術師
目が醒める。妄想の中で妖精の言っていた通り、頭痛と吐き気は収まっていたが、これで妄想の中に入り込んだ妖精が、俺の作り出したものでは無いことがほぼ確定してしまったのは別の意味で頭が痛くなってくる
「フェイ! お前はいつもいつも手際が悪いんだよ。何回言わせれば気が済むんだ」
畑仕事にも身が入らない。振り返ってみれば昨晩も眠りが浅かったような。もしかして昨日の妄想した記憶が抜け落ちているのも、あの妖精のせいだったりするのだろうか。それにしても煩いな。吠える姿はまるで醜い魔物のようだ
「…なぁんだその目は。生意気なんだ、よッ! 」
農具で殴るような真似をする程馬鹿では無かったのには少し驚いた。しかし痛いな。冷静なふりをしているが、泣きそうだ。このまま地べたに蹲って泣いてしまいたい。が、それをやれば相手の思うつぼ。なんでわざわざ相手を喜ばせてやらにゃならんのだ。意識の持つ限り、俺は絶対に倒れない
左肩への殴打は耐えられたが、体重の乗った飛び蹴りには流石に質量差で負けてしまい、土に押し倒されてしまった。馬乗りになられて、顔面を何度も繰り返し殴られる。周りは見ているだけで、誰も助けてなんかくれない
一応、この状況から脱する手段が無いことも無い。しかし、それを使ってしまえば間違いなくコイツは死ぬ。俺に殴る蹴るの暴行をしていたとしても、殺してしまえば悪いのは俺になってしまう
勇者は正しくなければならない。正しい存在で居なければならない。別に死ぬわけでも無いんだし、されるがままに、飽きられるまで殴られていれば良い
俺という存在がストレスの元凶である以上、どこかでガス抜きをしておかないと取り返しのつかないし事態に発展してしまうかもしれないし、これが一番賢い、マシなやりかたなんだ
『なら、どうしてキミはそんな顔をしているんだ』
煩い。妖精め。テレパシーなんてものを使ってまで契約を迫る気か。クソが。どいつもこいつも…
「おい! 騎士様だ! 村に騎士様がやってきたぞ! 」
「チッ、運の良い奴め。後で覚えてろよ」
身体のあちこちにが痛む、骨は無事なようだが、それにしたってやりすぎだろう。アイツらには他人の痛みに共感する能力が欠けているのではないだろうか。遠慮無しにバカスカと、思いのままに殴って蹴って。その結果俺の身体だけがズタボロにされて。俺だけが痛みに苦しんでいる
殺したい。殺してやりたい。が、我慢だ。彼らはまだ殺しても良いくらいの罪を犯してはいない。それのに俺が彼らを殺してしまったら、悪いのは俺の方になってしまう。俺は勇者の末裔なんだ。俺は正しくなければならない
痛みに耐え、立ち上がり、服に付いた汚れをはたき落とす。しかし、こんなに汚れてしまっていたら調理は間違いなくさせて貰えないだろうし、どうしたものか。今から家に帰り、着替えを取って浴場で汚れを落としてなんてする余裕無いし、着替えだけでも…
「よぉ!ああ、そうお前。そこの寝暗そうなお前だ。俺はお前に話をしている。この村の住民か? 村の長の家まで案内を頼みたいんだが」
鎧を着込んだ一団。ああ、なるほど。この方達がさっきアイツらが話をしていた王国の騎士か。しかし、数が多いな。一体何の用なのだろう。出来れば質問してみたいが、なにか不満を買って、殴られでもすれば今度こそ死んでしまう
「…わかりました。着いてきてください」
怒りを買わないように。不必要な敵対をしない為に。自らの言動に気を付けながら、村長の家までの道を歩く。ぞろぞろと騎士を連れて歩いていると、やはり悪目立ちしてしまって後が怖くなってくるが、仕方ない。別に騎士が悪いわけではないし、文句は言えない
「ご苦労」
恭しさを装い、その場から立ち去る。昼の仕事には既に遅刻してしまっている。走って食堂に向かったが、やはり怒られてしまうだろうか
「良かった。無事だったか。今日は料理の配膳だけでいい。あまり無理をするなよ」
今日は何故か料理長が優しい。俺の不調を感じ取って、配慮をしてくれているのだろうか? 意外だ。料理長はもっとガサツで、料理以外に興味を示さないような人間なのだとばかりの思っていたが、とうやらそうでは無いようだ
「すまない。我々にも食事を提供しては頂けないだろうか? 」
料理長の意外な一面に気を取られつつも、料理をお客の元へと運ぶ。農民らも流石にこの時ばかりは食事を優先したいらしく、物理的な嫌がらせはして来ないし、気が楽だ。目を泳がせていると、先程の騎士団の団員らがぞろぞろと食堂に立ち入ろうとしている光景が映った
「うーん。どうしたもんかね。こっちも食材に余裕があるわけじゃ無いんだ。外で何か食べられる物を取ってきたら、調理してやるくらいは出来るんだがな」
しかし騎士団は食料も持たずに無茶な行軍を進めていたのだろうか? いや、温存しているのか。こんな田舎では十分に補給を行う事なんて滅多に出来ないだろうし、休息だってまともに取れりゃしない
「まぁ、良いでしょう。騎士さま方もお疲れのご様子。後日食材を取ってきていたたければ、今日の所は備蓄を解放しましょう」
村の蔵には不作や、魔物の被害などで食糧を確保することが難しくなった場合に備え、緊急用の保存食糧が備蓄されている
騎士団にはそれらを振る舞うことにしたらしいが、あれらは長期保存をする為に特殊な魔法がかけられている物や、それを作り出す製法事態が特殊な物など、端的に言えば普通の食糧より少し割高な物が多い
騎士団にそれらを振る舞う事で村は騎士団の事を悪く思っていない。歓迎しているというアピールをするつもりなのだろう。村長はよく見ると嫌な笑みを浮かべながら、騎士団に擦り寄っている
おおよそ村の近辺の魔物の討伐でも頼もうかと思っているのではなかろうか。冒険者に頼むと多額の金銭を要求されるし、それが村の備蓄を少し放出するだけで済むならば、そちらの方が特だと考えたのだろう
「フェイ! 聞いての通りだ。悪いが蔵から食材を取ってきてくれ」
「待て、この人数分の食材を一人で運ぶのは苦だろう。わたしも手伝う。団長、いいですよね? 」
腰辺りまで伸びた、見たことのないくらい綺麗な金髪。街で花屋を営んでいそうな少女らしい顔立ち。しかし妙なくらいに鎧を着込んだ姿が似合っている。まるで、お伽噺の聖騎士みたいだ
蔵と食堂を何往復もしなければならないかと覚悟を決めていたが、騎士さまが手伝ってくれるのならかなり負担を軽減できる
常人とは比べ物にならない身体能力に、後天的に鍛え上げられた魔力量。強力なスキル、高位の魔法。弛まぬ努力の結果が、今日まで騎士を、王国を守護せし象徴としている
食堂から蔵までは少し距離がある。辺りに他に人が居るようには見えないし、少し雑談に興じてみても良いだろう
「と、ところで騎士さま。騎士さま達は一体、どの様な任務でこの地に? 言っちゃ何ですがこの辺りに騎士さま達が相手をするような魔物なんてそうそう出ませんし、村の連中も不安がっているようで…」
あくまでも村の仲間らを安心させてやりたいという体で情報を聞き出す。勇者の末裔として、村に迫る危機について何も知らないなんて、お話にならない
「一般の方にあまりそういった事は話せなくて…申し訳ないのですが…」
「そこを何とか! お願いします…村の子供らを安心させてやりたいんです…」
なお、今朝方村の子供らには拳くらいの石を頭に投げつけられたばかりである。可愛げのないクソガキ共め、大人達と違って悪気なく、遊びのつもりであんな事をしてくるのだから余計にたちが悪い
「…独り言ですが、大勢のアンデットを従え、王都を混乱に陥れた死霊術師がこの付近に潜伏しているらしく、我々は死霊術師の捜索、捕縛。ないし討伐の為にこの地にやってきたのです。…独り言ですが」
死霊術師? 話の流れからしてアンデットという特定の魔物を操るような魔法を使う者の事だろうか? 魔法にあまり詳しくない俺でも、他者を操る魔法の有用性は理解できる。しかしそれ程の魔法が使えるのであれば、攻撃魔法も使用できると考えるべきか
「アンデットとはどういう…」
「すみません…これ以上は…いくら独り言とは言え、そう簡単に話すわけには…」
攻撃魔法なんてあまり目にした事が無いの為、死霊術師の脅威度はかなり高い。だが、村には騎士団も滞在しているし、あまり過剰に心配しすぎても無意味か。仕方ない。俺は、俺に出来る事をしよう