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第二十九話 勇者の末裔を騙る者として






平時であれば活気に溢れた大通りも、今日ばかりは悲痛な死の匂いが充満している。絶えず放たれる魔法による轟音が鼓膜を揺らし、死ねば楽になれると天使は囁くが、そうはいかない。



 



 

楽にはなれない。楽には死ねない。逃げられない。俺は逃げることを許されない。なら殺すしかないじゃないか。選ぶ事を許されていないんだから。殺すしかない






残存魔力は六割程度。節約しているが、余裕はない。魔力回復薬を噛み砕き、牽制代わりの[ショット(無属性魔法)]を放つ。






「ありったけだ。持っていけよ【集中】[魔力強化]」





切り落とした左腕からの魔力の放出は緩やかになって、放たれる闇の槍の魔法の総数は減っているが、射出速度と精度が向上し続けている。このままでは凌ぎきれなくなる






残された道は短期決戦だけだ。いくら効率化しても、最大出力の魔力強化は三分しか持たない。魔力回復薬の効果が現れるのにもタイムラグがある。でもそう難しく考える事でもない。死霊魔鎧を殺しきれずに、魔力の放出が激しくなったとしても、死体が一つ出来るだけだ







死霊魔鎧は死ぬ。俺の手によって刻まれた致命傷で、奴は死ぬ。それは決まっている。ここから先は自己満足の領域だ。気持ちよく死ぬ為のボーナスタイム






エリクサーの魔力を宿していた時とは程遠いが、それでも確かに速い踏み込み、死霊魔鎧は流れ出る魔力を半球状に展開し俺の剣撃を防ぎ、俺の剣撃によって生じた亀裂から闇の極太の針のようなものを瞬時に発生させ、俺の右肩と胴体に穴を開けた






脳内麻薬が分泌されているのか痛くはない。痛くは無いのだが、身体に指令がうまく行き渡らない。どうにか無事な足を強引に動かし、後方への待避を試みるがそれを許す死霊魔鎧ではない






続け様に放たれた闇の槍により、俺の胴体は地面に縫い付けられ、一時的に激痛が思考を乗っ取った。しかし剣だけは離さなかった






腹を貫いた槍を引き抜き、漏れ出す血液と肉塊と共に槍投げ捨て、を剣に刻まれたヒール(回復魔法)を行使し、肩と胴体の負傷を大雑把に治療。確実に正常には治っていないだろうが、戦えないことはない







回復魔法を使ってしまった為、魔力強化はもう一分も持たない。早く。早く決めなければ







違和感の残る身体を魔力強化で強引に操り、魔力で剣に干渉し鋭利と頑丈のスキルの出力を引き上げ、よろめきつつも駆けずり迫る






 刺突剣の要領で構え、不十分な速度、不安定な姿勢から放たれた一閃は死霊魔鎧の鎧を貫通した。即座に剣を引き抜き、一時待避しようとしたが、まるで岩に刺したみたいに、剣は微塵も動かない







死霊魔鎧が此方を覗いているのがわかった。笑うように震えた直後、死霊魔鎧は頭を大きく膨張させ、魔力の放出を伴う爆発を解き放った







あの隙は罠だったのだ。頭を失った死霊魔鎧には新たに魔力で形成されていると思われる半透明の揺らめく頭部が新設されていた。それから目線を少し落として、胴体にささったままの剣を確認して、ようやく俺は武器を失った事実を認識する






思考が上手くまとまらない。至近距離で死霊魔鎧の自爆を受けた。無事でない所の方が多い。魔力はもうからっけつだ。魔力強化は解除されている。でも、逃げなければ。幸い両足は動かせる







逃げて何になる。嫌だ。違う。嘘だ。そうだ、そうだよ。俺は死にに来たんだ。俺は勇者なんかじゃなかった。でも、俺は勇者にならなくちゃならなかった。俺だけは勇者で、俺だけが勇者でなくちゃならなかった。じゃなきゃどうして






 俺だけが生き残った。俺の育った村は豊かではなくとも貧しくもない村だ。十年前、国を大飢饉が襲った。蓄えは勿論あった。でも、家族三人が食べていくには足りなかった






俺は愛されていた。俺は生き残った。両親は死んだ。食事を俺に譲ったからだ。俺の世話を魔道具店のばあさんに頼んで、自分達は自らを村に捧げた






仕方がなかった。違う言い訳だ。腹が減っていたから。肉の焼ける匂いに歯止めが効かなかった。垂らす涎すら枯れていた。骨と皮だけの身体が肉を求めていた






なんだ。違う。忘れてなんかいない。でもどうして今、こんな事を思い出す。死にかけているからか。ああ、なるほど。走馬灯






迫り来る極太の闇の槍を認識した時には既に遅かった。避けきれない。でも諦められずに回避を試みるが、既に死に体の身体では半歩も動くことが出来ていない。もはや俺は死んでいる。死んだも同然だ






衝撃を受け、俺の身体は大きく吹き飛ばされ、近くの家屋の外壁を突き破り、ようやく制止した。遅れて耳が拾ったのは何かが割れる音。手のひらに目を見やるとガラス破片が付着していた。先程の衝撃で回復薬の容器が破損してしまったらしい。無事なものは三本だけ。その全てと魔力回復薬を体内に流し込み、浅い呼吸を整える






何故生きている。死ななければおかしい。死ねた筈の一撃だった。おそらく致命傷を三度まで遠ざける魔道具のせいだ。取り出し確認してみると、魔道具に刻印された灯火が二つ消えていた






どうやら死に損ねたらしい。死霊魔鎧は俺を殺したと勘違いしているらしく、爆発音は聞こえない。大人しく死んでくれていれば良いが






死霊魔鎧の死体を確認できていないのが不安だが、ここまでか。よくやった。よく頑張った。俺はやれる。俺だってこれくらい、なんてことない。これくらいの活躍、どおってことない日常だ






だから一先ず、今日はここまで。転移の魔法が刻まれた学院への片道切符を切ろうとしたその時、俺の腕を掴み、引っ張る存在が現れた







死霊か屍かと疑ったが、触れた両手には熱がある。不調を抱えた目と耳を酷使し、瞼を無理矢理に開けて存在を確認してみると、それは年端もない一人の少女の姿だった






「お姉ちゃんを助けて! おねがい、お願いします。なんでもするから、だからお姉ちゃんを…きゃあ! 」







最悪だ。無垢な少女の悲痛な叫びは、再度死に終える死霊魔鎧を呼び寄せた。探るような三発の闇の槍が家屋の外壁を粉砕する






咄嗟に少女を抱いて身を背に守ってしまったが、俺だって余裕はない。俺だって助けてもらいたい






「…案内しろ」






助けてと乞われたなら、助けなくちゃならない。俺は勇者の末裔なんかじゃない。勇者はここにはいない。ここにいるのは俺だ。勇者はこの少女を救えない。なら、俺が救ってやる。救うしかない。救わなければならない





身体はとうに限界を超過している。魔力は一欠片を残っちゃいない。でも、俺は諦めていない






「お姉ちゃん! 」



 

「…なんで戻ってきたの。逃げなさいって言ったでしょう」




少女の姉は倒壊した瓦礫に下半身を押し潰され、身動きがとれない状態になっていた。魔力強化が使えればこれくらいの瓦礫、軽々退かせるのだが、ないものをねだっても仕方ない





それに身動きがとれなくなるほどの重量物がずっと身の上に乗っているのだ。少女の姉のにかかる負荷は相当だろう。卒倒した様子で姉は少女を撫でていた






残された時間は僅か、魔力の回復を待っている余裕はない。瓦礫を持ち上げる事は不可能。クソが、どうする。どうすれば良い






 都合の良い模範解答は全てに存在しない。努力は必ず実る訳じゃない。奇跡なんてものは夢と陶酔が見せる妄想だ。理想は常に現実に打ち砕かれる。故に皆が妥協する






両方を願えば共倒れだ。でもまだ死霊魔鎧に見付かっていない今。姉を見捨てて少女を連れ、この場を去れば、犠牲は一人で済む。どうせ生きるのを諦めていたんだ。こいつは人生に負けたんだ。姉の人生はもう終わっている。死んだも同然だ。なら見捨てたって構わないじゃないか。






脳裏の天使が甘い戯れ言を囁いた。そうかもしれない。第一俺は二人の事をよく知らないし、今あったばかりの人間の為に命をかけるなんて馬鹿げてる。でも無理だ






「貴方、わたしの事は良いから、妹を避難所まで連れていきなさい。妹には特別な力があるの、上手く使えばお金になるでしょう」






「そんな、お姉ちゃんも一緒に…」





自らの命を犠牲にしてでも少女の身を案じた姉は善人だ。そして、姉の為に助けを呼んだ少女もまた善人。姉妹は救われなければならない。善人は尊まれなければならない。勇者はいない。ここにも、どこにもいない。なら、俺でも、俺だって、俺が






「俺に全て任せておけ。俺は勇者の末裔なんだ。これくらい、どおってことない」






奥歯を噛み締めて、精一杯の笑顔を浮かべる。少女の姉は姉は面白い冗談だと力なく笑い、直後爆発が轟いた





瓦礫と土埃の奥には死霊魔鎧の姿が伺えた。この場で戦えば身動きの取れない姉を巻き込んでしまうかもしれない





 一先ず転移の魔法が込められた結晶石を少女に砕かせ、少女を学院へと送り届け、一割程度回復した魔力を【魔力強化】に回し、脚力を確保、近くに転がる半壊したドアを盾代わりに死霊魔鎧へと突進を仕掛けた






無茶苦茶な回復を繰り返し、まともに回復しきっていない身体ではいくら魔力による強化を施した所で常人の能力の限界を越えることが出来ない。戦う所か、背を向けて逃げに徹する事すら出来ない






わかってる。んなことは理解してる。でも死霊魔鎧だって同じだ。レイスは魔力を失いすぎれば形を保てなくなる。大量の魔力を放出して衰弱した状態であれば、チャンスがあると思っていた






 見通しが甘かった。奴は死に近づきながらも、憎しみに生きていた。俺の殴打をものともせずに、放出された魔力が形を変え、姿を変え、闇の炎となって肉を溶かし、闇の槍となって俺の両足を貫く。






剣を引き抜き、回復を試みたのが間違いだった。結果として剣は取り返せたが、刻まれた回復の魔法を行使する為の魔力は足りないし、死霊魔鎧の攻撃は苛烈さを増した。なにもかもが悪い方向に転んでしまっている







良いじゃないか。良い逆境だ。覆してやるよ。痛みなんてものに意識を割く余裕はない。取り入れる情報は全て死霊魔鎧のものだ。






魔力強化は既に解けている。足は抉られ、肌は焼け爛れ、傷のない箇所なんて存在しない。故にその踏み込みは鈍重で、一撃はどうしようもなく軽い。剣を掴まれ、そのまま瓦礫に放り投げられてしまった






死を退ける魔道具は起動していない。でも俺はまだ生きている。なら、致命傷ではないということだ。まだ動けるはずだ。まだ、立てるはずだ。足りないのは俺の意思だけ。なら、立て。戦え







勇者の末裔を騙ったのなら、その嘘を貫き通せ。嘘を事実にしろ。俺は勇者だ。勇者は諦めない。勇者は逃げない。俺はまだ、戦える






『力が欲しい? 』





ノイズがかった布きれの擦るようなか細い、しかし確かに真のある声が脳の内側に直接出力された。この声を俺は知っている







「力は要らないな。もう十分だ」 






ただの力なんて要らない。そんなものを押し付けないでくれ。






『…なら、どうするのさ。そんなに傷付いて、このままじゃ死んじゃうんだよ』





 

「だから、助けてくれ。お前が俺を助けてくれ」






俺は勇者じゃない。偽物だ。その嘘を本当にするために、俺を助けてくれ。






 


「契約だ。俺が、お前を、助けてやる」

 






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