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第二十五話 わかった気で




「おい、あれ…」




「ああ、入学初日に問題を起こして来なくなったって聞いたぜ」




「どの面下げて登校してんだって話だよ。実力のない出来損ないの癖に」







学院に近付くにつれて、罵倒と嘲笑は増すばかりだが、相手にしてはいられない。言いたい奴らには言わせておけば良い。奴らの言う通り俺は出来損ないだ。能力の伴わないままに不相応な場所に混じってしまった、外れ者だ。彼らの言うことは間違ってはいない






学院の生徒であろう一人に胸ぐらを捕まれた。子分だろうか? 近くには三人分の荷物を持たされた生徒と、ニタニタと嫌な笑みを浮かべる小判持ちのような生徒が付き添っている





「おい、ここはお前が居て良いような場所じゃねぇんだ。痛い目みねぇ内に回れ右して、大人しく帰りな」






「痛い目はもう充分見たさ。穴が空くくらいに」






だからといって必ずしも言う通りにしなくてはならないという道理もまた、無い






自身の言葉を否定された事に、声の主は大層ご立腹の様子だったが、俺と違って考えなしに手を出さない冷静さを兼ね備えているらしく、舌打ちを残し、子分を連れて人混みの中へと紛れていった






校舎内に入り、廊下を歩く。劣った人間のただそれだけの行為に、無数の目線が向けられていた。聞き慣れた罵倒を聞き流し、慣れてしまった悪意を受け流し、沸いたそばから怒りを潰す






 正当な非難に対して怒りがこみ上げている時点で、おかしいのだろうが、それを吐き出してしまわなければ、相手にはなにもわからないままだ






教室の扉を開く。無数の目が此方を覗く。俺という無能に一瞬注目が集まるが、少しの沈黙の後、興味を失くしたように皆は各々の話題へと爪先の向きを変えた。ただ一人を除いては







「何故ここに来た」






魔王の如し強烈な威圧感を放つ男は、俺の憧れに、最も近付いている男だ。そいつは俺が、この世で最も嫌悪する男だ






「来ちゃ悪いかよ」






声が震えていた。無意識のままに恐怖していた。額に浮かんだ汗を袖で拭い、目線のする方向へ目を向ける






やつが恐ろしくて仕方なかった。今すぐにでも逃げてしまいたかった。でも、逃げた先がこれなのだ。もうこれ以上の逃げ場所なんて何処にもない





 

 後退はできない。俺には進むことしか出来ない。地獄の花道を進んで、理想のまま死ぬことでしか、俺は俺を許せない。幸せには、なれない






「お前は…」






「なんだお前ら。朝っぱらから元気だな。フェイも居るし、丁度良い」





勇者に最も近い男の言葉を遮ったのは、今しがた教室の扉を潜った男。くたびれたローブに身を包み、髪は延び散らかしている。無精髭と隈の目立つ男の顔には、どこか見覚えがあった






「シェード先生。ですが…」






「は? シェルタくん。もしかしてマゾなの? やだなー。そうならそうって言ってくれよ」






教師は取り繕う事をやめたらしい。シェルタの肩を掴みながら顔だけを此方に向け、俺の目を覗き込んだかと思ったら、数秒後にはシェルタに脅しをかけている






 先日俺が殺そうとした事なんてどうでも良いと思っているかのように、力なく不気味な笑みを浮かべるシェードは、あの勇者に最も近い男よりも数段上の実力者らしい







「今日予定していた授業は全部中止だ。代わりに…あー、詳しくは現地で説明する。いいか? 三分だ。三分で第二修練場に集まれ」






教室から第二修練場まで三分で辿り着く事なんて、経路的に不可能だ。しかし、教室の生徒らは少したりとも不満を顕にせずに、教室を飛び出した






シェードの無茶振りは今に始まった事ではなく、常態化しているのだろう。かといって歯向かう事も出来ない。勇者に最も近い男ですらも、あの教師に逆らえないのだ。無理に決まっている






「俺達も行くぞ。転移魔法を使う。手を出せ」






既に二十秒が経過している。残された時間は二分四十秒。シェルタの手を借りれば、第二修練場への移動なんて容易な事だ。しかし俺の恥が、それを許さなかった。忌み嫌う奴の手を借りる事を、許容できなかった






問題なのは距離ではなく、第二修練場への導線だ。階段を下り、人気の多い共用廊下を抜けて複数の修練場の並ぶエリアまで、とてもじゃないが、二分と少しじゃ辿り着けない







誰も思い付かないような、突飛な方法を模索する必要がある。そう、例えば転移魔法。距離を無視する超常の魔法。しかし残りの時間でそんな高度な魔法を習得できる訳がない






魔力強化で身体能力を強化、床を破壊した後、人を退かしながら全速力で走る? 無理だ。魔力が持たない。なら、方法は一つだけ


 



「待て! 早まるな」 






廊下へと駆け、解放された窓に身を乗り出す。窓枠に足を掛け、下方へと視線を見やる






「【集中】[集中強化]【観察】」 

 





喧騒が遠ざかり、愚鈍な脳が僅かばかりの明瞭さを得る。乱雑に投げ込まれた情報を処理し、可不可が確認されるよりも早く、俺は空へと身を投げた







 そうしなければ間に合わない。常人であっても達成が困難な問題を、劣った俺が行うのだ。なにもかもが足りない。でも、足らさなくてはならない







 なら余分なものを削ぎ落とす必要がある。今回の場合は、それが俺の安全であり、達成不可能な問題を達成する為に、対価として賭場に投げられたものが、生存権であったというだけの話







風が身体に纏わりつく。極限まで高められた集中力が視界に映る全てを捉え、拾得された情報を元にルートを組み上げる






 無属性魔術で魔力の武器を生成し、それを建物に突き立て減速を図るか? 無理だ。そもそも俺の生成した粗悪な武器では建物に傷一つすらつけることが出来ないだろう






 なら衝撃を緩和する為になにかクッションになる物を生成するか? 無理だ。そんな物を生成できるだけの技術もなければ、そもそも魔力すら足りない。もっと情報が必要だ






「【魔力強化】」






魔力による部分的な強化を目と脳に施し、より多くの情報を取得、処理能力の向上した脳で咀嚼を急ぐ。それでもまだ、足りない。なにかもう一つ手があれば






地面に衝突するまで、もう僅かばかりの猶予も残されていない。諦める事はできない。ここで死ねば只の自殺だ。そりゃ早く死にたい。一刻も早くこの世を去りたい。でもそれは今じゃない。汚名を挽回して、絶好のタイミングで、理想のままに死にたいのだ

 





「【動体視力強化】」






意識するより早く、口が言葉を紡いでいた。直後、刹那的な時間が主観的に何倍にも長く引き延ばされる。遅延された世界で、思考だけが熱を持ち、生存への道を模索する






「【魔力強化】[魔力形成]」 






脳が割れるような痛みに耐え、更に魔力強化の出力を向上させ、強化範囲を拡大。両足と右腕に強化を施しながら更に無属性魔術による魔力形成で右腕に反しのついた極太の刃を形成。この時点で残存魔力量は四割を切った。生きるにしても死ぬにしても、残された時間は僅かだ






 目標は校舎一階の外壁、ではなく、その手前に植えられている一本の、なんの変哲もないただの木だ。右腕に重心を傾け半回転し体勢を歪めつつも真正面の木へと右腕を振るい、刃を木へと食い込ませる






 肩に鈍い痛みが走る。きっと肩が外れたのだろう。そんな事はどうだっていい。そんな事は重要じゃない。その程度の事を気にする余裕なんて、俺にはない






 刃に仕込んでおいた反しのお陰で等加速度で落下していた俺の肉体は、徐々に減速し、地上に衝突する寸前、ギリギリの所でどうにか一命を取り留めた。しかしここで立ち止まっては居られない。あと二分で第二修練場までたどり着かなくてはならないのだ







魔力強化の範囲を走行に必要な機能部分のみに絞り、魔力を節約し、併用していたスキルを解除する。右腕が鋭い痛みを脳に届けてくるが意図的に無視し、ただ走る事だけに意識を向ける







死に物狂いで歩を踏み、長い廊下を這いながら駆ける。へばり付く視線から逃れ、開かれた第 修練場の扉を潜り、殺しきれなかった勢いに転ばされ、埃が口内に侵入する






数多の視線が此方を覗いている。痛い程に向けられる無数の目が、おれがここにいるべきではないと言っているような気がした


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