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第二十三話 綻びた妄想







水滴の落ちる音が部屋中に響く。一見何の変哲もない石造りの一室に見えるが、何らかの魔法的効果によって頑丈になっているらしく、壁をいくら殴っても先に悲鳴を上げたのは拳の方だった。四肢に付けられた枷と鎖は魔力の回復を阻害する効果でもあるのか、体内から感じ取れる魔力の量は微々たるものだ






鉄柵の奥から覗く陽光が部屋を薄らと照らし、水溜まりが愚かな男の姿を反射する






自分勝手で身勝手。鋭い目付きに歪んだ顔。延び散らかした髭に、同じく延び散らかし、手入れのされていない、枝毛だらけの傷んだ髪。醜く、みすぼらしい風体の男は、ベットも何もない部屋で、枷を嵌められ、鎖に繋がれていた






 水面に浮かぶ顔と、目があった。けむくじゃらの魔物のような、化物のような姿の男は、俺を見て嗤っていた。それに怒りを覚えて手を上げようとしても、鎖で繋がれているせいで、拳は水面へは届かない






 苦し紛れに唸り声を上げ、収まらない怒りをそのままに不完全燃焼どころか不燃のままに怒りの固形燃料を腐らせ、累積し続ける。それは恥だ。恥の塊に、恥を上塗った、自尊心の塊だ






 恥のヴェールを何枚捲ったって、そこにあるのは表層と変わらないどころか、より醜い恥が。マトリョーシカのように、待っていたと言わんばかりに、所詮お前はこの程度なのだと顔を覗かせる






それは俺の顔だった。俺が、俺を見ている。俺を嗤っている。自分自身にすら嗤われるほど、俺は落ちぶれているのだ。俺は正しくはない。俺には力なんてない。そんなことわかってる。そんなこと、最初からわかっていた






既に妄想は俺の手を離れている。勇者を祝う懇談会の隅で、当の勇者が牢獄に囚われ、その様子を鑑賞して歓談に勤しむ装飾過多なドレスに身を包むスケルトン。タキシードを着た筋骨悠々とした体つきの羊の怪物は上手いジョークでも決めたのか場の中心で爆笑を意のままに人気を集めている








見たくもない悪夢を、強制的に見させられ続けている。自分では妄想を終わらせることすらも出来ない。場面を変える事も、登場人物を追加する事も、あの憎たらしい笑みを踏みにじることなんてもっての他







ここには、いいや。どこにも自由なんてありやしない。意志が足りないと言われればそこまでだ。お前が犯した罪への罰だと言うのなら、甘んじて受け入れよう。しかし、終わらない地獄を、答えのない牢獄を永遠に彷徨えだなんてのは御免だ。楽になりたい。早く死にたい。終わりにしたい。それも、自分の意思を介さない唐突な形で






いくら死にたいと嘆いても、死ぬのは怖い。どれだけ今が辛くとも、終わってしまえば何もかもが無になる。次なんてのは夢の中だけの話だ。結局俺はどっち付かずの、どうしようもない、ちっぽけな人間なのだ







繋がれた鎖を解かれる。自由になれる訳じゃない。ここ数日、何度も経験してきた、妄想の終わりだ。共に魔王を討伐した聖騎士と剣聖に引き摺られ、王座の前に投げ出され、首を所定の位置に固定される






断頭台から見下ろした無数の顔は、これから起こる処刑になんら興味を抱いていないように、各所各所で歓談に興じるばかりだ。誰も此方を向いていない。そっぽを向いたまま、誰もが俺を嗤っている






いくら踠いても身体は拘束されている。お似合いだと言わんばかりに無数の目が、何処からか覗き込んでいる。何処だ。俺を嗤うやつは何処にいる






目を動かし、目線の正体を探ろうと辺りを見渡して、視界が落下する。また今日も時間切れだ。転げ落ちた首を所詮神の視点から客観視させられ、目が覚める






かつては壁であったと推測できる瓦礫の山。空の見える天井に木っ端微塵に粉砕された木片。部屋の物はなにもかもが壊れている。村から運ばれてきた物品も木箱ごと破壊されており、一つとして原型を留めてていなかった





 

 崩れた部屋はもはや妄想の牢獄となんら変わりない。鎖で繋がれていなくとも、もとより俺に自由などない







思考に靄をかける鈍く響く痛みを放って、床に散乱するいつのものかわからないゴミに混じった埃のついた食材を口に運ぶ






鼻が曲がるような強烈な腐敗臭にはもう適応した。食事の後必ず体調を崩してしまうのは面倒なことこの上ないが、外に出る事に比べればどうってことはない







例え家が半壊していても、家は家だ。それは内側と外側を隔てる意識的な結界と言えるだろう。内側は自分だけの世界だ。敵も自分だけしかいない。それに対して外側には無数の目が存在している






街を歩く若者の目線が怖い。老夫婦の気遣いが痛い。子供の無邪気さが杭のように刺さって抜けない。誰も彼もが俺を馬鹿にして、蔑んで、見下しているかのように思えて、そんな被害妄想の拡大を食い止める事が出来ない






わかっている。自意識過剰だと。世の中の人間は他者にそれ程興味を抱いていないのだと。そんな理屈はわかっている。俺がしているのは俺の感情の話だ 






ドアノブを握る。呼吸は荒く、視界は既に異常を示している。幻聴は止めておくべきだと甘い助言を告げている。身体は鉛のように重く、もう少し休んでいれば良いと足に絡み付いてくる






このままじゃいられない。わかってる。扉を開き、食材を購入する為に、商店まで向かわなければ、俺は飢えて死ぬしかない






 エクスが助けてくれるなんて、都合の良い期待はするべきではない。それで助けられて、また惨めになって、死にたくなる。俺はきっと、感情のままにエクスに八つ当たりをするだろう。そんなのは御免だ






陽光に忌々しさを感じることは無かった。天井が崩落した我が家にも、それは存在していたからだ。商店までの道中、ただ歩いているだけで、街の住民の目線が此方に集中しているのがわかる






 そりゃそうだ。貧民街にいる浮浪者ような容姿の汚ならしい人間が、自分達の生活範囲を侵害しているのだから、罪をでっち上げられないだけマシだろう






そんなことはないだとか、心外だなんて言葉は上部ばかり。そういう考えを根底では抱いているものだ。勿論例外も存在するが、大概はその範疇から外れない







他人に優しくありたい。善人でありたいなんていくら望んでも、結局は自分は綺麗でありたい。正しいとされる側に立っていたい。感謝されたい慕われたい






完全に他人のためだけに行われる行動なんて存在しない。自分の為にならないのであれば、人間は動けない。それを知っている






 自分の損を減らすために関わらない。自分を害する存在を排除する為に策を講じる。それが他者からの視点では違って見えるだけの話だ






「金無しの貧民が! テメェが買えるような物はここにはねぇ。とっとと失せやがれ! 」





商店の扉をくぐり、店内へと入ろうとした所で、店の用心棒であろう人間に後ろから蹴り飛ばされて、この台詞だ






食料の調達は諦めた方が良いだろう。やはり外に出るべきでは無かった。外に出なければこんな目に逢う事も無かったし、無数の目線に晒され、苦痛を耐える必要もなかった






あのまま崩れかけの家屋に引きこもって、飢えで死ぬのを待っていた方が、まだ楽だったかもしれない。最初から、なにからなにまで間違っていたのだ







用心棒は俺を馬鹿にして笑っている。復讐してやろうなんて考えは、すぐに捨てた。反骨精神は木っ端微塵に砕かれていた。重い身体を引き摺り、貧弱な全力を持って帰路を駆け抜ける






街をゆく人々は皆俺の事を嗤っていた。気味悪がって、怯えて、馬鹿にして、気持ち悪るがって、親は子供の目を塞ぎ、自分の目線を鋭くして刺してくる






外は敵ばかりだ。味方なんて一人も居ない。皆が俺の死を願っている。皆が俺を邪魔臭がっている。ならお望み通り死んでやる。一人で、誰の目にもつかない場所で、みっともなく怯え散らかして縮こまって、死んでやる






家の扉を開き、勢いのまま素早く閉める、カギなんて物は何処に行ったかわからないので[魔力強化]を用いて瓦礫の山を扉の前へ移動させ、扉が開閉不能となるように移動させた






後は死ぬだけだ

 

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