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第一話 村一番の変態






長かった旅もいよいよ最終決戦。パーティーメンバーの顔には疲労の色が濃く浮かんでいる





相手はこれまでの相手とは比べ物にならないくらいの格上。戦闘が長引けば誰かが欠けてしまうのは避けられないだろう





であれば比較的消耗の少ない俺が一気に決めるべきだ。俺は得意の雷魔法による雷撃を牽制代わりに放ちつつ、魔王目掛けて駆け迫る






「ククク、愚かなり。仲間の心配をする余裕が、お前にあるのか? 勇者よ。お前が今相見えている相手は、魔を束ねる王だと言うのに」






魔王が配下より弱いなんて妄想をしていた訳ではない。しかし展開された魔方陣の数が余りにも多すぎる。数にして百を超えるのでは無いかと思うくらいに多重に、四方八方に展開された魔方陣に警戒を払いつつ、パーティーメンバーの魔法使いに防護結界を展開するように指示を送る





「おいおい魔王。舐めて貰っちゃ困るな。俺はあの、勇者の末裔なんだぜ? 」





一つ一つが並みの冒険者なら即死級の、雨のように降り注ぐ魔法の数々を瞬時に展開した防護結界により防ぎ、反らし、雷魔法で魔法を破壊し、さらに魔王との距離を詰める






「クッ、忌々しい。ならばこれはどうだ」





魔王のとっておきの魔王が発動したらしく、地上は暗闇で満たされる。視界不良を引き起こす魔法が魔王の切り札とは考えにくい。であればこれは副次的に発生した効果だと仮定するべきだ。であればこの状況を産み出した元凶とも言える魔法は、その魔法の正体は






「隕石か。はは、ふざけてやがる。俺と心中でもするつもりか? 」






「我は魔王だぞ? 自らの魔法で死ぬ訳がなかろうが。死ぬのは貴様らだけだよ。勇者パーティー諸君」






はるか上空に位置し、今現在落下を続け威力を増しているそれを確認。衝突までは残り三分と言った所か。状況は最悪。絶望的な展開だ。しかし、術者を失った魔法であれば、魔法使いが対応出来る。なら、今俺に出来ることはただ一つ






魔力強化の出力を引き上げ、絶えず放たれている魔法を置き去りに、魔王との距離を一気に詰める。相対する魔王に向け聖なる剣(王国流通貨幣、現在の価値に換算して銀貨三枚)を構え虹色の魔力を纏わせる






「覚悟しろよ魔王。これで、終わりだ」





風を切るなんて表現では生ぬるい速度で放たれた一閃は、魔王 (イマジナリー)の弱点を正確に捉え、魔族の王を跡形もなく滅ぼした。これで長かった旅も終わりだ





パーティーメンバーがなにやら祝福の言葉をかけてくれている。ここはこのパーティーのリーダーとして、勇者として。仲間達に一言ずつ感謝の言葉を送る事にしよう





「剣聖。お前とは──」



「聖騎士。──いつも護ってく──」



「聖─。──とっくに俺は死んでてもおかしく──」


「最後に魔法──。お前が居なきゃ魔王を倒してもあの隕石に潰されて終わりだった。助かっ──」











………










……











平民の朝は早い。手にした剣を農作業用のクワに持ち替え、農作業へと参加する。農作業は重労働だ。クワを耕す。種を撒いて、水をやる。作物に集る害虫を取り除き、時には柵を破り畑に侵入してくる獣なんかの相手もする必要もある





「おい、フェイ! お前はいつもノロノロと… もっとテキパキ動け! 」






「…へいへい」





加えて俺の場合、村の皆様からのありがたいお言葉を賜り、咀嚼する必要まである。農作業とはたいへんな仕事なのだ。本当に皆様には頭が上がらない。手も上げられない。本当のホントに






「じゃ、俺はそろそろ失礼しますね…」





しかしそれも昼前までの話だ。昼に入るよりも少し早めに畑を後に、俺は急ぎ足で畑から村に戻り、一直線に食堂へと向かう。早飯をする為…ではなく、昼食を作る手伝いをする為に。汚れを払い、食堂の外で手を洗い、厨房へと駆け込む





「今日のメニューは猪肉と野菜のスープとパンだ。フェイは野菜とパンを食べやすいように切っておいてくれ」






昨日のうちに臭みを消して下味を染み込ませ干しておいた猪肉を豪快に炒めながら食堂の料理長は俺に指示を送ってくれる。しかし食べやすい大きさか。そういえばこの前畑で連中が、具材が小さくて食べごたえが無いとかぼやいてたっけ。ならこれくらいか? けど爺さん婆さんが喉につまらせたら危ないしな…






「おいフェイ!早くしろ!」





「…はーいすぐ行きまーす」





どっち付かずの疎らな大きさにカットされた野菜を見て料理長は一瞬顔をしかめたが、それが言葉にされるされる事はなかった。調理を終えて、出来上がった食事を口に運び終えると、俺は食堂を後に、次の仕事場へと向かった










「おや、どうしたんだい。今日は随分早かったじゃないか」






「ああ。婆さんが寂しくて死んじゃってないか心配でね。心優しい俺は心震わせながらここまで大急ぎでやってきたって訳さ」






「間違った言葉遣いには目を瞑っておくけど。お前は私の事を、兎か何かだと思っているのかい? 」





感情を入れ替え、笑みを作り上げる。他の仕事場と比べここはいくらか居心地が良い。村の連中は滅多にこの店に来ないし、店は婆さんが一人で切り盛りしている為、無駄に人と人の対立を気にする必要もない





「さて。それじゃ、そこに置いてある照明の魔道具に魔力を充填しといておくれ。全部出来なくても良い。でも今日中に最低一つは完成させておくように」






いつもなら商品の入れ換えや、店内の掃除。魔力が切れた、故障した魔道具の引き取りやらだが。今日の仕事は一味違う。今日の仕事は魔力の切れた照明の魔道具に、魔力を込めること。そう。魔力だ







魔法使いの才能なんて勿論ないが、どうやら俺は平均より僅かに多い魔力を有していた為こんな手伝いをさせて貰う傍ら、簡単なものだが魔法を習っていたりもする






照明の魔道具は比較的簡単な作りをしているが、一歩間違えば破損してしまう危険があるのに違いはない。一応、壊してしまっても問題ないとは言われているが、そういくつも壊してしまう訳にもいかない







体内を巡る魔力を感じ取る。魔力の流れを掴み、流れる魔力量を絞り、調整しつつ、照明の魔道具に組み込まれている充填式の加工が成された魔石に、一定の量を保ち魔力を浸透させる






この時欲張って魔力を少しでも多く注いでしまえば、そのうち魔石に亀裂が生じ、使い物にならなくなってしまう。それだけならまだマシだが、最悪、蓄積された魔力の暴発による爆発や、二次災害まで発生する恐れがある為、取り扱いには細心の注意を払う必要がある






充填式の加工がされた魔石とは、魔力を貯めておく為の器だ。悪食蛙が腹が破裂するまで目にはいるモノを食らいつくすように、調節もせず適当に魔力を流してしまえば、魔石は一瞬で大爆発。そうなれば店にも大きな損害が発生してしまう





コップに水を注ぎ続けたとしても水は簡単に溢れるだけだが、魔石に魔力を注ぎ続けるのは訳が違う。例えになっていないくらいに、根本からまるで違っている。だからこそ責任は重大だ






「ふむ。今日は店仕舞いだ。暗くなる前にさっさと帰りな」






結局魔力を充填する事が出来たのはたったの三つだけ。婆さんがやったならそれ以上も簡単に出来るのだろうけど、婆さんは俺じゃ理解すら出来ないような高度な作業をしているし、完全なお荷物、役立たずでは無いのだと思っておきたい






魔道具店を後に、我が家への帰路に着く。空は既に傾き始めており、この時間になると畑で仕事をしていた農民達が村に帰り、夕飯を食べる為に食堂に人が集まり始める。以前は俺も食堂で夕飯を食べていたが、現在は節約の為に家で質素な食事を摂っている






家に着くなり身体の汚れを濡らした布で拭き取り、最低限必要な栄養を摂取し、意識を落とす。意識のある位置をずらす。現実から目を瞑り、妄想の世界へ侵入する







………






……












「おお勇者よ! 此度の魔王討伐、及び四天王、上級魔族の掃討。誠に大義であった。皆の者、世界を脅かす仇敵はここにいる勇者が撃ち取った! 今宵は盛大に祝おうぞ」






王様からの祝いの言葉を受け、パーティーメンバーは皆感極まった様子で、すこし遅れて会場全体が歓声で満ち溢れた。竜が悠々と飛び回れるのではないかと思う程に広々とした会場を眺めながら、魔法使いが取り分けてくれた豪華な食事に舌鼓を打つ






宴は立食形式となっており、人々の往来に立ち眩みを起こしつつも、俺は貴族だか誰だか知らない人間相手に適当な話をして、途端吐き気を覚えて。会場を後にしようとしたが、部屋が広すぎていくら歩いても出口の扉に辿り着けない







「【魔力強化】、【限界突破】【制限解除】ぅあ…」





気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。なんだ。なんなんだこれは。空を突き抜ける程に高い天井、精巧な装飾の施されたシャンデリア。見たことのない、食べたことの無い、味を知る訳の無い料理を、俺は味わって、食していた






違和感。そう、違和感だ。どうして気が付かなかったのだろう。説明がつかない事に。矛盾が発生している事に。これじゃあまるで、誰かが俺の思考に入り込んでいるみたいではないか







もはやそうとしか考えられない。俺の妄想に、俺以外の、何者かの。正体不明の思考が侵入してしまっている





全力を尽くし、扉の方へと駆けているが、扉との距離は一向に縮まらない。まるで空間が歪んでいるみたいだ。ああくそ、まただ。なんだ。なんなんだ。まるで空間が歪んでいるという状態を知っているかのように、理解していているように錯覚させられている






いや、違う。これは、知識だ。正体不明の意識が有している記憶が此方に流れ込んでいる。であれば奴の弱点を。違法滞在者を追い出すための知識を、寄越せ







……















「どうかした? 随分と顔色が悪いようだけど」






声が聞こえた。いつの間にか会場に溢れていた人間の姿は綺麗さっぱりと消えている。それに何故か身体中汗だくだ。妙に身体が重いと思ったら体内の魔力もからっけつだし、一体俺はどうしたのだろう






「いや、悪い夢を見ていたみたいだ」






取り敢えずこのままじゃ寝付けないだろうし、風呂に浸かって飲み直す事にしよう。そうだ。折角だし魔法使いも誘って






気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。気持ち悪い。魔法使い? それは個人を示す名称として正しいものなのか? それは本当に彼女の名前なのか? そもそも彼女は、誰だ? 知らない。俺は彼女の存在を認知していない






英雄譚に登場するパーティーメンバーの役職は、剣聖、聖騎士、聖女、であったはず。少なくとも、俺の知っている物語に、魔法使いなんてものは存在していない。していない筈なのだ。であれば目の前の彼女は、一体何者だ






「終わらせたく無かったのでしょう? キミの。キミだけの英雄譚を」






十中八九間違いない。彼女こそが俺の妄想に入り込んだ異物。未知の知識の流入なんて異常を引き起こしている元凶。今回の物語の敵役。ああ、これで、終わらずにいられる






「でも、もうおしまい。ボクは貴方の期待には答えられない」






何をいい加減な事を。お前は敵だ。敵で無ければならない。でないともう、この世界に敵は存在しないのだから。俺の想像出来る範囲の、思い付く限りのものは全て、終わらせてしまったのだから





お前さえ敵に回ってくれれば、俺はまだ、ここに居られる。お前の知識があれば、この世界を延命する事が出来る、だからお前は敵だ。敵なんだ






「いやぁ、魔王討伐おめでとう。いや、ここは世界を救ってくれてありがとうと言うべき場面かな? キミとの旅はなかなかに…ってナニソレ……そんなの向けられると怖かったりするんだけど…」






聖剣に魔力を纏わせる。魔法使いは動揺した様子だが、それも油断を誘うための罠なのかもしれない。何せ相手は魔王以上の脅威だ。脅威である必要があるのだ。であればこれではまだ足りない






聖剣に仕掛けたたった一度のみ使用可能の切り札。鍵となる魔力の波長を浴びせ、聖剣のリミッターを解除。形を崩したのだから聖剣の崩壊は止められない。しかしこれでもまだ足りない。続けて形を失った聖剣に無理やり各属性の付与を行い、弱点を突ける可能性を底上げ。聖剣術のアーツを発動し、全身全霊、俺の出せる最大の火力を以て聖剣を振るう






「危ないなぁ! ボクも不死身って訳じゃないんだし、少しは加減して欲しいもんだよ全く。ま、それくらい狂っていないと、世界なんて救えないし、救わないよね」







生きている。俺の、全力の一撃をものともせず、服に付いた埃を手で掃いて落としながら、余裕の表情で、呆れたように此方を見ている。これはあり得ない。いや、有り得るのか?






竜の鱗だって紙のように切り裂いてしまう聖剣を、使い潰してまで放った一撃が、有好打にならないなんて。一体どんなカラクリだ。考えろ。思考を回せ。情報を抜き取れ。記憶を読み取れ、相手を徹底的に理解しろ






「明日に差し支えるし、今日はこの辺りでおしまいにしよう。契約に関しては明日の朝にでも話そうよ。それまでに調整をしておくからさ」






少女が指を鳴らした途端




















気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。意識がハッキリとしない。明瞭な思考が失われてしまっている。冷静を欠いている。こんなの、勇者らしくない






「んー…じゃあ抜け出しちゃおっか。大丈夫大丈夫。ボクの魔法で上手く誤魔化しておくからさ」






吐き気は収まる気配が無いどころか、どんどん酷くなっている。それに何故だか頭も痛い。治癒魔法を使おうにも魔力はからっけつだし、ここは魔法使いの厚意に甘えておこう





 

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