国防を担っている家をぞんざいに扱ったら国がどうなるか、わかりませんか?
「フランチェスカよ、俺はお前との婚約を破棄する。そして、ここに居るカトリーヌを妻に迎える」
急に王城まで呼び出されて来てみれば、開口一番でコレである。
いきなり婚約破棄を突き付けてきたエリック殿下は、ここアスランド王国の第一王子であり、私の婚約者だ。
「聞けばお前は、カトリーヌに嫌がらせを繰り返していたそうだな。そのような陰湿で愚劣な女は我が王家には必要ない!」
殿下が言うには、私は陰でカトリーヌ嬢をイジメていたらしい。ほとんど面識もないのに。
殿下が私との婚約を発表したパーティで挨拶したくらいかな? あのときは大勢の人と喋ったし、それ以来会ってないから実質初対面だ。
そのカトリーヌ嬢は殿下に隠れて泣いているように振舞っているが、ほくそ笑んでいるのが丸見えだ。演技するなら、もうちょっと上手くやってほしい。
まぁ、察するに、カトリーヌ嬢が私からのイジメを捏造して殿下に泣きつき、婚約者の地位を奪い取ろうとしたんだろう。
実にくだらない。
「さぁ、わかったら出て行け。お前のような奴は領地である辺境に引きこもっているのがお似合いだ!」
呼んでおいて出て行けってどうなの?
演技ヘタクソ女の企みなんてどうでもいいし、それに騙されてる殿下のアホっぷりも知ったことじゃない。帰りたいのは山々だけど……。
話の内容はとても重要なことなので、殿下にはしっかりと確認をしなければいけない。
「殿下。私との婚約を、正式に破棄する。間違いありませんね?」
「何度も言わせるな。さっきからそう言っている」
「この婚約破棄がどういう意味を持っているか、本当に理解していますか?」
「くどい! さっさと出て行け!」
そこまで言われるなら、私から言うことはもう何もない。
私は、苛立った表情の殿下と満面の笑みを隠さなくなったカトリーヌ嬢を尻目に退室した。
「さよなら、エリック様」
自分の従者にすぐ領地に帰ると指示して馬車に乗り、起こった内容を記した手紙を書いて早馬で先行させた。
◇ ◇
私、フランチェスカ・クレスの家は騎士爵である。
クレス家はお爺様が戦争で名を上げて、当時の国王陛下から爵位と領地を頂いた。
その領地は、隣国であるバルバ帝国との国境沿いの辺境だけれど、お爺様の故郷であり、その帝国からの侵攻を防ぐ役割を期待されてのこともあって、お爺様は喜んで拝命した。
それからのお爺様は獅子奮迅の活躍を見せた。地形を完璧に把握した戦術で帝国軍を追い払い、国境である山脈に砦を築いて進軍を諦めさせた。
戦力で劣る王国が存続しているのは、お爺様のおかげだと言っても過言じゃない。
それから数十年。
その間に、戦争は長期化して冷戦状態になり、当時の国王陛下も亡くなり、大きな戦闘も無くなって軍備に割く予算も減っていき……ハッキリ言えば、平和ボケしていった。
そんな中で軍備に傾倒しているクレス騎士爵家が冷遇されていくのは、自然な流れだった。
いくら功績を立てても昇爵されない。
しまいには陰口を叩かれ、厄介者扱いされるほど。
でもねぇ、殿下。
あなたも、多くの人も忘れてるかも知れないけど。
帝国との戦争は、まだ終戦してないんですよ。
◇ ◇
領地に戻った私は、当主であるお爺様と、次期当主のお父様の3人で話し合っていた。
私が戻るまでに2人の間で結論は出ていたようで、ほとんど愚痴を言うだけの場だった。
「今の王家が、ここまで腑抜けていたとは」
「カトリーヌというと、メイレム伯爵家の次女でしたか。あの美術品ばかり買い集めている家の」
「あの家は商売人よ。芸術のことなど分からぬ。金で買い漁っているだけよ」
「王都に居を構えているから、殿下に取り入る機会があったんだろう。フランも、今回のことはあまり気にしなくていい」
「いえいえ、私はちっとも気にしておりませんので」
私はのんびりとお茶を飲みながら、2人の話に相槌を打って聞いていた。
エリック殿下と私の婚約は、当時の国王陛下に気に入られたお爺様と交わした『お互いの家の子どもを結婚させよう』という約束を果たしたもので、年齢が近くてちょうどよかったのが私たちだったというわけだ。
身分の差がありすぎることから反対する声も上がったらしいけど、国王陛下とお爺様の仲は周知のことであり、国王陛下が有無を言わせない性格だったこともあって、そのまま押し切ったらしい。
私にとっては『家が決めたこと』でしかなく、殿下と結婚してもしなくても、どっちでもよかった。
だから、婚約破棄の件すら私にはどうでもいいことなのだ。
我が家にとってはブチ切れる理由になるけど。
そして話が一区切りついたころ、お爺様が宣言した。
「俺たちクレス家は、国王陛下の大恩に報いた。その陛下も逝き、国への義理も果たした。これ以上尽くす理由はない。これよりクレス家はバルバ帝国に帰属する」
◇ ◇
そこからはあっという間だった。
すでに帝国との繋がりがあったお爺様が連絡を入れると使者が訪れ、我が家はアッサリと帝国の一員になった。
領地は帝国領として編入され、さらに制圧する王国領の一部を任せてもらえることと、クレス家を辺境伯の地位につけることが約束された。
お爺様の様子を見ていた感じ、その辺りのことも裏で話がついていたんだろう。
そして程なくして、帝国軍は王国への侵攻を再開した――。
開放された砦を素通りし、領地の中を行軍していく帝国軍を、小高い丘の上でぼんやりと眺めている。
そんな私に近づいてくるのは、バルバ帝国の第一皇子であり、名目上の司令官でもあるクライヴ殿下だ。
彼は、我が家と使者の人が話したあとの正式な調印などのときに訪れ、私に一目惚れしたらしく、その場で求婚してきた。
私はそれを受け入れ、調印の場はそのまま祝福の場と化した。
それ以来、何かと行動を共にするようになった……というか、私について回るようになったというか。
「この国の制圧が終わったら、式を挙げよう」
「ええ、嬉しい」
私の肩を抱き寄せる彼の胸に頭を預ける。
今の王国に、精強な帝国軍と戦うだけの戦力も士気も無い。
国土は蹂躙されて、エリック殿下もカトリーヌ嬢も殺されるんだろう。
まぁ、今となってはどうでもいいことだ。
私には明るい未来が待っているのだから。
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