モグモグッグピュー、ギロギロッギぺー
こんな話を聞いた「モグモグッグピュー、ギロギロッギぺー」
僕には、二歳年上の兄がいる。
自閉症だ。
だが、子供の頃は、何不自由なく楽しく遊んでいた。
特に、僕たちには秘密の言葉があった。
僕が、「モグモグッグピュー」と言うと、
兄は、「ギロギロッギペー」と答える。
母は、「変な子供たちね〜日本語を喋ってよ、日本語を〜」とぼやく。
すると、兄は「ふふふ〜」と笑う。
僕はそんな兄が大好きだった…
あれから二十年、
僕たちは大人になっていた。
数年前から、
兄は寝たきりの生活だった。
帰省すると、僕は必ず兄の痰の吸引を母と代わる。
兄は、その最中、何の反応も無く、いつも窓の外ばかりを眺めていた。
ある日、携帯が鳴った。
「聡ちゃん、秀ちゃんが危篤なの!急いで帰って来て」
母からだった。
病院に着くと、兄の身体には何本もの管が付けられていた。苦しそうな表情の兄の顔。
「兄き、頑張れ、兄き、」
ピーーー心電図の波線が止まる。
「AEDの用意」医者が叫んだ。
「秀ちゃん、秀ちゃん」
「兄き、兄き、兄きー……モグモグッグピュー」
思わず、二十年ぶりにあの言葉が出た。
「…… …… ッ …… ………… …」
兄の唇が微かに動いた。
僕には聞こえた、
確かに聞こえた、
あの言葉「ギロギロッギペー」が、
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、
再び心電図の波線が戻った。
兄の目は、薄っすらと僕の方を見ていた。
数ヶ月後、
公園で、秀一の車椅子を押している聡二。
楽しそうな二人。
あの言葉を言っている。
「モグモグッグピュー」
「ギロギロッギペー……」