【4】みなもの真実 4
どうやらみなもの検査が終わったらしい。お医者さんがカルテを見ながら、店長と何か話している。
僕も近寄って聞いてみた。
「薬物ですね。しかも数種類ブレンドされています。これでは、いつ錯乱状態になってもおかしくはなかったでしょうね。
臓器にも相当ダメージがきています。場合によっては移植も考えた方がいいかもしれませんね……」
「薬物だって!? ちょっと見せてみろ」
店長がお医者さんからカルテをむしり取った。
顔色がみるみるうちに青ざめる。
何かブツブツと言いだしたけど、よく聞き取れない。
「誰が、俺の瑞希にこんなマネを……ブチ殺してやる」
ほら。
やっぱ店長だってちっとも割り切れてない。
でも、あんな失い方をすれば、誰だって……。
店長はどうして皇国に復讐しなかったんだろ。
二度も嫁を殺されたなんて、僕なら正気じゃいられない。
お医者さんは応急処置として、人工透析をすると言ってるけど、店長が自分の血を輸血して、毒だらけの血を捨てるって。
お医者さんも、一瞬難色を示したけど、モノが店長だからそっちの方がいいかもしれないって話になった。
こういう時は神族の血の方がいいのか……。
「あの……輸血するんなら僕のを使って下さい。血液型同じです。多分」
店長がジロリと僕を見た。
なんだか店長まで少しおかしくなってきたように見える。
「本当はな、俺等はどの血液型にも輸血出来る。だがお前はダメだ」
「なんでだよ!」
「いいか、よく聞け。ニライカナイのイクサガミが有事の際に貧血でフラフラなんてことは、万が一にもあってはならないことだ。
お前は兄に代わり、国防を担っているんだ。いい加減その自覚を持て、威」
「でも! ……でも、みなもは僕の巫女なんだ……大事な人なんだ」
「聞き分けろ、威。おい、輸血の準備始めろ」
店長はお医者さんに指示を出した。
別の部屋に移されたみなもは、今は全身麻酔で眠っている状態だ。
ベッドの周りでは、看護師さんたちが忙しそうに輸血の準備をしている。
隣のベッドには、ヒマそうな店長がPSSでモンプラをプレイしている。
……けど、さっきっから動かずに、小型肉食獣にドつかれてばっかりだ。
僕は光明寺先生のマネをして、店長からPSSを取り上げた。
「んあ。返せよ」
虚ろな目で僕を見上げる店長。
店長がこんな狼狽えてるから、僕がしっかりしなきゃ。
「電池のムダだから切るぞ、店長」
僕はPSSの電源を切ると、店長の腹の上にポンと投げた。
「みなもは瑞希じゃない。落ち着けよ店長」
僕だって不安なのに。
店長は半身を起こしてPSSをベッド脇の台の上に置くと、再びごろりとベッドに仰向けになって、死んだ魚のような目をしながら言った。
「俺……もうこんな気持ちになる事ぁないと思ってたんだ。
あいつが死んでこっち、女も作らなかった。死んだら悲しいからな。
なのになあ、何でまたこんなことになるんだ?」
情けないヤツを目の当たりにすると、こんなにイライラするんだって初めて知った。みなもはいっつもこんな気持ちだったんだろうな。
だから、ついつい言葉もキツめになって……。でもずっと一緒にいてくれた。
店長、あんたの側には明日華ちゃんがいるじゃないか。
何で見てやらないんだよ。
って、みなもを裏切った僕が言えた義理じゃないが。
僕は両手を組み、大きく振りかぶって、店長の腹に打ち込んだ。
ぐぼっ、といううめき声を上げて店長はベッドもろとも二つ折りになって、体を丸めて床に転がった。
「すいません。ちょっとコイツムカついたんで。あとでベッド弁償しますんで、基地に請求書送っといてください」
僕は、目を丸くしたお医者さんや看護師さんたちに言った。そして泥酔者のように床に落ちている店長の、アロハの襟首を掴んで持ち上げた。
「さっさとこのおっさんから血ィ絞って、みなも治してください」
「……俺は猫じゃねえぞ……」
店長が僕の腕を払いのけて言った。
gdgdおじさんも、少しは気合いが入ったみたいだ。
目が死んだ魚のソレから、武神のものに戻ってる。
僕はフン、と鼻を鳴らすと、部屋の隅にある椅子に腰を下ろした。
こっちだって、いろいろありすぎて頭パンクしそうなんだよ。
なんでいい大人のアンタがいつまでもgdgdしてんだよ。
マジかんべんしてくれよ……。
僕は腕組みをして、看護師さんたちがベッドを入れ替えたり、みなもの腕にチューブを繋いだりしてるのをまんじりともせずに見つめていた。
店長の腕にもチューブが繋がれ、赤い血が細い管の中を進んで行く。
――あれが、みなもの中に入るのか……。
そう思った瞬間、僕は言いようのない激しい不快感に襲われた。
……やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、
やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ――
「やめろ――――――ッ!!」
気付いたら、僕はみなもの腕からチューブをむしり取り、彼女の体を抱き上げていた。
なぜか分からないけど、死ぬほどイヤだった。
店長の一部がみなもの体に入る、それがたまらなく許せなかった。
「おい、何のマネだ! みなもをベッドに戻せ!」
店長が吠えた。
「い、いやだ! お前の血なんか入れてたまるか! みなもは僕のものだ!」
僕は壁際に後ずさり、みなもを抱き締めたまま頭を振って、半狂乱で叫んだ。
「どうしたんだ?」
ドアを開けて難波さんが入ってきた。基地から戻ってきた。
「おい威を捕まえろ。みなもを取り返せ」
店長がベッドから起き上がって言った。
「いやだ、取らないで、みなもを取らないで」
僕は泣きながらみなもを抱き締めていた。
「取らないで、取らないで、みなもを取らないで、僕から取らないで……」
難波さんがゆっくりと近づいてきた。
「大丈夫だ。誰も取らないから。ただみなもを治してやりたいだけなんだ。
さあ、みなもをベッドに寝かせろ、な?」
「う……でも……やだ……よ……」
僕は部屋の隅っこまで後退したけど、それ以上下がれなくて、みなもを抱えて背中を向けるしかなかった。
「絶対いやだ……」
「大丈夫だから。本当に誰もお前からみなもを取り上げたりしやしねぇ。だから――」
背中で難波さんの声を聞いた。
でも聞き終わらぬうちに、僕の意識が途絶えた。