【3】みなもの真実 3
そして、さらに質問をしてきた。
「みなもはお前に何か言ってなかったか? たとえば……伊緒里との事とか、瑞希の事……とか」
僕ははっとなった。確かに、何か言ってた――
「さっき僕が夕食をもらいに行く前、みなもが言ってたんです。
島に来る以前から、時々頭の中に誰か別の人の声がするって。
オカルトが苦手な僕に言っても信じないだろうから、今まで言わなかったって……。ねえ店長、やっぱりみなもって瑞希姫の――」
店長が僕の言葉を遮った。
「何度でも言うが、生まれ変わりじゃない。そりゃ戻って来てくれたらどんなにいいか、とはいつも思ってる。しかし、明日華が何と言ったかわからんが、みなもの体の中には、本当に瑞希の魂は入ってはいないんだ。……残念ながらな」
「じゃあ、何なんですか。知ってるんでしょ? いい加減隠すのやめてくれませんか?」
僕は店長に詰め寄った。
店長は、ひとつ嘆息すると、今度は死ぬほど暗い顔で話し始めた。
「……みなもは、瑞希の細胞から造られたクローンだ」
「クローン? クローン? あ……えっと……」
言葉としては知ってる。けど……
店長は壁に背中を擦りつけながら、ずるずるとその場に座り込んだ。
「……軍だよ。二十年ほど前、俺がちょっと近所の島に出かけているスキに、霊廟で冷凍保存している瑞希の遺体が盗まれた。
だが、それに気付いたのは、一年近く経ってからだった。奴らは巧妙に痕跡を消していったんだ。
……全く、マヌケな話さ。俺が未練がましく瑞希の死体なんか取っておくから、あいつを二度も死なせてしまった……」
僕は店長が何を言っているのか分からなかった。
いや、言葉としては耳から入って理解してるんだけど、それがみなもの現実だってことが納得出来なかった。
だいたい、クローンってなんなのさ? 動物とか植物なら聞いたことあるけど、人を造るって何?
僕は数十秒か数分かわからないけど、とにかく何も言えなかった。
何を言えばいいのかすら分からなかった。
店長の酷すぎる境遇がどうだとか、そんなこと考える余裕すらなかった。
「……じゃあみなもは、瑞希姫であって、瑞希姫でない。そういうこと、ですか」
やっと口をついて出たのは、これだけだった。
「ああ。最初は焦って土下座かましたが、後ですぐクローンだと分かった。だからあの時、何のつもりだ、と電話で基地の三島を呼び付けたんだ。ま、他意はないと分かったので、それ以上追求はしなかったが。
しかし正直複雑だったよ。嫁の体をバラバラにして造った子供が、こうして戻ってきたんだからな。俺が人間だったら吐いてたさ」
店長の心中を思うと、あまりにも悲しすぎて、かける言葉なんかなかった。
でも、そんな僕の様子に気付いてか、店長は僕の頭を優しく撫でてくれた。
僕は、彼の目が『ありがとよ』と言ってるような気がした。
僕はただ、あまりにも人ごとじゃなくて……。
……ぼくらって、いったい、なんなんだろうか。
捕まえたら、兄貴に聞いてみたい。
「しかしな威、それとみなもの病気と何の関係があるのかは、俺にも分からない。明日華の見立てが正しければ、何かの呪いという線もなさそうだしな……」
そうですか、と僕は蚊の鳴くような声でつぶやいた。
「瑞希の遺体が奪われた頃、世間にはイクサガミ不要論が浮上していた。
政治家たちからうとまれるようになった軍は、わがままで思うように動かない神々がうっとおしくなっていたんだ。
そこでバカな人間が『神と巫女を自分達で造ればいい』なんて思いついて、手始めに過去一番霊力の強かった戦巫女、瑞希の肉体を秘密裏に手に入れた」
「ひどい……」
「ゆくゆくは、イクサガミの方も培養して、人造の劣化武神器も造り、運用しようとしたのだろう。仮に武神器製造がダメでも、死なない兵士として十分使えるからな。
しかし当時の技術では瑞希は造れても、何千倍も複雑な細胞や遺伝子を持つ我々神族のコピーを造り出すことは出来なかった。
そして研究が明るみになり、プロジェクトは解体、造られた十人程のクローンは研究員たちの家族として引き取られて、国の管理下に置かれ、監視が続けられた」
ん? そういえば、みなもの家のリビングにあったあの写真……まさか、な。
店長はそこまで一気に話すと、雷雨の降り始めた窓の外に目を向けた。
雨粒が廊下の窓ガラスを激しく叩き、外の夜景の灯りや、県道を走る車のライトを滲ませ、窓に赤や黄色の筋を描いている。
それはまるで店長の流す血の涙のようだった。
「……だから貴方は、皇国のためには戦わないんですね」
「あのおしゃべりめ」
店長は、誰が言ったか分かってるみたいだった。
保健室の前で明日香ちゃんの言ってたこと、今なら少しは理解出来る気がする。
「明日華ちゃんホントは、店長のこと好きなんじゃないんですか」
「……死んで百年も経つ嫁の墓前で飲んだくれて、いつまでも女々しく泣いてる男が、どの面下げてあいつを幸せにしてやれるんだ? 冗談も大概にしとけ、少年」
「あんたの巫女にしてやればいいじゃないか。多分それが――」
そういいかけた時、背後のドアが開いた。