【1】みなもの真実 1
今までずっとそうしてきたように、僕らは癒やし合った。
そのあと、ベッドの上で猫みたいに丸くなって手を握り合い、頬を寄せ合っていた。
多分これは、毎日毎日、人間から傷つけられ続けてきた僕が、生きることに絶望しないための、みなもなりの儀式みたいなものだったのだろう。
――――でも今度は、僕がする番だ。みなもを護らなければ。
「僕はお前に護られるんじゃなくて、護りたかったんだ。それがやっと分かったよ……」
「ふぅん……。威のくせに私を護るなんて百年早いよ」
みなもはくすりと笑った。
「憎まれ口叩けるぐらいには回復したみたいだな。……僕は、お前に護られていれば、確かに心の安寧は保てたかもしれない。
でも、お前に護られ続ける自分がいやで、だから、そんな気持ちにさせるお前が、心の底からは好きになれなかったのかもしれない……。
お前に恋出来なかったのは、家族同然だからとか、そんなのホントは関係なかった」
なぜか、するりと口から出てくる言葉に、僕自身驚いていた。
きっとなにかが分かりかけているからなんだろう。
「そっか……」
みなもはまた、くすり、と笑って言葉を続けた。
「私はずっとね、威を守らなきゃって思ってた。横須賀で威を守れるのは自分だけなんだって思ってた。だって私は威の戦巫女になる女だから。
……でも、護ったらいけなかったんだね。だから……伊緒里ちゃんに取られちゃったんだ……」
ズキリと胸に突き刺さる、みなもの言葉。
「……それだけじゃ、ないけど……」
ふうん、と言ったまま、みなもはしばらく僕の目をじっと見つめた。
その射るような眼差しで、瞳の奥を覗き込まれているような気分になる。
この時僕は、さっきまで弱々しかったみなもの目に、少しだけ力が戻ってきたように感じた。
「あのね……私の中で誰かがそうしろって言ってたから。威を護れって」
「そ、それ、ホントなのか!」
僕はガバっと起き上がった。
まさか……。
明日香ちゃんの言ったことは本当なのか。
――みなもが瑞希姫の生まれ変わりだって。
「信じて……くれるの?」すがるような目で見つめるみなも。
「ああ。そ、それで?」
みなもも起き上がって、ベッドの上にあぐらをかいて話し始めた。
「私、昔っから何かを決めようとすると、別の声が浮かんでくるの。それも、かなりはっきり。だから、威のこと決めようとすると、頭の中の人がいっつもジャマしてきて……。だから、だんだん自分の判断とか考えとか、そういうのが信じられなくなってった……」
この時は、こういうのを統合失調症っていうなんて知らなかった。
みなもの中に、ホントに別の人がいるんだと思った。
「で、別の人ってどういうのなんだ? 女? 男? 過去の記憶とかないか?」
「え? 過去の記憶? ……意味わかんないんだけど」
「そっか……。話してくれて、ありがとな」
僕はみなもにぎゅっとした。
「ううん、こっちこそ、聞いてくれてありがと……」
みなもは僕の腰に手を回した。
体の距離は0なのに、僕らの心はいつの間にか掛け違えたボタンみたいに、ずれて離れてしまっていた。
戻したくても、どうしたらいいのか僕には分からない。
僕の心いくつかは、もう伊緒里ちゃんの中に置いてきてしまったんだ……。
「なあ、もう夕方だけど、腹すかないか? 食事もらってきてやるよ」
僕は脱ぎ散らかした服を拾い集め、出かける用意を始めた。
「それ、どうしたの、時計」
「ん? ああ、昨日買った。兄貴にもらったヤツ、伊緒里ちゃんにあげたから」
「そうなんだ……」
みなもの目つきが一瞬、どす黒く見えたのは気のせいか。
それから僕はシャワーを浴び、ひとりで食堂へと出かけた。
急いでメシを食い、みなものぶんの食事を乗せたトレーを持って宿舎に戻ると、
――事件は発生していた。
「なん……だ、これ……」
ドアを開けると部屋の中がめちゃくちゃになっている。
まるで空き巣にでも入られたかのような、いやどちらかというと、ヤクザの報復で部屋を荒らされたって方がしっくりくるカンジだ。
こんなに荒らされた部屋にいると、とても怖くて、いちゃいけない場所にいる気分がした。生理的にここはヤバイって……。
「そうだ、みなもはどうなった?」
僕は寝室に走った。
ドアは少し開いていて、電気をつけると、みなもがベッドの上で丸くなって泣いていた。
こっちの部屋はあまり荒らされていないようだ。
みなも自身にも、特にケガをした様子はなかった。
――やったのは、こいつか……。
僕はそう、直感した。
僕は、はーっと大きく息を吐くと、みなもに声をかけた。
「おい、大丈夫か?」
体に触れようと手をかけると、みなもは獣みたいに絶叫して僕の手を払いのけた。
……どうなってんだ。もっと悪くなってるじゃないか。
「なあ。先生は、一体なんの手当をしたっていうんだ。良くなるどころか、どんどんひどくなってるじゃないか。
なあみなも、お前、本当は何の病気なんだ? もしかして、大変なことになってるんじゃないのか? 一体どうしちゃったんだ?」
みなもは壁にへばりつき、僕を睨み付けてこう叫んだ。
「……お前は、違う!」