【19】連続海難事故 1
「お……おはよ、みなも」
「……うん」
次の日の朝、僕はめずらしく居間でみなもに鉢合わせした。
本気で死ぬほどバツが悪かった。
いや、本来はみなもに悪いことなんか何もない。
ない……はずなんだけど、向こうも何か察したのか、すごく寂しそうな顔をするんだ。
それがひどく胸に刺さるというか、苦しいというか。
昨日のケガは、ほとんど癒えている。
だけど、今、新しい傷が胸にざくざくと刻まれている。
「ごめん……」
思わず口をついた、みなもへの謝罪。
僕はこいつのことをどう思ってんだろうか。
未練? あるから苦しんでる。
最初から他の女の子が欲しかったわけじゃないんだ。
でも、みなもが僕のこと要らないんじゃ仕方ない。
仕方ないんだ。
仕方がないんだよ。
「こっちこそ……ごめん」
みなもも僕に一言謝ると、口を横一文字にぎゅっと結んだ。
でも思い出したように、再び口を開いた。
「あの、言ってもわかんないと思うんだけど、」
「だろな。昔からお前が何考えてるのか、僕にはちっとも分からなかったからな」
「ちがうの。もっと別のことなの! おねがい、聞いて!」
――『ちがう』それは今の僕にはNGワードだ。何で分かってくれないんだ?
「うるさい! 何が違うんだよ! もういい! 僕に話しかけてくんな!」
「威、おねがいだから聞いて!!」
悲壮な声でみなもが叫ぶ。
――でも。
――やっぱダメだ。みなもはもう、僕の中では生理的に受付けられなくなっている。
悲しいけど、仕方ない。
◇
みなもから逃げるように部屋を出た僕は、一旦PX前の自販機に寄って缶珈琲を飲んだ。こんなささくれた気持ちのまま、伊緒里ちゃんに会うわけにはいかない。
今朝は伊緒里ちゃんの家で朝ご飯を食べる約束になっていたからだ。
買い置きした缶詰の入ったレジ袋を下げて、僕は伊緒里ちゃんの家に向かった。
途中、基地の敷地内を突っ切り、昨日の晩に陸が壊したフェンスの穴から出て、最短距離で到着した。
明るくなってから伊緒里ちゃんの家を見るのは初めてだった。
ちょっと大きめの平屋で、石の壁が敷地をぐるりと囲んでいる。
沖縄と同様に台風に備えてのものだろう。
庭にはゴーヤやパパイヤ、パイナップルが植えてあり、いかにも南国の家といった風情だ。青パパイヤを細切りにした料理を食べたことがあったけど、あれはたぶん、タイ料理のとても辛いサラダだったような気がする。
「お、おはようございます」
「威くんか、おはよう。伊緒里が待ってるぞ」
八坂のおじさんが、家の庭で植木に水やりをしていた。
昨日の今日で気まずかったけど、おじさんはいたって普通だった。
でも家の玄関に入ると、件の長男と遭遇。
トイレから出てくる所だった。
「げッ、よそ者!」
ヤツは僕の顔を見るなりトイレのスリッパを思いっきり投げつけて、そのまま学校に行ってしまった。
「くっそぉ……」
あまり痛くはないんだけど、屈辱感が大きいのでどうにかしてください、おじさん。
テレビの音声を頼りに廊下を歩き、居間へと入っていくと、愛しの伊緒里お姉さんが制服の上から飾り気のないエプロンをつけて僕を待っていた。
「おはよう、伊緒里ちゃん。約束どおり来たよ」
「いらっしゃい、威くん。その辺に座ってて」
「はーい」
居間に置かれたテレビから、朝のニュースが流れている。
天気予報が終わると、近海で連続している海難事故のニュースが始まった。
冒頭では、ウチのクソ兄貴が行方不明になった事故が、まるで枕詞のように語られる。
この島に来てからずっとこんな調子だ。
確かにこれでは、早々に兄貴の後任を決めないとマズいことになる、っていうのを実感する。
だって、毎日何度も何度も、最前線で国防を担っていたイクサガミの不在を報道されてしまうのだから。
僕が来ざるを得なかった。それは紛れもない事実。
しばらくして朝食が始まった……のだけど。
「い、伊緒里ちゃん? 君んちって、いつも朝からこんなご馳走なの?」
「そ、そうよ!」
大きなちゃぶ台の上には、豪華でボリュームのある魚介料理がいくつも並んでいた。
魚の揚げ物とか、揚げ物とか、揚げ物とか。
それから、お刺身とか、焼き物とかいろいろ。
「違うよ威さま! お姉ちゃんすごい早起きして準備してたよ!」
と、末っ子の空くんがバラす。
「こ、こらっ」
一瞬でネタばらしをされてしまう伊緒里ちゃん。
恥ずかしさのあまり、エプロンで顔を隠している。
これって彼女のクセなのかなあ? 昨日もハンカチで顔を隠していたし。
というわけで、僕は朝っぱらから豪勢な食事にありつけることになった。
僕は、長男以外の八坂家全員と大きなちゃぶ台を囲んで、でっかイカの唐揚げに舌鼓を打っていた。
先日、市場のおじさんの店で食べたのは、でっかイカの串焼きと炊き込みご飯だったので、唐揚げにしたのを食べるのは初めてだ。
「これむっちゃ美味いよ! 伊緒里ちゃん」
「そう、よかった。海のものばかりだから、正直言って本土の人の口に合うか、少し心配だったのよ」
「やだなあ、横須賀だって魚介類はけっこう食うよ。近くに三崎の漁港だってあるし」
「なあんだ。心配して損しちゃった」
そう言って、伊緒里ちゃんはくすくす笑った。
(う~んこれぞ団らん。最高!)