7.勇者と結界の理④
三人称です。視点が色々変わってすみません。
あとまだシリアスが少し続きます。苦手な方はそっ閉じでお願いします。
酷く血生臭い。
健は結界の向こうの世界に入り、顔をしかめた。
以前来た時も感じた嫌な臭い。
ベッタリと、血糊のように貼り付いているのではないかと、共にいる美依菜に気付かれてしまうのではないかと、無用な心配までする程、空気が穢れていた。
だが、近くで戦う2つの気配の主に気付かれてはならない。
健は美依菜が力を使う事で存在を察知されないよう、彼女に注意する。
「…やっぱり戦ってる。美依菜、力を」
「あっ、ごめん!今浄化するから」
「ちがっ、止めて!美依菜!力を使ったらだめだっっ!!」
「みつけた」
遅かった。
一体に見つかってしまった。
そしてすぐその相手が召喚勇者だったと分かる。
何と戦っていたのかなんて今はどうでも良かった。
とにかく、美衣菜を守らなければ、とそれだけを思う。
しかし相手は変性し、人を捨て、魔族となった勇者。
簡単に倒されてはくれない。
『お前じゃ無理だ。代われ』
何度も声がする。
その度に煩い、と反抗した。
(そう何度も代わられてたまるか。今度は俺が守るんだ)
こちらを苛立たせるような会話をしてくる少年。
元勇者との力の差はあったが、負ける程ではない。
だが。
「聖女、僕にちょうだいね」
なにを言われたのか、一瞬分からなかった。
その戸惑いが油断となり、美依菜はあっという間に見知らぬ女に拘束され、連れ去られていた。
体中の血が沸騰するようかのように、肺からの息も熱い。
そして、向けられる合成獣をがむしゃらに倒し、美依菜に手を伸ばそうとしたその時。
ルディや向こうの世界に向けて放たれようとする魔法。
元勇者に美衣菜と天秤にかけられた。
だが、迷う事などない。
だって、自分にとって一番大切なものは決まっている。
だから手を伸ばし、守るのは当然美依菜の方だった。
なのに。
「健だめっ!皆を守って!!」
残酷な彼女はそう告げた。
また、自分は捨てられたのか。
健は唇を噛み締めて耐える。
違う、と。
自分も、皆も守ってほしいのだと。
愛しい人のワガママを叶えなければ、と、健はルディ達の前に立つ。
「ルディ様!皆さん全員の力で聖壁を張って下さい!あとは俺がなんとかします!急いで!!」
「了解だ!」
四人は直系の王族だ。
血が受け継ぐ聖力は高い。
少しの間自分達を守る事は可能なはず、と、彼らを信じて、健は向かってきた魔法の軌道を変え、空へ撃ち返す。
「やった、か…?」
聖壁で魔素の強い風圧を受けなかった四人が、恐る恐る前を見る。
そこに攻撃を向けてきた元勇者の姿はなかったが、同時に、攫われた美依菜の姿もまた、なかった。
彼女の願いは叶えた。
だが。
その代償は。
「…ぅあああああああーーーーーーーーっっっ!!!」
大地の激しい振動と、空気が揺れるような魔素の動き。
魔素が健の周りに吸い込まれるように集まっていく。
「タケル、落ち着け!!お前まで飲まれるぞ!!」
(イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ)
(どうして彼女がいない)
(何のために世界を守ったんだ)
『だから代われと言ったんだ』
頭の中で声がする。
(そうだ、どうして変わらなかった)
(自分で出来ると思ってた)
(並び立ちたいと思ってた)
(今度こそ自分で守れると思ったのに)
ーーーー君が俺なら、彼女を守れた。
ーーーーいいや、僕なら彼女の心は守れなかった。
ーーーーじゃあ俺たち。
ーーーー僕たち。
(二人なら、きっと守れる。今度こそ)
地鳴りが止み、空気の振動が治まる。
「一体、どうしたってんだ」
ルディは怖いくらいに静まり返った辺りの気を探る。
あれだけあった周囲の瘴気が消え、空気の澱みがなくなっていた。が、それなのに強烈な圧迫感が胸を襲う。
まさに魔王。
その正体に気付きたくなかったのが本音だが、そういう訳にもいかず、ルディは平静を装うしかない。
「美依菜が攫われました。僕は助けに向かいます。皆さんはそこから戻って下さい」
先程の元勇者とは比較にならない程のプレッシャー。
一見平静に見える健だが、その体を纏う空気がバチバチと火花を散らしている。
(こりゃあ相当頭にきてるってか、美衣菜を簡単に奪われた俺達が生かされてるのが奇跡っつーか)
美衣菜が願ったからだ。
そうでなければ、いくら良い関係を築いていたからといっても、あっさり見捨てられたはずだから。
美衣菜無しでは自分達は足手まといにしかならないと、そう理解し、ルディが了承しようとしたその時。
「すげー気だな。また狂った勇者が生まれたか」
そんな声がしたかと思えば、次の瞬間には健とその声の主が剣を交えていた。
現れたのは浅黒い肌で長い銀の髪をした長身の男性。
激しくぶつかり合う剣と魔法にルディ達が呆気にとられる中、相手の男は呼吸一つ乱さず健とやりあう。
だが、健の様子に疑問を抱いたのか、男はぐっと距離を取った。
「ん?あれ、お前…もしかして意識ある?正気か?」
「…僕は初めから正気です。時間が惜しいので手短に。貴方は魔王ですか?」
「はぁ?!俺が??なんでっ!」
男は心外だとばかりに口を尖らせた。
「そんな強さで何でと言われても…さっきあの元勇者と戦ってたのは貴方ですよね?」
「あんな陰険野郎と一緒にすんな。大体、強さならお前のが上だろうが。俺は魔王じゃねーよ、ここの国の王だ。ここで魔王と呼ばれてるのはさっきのあいつだな」
「……話、長くなるならもういいです。あいつのいる場所さえ教えてもらえれば危害を加えるつもりはないですし、用事が済めばここから出ていきます」
「おいおい短気か。まぁ落ち着け。お前の探してる奴だが、どうも攫ったのはうちの部下ら…うおっ、まて!話を最後まで聞け!!」
男は本気で慌てていた。
死を覚悟するほどに健の攻撃は凄まじかった。
「お、おいタケル待てって。殺したらその部下の話聞けないだろ」
「口さえあればいいでしょう」
「ちょっと、お前それミーナが聞いたら泣くぞ…」
美衣菜の名を出されて健の手がやっと止まる。
男は健によってボロボロにされ、地面に横たわっていた。
「じゃあとっとと吐いてもらう為に足の一本貰いましょうか」
「タケル君、話聞いてた?!」
動けない男に向けて魔力の玉を放りなげようとした時だった。
「待ってください!その人を殺さないで!」
「!!」
そう叫んで現れたのは、健と同年代の少年。
黒髪に黒目のーーーーー自分と同じ日本の、人間。
「彼女は、僕の為にあんな奴の話に乗って…お願いします、僕のせいなんです。ゼクスもセレスも殺さないで下さい、お願いします!」
倒れる男の前に立ち、両手を広げて懇願する少年。
その必死な瞳に、どこか、同じ匂いを感じずにはいられなかった。大切な、自分より大切な人と。
「えーと、少年よ。君は召喚勇者なのか?」
「らしい、です。でも」
「…そいつがここに来たのは2週間前だ」
瀕死だったはずの男が語る。
意外と平気だったらしい。
流石魔族の王、タフだなとルディは思った。
「何故こっちで勇者を召喚出来たんだ?」
「そりゃあ、勇者の血と魔力と生命力があれば交換が可能だからだ」
「何だって?!」
これにはルディだけではなく他の面々も驚きを隠せなかった。
男の説明はこうだ。
勇者を召喚したければ勇者の血を、聖女を召喚したければ聖女の血液を10㏄程魔石へと注ぐ。賢者もまた然り。そうして2つが反応し、異世界への門が開く。そこから救世主を呼ぶ為には、命の等価交換が必要となる。ただ、あちらの世界には魔素がないので、向こうが儀式をすることは不可能だ。
要するに、救世主の血筋が必要なのではなく、純粋に異世界の人間の血を媒介にして世界を繋げている。それが異世界召喚の真実。
「お前達のやり方で伝わったのは、必要以上に異世界から救世主を召喚しないようにする為だろう。下衆な言い方をすれば、血さえあれば『生贄』は誰だっていい事になりかねないからな。こっちの王には真実が伝わってはいるが、肝心の救世主の血族はいない。これも知らないと思うが、魔力が高ければ強い救世主が喚べる。魔石を使わず、人と人との交換でやろうとしたら何が起こると思う?王族といったって、極端に魔力や聖力が強いわけじゃない。救世主の強大な力に足りないそれを生命力で補おうとする。足りない魔力故に救世主自体も生命力の薄い、向こうと縁の薄い人間が選ばれる。死を目前にしてた奴とかな」
魔力が高ければ高い程能力の高い救世主が喚べる。
リュートは語らなかったが、健の召喚に選ばれたのは王の弟。血の濃さと強さの比例、断罪されたがあのクズ達に知られていなくて本当に良かったと思った。
「僕はあの勇者の血を使って喚ばれたんです。でもここの魔素がきつすぎて、思うように体が…彼女、セレスは苦しむ僕を助けようと、あいつの口車に…」
「セレスはナオトの世話役でな。あいつなりに責任を感じていたらしい。まあ、そもそもの原因は俺が奴に騙されて国に招き入れちまったのが原因なんだが」
魔族ーーーーーそもそもそのような言い方をしているのは結界の中の世界だけで、彼らは元を辿れば同じ祖先を持つ人間だった。
千年ほど昔、この世界に結界など無かった時代。
原因は不明だが、大気中の魔素が増加し、耐性のない者から死に至る現象が起きていた。比較的魔力の強い者で更に魔導回路の優れた者が中心となり、原因を探っていたが、次々と失われる命に一刻の猶予もないと判断され、藁にもすがる思いで異世界から三人の人間が召喚される。
能力も人としても素晴らしかった彼らは、問題を次々と解明していった。人と魔素との関係や、毒とも言えるほど濃い魔素ーーー瘴気を生み出していたのは魔導回路の狂った一部の変性した人間であった事、そして。
「聖女は魔素に弱い人間を集め、その一帯を浄化する方法を取る事にした。そこに強い魔素が入り込まないよう、賢者に結界を張らせた。結界の性質上、魔素も取り込むが長く触れた者も変性させる。そうなった場合に対処できるよう、勇者もその結界の中に入ったんだ」
そうして千年が過ぎ。
結界の外の世界の魔素も薄まり、結界の必要性より獣の変性等、実害が増えてきた頃。
結界の中から異世界人が現れる。
心も体も満身創痍、といったボロボロの状態で発見された彼らは、奴隷紋を刻まれた召喚勇者だった。
すぐに治療が施され勇者は一命を取り留めたが、その力は余りにも弱く、生命を維持する為なのかこちらの世界の幼子レベルまで力を落としてしまう。
そんな中、事態を把握する為に現場を訪れた先代の王は、千年という時間で崩れかけている結界を目にした。しかもそこには人為的に壊された痕跡。
緊急を要すると戻ろうとした先王を襲ったのは。
「狂化した勇者だった。親父は強かったんだが、あれはもはやバケモノのレベルでな、相討ちが精一杯だったらしい。実際、よく頑張ったと思う」
「勇者の、成れの果て…か」
魔素で狂った勇者ほど危険な者はいない、とゼクスは言った。古竜ですら赤子同然だと。
「親父が死んだ後、俺が引継いだが当時6つのガキでな。育つまで、って叔父貴が手伝ってくれてたけど、その叔父貴も…あのヤローに殺られた。油断、していた。まさか裏切られるとはね」
結界付近で保護された彼は、すぐに馴染んだように見えた。
ゼクスの叔父に殊更懐いているようで、少年の見た目も相まって、皆、油断していた。彼の本当の目的に気付かずに。
「奴…ミタムラタダシは、魔王だ。狡猾に、機会を伺っていた。召喚の方法を聞き出すと、自らの血でナオトを呼び出した…叔父を贄にしてな。今まで狂化した魔物が結界周辺の村を襲っていたんだと思っていたが、魔物を操ってたんだよ。その力で村を、人を……恐ろしかったよ。平然と隠していられるアイツが」
ミタムラに見つかる前に、勇者を回収しなくてはならない。
複数の召喚勇者が彼の手駒となることは、状勢を増々不利にする。
「そう思ってここへ来たらアイツがいたもんでな。とっちめてやろうとしたら奴の手駒に足止めをされて、ようやっと倒して来てみればミタムラを超える程の勇者がいた訳だ」
「セレスは三田村君に召喚方法を教えてしまった。それで僕に罪悪感を」
延々と続く説明に、健も限界だった。
見ているこちらですらビクビクしているのに、その怒りを向けられても尚喋り続けられる男の神経を尊敬したが、とばっちりを受けたくないルディは傍観を決め込んだ。
「はぁ。貴方がたの事情はどうだっていいよ。急いでると言ったんだけど?こうしてる間に美依菜に何かあったら、君ら、無事て済むと思わないでよ?」
静電気なのか、健の髪がゆらゆらと逆立ち、バチバチと火花が見える。ナオト以外のそこにいた面々は気圧され、口を噤んだ。が、一人、その名を聞いて思い当たる節があるのか、口元を手で押さえる。
「あの…ミイナ、って聖女さんの名前ですか?名字は?年齢は?いつこちらに?」
矢継ぎ早の質問に、今度は健が押し負けた。
「…遠坂 美依菜。歳は23。7ヶ月程前、か?交通事故に合う直前だったって聞いて……まさか、知って?」
ナオトは両手で顔を覆い、マジか、と小さく呟いた。
「僕は本庄 直斗。両親の離婚で名字は違いますが、遠坂 美依菜は僕の姉です。姉は7ヶ月前、交通事故で死んだと聞かされ、十年ぶりに再会したのが棺の前、でした。まさか、こちらの世界に召喚されていたなんて…」
「じゃあ、美衣菜が貴方の姉と分かって拉致した訳じゃないんですね?」
「はい。セレスは僕の為に自分が犠牲になって、異世界から聖女を召喚するつもりでいました。それで三田村の計画にのったのだと」
「セレスは俺の妹だ。魔力はそこそこある、強い聖女が喚べると考えたんだろう。あの脳ミソ筋肉女が」
だが、三田村は激しいほどの憎悪の目で美衣菜を睨みつけていたのだ。初めはただ、殺すつもりだったのかもしれない。が、彼は自分の聖女を求め、彼女を攫った。
美依菜を、聖女を使って何をしようとしているのか。
こうなると全く理由が分からない。
「…直斗さん。お姉さんを必ず助けて戻ります。ただ、何か彼女にあった場合、そのセレスという人の命の保証は出来ません。そこの魔王もです」
「だから!俺は魔王じゃねーっつの。おめーのがよっぽど」
「魔王、早く案内しろ」
「なんで俺だけタメ口なんだ…」
直斗はぐっ、と耐えるように言葉を絞り出す。
瞳に、決意を込めて。
「…わかりました。宜しくお願いします」
ゼクスが足元に魔法陣を展開する。
ルディやリュート、エレン、ミエール、直斗の5人も含めた足元に。
「は?」「なっ、」「?!」「はぁ?!」「えっ、ええ?」
5人は陣により光る地面とゼクスの顔を見比べる。
ゼクスはそれに気付いたが、何でも無いようにこう言った。
とてもいい笑顔で。
「置いておく方がめんどくせーからな。何かあるより、まとめた方が効率いいだろ?」
「誰もたのんでないわよぉおおーーーーーーっっ!」
ミエールの叫び声が響く前に、7人の姿はそこから消えた。
早くイチャイチャが書きたい…