6.勇者と結界の理③
誤字の報告、ありがとうございます!
評価もですが、いいねも励みになってます!わーい
翌朝、バドグランディオへ出発したのは私と健、王弟、リュート王子、エレンさん、ミエールの5人だった。少数精鋭とは聞いたけど、騎士団の人達はいいのかな。
「他の奴らは一足先に向かってもらった。被害に遭った地域じゃなく、そこに近い村なんかで危険がないか調査してもらってる」
被害状況はもう向こうの国で確認してるから、他のとこに魔族が向かわないか警戒してるのね。
緊急性が高いからって転移魔法陣で一度、バドグランディオの軍部にある王族専用の転移陣が敷かれている場所へ移動して、そこから事件の村に近い、結界寄りの場所に設置された転移陣へ再び移動する。近くに魔族の気配はなかったが、魔素が濃くなっていた。
「人型魔族は結界を越えられないんじゃなかったの?」
報告を受けに行ったリュート王子と王弟の代わりに、私の問いに答えたのは意外にもミエールだった。
「少なくても今までは報告されてないわ。亜種かもね……なによ」
「いや、ミエールがちゃんと対話してくれるなんて成長したなぁと思って」
「っ、あんたねぇ…!」
ミエールは耳貸しなさいよ、と私のローブをちょっと引っ張ってヒソヒソ話す。
「あんな威圧してくるおっかない勇者、聖女じゃなきゃ無理よ!」
「そこは愛されてるから、って事で」
「よくあの重そうな愛に耐えられるわね…」
「重かろうがなんだろうが、どんと来いよ」
呆れ顔のミエールに笑顔全開で言ってやると、彼女はくっ、と悔しそうに舌打ちした。元王女の癖にガラ悪いな。
いいじゃない、愛されないよりか。
私の両親は幼い頃離婚した。祖父母のせいらしいけど、父は苦労させるより、と、私達に暮らしの保証をする道を選んだ。それも愛の形なのかもしれないけど、結局跡取りとして4つ離れた弟が父に引き取られ、私は母と二人、家を出た。私が10歳の頃だ。
そのせいなのか、恋愛的な意味で男性を信じる事が出来なかった私は誰も好きになれず、偶像ばかり追いかけた。イケメン好きもその影響といえる。
最初、健に弟を重ねていたのかもしれない。
弟の顔なんてもう十年以上も見てないというのに。
愛されていた事を、慈しんでいた事への懐古なんだろうか。
たから、重い愛で、例え縛られるような愛情でも嬉しいと思ってしまう。今度は捨てられない、と、健の執着をも喜んでしまう。我ながら歪んでるなぁと思うけど、私も健も似た者同士だからこそ合っているのかもしれない。
「ミエールが女子トークするなんて、雪でも降るのかな…」
「なっ!失礼ですわお兄さ…いえ、リュート殿下」
気安い態度を慌てて改める。
彼女は王族から除籍された身。重いようで軽い処分だった事を彼女自身分かっているのだろう、臣下として弁えた言動をしなければならないと一歩引いたのだ。あのミエールが。
「頑張りは感心するが、お前からそう呼ばれるとちょっと鳥肌が…以前と同じく『お兄様』と呼んでくれ」
折角の頑張りもこの通りである。
リュート王子にからかわれ、ミエールは『だからお兄様は…!』と真っ赤な顔で反論していた。きっと可愛がっていたんだろうな。だが、続きそうな兄妹喧嘩の空気は突如打ち破られる。
「来る」
目を閉じてしまう程の激しい閃光によって。
「慌てるな!指示通りの警戒態勢を敷け!」
辺りは騒然としていたが、王弟の指示に即座に意識を切り替える騎士団や魔道士達。私の前には健、そして私達を守り囲むようにリュート王子、エイルさん、ミエールが立つ。
粟立つような気配。
強い穢れの匂いをここまで感じる。
手を組み祈れば、それはキラキラと水蒸気のようになって霧散されるが、もっと重い空気が壊滅したという村の方から強く感じた。
嫌な予感もするし、行ってはいけないという警戒音が鼓動という形で私に伝えている。
行きたくない。でも、行かなきゃいけない。
何かに呼ばれるような、引っ張られるようなおかしな感覚。
「美依菜、息して。そう、ゆっくり」
握られる手の温もりに少しずつ緊張が解けていく。
ああ、私、呼吸も出来てなかった。
「恐っそろしい程の魔力だな。身体が感知を拒否してるわ」
苦笑しながら言うが、王弟の額には尋常じゃない汗が浮かんでいる。リュート王子もエイルさんも同様で、ミエールは顔面蒼白、といった感じだ。表情を変えていないのは健一人。
「…多分、結界が壊されてる。村を襲った目的はわからないけど、この気配は間違いない。召喚勇者だ」
「タケル様が遭遇した、という例の?」
エイルさんの問いに対し、健はしばし考えこむ。
「うーん、でもあいつの力だけじゃ結界を壊せないはず」
「そ、それでは別の勇者がいるという事ですの!?」
「断定は出来ないけど、可能性は高いかな。この先瘴気が強くなってるから、お守りを付けたほうがいいよ。長く触れ過ぎれば気が触れる」
言葉を無くす面々に、私はマジックバッグから聖女(私ね!)作のミサンガを出し、健の腕につけて見せながら説明した。
「これは、聖布とはまた違うのですか?」
ミエールの腕に結んであげながらリュート王子が問う。
「似たような物です。浄化の他に、精神感応を防ぐよう、魅了防止効果を祈ってつけました」
健のように元勇者が『覇王の気』を使わないとは限らないので、聖気を付与した。王様や王妃様のしていた魔道具は跳ね返すような効果なのに対して、私の作った物は、聖女の浄化の力で害するものを打ち消す効果をもつ。自分で作っといてなんだけど、なかなかの代物だと思う。
「あんたこれ、国宝級じゃないの…!」
ミエールにまでそんな風に言われたらちょっと天狗になっちゃう。
私を除く5人が着けたのを確認し、先程のような陣形をとって歩き出す。目指すは破損したと思われる結界の場所。
獣道のような細い道を辿り、森の奥へと進む。
人が足を踏み入れない場所だと思ったのに、意外としっかりした道がある事を不思議に思っていたら、結界が正常に働いているか定期的に確認はされていたのでそのせいではないか、とリュート王子は言った。
「多分、勇者に魔物狩りをやらせてたからじゃないのかな。あの村、そういう時の拠点になっていたからやられたんだと思う」
健の言う通りなら、元勇者と思われるその人は『恨み』で村を滅ぼした事になる。この世界と人を憎む、激しい憎悪。
進んだ先、突然目の前が開けた。
さらに先に見える、天まで伸びる透明な壁。
「あれが、結界…?」
「そうだ。見えざる壁、ってやつだな。そして…あー、マジで砕けてやがる」
景色の一部が扉一枚分、切り取られたかのように、異質な景色が覗き見えた。
「結界はこっち側の世界を写して、向こう側がみえないようになってるんだ。この入り口みたいなとこから見える景色が、ホントの向こうの世界だよ」
「…健はあっちへ行ってたんだよね」
「うん。記憶としてあんまり残ってないけど。とにかく瘴気が濃くて森が死んでる感じ」
この中で向こう側の世界を知るのは健だけ。
あとの皆には未知の世界。
俺から入るよ、と、王弟を制して健を先頭に進んだ。
結界は層になっているから、狭い通路を進むような、そんな感覚。
これだけ厚いから魔族が侵入できなかったのかな。
でも、これが突破されたから私達がここに来たんだ。
「…俺が出入りしていた場所は、結界が薄くなって壊れかけていたから人為的に穴を開けて向こうへ行けたんだと思う。でもここはそれと違う。強い力で破壊した感じだ」
そう言って、健は自分のいない場所で万が一勇者の成れの果てと対峙する事があれば、全力で逃げるよう話す。
「皆とても強い。けどそれはあくまでも人間の中で、だから」
だから絶対に戦わず、私と己の命を守ってほしいと厳命する。
皆、わかった、とただそれだけ答えた。
そして、結界の層を抜けた。
「…!」
考えてた以上に重く、伸し掛かる空気。
そしてそれ以上に、争う2つの強大な魔力の圧に飲まれる。
こんなプレッシャー、感じたことがない。
健の気はいつでも私を気遣うから、皆みたいに怖いと思ったことがないから。
「これが…魔族なの…?」
誰に問うわけでもない私の呟き。
皆も気圧され、声を出せずにいる。
「…やっぱり戦ってる。美依菜、力を」
「あっ、ごめん!今浄化するから」
「ちがっ、止めて!美依菜!力を使ったらだめだっっ!!」
名前を出されて慌てた為に、その前後の話をきちんと聞かずに私は周囲を浄化してしまった。
浄化の光がキラキラと降って消える。
強大な魔力の一つが目の前に降り立つと同時に。
「みつけた」
その見た目は人と差異のない姿。
背格好から中高校生位の少年と思われるが、果たして本当はどうなのか分からない。何故なら、彼は既に。
「もう変性してます、あれは人の気ではない…」
エイルさんが苦しげにそう言った。
「あの国のやつらを皆殺しにする予定だったけど、ラッキーだ。君ら、王族でしょ?その聖気。そして」
元勇者であろう人物の視線は、しっかりと私を捉える。
激しい、皆に向けたものより強い憎悪を灯した瞳で。
「会えて嬉しいよ、聖女。遅すぎて、もう手遅れだ」
「美依菜!聖壁展開!!」
健の声に慌てて手を翳す。
元勇者の少年から放たれた魔法が聖壁によって打ち消される。聖女の力は瘴気を浄化する。それは、強い魔素を分解する事。魔素は魔法の素だから、魔素を伴う力は私には効果がない。
「成程、それが聖女の力かーーーーっ、は!」
「美依菜に手出しはさせない」
健の剣を難なく受け止め、少年はニヤリと笑みを浮かべた。
「へぇ?聖女を庇うの?君だってあの腐った国で地獄を見ただろ?ん…?ああ、君か。あんな死んだような目をしてたから、一瞬誰か分からなかったよ。なるほど」
「……」
「彼女のせいで人としての矜持を捨てずにいられた、という事か。ふぅん」
話だけなら普通に対話しているように聞こえるが、実際は剣と魔法を激しくぶつけ合う戦いの中での会話だった。
「いいなぁ、狡いな。君だけ聖女がいるなんて。君だけが狂わずに守られたんだろう?」
「なに、を」
「君が僕らみたいに破棄されたの、見てたよ。狂って、僕らと同じになってくれる、って期待して待ってたのに、目を離したら隙間から出ていっちゃうんだもん。そうか、そこで会ったんだね、あの聖女と。そりゃあ大切にする訳だ」
「うる…さいっ!」
「そうかぁ、そうかぁ。聖女ってそんなにいいものなんだ。あいつらと同じ様に殺すつもりだったけど、やめた」
少年は良い事を思いついたように無邪気に笑う。
「聖女、僕にちょうだいね」
「え?」
パチン、と少年が指を鳴らす。
音がした瞬間、私の体はふわりと浮き、誰かに抱えられていた。
「美依菜っ!!」
「おっと、君の相手は僕だよ。余所見しちゃ困るな」
「っ、くそっ!」
私は皆の立つ場所から離れた所で拘束されていた。
腕の太さから女性と判断し、振り解くように体を捻ったりして暴れる。でも、拘束する手が緩むことは無い。
「静かに。痛みを加えるつもりはないが、暴れるなら相応の対処をさせてもらう」
ちょっとハスキーだけど女性の声だ。
「さて。それじゃ邪魔が入らないうちに行くよ」
健から離れた少年は、何かの合図のようにまた指を鳴らす。
すると健の目の前とそして、王弟達の前に人と魔物が合わさったような生き物が現れた。
私がいない事で聖壁のない王弟達は、本来の力が出せず防戦一方で、健は次々と向かってくる複数の合成獣を苛立ちながら排除していく。
「美依菜!」
最後の合成獣を倒した健が、私の方へ向かおうとしたその時だった。
「なかなかやるけど、そうはいかないよ」
元勇者から強い、禍々しい気を感じて視線をやれば。
「これ、そこに撃ったらどうなると思う?」
少年の頭上にある黒い、巨大な魔法の塊。
向けられているのは、私達が通ってきた通路。向こうの世界へ繋がる穴。
「健だめ!皆を守って!!」
健は一瞬捨てられたかのような、そんな顔をした。
でも、唇を噛み締め、すぐ皆の元へ向かう。
行かないで、と。
そう背中を引き留めようとする心を必死に塞ぐ。
彼は勇者だ。
こいつらと同じにさせちゃいけない。
信じてるから。
私の意識はそこで途切れた。
何も確認出来ないまま。