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【完結】日雇い勇者と1ゴールドの聖女  作者: HAL
日雇い勇者と1ゴールドの聖女
7/22

5.5 閑話(一夜明けて)

短いです。




 ぱちり、と気持ちよく目が覚めた。

 すごく深く眠った気がする。

 子供みたいに泣いたからなぁ…我ながら恥ずかしい。

 

 健はその心を守るため、一時的に精神を退行させていた。

 普段私達が接しているのは、彼の一部。

 というか、記憶がない状態というべきか。

 ゆっくりと成長し直している健。思い出すというより、過去の記憶を断片的に、映画のように映像をみている感じなんだとか。だとしても。



「ね、健。もういい加減お布団から出よ?」

「…………」

「たーけるくーん。あっそびましょー!」

「……」


 この有様である。

 天の岩戸の神様みたいに、すっぽり布団をかぶって出てこないし、まともに会話もしてくれない。

 彼は目覚めて開口一番、私に謝罪した。

 それはもう見事なスライディング土下座。

 私と目を合わせると、熟したトマトもびっくりな程ブワっと顔を赤くして、そしてすぐ絶望が浮かぶように血の気を引かせた。

 何を見たのか分かっちゃったけど。うむぅ。

 でも赤くなった時の顔、可愛かったなー。

 

「…謝って済むことじゃないけど、本当にごめんなさい。俺、最低だ…」


 私が思考に耽っている間に、健の反省会が始まっていた。

 私にとってはもう半年も前の話で、終わった事だとは言えないけど、多分必要な事だってわかってたし。


「煮るなり焼くなり、奴隷紋つけ」

「しません」


 スパッとお断りする。

 ドサクサに紛れてなにぶっこんでくるのこの子は。


「俺、近付いたって、美衣菜と対等になれるとこまで来たって思ってた。でも、昨日、何で美依菜が取り乱したのか、俺にはわからなかった。手を伸ばそうとした。でも『代われ』って…悔しいけど、俺じゃ駄目だった」


 自分の中の自分に気付いたのね。


「俺が知らないでいられたのは、全部あいつが代わってくれてたからだ。今の自分は『逃げた方の俺』なんだってわかったら、もう合わせる顔もない」


 気持ちは分かるけど、私としては今のしょげた顔の健くんが見たいんですが。布団めくっていいですかね。


「健は別に人格が二人いるわけじゃない。どっちも同じ健だよ。今ここにいる健が忘れんぼうの健、ってだけで。少しずつ思い出してはきてたんでしょ?」

「うん…元々、なんか頭にモヤがかかったみたいに、思い出せなかった事が最近ちょっとずつはっきりしてきたんだ。ここに召喚される前、召喚されてから。辛かったけど、でも、美依菜の顔見たら苦しいのがなくなって。美衣菜がいてくれたから」


 楽になれた、と健は言った。


「じゃ、今も私の顔見たらいいよ」


 それは聖女の癒しの力なのかは分からない。

 ほら、と布団をそっと捲り上げて中に入る。


「なぁっ…!」

「はいはーい、おじゃましまーす」


 驚いてる顔、真っ赤。ちょっと目が赤い。泣いたかな。

 慌てて目を擦る健をやめさせようとして手を伸ばしたら、びくっと身体を強張らせて後に引かれた。

 あからさまな拒絶じゃないけど、ちょっと、いや、結構痛い。

 避けないで。

 私から離れていかないで。

 

「…俺に、あんな事されて。何で、そんな風に」


 別に無防備に、とか、何も考えてない訳でもないし、聖母みたいな何でも許します、なんて寛大な心を持ってるわけじゃない。

 いくら見目が良くたって、心が伴ってなければ傷ついたし、トラウマになっていただろう。

 自己犠牲とか罪悪感で体を許したわけじゃない。

 これは愛なんだろうか。

 離してなんてあげない。離れられなくしてあげる。

 私を残して死ねないように。死なせないように。

 死を望む貴方にとって、あれは呪いの契約。



 ああ、私も相当病んでいる。


「健」

「な、なにっ?」

「…誓約、しよっか」

「え       っつ、ぃっでぇぇっっ!!」 


 ニコッと笑って噛み付いてやった。

 首に近いとこの肩に、思いっきり。


「うん。なかなか良い紋が刻めた」

「っ、くそ、ただの噛み跡じゃん…」


 痛そうに擦ってる癖に、嬉しそうにしちゃって。

 カワイイ。

 

「さ。朝ご飯にして、旅支度しなきゃね!」

「はぐらかされたのか?この場合…」


 窓を開けて、空気の入れ替えをする。

 後ろで健がブツブツ言ってるけど、スルーしとこ!

 

「おーい、お前ら!取り込んでないならここ開けろ」


 窓の下で王弟が叫んでいる。

 いくらここが二階でも、下の入り口とか食堂とか開いてるのに。なんでそこから?

 不思議に思いつつも、自室で簡単に着替えてから食堂のある一階へ降りる。健が入れたのか、既に王弟は着席してちゃっかり冷えたハーブティーを飲んでいた。

 早朝から何の用だと文句を言う前に、王弟から切り出される。


「お前らな、気持ちはわからんでもないが、流石に丸一日籠城するのはやりすぎだぞ」

「へっ?」


 籠城?

 いや確かにすっと寝てたといえば寝てたけど。


「しかも、聖力で宮殿に結界張んな。各所への言い訳にどんだけ気ぃ使ったか…」

「え、どういうことですか?」

「どう、って…お前らが退室した後、夜になって担当の奴らが慌てて来たんだよ。扉に魔法がかかって入れない、勇者と聖女に連絡がとれない、ってな」

「!」

「タケル」

「は、はい」

「いいか、時と場所を考えろ。あと、いくら何でも丸一日はやりすぎだ。ミーナの負担も少しは考えてや」


「や、やってないっっ!!!」「やれるかーーーっ!!」


 私の制裁の前に、健の鉄拳がお見舞されていた。




「丸一日寝てただけ?」


 流石にいたたまれなくなって、事実を伝えた。

 ちなみに結界を張ったのはもう一人の健だ。

 私も健自身も知らず幸せに眠りこけていたのね…

 そりゃあ、お掃除のメイドさんも警備の騎士団の人達も、昼はおろか、夕方まで締め出されたとなれば、そりゃ一大事ってなるわよね。


「とまあ、そっちはついでだ。別件で寄った」


 えー、なんだか嫌な予感。


「すまないが、出立が早まった。明朝だ」


 えええ?!早まりすぎでは?


「何かあったんですか?」


 流石の健も困惑顔だ。

 大体そんな時は悪い話しかないのが定石。


「状況が変わった。バドグランディオの調査区域に近い村が襲撃された。人型魔族だそうだ…幸い、人的被害はほぼないが、村は壊滅状態だそうだ」

「!」

「一刻を争うが、他国だし、色々(しがらみ)があるんでな。明朝となった。すまんな」



 残念ながら、ゆっくりとおやつを吟味する時間は私達には無さそうだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 王弟がとてもよい…!!オイシイ。たまらんです。 [気になる点] もうひとりの健ちゃんはなかなか色々デキるんだなぁ…。デキるということは大変だったってことですもんね……。ああああ。 [一言]…
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