5.5 閑話(一夜明けて)
短いです。
ぱちり、と気持ちよく目が覚めた。
すごく深く眠った気がする。
子供みたいに泣いたからなぁ…我ながら恥ずかしい。
健はその心を守るため、一時的に精神を退行させていた。
普段私達が接しているのは、彼の一部。
というか、記憶がない状態というべきか。
ゆっくりと成長し直している健。思い出すというより、過去の記憶を断片的に、映画のように映像をみている感じなんだとか。だとしても。
「ね、健。もういい加減お布団から出よ?」
「…………」
「たーけるくーん。あっそびましょー!」
「……」
この有様である。
天の岩戸の神様みたいに、すっぽり布団をかぶって出てこないし、まともに会話もしてくれない。
彼は目覚めて開口一番、私に謝罪した。
それはもう見事なスライディング土下座。
私と目を合わせると、熟したトマトもびっくりな程ブワっと顔を赤くして、そしてすぐ絶望が浮かぶように血の気を引かせた。
何を見たのか分かっちゃったけど。うむぅ。
でも赤くなった時の顔、可愛かったなー。
「…謝って済むことじゃないけど、本当にごめんなさい。俺、最低だ…」
私が思考に耽っている間に、健の反省会が始まっていた。
私にとってはもう半年も前の話で、終わった事だとは言えないけど、多分必要な事だってわかってたし。
「煮るなり焼くなり、奴隷紋つけ」
「しません」
スパッとお断りする。
ドサクサに紛れてなにぶっこんでくるのこの子は。
「俺、近付いたって、美衣菜と対等になれるとこまで来たって思ってた。でも、昨日、何で美依菜が取り乱したのか、俺にはわからなかった。手を伸ばそうとした。でも『代われ』って…悔しいけど、俺じゃ駄目だった」
自分の中の自分に気付いたのね。
「俺が知らないでいられたのは、全部あいつが代わってくれてたからだ。今の自分は『逃げた方の俺』なんだってわかったら、もう合わせる顔もない」
気持ちは分かるけど、私としては今のしょげた顔の健くんが見たいんですが。布団めくっていいですかね。
「健は別に人格が二人いるわけじゃない。どっちも同じ健だよ。今ここにいる健が忘れんぼうの健、ってだけで。少しずつ思い出してはきてたんでしょ?」
「うん…元々、なんか頭にモヤがかかったみたいに、思い出せなかった事が最近ちょっとずつはっきりしてきたんだ。ここに召喚される前、召喚されてから。辛かったけど、でも、美依菜の顔見たら苦しいのがなくなって。美衣菜がいてくれたから」
楽になれた、と健は言った。
「じゃ、今も私の顔見たらいいよ」
それは聖女の癒しの力なのかは分からない。
ほら、と布団をそっと捲り上げて中に入る。
「なぁっ…!」
「はいはーい、おじゃましまーす」
驚いてる顔、真っ赤。ちょっと目が赤い。泣いたかな。
慌てて目を擦る健をやめさせようとして手を伸ばしたら、びくっと身体を強張らせて後に引かれた。
あからさまな拒絶じゃないけど、ちょっと、いや、結構痛い。
避けないで。
私から離れていかないで。
「…俺に、あんな事されて。何で、そんな風に」
別に無防備に、とか、何も考えてない訳でもないし、聖母みたいな何でも許します、なんて寛大な心を持ってるわけじゃない。
いくら見目が良くたって、心が伴ってなければ傷ついたし、トラウマになっていただろう。
自己犠牲とか罪悪感で体を許したわけじゃない。
これは愛なんだろうか。
離してなんてあげない。離れられなくしてあげる。
私を残して死ねないように。死なせないように。
死を望む貴方にとって、あれは呪いの契約。
ああ、私も相当病んでいる。
「健」
「な、なにっ?」
「…誓約、しよっか」
「え っつ、ぃっでぇぇっっ!!」
ニコッと笑って噛み付いてやった。
首に近いとこの肩に、思いっきり。
「うん。なかなか良い紋が刻めた」
「っ、くそ、ただの噛み跡じゃん…」
痛そうに擦ってる癖に、嬉しそうにしちゃって。
カワイイ。
「さ。朝ご飯にして、旅支度しなきゃね!」
「はぐらかされたのか?この場合…」
窓を開けて、空気の入れ替えをする。
後ろで健がブツブツ言ってるけど、スルーしとこ!
「おーい、お前ら!取り込んでないならここ開けろ」
窓の下で王弟が叫んでいる。
いくらここが二階でも、下の入り口とか食堂とか開いてるのに。なんでそこから?
不思議に思いつつも、自室で簡単に着替えてから食堂のある一階へ降りる。健が入れたのか、既に王弟は着席してちゃっかり冷えたハーブティーを飲んでいた。
早朝から何の用だと文句を言う前に、王弟から切り出される。
「お前らな、気持ちはわからんでもないが、流石に丸一日籠城するのはやりすぎだぞ」
「へっ?」
籠城?
いや確かにすっと寝てたといえば寝てたけど。
「しかも、聖力で宮殿に結界張んな。各所への言い訳にどんだけ気ぃ使ったか…」
「え、どういうことですか?」
「どう、って…お前らが退室した後、夜になって担当の奴らが慌てて来たんだよ。扉に魔法がかかって入れない、勇者と聖女に連絡がとれない、ってな」
「!」
「タケル」
「は、はい」
「いいか、時と場所を考えろ。あと、いくら何でも丸一日はやりすぎだ。ミーナの負担も少しは考えてや」
「や、やってないっっ!!!」「やれるかーーーっ!!」
私の制裁の前に、健の鉄拳がお見舞されていた。
「丸一日寝てただけ?」
流石にいたたまれなくなって、事実を伝えた。
ちなみに結界を張ったのはもう一人の健だ。
私も健自身も知らず幸せに眠りこけていたのね…
そりゃあ、お掃除のメイドさんも警備の騎士団の人達も、昼はおろか、夕方まで締め出されたとなれば、そりゃ一大事ってなるわよね。
「とまあ、そっちはついでだ。別件で寄った」
えー、なんだか嫌な予感。
「すまないが、出立が早まった。明朝だ」
えええ?!早まりすぎでは?
「何かあったんですか?」
流石の健も困惑顔だ。
大体そんな時は悪い話しかないのが定石。
「状況が変わった。バドグランディオの調査区域に近い村が襲撃された。人型魔族だそうだ…幸い、人的被害はほぼないが、村は壊滅状態だそうだ」
「!」
「一刻を争うが、他国だし、色々柵があるんでな。明朝となった。すまんな」
残念ながら、ゆっくりとおやつを吟味する時間は私達には無さそうだ。