4.勇者と結界の理 ①
ブックマーク、評価等ありがとうございます!執筆意欲の素になってます。
「この度は我が国の者が大変なご迷惑をお掛けしまして、お詫びの言葉もございません…!」
謁見の間に入室した早々、挨拶も何もないまま、赤茶色の髪をした男性から地に額を擦り付けて謝罪された。
また土下座。
この国の変な習慣にならないか心配になってくる。
たっぷり30秒ほど経った後、その男性は『何してる!お・ま・え・も・だ!!』と彼の後ろにいた美少女の頭を握り、力強く床にひれ伏させ…いや、叩きつけた。
唯一の取り柄であろう美貌が大変な事になってる。美少女がぎゃあって言ったわ、ぎゃあって。
何となく誰か分かったけど早く説明して欲しいという気持ちを目で訴えると、王弟はハッとし、軽く咳払いをした。
「えー、勇者と聖女よ。多忙な所、足を運んでもらい感謝する。こちらはバドグランディオ第6王子、リュート・イベル・バドグランディオ殿下だ。我々に協力してくれた第5王子ーーー国王代理であるミハエル・イベル・バドグランディオ王太子の実弟だ」
「えー…謝罪は受け取りました。お二人共頭を上げてください」
ゆっくり立ち上がる2人。お姫様の方が髪の色、赤味が強いのね。顔は…男女差のせいか、あまり似ていない。美男美女ではあるけど、第6王子の方が親しみやすさがある。
「私は遠坂 美依菜、召喚聖女です。で、こっちが同郷の勇者で」
「どうも。近く聖女と婚姻の予定にあります勇者の荻原 健です。どうぞ宜しく」
「!?」
なんの自己紹介!ってか、何で牽制してんの!?
陛下や王弟はぽかんと口を開けてるし、王妃様はまぁまぁと扇で口元を隠して笑っていらっしゃるし、第6王子は『それはめでたいですね!』と本気で祝ってくれている。唯一第8王女だけが物凄い形相で睨みつけてきてるけど。いいのか?君は謝りに来たんじゃないのか。
意見しようと隣を見れば、にこーっといい笑顔で手を繋がれた。ああ、この顔…今日も私は勝てない。
「あー、えー、まぁそういうことだ。勇者の強い意向で聖女…ミーナを唯一の妻とする事が決っていてな。二人共一夫多妻は否定されているから、その」
「ええ、勿論勇者様の逆鱗に触れるような真似は二度と致しません。この不肖の異母妹は此度の責任を取り、王籍より除籍、現在は国家に属する魔道士となりました。勿論それだけではご心配されると思いまして、ーーーミエール、伏せ!」
「ぎゃん!」
第6王子の声に、突然突っ伏す第8王女。
なにが起きたのか。
「このように、私と『隷属契約』を結んでおりますので、今後皆様に危害を加えることは一切ありえません」
お姫様じゃなくなったんだ、この子。
しかも隷属って、奴隷紋じゃないの?
非人道的な、健がかけられてたあれじゃ。
不安な私の表情で察したのか、第6王子は大丈夫ですよと微笑んだ。
「これは奴隷紋と違い、双方の同意で成り立つ契約です。誓約紋、の一種ですね。愚妹本人に選択させたのです。四十、年の離れた金持ちの好色男性へ後妻として降嫁するか、除籍され平民となり国家従属の魔道士となるか…の2択です」
わぁ、それはなかなかの2択。
「誓約の相手が55の男性か、私かの差ですよ」
爽やかに断言する第6王子。
あ、この人も腹に一物抱えてる人だわ。
なるほどなぁ。王族は建国の勇者の血を引いてるから、聖力使えるし、魔力も高い。国に属して働かせるのが一番よね。
でもきっと、もっと重い罪を課せられるのを避けるためにこんな罰にしたんじゃないかな。大袈裟だけど、死罪だってありえたんだし。
あの国は今、色々ピリピリしてるからね。
「…そういう訳ですので、勇者様。どうかお怒りをお鎮めください」
王子殿下の表情が変わった。
健は相変わらずにこにこしていて読めないけど、笑っていないのは分かる。
「…まぁ、いいよ。美依菜は気にしてないみたいだし。もう馬鹿な真似はしないでね」
「ーーー!は、はっ!!我が命に代えてもその盟約、厳守致します!」
ぴりっと肌に突き刺すような痛み。
服従の呪文みたいに重くのしかかる。
いけない。無意識に健が圧をかけてるんだ。
どうする?
迷っているうちに空気の重さが増していく。息がしにくい。
これはまずい。
私はとりあえず羞恥心をしまい込んで、健の気を逸らす。
「健?顔、こわいよ?どうしたの?何か嫌?」
腕を絡ませ、むぎゅっと腕に胸を押し付けてやる。
これは私の心もダメージを喰らう諸刃の剣。
恥や外聞はこの際置いておこう。忘れなければ私の心が死ぬ。
「あ、あの、美衣菜、当たって…」
「ん?」
「いや、腕に、………っつ!」
ついに、健は顔を真っ赤に染めてしゃがみ込んでしまった。それを見た男性陣の表情には同情の色が浮かぶ。
みたか、おっ◯い攻撃。(ネーミングセンス無し。)
古今東西、いつの時代も男性はこれに弱いのだと飲み会の席で誰かが言ってた。普通にセクハラ案件だったけど役に立ったわ。
しゃがむ健に追い打ちをかけるように、彼の頭を抱えて抱きしめた。
「健、落ち着いた?」
「…逆効果…」
暗黒面が出てこなくなった代わりに、違うものが出てきそうな様子。私も色々失っているので、そこはもう痛み分けって事で許して。
色々積極的な癖に、健の中身はまだ中学生位なので押しに弱い。純情である。
先日の味見事件は、彼のギリギリの知識だと思う。
締め上げた王弟から聞いたところによると、『そこは伝授してない』と言われた。しなくていいわ、伝授なんぞ。
百戦錬磨みたいなグイグイくる彼は、どうも王妃様が押し付けた本のせいらしかった。私も同じの読んだからわかる。
イケメンに言わせたいのかも知れないけど、言われるこちらの身にもなっていただきたい。
読んだ時は鼻で笑ってたのに、実際やられると小っ恥ずかしくて身悶える。イケメンに言わせたいセリフ集、侮れない。
見上げれば王妃様から親指を立てたグッジョブのサイン。王妃様、私、頑張りました。私も同じサインで返す。
「…あんた達、ちょっとは慎みもちなさいよ!!こんなとこでイチャつくなーーー!」
最もであるが、君に言われたくないよ元第8王女。
「暴れ馬が静まるまで待ってやってくれー」
王弟よ、言い方。
さて。
健も落ち着いたようなので、ゆっくりと立ち上がらせて話の続きを王弟に促す。おんぶお化けとなった健を見て、そっと目を逸らし何もなかったかのように話し合いを再開した。
さすが王族。ポーカーフェイスが上手い。
「えー、そういう訳で二週間後、予定通りバドグランディオの結界破損区域に向かおうと思う。案内役はこちらのリュート殿下だ。聖女に浄化してもらいながら進むことになるが、強汚染区域の為、危険度も高い。少数精鋭で行こうと思っている。そこで、だ」
王弟が視線を向けた先から進み出てきた一人の男性。
白に近いプラチナブロンドに、紫の瞳。
180は軽く越えていそうな長身の美男子が現れた。
ずっとここにいたの?この存在感ありそうな人。
「私の最推しは健だよ」
「!」
健にそっと耳打ちする。
私の事どんだけイケメンに弱いと思ってるんだろ。
失礼な。
ビックリして照れくさそうに頬を染める健…カワイイ!
やーん、この顔好き。
そうか、健はこの人を牽制してたのか。
いや、こんな彫刻みたいな人、美術館だけでいいよ。
イケメンと言ってもあっちは観賞用。恋はしない。
心の中で失礼な事を考える。
「会話中、失礼する。私は特級国家魔道士のエイル・ツェート・ティンパルシアだ。今回の遠征に同行させてもらう事になった。よろしく頼む」
全く宜しくしてない顔と声でお願いされても。
あれ、そういえばティンパルシアって…
「ああ。賢者の国、ティンパルシアの一応第4王子だが、皇位継承権を放棄して魔道士となった。国軍に属している」
なんか怖そう。
魔法で敵軍とか丸ごとぶっ飛ばしそう。
そんな事を考えてたら、第6王子が『人間相手じゃないけど、砦を一人で崩壊させたって話があるよ』ってこっそり教えてくれた。えー、まじですか。破壊兵器じゃん。
「リュート、貴様…話を盛るな」
「ははっ、でもそれに限りなく近いじゃん?」
「くっ…」
あら。二人は知り合いなのかな?
視線に気付いて軽く咳払いをするエイルさん。
あ、王子呼びじゃないのは継承権を放棄しているからよ。
「脱線してすまない。私が同行する理由はただ一つ、賢者召喚の必要性の有無だ。」
ひゅっ、と息を呑む。
召喚が何を意味するか、私達はもう知っているから。
何の、誰の犠牲で成り立っているかを。
「なんで今?」
少し力の入らなくなった体を健に支えられた。
緊張で口が乾き、なかなか話せない私の代わりに健が問う。
「誤解しないで頂きたいが、召喚ありきの視察ではない。結界がどこまで耐えられるか、ギリギリの線を見極める為だ」
エイルさんは、可能なら魔物の駆除と浄化だけで乗り切りたいと話す。それを聞いて、やっと、息が出来るような気がした。冷たかった手足に血が通う。
良かった。
私や健はもう戻れないけど、この世界の人が『儀式として』命を落とすような真似はしてほしくなかった。
「我々も召喚が何をもって成立するか理解している。賢者を召喚しないということは、勇者を含め、我々が魔物を駆除する必要性が増すという事。必然的に聖女である貴女の浄化頻度も増大する。どうか御尽力頂きたい」
姿勢のいい、綺麗な礼。
軍人だなぁなんて見ている余裕はない。
「顔を上げて下さい。私の方こそ宜しくお願いします」
差し出した私の手を取ろうとしたエイルさんの手は、横から伸びた別の手に握られた。硬く。
「あっ」
「宜しくお願いします、エイルさん」
「こちらこそ、勇者殿」
そして、健の乱入により空を切った私の手を握ったのは。
「では聖女様。不肖の元妹共々宜しくお願い致します!」
「!冗談でしょ、なんでワタクシがそのような……」
リュート殿下は片手で私と握手し、もう片方の手でぷい、と顔を背けたミエールの腕をぐいっと引っ掴み、手を握った。
「い、いたっ、いたたたたたたたっっ!」
「ほら、握手だよミエール」
「誰が、っ、このおんいた"た"た"あ"あ"あ"おにいさばいぎゃあ"あ"!!!」
手がどす黒く、紫色になってる。わー、いたそ。
同情はするけど、自業自得というか。
この人ひょろそうに見えて、実は武闘派なのかしら。
「うん、良い子だね、ミエール」
異母兄に負け、涙目で私と握手するミエール。
やればできるじゃないかと褒めるリュート殿下の胡散臭い笑顔に、私と彼女は閉口するしかなかった。
「…とまぁ、そういう訳で、結界深部は基本この6名で探索する。途中まではうちの騎士団と、バドグランディオ・ティンパルシアの二国の魔道士が警護に当たる。出発は十日後だ。何か質問はーーーーって、わかったわかった。聖女」
説明の途中から手を挙げようとして健にとめられていたので、やっと開放された手を嬉々として挙げる。
「マジックバッグはありますか?」
バナナはおやつに入りますか、じゃなく、バナナもリンゴもお鍋まで、ぜ〜んぶ入っちゃう魔法の鞄。
「できれば時間停止機能付きで!」
異世界お約束3大道具の一つよ!
聖女のチート機能に無かったので健にも確認したけど、残念ながら標準装備ではなかった。なので、遺物とかマジックアイテムに無いか調べてもらいたい。
「んな夢物語みたいな道具、うちじゃ聞いたことないぞ?」
王弟は念の為、と陛下に確認したけど、王様も王妃様も首を横に振った。バドグランディオの二人も同様である。
祈る思いでリュート殿下に確認すると、彼はあっさり『あるぞ』と答えた。
「あるにはある。が、かつての賢者様が作った物で、機能の開放に相当な聖力を必要とする。故に、我が国では直系王族ですら使えていない」
おお、賢者さんが作ったのかー!
そうだよね、やっぱりアレがないと異世界堪能できないもんね。あー、だから作っちゃったのかぁ。納得。
「お二方に会えると思い、こちらに持って来た。きっと、後の世で使ってもらう為に残したのだろう」
この世界の歴史では建国の祖である三人以外に、勇者・聖女・賢者が同時代を生き、交流したという記録はない。
賢者もきっと、孤独だったと思う。
もしかして、いつか会えるかもしれない。
そんな儚い希望を支えにしていたのだとしたら、なんて悲しい。
勇者も、聖女も、賢者も。
等価交換という、悲しみから出来た存在だから。
「…ありがとうございます。お借りしますね」
受け取った小ぶりのリュックは、手にしただけで鍵が開くのか、ふわん、と、温かい空気に包まれた。
何か入っていないかと中に手をいれれば、カサリと音を立てて、小さな、折りたたまれた紙が見つかった。
賢者からのメッセージかとわくわくして、健と一緒に紙を開く。
あーでも、外国語だったらどうしよう?
英語ならともかく、他の言葉ならお手上げだわ。
でも、その心配は杞憂に終わる。
メッセージは、確かに私達へ向けてのものだったから。
『この世界は偽りで守られている。真実を探せ』
日本語で、そう、書かれていたから。