3.5 閑話(もう一人の君へ)
非常に暗いです。病んでます。
あと、健が召喚直前なんの事故にあったか匂わすような記述があります。水が苦手な方はブラウザバックで。
直接的な性的表現はありませんが、そういうのが苦手な方も読まずにお願いします。
自分が人として何か欠落していると分かっていた。
12でこの世界に飛ばされ、目を開けてからずっと。
戦う為だけの機械のように、魔物を倒して、倒して、倒して。繰り返される終わらない現実。
奴隷紋のせいで喋ることも、自分の意志で逃げることも出来なかった。食べるものが配られる日もあったけど、森の奥深くへ行くほどこっちの事は後回しで、ポーションだけが配られて、それで命を繋ぐ。不思議と魔物と戦っている時の方が空腹を感じなかった。
同行する人の中には面白がって女を抱くところを見せる奴もいたけど、何も感じなかったし、僕に何かして魔力の暴発が起きては困るから、反応を見せない僕にすぐに飽きて放置された。
間違って僕の子供が出来てしまうと、この商売が成り立たなくなるらしい。勇者の血を継ぐ者を作っても、勇者の力はないから。無駄に育てるより、使い物にならなくなったら、異世界から代わりを呼べばいい。そのための贄である王族の血を作る方が手間がかからない、と、王だという人が話してた。
時には結界の外へ放り込まれる。
魔物を興奮状態にする甘い香りを放つ香木。それを松明にして持たされる。気付けば周囲はおびただしい数の魔物の死骸と、動物と人が混じったような異形の生き物だったモノがそこに倒れていた。
自分は一体、何を、何と戦ったのか。
何も思い出せない。
そしてその苦悩も繰り返されるうちに雲散霧消する。
ここは夢の世界で、現実の自分は眠っているんだ。
こんなことが現実である訳が無い。
でなければ、自分は、こんなにも生き物を無差別に殺す殺戮者になってしまう。
助けて、と言葉にすることも。
痛みを訴えることも。
空腹を訴えることも。
疲労を伝えることも。
もう、何も殺したくないことも。
なにひとつ。
話せない。
ただ、獣のように叫ぶだけの、生き物。
それは果たして人間なのか。
壊れていく。
自分だったものが一つずつなくなっていく。
帰りたい。
帰りたい。
あの日、走り続けられずに手を、離してしまった。
のまれる、そう思った瞬間、肺で呼吸が出来ていた。
でも、別の絶望が目の前に迫る。
いっそ、あのまま死んだほうがましだったと思うような現実に狂っていく。
死にたいと願っていた、でも、実際にゴミのように破棄されるなんて思わなかった。
もう奴隷紋が消えてしまうから、と。
『こんなに優秀な勇者は初めてだったから惜しいが』
なんて言われたが、結局扱いは破棄だ。
なんだったのか。ここに来た意味はあったのか。
一人生き長らえ、ただ地獄の苦しみを味わった意味は。
いっそ狂ってしまえたら楽なのに。
死んでしまえ。
この国の、この世界の人間全て消えてしまえばいい。
魔物に喰われ、ただの肉になればいい。
どうして僕だけ、僕らだけが、こんな目に合う。
こんな世界、滅びてしまえ。
それなのに。
君が、僕と会うためだったなんて残酷な事を言う。
この苦しみが、君と会うためだったというなら、どうしてこんな、苦しかったんだ。君も同じ目にあったというならわかる。でも、君は、人としてここで生活してたじゃないか。
僕の何が分かる?
おまえに、何がわかるっていうんだ。
「わたしは、健の為に存在してるの。健のためだけの私。聖女の私は、この世界の存在だけど、遠坂 美衣菜は健の為だけにいるんだよ」
何を言っているのかわからない。
わからないけど。
何もない自分に、たった一つ。
自分だけのものが出来た。
この世界のものじゃない、あの温かい世界のモノ。
帰りたくて、手にしたくて、切望した世界のモノ。
「…僕の、もの?」
「うん。あなただけの」
高揚した。
今すぐ自分のものだという証を刻みたくて、わけも分からず手酷く彼女を抱いた。やり方は何度か見ていたので、見様見真似だった。
彼女は嫌がらなかった。
経験があったわけじゃない、初めてを、僕のような欠陥品に捧げなくてはならなかった、憐れな彼女。
「健、泣かないで」
繋がりながら涙が溢れていく。
ごめん。
ごめんなさい。
酷いことをして。
君は何も悪くないのに。
僕の八つ当たりを受け入れる理由なんてないのに。
「…この世界は滅んでいい、皆死ねばいい、って思ってる」
「…うん」
「でも、君がいるならいいよ。守るよ。君の世界だから」
君は僕のためだけに、この世界に呼ばれた。
可哀想な、僕の半身。
狂ってしまった僕の、良心。
「…じゃ、僕は眠るね。出来れば二度と起こさないで」
破壊と殺戮を願う心。
そんなものが表に出てはいけない。
もう十分『健の心』を守ったから、休ませて。
君がいれば大丈夫。
だから、僕は。
「あなたがいない方がいいなんて思わない」
「…っ」
「あなたが頑張らなかったら、健は壊れてた。ありがとう」
ゆっくり休んだら、またいつか。
沈んでいく意識の中、聞こえる優しい声。
もう、怖くなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※
健の中に、別の彼がいる。
そう気づいたのはいつだったか。
私達に保護された健は、実年齢よりかなり精神が幼く感じた。記憶が曖昧なせいかと思ったが、時折覗かせる不穏な瞳に背筋がぞわりと泡立つ。
あの仄暗い、光のない瞳。
あの過酷な環境で、普通、6年も精神を保てる訳が無い。
危険だと、踏み込んではいけないと、心がブレーキをかけたけど、でも。私は『彼』に会わなきゃならない。
深夜、フラフラと夢遊病者のように出ていったり、悪夢に怯えて叫び出し、暴れることが続いた。怪我するのが心配で付いていたのだが、連日の寝不足でついうとうとし、健から目を離してしまう。その後、無事夜間護衛の騎士に連れられ戻ってきた健だが、無言でベッドに戻る様に何となく違和感を感じ、こっそりと騎士に確認する。騎士は『突然糸が切れたように静かになった』と話した。
それから彼に会うために夜を待った。
私の前に現れるつもりのない彼に、私は寝た振りをして彼が健と切り替わるのを待つ。
結果、会うには会えたが、初めても失った。
たくさん謝られたけど、彼は優しかった。
この世界の理不尽を背負わされたのに、復讐する力を持ちながら自分が消えようとする優しい彼は、紛れもない、本当の健。なのにもう一人の人格だと消えようとする。
「終わりを望む僕は、存在しちゃ駄目だ」
優しい声で、瞳で。
悲しいことを言わないで。
辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、
全部引き受けてきたのに、
それなのに何故、優しくいられるの。
消えないで。
ここにいて。
「もう十分『健の心』を守ったから、休ませて」
でもあなたは私と出会ったから。
私という存在に託して、消えようとする。
それでも私は、あなたが。
「あなたがいない方がいいなんて思わない」
「…っ」
「あなたが頑張らなかったら、健は壊れてた。ありがとう」
あなたにいてほしい。
私といてほしい。
「ゆっくり休んだら、またいつか」
ゆっくりと閉じていく瞼。
幸せな夢を見るように、彼は、健の中へ還っていった。
あの日から、表に『彼』が現れる事は無かった。
少しずつ、記憶を取り戻すように成長していく健。
時折、今の健に混じってみえるけど、気付かないフリをする。ヤンデレのように見えてしまうが、私にはどっちの健も大切だ。
ねぇ、18歳の健。
あなたは今、どうしてますか?
辛いことはないですか?
幸せな夢を見れていますか?
ヤンデレも付け加えようと思います…




