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【完結】日雇い勇者と1ゴールドの聖女  作者: HAL
日雇い勇者と1ゴールドの聖女
3/22

3.さよならアレン

読み返しがしやすいように各話にサブタイトルつけてみました。

「話せばわかる、な?だから落ち着け」

「…わたくし、非常に落ち着いておりますの。心を鎮めたいのは貴方の方では?ルディ」


 皆さんこんばんわ。

 私は遠坂 美依菜、この国の聖女です。

 自称じゃないですよ。本物です。

 そして今、目の前で繰り広げられている男女の痴情のもつれはドラマじゃありません。この国の王弟殿下とその妻の、


「美依菜、ごはんおかわりちょうだい」

「あ、はいはーい」


 今日のメニューはねぎ塩チキンと中華風コーンスープ。

 もちろんサラダもつけてるけど、男子にはガツンとお肉がないとよね。鶏もも肉は一口サイズよりやや大きめにカット、下味と片栗粉をかるくつけて皮までパリって焼いたら、みじん切りした長ネギに鶏ガラスープとお塩少しとごま油、そこにレモン汁をどぱーって混ぜてフライパンに投入。ネギに火が通ったら完成。レモン汁の代わりに生姜とポン酢とすり胡麻とかでも美味しいのよねぇ。考えた人天才だわホント。こんな風に日本にいた時と変わらず料理できるのは、召喚された賢者さんの恩恵らしい。この世界の味がイマイチだって言って、各種調味料の再現に全力を尽くしたみたい。

 うん、大事よね、心の健康は美味しい食事から。

 勿論、平和も大事だけど。


「なぁ、悠長に飯食ってないで何とかしてくれ…」


 王弟が情けない顔で助けを求めてくる。

 あ、そうだった。

 さっきの話の続きだけど、その大事な『美味しい食事』を食べてもらえないって、王弟の奥さんが決死の形相でここに乗り込んで来たのだ。

 ちなみにさっきバドグランディオの第8王女がふっ飛ばした扉はそのまま。修理費は宰相からあっちの国に請求してもらおう。


「俺、好きな人が作ったご飯なら何でも食べる」


 おかわりのご飯とお肉をもぐもぐしながらの健の意見。

 良い事言った風だけど、君が食べてるの私の作ったやつだからね。愛だけでは超えられない味も世の中には存在するのよ?でもかわいいので私の分のお肉をそっと健のお皿に入れた。


「ほら、タケル様だってこう言ってるじゃありませんか。それなのに、貴方は家で待つ私を放置して他所の女性の元に行かれるなんて…!」


 言い方。

 それじゃうちに浮気しにきてるみたいじゃない。

 この人、ご飯食べに来てるだけですから。

 早く決着をつけてもらいたいので、テーブルに置かれてる王弟用のお肉の皿をこっちに寄せて、奥さんのお弁当をぐいっと目の前に押しやった。


「くっ…裏切り者」 

「裏切られたのはわたくしですわっ!」

「いや、そうじゃなくてだな、ええと」


 あーこれ、収拾つかないやつかな。

 ん?なに健。あ、おかわり?はいはい。

 くいくいと袖を引かれて視線をやると、健は頬いっぱいに食べ物を詰め込んでいた。リスか。

 もー何このかわいい生き物。私を萌え死にさせるつもり?

 でも喉つまりするからお茶も飲みなさいと、カップを渡す。


 茶碗を差し出す健に、2回目のお代わりをよそってテーブルを見れば、奥さん持参のお弁当…手料理が並べられていた。思ったより見た目は普通。何がいけないんだろ。そう思って王弟を見れば、彼は目を閉じ、そしてゆっくり首を振る。悲壮感が半端ない。なるほど。

 私は奥様の作った料理をスプーンで一匙掬うと、『はい、あーん』と躊躇せず突っ込んだ。作った奥さん(ほんにん)の口に。


「えーーーーむぐ……………っ、〜〜〜!?!!」


 奥さんは一瞬驚きはしたものの、大人しく口に入れられたものを咀嚼しーーーーそして、椅子ごとバターンとぶっ倒れた。その顔色は蒼白を通り越し緑色になっている。

 泡を吹いて倒れる、という言葉通りの状態を目にし、不謹慎だがちょっとだけ感動した。

 

「お、おい、キャル?っ、キャロライン!!」


 慌てて奥様を抱え起こす王弟。


「やっぱり…味見しないで作る『アレンジャー』だったか」

「アレン?誰だ?」

「大丈夫。手強いヤツでしたが、確実に仕留めましたから」

「いやお前それうちの嫁だろ。仕留めるなよ」


 ガッツポーズを取る私に『後生だから何とかしてくれ』と、王弟は見事な土下座を披露した。

 ちなみに土下座を教えたのは健。男性から女性へとする最敬礼なのだと誤った知識を植え付けた為、後日私は各所から土下座される事態に陥った事を付け加えておく。


 とりあえずなんとかしましょう。

 奥さんに洗浄…いや、癒しの浄化をかける。

 食中毒心配だし。加熱が甘かったり、寄生虫とか、腹痛の原因も色々ある。この世界はどのへんまでそういうの進んでるのかわからないので念の為だけど、聖女の技をかけられる妻を見て王弟は微妙な顔をした。

 

「う…」

「気付かれました?」

「はい…私は…うぅ、一体」

「忘れてしまいたい気持ちは分かりますが、ご自身で作った食事を食べて気絶されました」

「う"っっ」

「容赦ないな…」


 王弟の奥様、キャロラインさんは、私の言葉に頬をぷく〜っと膨らませて『でも』『だって』と小さく言い訳をする。

 その可愛らしさを前に、王弟の顔はだらしなく伸びていた。

 まぁ、わかるけども。


「キャロラインさん」

「は、はいっ!」

「確かに愛情は最大のスパイスですが、相手を思いやれないものは愛情でもなんでもありません。貴女のは暴力と同じです。しかも貴女は作るだけで味見すらしていない。自分で食べられない物を相手に食べろと強要するのは愛ですか?」

「……」

「生焼けのお魚…もしこれに寄生虫がいたら、貴女の大事な人は腹痛に下痢に嘔吐に……地獄のような苦しみを味わうことになっていたんですよ?」

「美依菜、寄生虫とかこっちの人わからないかも。あと地獄は日本のだから」


 ご飯を食べ終わった健からツッコミがはいった。

 し、知ってるもん!

 でも雰囲気ってゆーか、説明の都合なんだから!


「とにかく!旦那さんを愛してるなら、料理はプロに任せて下さい。いいですね?もうあんなデスソース作っちゃ駄目です。食材勿体ないし」

「はい……」


 この人、レシピをアレンジで改悪させちゃうアレンジャーなんだろうな。

 持ってきた料理も見た目は綺麗だったから、下処理とかは料理人がやったのだろう。王弟の奥様になるような人だ、今まで料理なんてした事なかったはず。味音痴じゃないから、味見をするようになれば食べられるものを作れるかもしれないけど。


「そもそも、なんで今更ご飯作ろうと思ったんですか?以前からやっていたとかならともかく」

「それは…」


 チラチラと恥ずかしそうに王弟に視線を送るキャロラインさん。あーまた王弟がだらしない顔になってる。

 頬をうっすら赤く染めて、彼女は語ってくれた。


「私、ミーナ様のようになりたくて…」

「私??」

「はい…、あの、この人が『男は胃袋から掴め』ってミーナ様に話しているのを聞いて…タケル様も、王子殿下達もその…ミーナ様に傾倒されていらっしゃるようですし」


 ん、んーーーー?!

 

「聞けばタケル様は美依菜様の為に、騎士団の若手ホープ達を完膚無きまでに叩きのめしたと…」


 なんだその話。聞いてないぞ。

 健を見たら物凄い勢いで顔を逸らされた。

 

「…健くん?」

「……だって、あいつら僕のいない所で美依菜に手、出そうとするから。美依菜のことやらしい目でみるし」


 そういえば男性からのお誘い、すっかり無くなってたな。

 断るのが面倒だったから良かったんだけど、健の仕業だったのか。

 

「ま、若手のやつらは本気だったけどよ、隊長クラスの奴らは勇者と腕試し目的でわざと絡んでたけどな」


 健、普段はやる気見せないからなー。

 どうやって本気を出してもらうか、私への執着心を体よく利用されたってわけね。

 ふーん、そう。なるほど。


「楽しそうに笑ってる王弟殿下は知ってて煽ったと。そうですか、楽しかったですか」

「い、いやっ、別に俺は楽しんでなんか…」


 慌てる王弟から、彼に抱えられている奥様に向き合う。


「キャロラインさん」

「はい?」

「料理を教えてあげましょうか?勿論お金は頂きます。1時間1ゴールドで」

「!宜しいのですか!」

「はい。簡単で危なくないもの限定ですが、どうでしょう?」

「勿論!嬉しいですわ!!」


 嬉々として返事をするキャロラインさんと、私の提案に肩透かしを喰らってポカンとする王弟。健だけは訝しんでいたけど、構わずニッコリ笑う。

 

「じゃ、とりあえず明日の朝から。お待ちしてますね」

「はい!宜しくお願い致します!」


 夫婦の危機は回避され、二人はぴったり寄り添い仲睦まじく帰っていった。1日で2度襲撃された(正確には3度)私は疲労困憊だ。とっとと後片付けして休みたい。


「ん。手伝う」

「ありがと」


 健はこくりと頷くと、私が洗浄魔法をかけた食器を片していく。なんかこういうの、家族って感じがして心があったかくなる。

 そんな風にほこほこしていたら、突然後ろから羽交い締めにされた。え、なに、また敵襲?!驚いて『ぐえっ』って変な声でた。


「…美依菜、補充させて」


 遠征戻りで寂しかったのかな。

 でも首の後ろでスンスンするのはちょっと恥ずかしいっていうか、如何なものか。何を補充してるのか…。くすぐったくて変な声出そう。


「ん、ちょっ、もういい…?くすぐっ、たい」

「………」

「た、健くん、お願い?」

「……誓紋、刻んでくれたら離す」

「離れるつもりはないってことね…」


 どのみち直ぐに出来るものではないので、今日は離れないという彼の意志表示なのだろう。


「わかった、一緒に寝よか。でも歯磨きしてからね」

「うん」


 手を引き、水場へと向かう。

 もう慣れたものだ。

 別に一緒にいても、ただ眠るだけで心配されるような事は何もない。手を握ったり、抱きしめられて眠るくらいで。私を見つめる瞳が、たまに艶を帯びてるというか、妙に色っぽい時があってドキッとする事もあるけど。

 好みの顔だから仕方無いって事で!

 そうしていつものように、二人でベッドに入る。


「おやすみなさい」

「おやすみ」


 そして朝まで眠るだけーーーーー


 だったのに。

 後ろから抱きしめられる力が、不意に強くなった。


「…ねぇ、美依菜」

「ひゃ、ひゃい!」

「早く結婚したい」

「ど、どしたの?あのお姫様の事気にしちゃった?」


 正式に婚姻していれば今日のように突撃されることは無かったはず。私を守れなかった事に責任を感じているのかも。

 気に病まないでいいと、そう伝えようとモゾモゾ後ろを振り返ると、その先の健の顔は笑顔だった。でも、私の体には、ぞわりと背筋が凍るような震え。

 しまった、と後悔するには遅すぎた。


「ルディ様に『結婚前は駄目だ』って言われてたから我慢してたけど、皆が美依菜にまとわりつくから、なんかイライラしちゃって。そしたら『味見はいい』って」

「は?味見?」


 何をなんて聞けない。

 でも聞かなくたって話は進む。無情にも。


「いいよね。じゃ、いただきます」


 いや、疑問形ですらないし!

 あっという間に塞がれる唇。

 あ、意外と唇柔らかいなー、なんて思ってたらすぐに深いものに変わって、その後はもう何だか分からなくなって思考を手放すしかなかった。

 散々貪られ、やっと開放されて息をつく。

 男の子の本気すごい。

 健は何だか目をキラキラさせて感動してるけど、私は恥ずかしさで目を合わせられず、彼の胸に顔を埋めた。

 

「……で。感想は?」


 なんとなく悔しくて聞いてみる。


「……歯磨きの味?」


 そりゃ、歯磨き直後だったからね!

 可笑しくて二人で笑った。




 翌日。


「さ、騎士団の皆さーん!今日はキャロライン様からの差し入れです!遠慮せず食べて下さいね!で、味の感想聞かせてください〜」

「お、お願いします!」


 わー、っと歓声が上がる。

 約束通り午前中に我が家にやってきたキャロラインさんと唐揚げを作った。半生にならないよう、しっかり時間を計り、味見もし。にんにくとショウガをガツンと利かせた醤油風味の鶏モモの唐揚げ。嫌いな男性がいるだろうか。少なくともこの騎士団にはいないはず。

 飢えた獣のような、昼時の腹ペコ男性達に囲まれるキャロラインさんと、皆のお腹にあっという間に吸い込まれていく唐揚げ達。


「う、うめーーーー!」

「うまいっす、こんなの喰えて、幸せです!」

「可愛いのに料理まで出来るなんて最高!」

「結婚してください!!」

「いや、俺の嫁に!」


 反応は上々だ。

 キャロラインさんは美人というより可愛らしいタイプ。

 反応も初々しく、庇護欲をそそられる。

 

「いえ、あのっ、そんな、私は」


 こんな大柄の男達に囲まれた経験などないせいか、焦る彼女は助けを求めて視線を送ってくるが、私は気づかぬふりをし笑顔で見守る。


「!!お前ら!何してる!キャロラインから離れろ!」


 ちょうどそこへ客人を案内していた王弟が通りかかり、予想通りの反応を見せてくれた。

 真っ赤な顔をして怒るその姿はまるで赤鬼。

 一部の騎士達はその姿に震え上がったが、大半の人はキャロラインさんへのアタックに忙しく、見えていない。ある意味幸せだ。


「くそっ、キャル、今行くーーーー」

「どこへ?」


 今まさに飛び出そうとした王弟を止めたのは。


「…叔父上、今は仕事中です。騎士達に稽古をつけるなら後にしてください」

「いや、それどころじゃないだろ、キャロラインが」

「昨日、聖女の宮殿に2度も襲撃があったそうじゃないですか。2度も、です。その件でこうして確認の為、外交官の方に来て頂いているのですよ?」

「いや、しかし…」

「叔父上?」

「は、はいっ」

「…そもそも、バドグランディオとの様々な取り決めは、叔父上が主体となってやっているはずなんです。そこで、昨日起こった出来事。責任者は?」

「……俺です……」

「はい。では行きますよ。まずは破壊された扉の確認からです」


 有能な王太子(アンリ)に引きずられ、王弟は離宮へと連行されていった。姿が見えなくなるその時まで、キャロラインさんを見つめながら。

 ちょっとした復讐が終わり満足した私は、キャロラインさんを助けるべく、彼女が誰の奥さんなのか騎士団の面々に説明する。真実を知り、乾いた笑いを発して去っていくその面々の表情は悲壮感に溢れ、またある者は明日からの指導に震えていたという。




「美依菜、俺もあれ食べたい」

「夕飯は唐揚げにしよっか」


 健が来た頃、よく作ったなー、と懐かしむ。

 母の味とかよくわからないから、好きだといった唐揚げを短いスパンで作っていた。

 玉子焼きとかもその家の味が出るだろうに、健は美味しい、とただ喜んでくれた。

 あー、なんかあの頃の健に会いたくなってきた。

 あの頃よくしたように、久し振りに手を繋いで歩きたくなって手を伸ばしたら、取られた手で俗に言う『恋人握り』をされた。

 なんか違う。違うけど。

 

「…これはこれで幸せだね」

「ね」


 少しだけ変わった関係をくすぐったく思いながら、2人で歩く。

 婚姻の誓約紋を早く刻みたいという希望は、とりあえずまだ保留中である。




イチャラブ回でした。(照)

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