番外編、5 お伽噺のそのあとは。
これにて完結いたしました。
皆様の心に少しでも残りますように。
(感想はお手柔らかにお願いします)
王太子殿下が行方不明。
そんな風に王宮で大騒ぎになってるとも知らず、王弟率いる騎士団が詰めかけてくるまで私達はぐっすり眠っていた。
起きたらとっぷりと日が暮れていて、流石に寝過ぎだろうってルディ様が呆れてたけど、仕方ない。情報過多で脳みそがお疲れモードだったのよ。
「はぁ〜〜、そうかぁ、アンリが賢者か。ティンパルシアが煩く言ってきそうだけど、彼奴等も後ろ暗い所があるだろうからな。心配すんな、上手く交渉しとく」
流石、腐っても王弟。頼りになる!
ルディ様は悪い顔をして何やら笑ってた。何処の悪代官…
「婿に寄越せとか、向こうの姫を娶れとか、煩い事言ってると神罰が落ちるよって言っといて」
「お、おう。それは天災か人災か、お兄さん、知りたくないなぁ……」
「神力だから、神罰で。セーフセーフ」
「国際問題になるのでやめて下さい頼みます」
ぷー。
じゃあ偉い人達の弱味でも握るかぁ。
みんな聖力に耐性無いし、集団催眠といこう。
ルディ様がテーブルに突っ伏して「頑張ってくるから大人しくして待っててくれ頼む!」とお願いしてきたので仕方なく計画を断念した。
―――怒涛のカミングアウトから1ヶ月後。
健とアンリは秘密裏に吸収石を作り、この国の各所に試験的に設置して効果と関係部署の対応や連携なんかの調査をした。これが上手く行けば配置箇所を増やして分散させたり、色々出来るそうだ。
勿論私も設置と調査に同行しましたよ?聖女ですし!
ただ、私が現場に行くと勝手に浄化しちゃうから、現場から離れた村で待機命令が出たけどね。
うう…初回にそれで失敗して、ずっとお留守番なのは悲しい。タダ飯食らいは嫌なので、村人の健康チェックとか、怪我とか病気の治療をして待っていたので、とこへ行っても最後は人気者になってしまった。ただの聖女の慰問だこれ……
アンリも王太子の仕事をお休みする事が増え、王様は大忙しだったみたいだけど、国の、世界の一大事だからと王妃様が頑張らせたそうな。弟王子様達も色々と協力したって言ってたので、第一回お疲れ様会を開いて皆で労いあった。
怒涛の一ヶ月、の成果である調査報告書。
受け取ったバドグランディオ、ティンパルシア、そしてフェルドニアの三国のうちすぐに返事をくれた……いや、手ずから持ってきたのはフェルドニアだった。
「またとんでもねーモン作ったな。いや、でかしたって褒めてんだぞ?!」
フェルドニアの王様であるゼクス本人が配達人なんて…よく皆許したなぁ。側近さん方、胃を痛くしてるんじゃ。
って思ってたら、王様業は暫く叔父さんに代わってもらったそうだ。こっちの方が重要だから、このプロジェクト(?)が終わるまでフェルドザイネスに滞在するんだって。
「吸収石の素材はどれ……んー、やっぱ魔石になるよな。そうだと思ってたっぷり持ってきたから、遠慮なく使ってくれ!」
渡された大量の魔石は、叔父さんとセレスを助けたお礼なのだとゼクスは言った。にしたって、魔石は大きい程高価だし、くれた量も多いから、国を通して手続きをと言ったんだけど、バドグランディオから賠償金をかなりもぎ取ったので気にしないでいい、って豪快に笑う。
「それに、うちの国にも患者がゼロって訳じゃないし、増加しないとも限らねぇ。先行投資だな」
投資とはちょっと違うと思うけど、有難く頂いとく。
魔石は消耗品だからねぇ。
中の魔素を使い切ったらサラサラの砂みたいになるんだけど、アンリが作り出す吸収石は魔素を吸い込むから、半永久的に稼働する。取り込んだ魔素を動力源にして、魔素を吸い込む魔導式を展開させる。取り込む魔素が無ければ動かないけど、過剰な魔素を取り込むのが目的だからそれでいい。
大気の魔素はこの閉じられた国とフェルドニアで差はない。以前のように覆う必要がないから、何れはフェルドニアの向こうの世界とも国交を持つことがあるかもしれないけど、それはきっと遠い先の未来の話で、その時に私達はいないだろう。
まぁでもイレギュラーな事が起こらないとも限らないので、稼働状態のチェックとかは定期的に行っていくのだそうな。
何やかんやで滞在中のゼクスが今日も雑談しにやってくる。
暇なの…?
一応他国の王族という尊い?身分なので、同じく身分の高い聖女が相手をしなければならない―――なんてことは無く、街にふら〜っと出掛けてはオヤツを手土産にやって来るのだ。内緒にしているが甘いものが好きらしい。私は珍しいオヤツにありつけてラッキーなんだけど。
「他の国からは使者が来たのか?」
「そうそう。バドグランディオは流石に元凶だから大人しいもんで、こっちの申し出に100%従うって感じだったんだけど……」
「〝賢者〟の国か?」
「そうなのよ〜……あいつら、色々隠してたくせに知らぬ存ぜぬで押し通そうとするから、ルディ様がキレちゃって。下っ端役人なんて話にならん、石が欲しけりゃ最高責任者連れて来い、って感じで追い返しちゃったの」
「ハハハ!そりゃ傑作!」
「笑い事じゃないわよ……」
豪快に笑うゼクスをジトーっと睨み付けた。
慌てたティンパルシアが次に交渉役として送ってきたのが王女。箱入りの姫なのか末番なのか知らないけど、人体実験の被験者みたいな面持ちでやって来て、アンリに「私を好きになさって構いません」なんて言ったもんだから、謁見室の窓が全部割れた。その場は大混乱で阿鼻叫喚の地獄絵図。
「なんなわけ?魔王を降臨させたいの!?魔力暴走が起きます聖女様ー!って呼び出されたんですけど!バカなの!?死にたいの?!」
ますますゼクスがお腹抱えてひーひー大笑いしてる。
結局。
エイルさんに全権委譲しろって王女のおデコに赤紙貼っつけて強制送還。真相を知らされたエイルさんは大激怒したらしく、あっちでも雷が落ちたらしい。流石に王位継承権放棄して名目上の立場は下でも、彼の方が力はあるから、王女を送り込んだ側妃も離縁されて娘共々実家に戻された。国際問題待ったなしって事で、王様も譲位を余儀なくされ、近く、現王太子が即位するそうだ。
エイルさんは継承権こそ無いが、御意見番みたいな立場の、王様に次いで偉い人になったみたい。王様が間違いを犯す前に止めるストッパー役なんだって。それでお妃様達の暴挙が無くなるといいけどねー。
「笑ってるけど、ゼクスだって午後からはそんな人達と会議でしょ?」
四国での初の公式会議。
議長は開催国ってのもあってルディ様。
王弟だし、騎士団の総司令してる人だってのもあるけど、何より、結界の事も救世主についても詳しいからだ。トップなのに現場をよく知ってるからねー。
他の国は誰が来るか知らないけど、リュート王子は来るのかなぁ?久々にミエールと会えるかしら。
「お?ミーナは不参加なのか?救世主だろ?」
「聖女を見せてやる必要は無い、ってさー。私に慈悲を請うなんて有り得ないと思うけど」
「まぁ一般的に聖女のイメージは慈悲深い女神様、って感じだからな?」
と言いながら私を見て何か言いたげにニヤニヤ笑うゼクス。
失礼な!
「そういう訳だからここにお留守番なの!ゼクスも早く行きなさいよ。ほらほら」
手をパッパと扉の方へ払うように動かす。
今日は朝からこのよくわからない部屋で待機させられてる。
健は会議参加組だから居ないのに、なんでゼクスはいつまでもここにいんのよ。まぁ話し相手になってくれたのは感謝するけど。
「虫みたいに追い払うなよ……俺はお前の〝護衛〟だから代わりが来るまで出られねーんだよ」
へ?なんで私の??
「人の出入りが多いからな。どさくさ紛れで良からぬ事を仕出かす野郎もいない訳じゃねーぞ?聖女は魔力に強いけど神力には弱いからな。聖遺物だとか、結界が出来る前に入手したもんとか使われて拐われたりしちゃあ…………うん。確実に死人が出るし、下手すりゃ世界が滅びる」
だから滅多な事が起こっちゃマズいんだ、わかるな?って、物凄い真剣な顔で言われた。うん、私が居なくなったら健が魔王になるよね……力強く頷いて肯定する。
その時、コンコンと誰かが扉をノックした。
「やっほー、久しぶり!そろそろ時間だから、そこにいる〝護衛〟さん、交代してくれる?」
返事を待たずに入室してきたのは、赤茶髪ツインテールのツンデレロリ魔道士、バドグランディオ元第八王女のミエールだった。
「ミエール、来てくれたんだ!久しぶりだね!!」
「ちょっと。息するように悪口言わないでくれる?ツンデレロリ魔道士って何よ。絶対悪口でしょ」
おっと、また声に出てたか。
「何か、ティンパルシアの奴らがやらかしたんだって?簡単に諦めるとも思えないから、あたしがバッチリ守ってあげるわよ!」
フンス、と鼻息荒く宣言するミエール。
何か色々困った子だったけど、憎めなくて、会えて嬉しいとまで思っちゃう。ツンデレだったのに、もはやその影も無いのはちょっと淋しいが。ツンは卒業したのね。
「心強いけどリュート王子の護衛はいいの?」
「兄様は護衛より強いから……」
あ。遠い目になってる。
奴隷紋の主従関係だもんなぁ…
「んじゃ交代が来たから俺もそろそろ行くぜ?」
「ありがとね、ゼクス」
おぅ、と手をヒラヒラさせて出ていくゼクスを見送る。
うーん、私も会議がどんな感じか見たかったな。
私がぼーっとしてる間も、ミエールはテキパキと何やら魔導具と陣をチェックして頷いたり感心したりしている。年頃の若い女の子だけど、こーゆーとこが魔道士なのよねぇ。
「?これ、何の魔導具?え―――」
ミエールがテーブルの上の物を確認していた時だった。
驚く声に彼女が指した魔導具を見れば、ブォンと何か装置が起動したような音がして、空中に立体映像が浮かび上がる。
肌色の……これって、手のひら……?
そう思った時には既に手のひらのドアップが遠ざかり、さっきまでここにいた男の姿を映し出した。
「ゼクス!?」
ゼクスは内緒だと合図するかの様に、唇に人差し指を当てていたずらっぽく笑う。どうやら会議室のどこかにこのカメラのような魔導具を置き、会議の様子を見せてくれるらしい。
「あの魔王、なかなか気が利くじゃない」
「いや、多分面白かってるだけだと思うよ…?」
ミエールの好意的な評価を訂正しつつ、会議の進行を待つ。
どういう仕組みか分からないけど、立体映像だから全体像が見え易く、正面だけとか後ろ姿しか見えないとかがなくて大変わかりやすい。いいなー、これ。
「ねね、これって録画……リアルタイムだけじゃなく、後で見られるとか出来ないのかな?」
「犯罪の証拠として提出される事もあるから出来るわよ。あんた、何に使う気?」
「えー、いやぁ……日々成長していく姿とか?何十年後とかにまた見たくなると思うのよね〜」
本音を言えば、ここに来た時の健の少年時代から見たい。
でも、それは叶わないので、せめて今の姿を残しておいて未来で堪能したかった。まぁ未来の健もイケオジだとは思うけどさ!それはそれ、これはこれ!
「子供の成長記録に使いたいワケ?この魔導具、魔石を結構使うから、王族とか富裕層の趣味で使われる事もあるわね」
「そう、そうね!うん、古今東西、親バカはどこでもそうね!」
「………アンタ、何か違う事考えてない?」
ミエールが不審そうな顔でジト目を向けてくる。
アハハ、と笑って誤魔化した。取り敢えず!
『あー、それでは皆揃った様なので始めたいと思う。私は王の代理でこの場の纏め役を承った、王国騎士団総司令のルディ・ロード・フェルドザイネスだ。予め言っておくが、フェルドニア以外の二国に拒否権は無いと思ってくれ。理由は己の胸に手を当てれば分かるだろう?』
『!!』
『なっ…それは余りにも失礼ではないか!?』
ルディ様の聞き慣れない低い声は、相当お怒りの時のソレだ。かなーり慇懃無礼というか、煽ってるというか。バドグランディオは兎も角、ティンパルシアまでコソコソやってたんじゃね。お怒りもご尤も。
『確かに我が国が勇者召喚を繰り返した事は認めるが、既に一連の関係者は処罰した上に、多額の賠償金も支払ったのだぞ?それ以上を求めるとは、貴国の属国にでもな『はいそこまで』……っ!』
あ。リュート王子だ。
発言止めたとこを見ると、今喋ってたのはバドグランディオの関係者かな?
確認しようとミエールに視線を向けたら、カチカチカチカチ歯を鳴らしながら青褪めた顔で震えていた。
「ど、どしたの?!具合悪い?脂汗でてるよ!治療する?!」
揺さぶって声をかけてもミエールは映像から目を離さない。
いやまってほんとにどうしたの??
「……に、…にいさま、が、おこ、おこっ、て」
「え?リュート王子がなに?」
ミエールの尋常じゃない怖がり方が心配になったけど、立体映像の方からドカッって感じの大きな音が聞こえてきて、意識をそっちに持っていかれた。
『……見学だけしたいと言うから許可したんだよ?何勝手に喋ってるの?誰の許可を得て?なに?……聞こえない、なぁっ!!』
『…いっ…ぁ、ぐぅぇっ!っ……』
リュート王子が笑顔のまま誰かの頭をテーブルに押さえつけている。何とか顔を上げて喋ろうとした男(多分)の頭を更に強い力で押さえつけたのか、男は潰れたカエルみたいに呻いた。
………えーと。
あれか、さっきの大きい音はリュート王子が最初に男を叩き付けた音か。なるほど……って、そうじゃないよね!?なに?何のバイオレンス???
『君は僕より先に生まれた王子、ってだけの人間だって何度言えばわかるのかな?ここ、空っぽなのかい?』
『ひっ、、ぁぐぅい、いタイいだっ、や、めっ、たの…っ』
思わず一歩後退って、ミエールの握りしめた拳に手を乗せる。汗ばんでヒンヤリしてるね……うん、わかる。怖い。
「あいつ死んだわ…」
「それ、社会的にっていう意味だよね…?」
ちょ、続きは?!ねえ、ミエール!
「……アレ、うちの第三王子なんたけど、ビビリで上の奴らから隠れて逃げまくってたから、悪事に加担して無かったのと国王陛下……あー、第五王子にね、楯突いたりしてなくて見逃されたの。それで怖い奴らが居なくなった、って浮かれて調子に乗ってこの通り」
「……ねぇ、新国王様とどっちが怖いの……?」
「……圧倒的に兄様よ。ミハエル陛下は冷酷な判断をなさるけど、あんな裏表は無いもの!……ねぇ、ミーナ、お願い!!あたしをこのままアンタの専属護衛魔道士にして!お願い!!」
「え……と、ミエールは契約してるから、難しいんじゃ…?」
何か恐ろしい事言ってくるんだけど、それ、聞かれたらまずくない?いやまぁこっちの声は聞こえないだろうけど。
「うう…あたし、このままだと兄様の子供産まされる…」
え?兄妹で??!
確か異母兄妹じゃなかった?
倫理観どうなってるの?王族だから??え??
ミエールは恐ろしい事を言いだした。
「兄様は兄じゃなくて、正確には従兄妹なの。ほら、うちの国って勇者召喚の為に王族は子沢山だったじゃない?対外的に国王は一人だけど、他の魔力の多い王族は―――と、そういう事よ。生まれた子は順に番号をふられるけど、正妃の子以外の扱いは……リュート兄様は父の何番目かの兄弟の子供よ。あたしは正妃の娘だったからいい暮らしをしてたけど」
魔力が多いからそのうち孕み腹にされてたわ、と感情のこもってない声で言うミエール。
なんて事をぺろっと言っちゃうのよこの子は。王様以外の弟妹達はいい血筋を残す為の、えーと、そういう役割って事?まじ??
ハードな内容すぎて言葉を失ったけど、気を取り直そう。ていうか、深く考えるには闇が深すぎる。
「でも、ミエールはもう王籍から抜けてるし、そんな人権無視の役目はなくなったんでしょ?」
「……そうだったら良かったんだけどね……」
えぇ…まだなんかあるの…?もうお腹いっぱいなんだけど。
悲壮感に溢れるミエールを見ればそうとも言い出せず、続きを促すように無言を貫いた。
「あたしの他の姉妹…従姉妹を含めて、女性は皆ミハエル陛下の即位に合わせて降嫁させられたわ。あたしは廃籍されてるし、リュート兄様と隷属契約してるからそうならなかったけど…」
ミエールの説明によると。
リュート王子は現国王と母親が同じで、ミハエル陛下が唯一信頼している彼は、他の王族で唯一継承権を持っているのだそう。あくまでも万が一の事を考えて…なので、リュート王子にそういった欲はないが、国王がしっかり血筋を残して国が安定するまでは、スペア的な意味で彼の血筋も残して盤石な体制にしておかなければならないみたい。
まぁ、あんなやらかした王族だもの。権力手にしたら何するか分からない兄弟より、信頼できる弟に頼みたいわよね。
ただ、そこで問題が。
「リュート兄様、結婚しないって譲らなくて。妻になる人の実家も信用ならないし、って言って陛下と大喧嘩したのよ」
「まぁこの混乱に応じて、って口出してきそうだもんね」
後ろ盾、って言葉があるしなー。
日本だって帝の摂政だか関白だか、古き時代に奥さんの実家が力を持ってたりしてたしね。
「王家を二分する危険性が高いから、どうしても子を残せって言うなら〝ミエールに産んでもらう〟って宣言したのよ!?」
「う、わぁ…それは」
「……あたし、今の立場は割と気に入ってるのよ。れ、恋愛にも興味が湧いたっていうか、自由に人を好きになっていいんだって、そう思ってたのに……妊み腹に逆戻りなんて……」
ちょっと涙声になってるミエールに胸が痛む。
ただ…おねーさんとしては、総合評価の結果、リュート王子ってドS属性なんじゃないかなーって思うんだよね……どういう事かっていうと、
『―――その件に関しては後でゆっくり説明するね?』
「「qあwせdrftgyふじこlp!?」」
私達は声にならない絶叫を上げ、震える身体をお互いに支え合った。恐怖で失神しそう。いや、したい。
立体映像のリュート王子の視線がこちらに向けられている。
偶然じゃない。私達…いや、ミエールに向けて喋ってるよね、これ。意訳すると『自分が行くまでそこを動くな』かな…は、はは。その際は是非私を巻き込まないでもらいたい。切実に。
最近の乙女ゲームの攻略者は闇堕ちか実は腹黒かドSか、ってそんなんばっかりなの??爽やかヒーローどこ。あ、乙女ゲームは後付けだったわ。設定そのものが成り立たないか。
私が恐怖で現実逃避してると、今度は健と目が合い、彼も人差し指を唇に当て内緒の仕草をする。そして、次に耳の飾りを指差し、再び唇で内緒の―――あ〜〜〜〜〜〜〜っっ!!
「内緒じゃなくて、〝シーッ〟の方……」
静かに、の『しー』でしたか……あの耳飾りでこっちの音が伝わっちゃうから、ゼクスは教えてくれてたのね……
取り敢えずポッケのメモ(聖女服につけてもらってる)で筆談に切り替え、ガタガタ震えるミエールを揺さぶって正気に戻し、狭い範囲でいいから遮音する魔法が使えないか問う。
ミエールはハッとして私の手を握ると何やら小さく唱えた。
【これでいいわ。あたしと手を繋いでる間は、こうやって喋っても声にならずに伝わるわ】
パクパク口を動かしてるけど、声は聞こえない。
頭の中に直接話しかけられてるみたいだ。
おおー、と素直に感動する。
【うん。ミエール、あれは無理だわ。TL小説1冊レベルよあなた達の設定。腹黒ドS王子はツンデレ美少女魔道士を離さないってタイトルでいける。しかも昔は兄妹として育ったとかって…】
マリエラに設定渡したら書いてもらえるかなぁ。あの人、小説投稿してたとか言ってたし。流石に隣の国の王子をモデルに書くのは不味いかしら。需要はありそうなのに。
【なんの需要よ。聞こえてるわよ、思考をタレ流しするのやめてくれない?あとTLって何なの?そのタイトル何!?何がイケるのよ!】
【ロマンス小説?ちょっとオトナの……】
「はぁっ?!何で、あ、あああたしと兄さまがロマンス小説な」
【落ち着いて!声が漏れてる!】
【〜〜〜】(こくこく)
興奮して手を離したミエールの口を慌てて塞ぎ、すぐに手を握り直す。
【取り敢えずさ、会議の様子見ようよ。後のことは終わったら考えよ?】
分かったわ、とミエールは大人しく立体映像に意識を向けた。ふう。こういう素直なとこがリュート王子の何かに突き刺さるのかしら。あまり虐め過ぎると嫌われるよ…?
気を取り直して。
私達がバタバタしてる間にも会議は進行してるようで、今はティンパルシアの人が皆から突き刺さるような視線を浴びて縮こまっていた。
『……って事で、前賢者の証言は取れてるんでな。お前達がバドグランディオのやらかしを黙認した上で、魔石購入に便宜を図ってもらってた事、同罪とまでは言わないが、相応の責任を取ってもらってもいいんだぞ?不問にする代わり、こちらの指示に無条件で従ってもらおう、と言ってるんだ』
『い、いや、しかしそれではそちらの国に建国の救世主が全て揃う事に……権力の集中は』
ルディ様がこんだけ優しく言ってるのにまーだ喰らいつくのか。ある意味根性があるというか逞しいな。
そういえば、何でエイルさんが来てないんだろう??
権力を与えられて王様をサポートする役割を与えられたんじゃ??
『……何を勘違いしてるのか知らないけど、何故俺達が君等の言う事を聞く必要が?』
健の言葉の一言一言が圧になって、まるで見えない空気の壁に圧し潰されるような感覚なのだろう。アンリ以外の表情が変化している。
『ですが、っ、救世主は、三国に一人ずつと昔から…!』
『……はぁ。お前じゃ話にならない。エイル・ツェート・ティンパルシアと代われ。出来なければ王城に撃つ』
健の手がバチバチと音を鳴らして青白い光を纏う。
わぁ。なかなか物騒だね、健くんってば!
奥さんもちょっぴり怖いな!
いや、王様の首とか言わなかっただけマシかな…
『健。そんなに待たなくても、あいつらを喚び出してカタをつけた方が早い。前に仕掛けておいた魔法陣が使えるから、ここに召喚して首をすげ替えよう』
あああ〜〜〜アンリまでがぁ〜〜〜っ!
なに?前世で王族の闇でも見たの?!それで消息不明になったとか!?いや〜〜〜〜誰か止めてぇ〜〜〜!!
無双する男子二人をハラハラしながら見ていると、バーン!と扉が壊れそうな程激しい音をたてて、息切れした人が滑り込んできた。
『…お、…っ、遅っ、く……なり、まこ、とに申し訳っ、なく、ハァッ、っ、特級国家魔道士、エイル・ツェート・ティンパルシア、国王陛下の代理として参りました!!』
良かった、来てくれて……!
会議室が血で染まる所だったよ〜〜!
久々に見たエイルさんは、何だかあちこちボロボロで、どっかダンジョンにでも籠もってた?と思っちゃう程、髪はボサボサで薄汚れていた。
『やぁエイル。この役立たずな使者を引き取りに来たのかい?それとも話が通じないのは国王のせいなのかな?』
ニコニコしてるのに目が笑ってないアンリに驚いたようで、エイルさんはルディさんや健へ交互に視線を向ける。
『アンリ王太子殿下のお怒りはご』
『いいよ、エイル。ボクは全部知ってるから』
『何を…』
『ティンパルシアの王家が全部知った上で、それを逆手に取って邪魔者を儀式で潰した事だよ?』
全員が息をするのも忘れたかのように動きを止め、アンリの言葉はその場を凍らせた。
ティンパルシア王家は代々王になる者だけが救世主の真実を知らされるらしく、現王太子は自分の地位が優秀な異母兄に奪われるのを恐れ、本来は召喚する必要がないはずの賢者を召喚したそうだ。側妃の産んだ第一王子の命を犠牲にして。現王太子は正妃が産んだ第二王子。エイルさんは第一王子と母が同じで、幼い頃から優秀だった弟の身を案じた第一王子が、早いうちに王位継承権を放棄させたみたい。
『過去の召喚に関する記録が残っていたよ。異世界召喚した賢者でも問題がないか、試したそうだね。ほんっと、クズだよねキミ達は』
『ーーーーーーーっ!ーー!!』
何の前触れもなく、突然そこに何かが現れた。
【え、な何なのいつの間に召喚したのよ、アレ!!?】
【あれって、ティンパルシアの?】
【国王陛下と正妃、あと王太子みたいね】
いつの間にか向こうの部屋に関係者が勢揃いしている。
喋れないように魔法がかけられてるのか、魔法の鎖で拘束され手足が動かせない分、頭や口を動かすのに忙しそう。
それにしても、記憶のせいで引っ張られるのか、いつものアンリじゃなくて源三さんに近い喋り方というか人格?になってる気が。源三さんがティンパルシアから出たのは、この事を知ってしまったから?あのマジックバッグに入っていたメッセージも……
【ねぇ。にしても、会議室の絵面がカオス過ぎない…?】
シリアス過ぎて居た堪れなくなった私は、共感してもらおうとミエールに話題を振る。
【ルディ様の顔見てよ、もう手に負えなくなって今日の夕ご飯の事とか考えてる顔よアレ」
「ぶフッ!……っちょ、アンタやめなさいよ想像したじゃない」
「皆お疲れだろうから、唐揚げにでもしようかなー。ミエールも食べてく?」
「えー!いいの?食べる食べる!」
ミエールが嬉しそうにキャッキャと跳ねている。
うんうん。可愛いわ。
『―――そうだね。それなら僕もこうやって、穴をあけるの手伝うよ?』
「「(ヒィッ)!?」」
健がテーブルの上のフォークで形ばかりに置いてあるお茶菓子をグッサグッサと勢いよく突き刺していく。
た、健くん?
それは鶏肉に味が染みるように穴をあけてくれてるんだよね?間違っても取っ捕まってるそこの人達に対して言ってるんじゃないよね??
周囲は恐怖でどん引き、正妃は泡を吹いて気絶した。
聞こえてるよ、ってその後で口パクして教えてくれたけど、健くん、確信犯ですね?
そうして、その後。
ティンパルシアの現国王と王妃、その息子の王太子は生涯幽閉される事(表向きは伝染性の病気に罹患したので隔離療養生活)になった。そして、降嫁していた王姉が一時的に王籍へ戻り、国王代理となって然るべき時期が来たらエイルさんへ王位を譲る事が決まった―――いや、決めさせられた。
王族の黒い面を晒されて民の不評を買うより、臭いものに蓋をして隠蔽する事にしたようだ。どこも腐ってるなぁ、と呆れてしまうが、反乱とか暴動が起きるよりマシかぁ。
そもそも、前回の使者が来た後の話では現国王は近く退位して王太子が王位に就くはずで。エイルさんはオブザーバー的な役割になる予定だったのに、それが目障りだと思った王太子がエイルさんを騙し、魔封じの魔道具(以前源三さんが作ったらしい)を装着させ、監禁した。色々疑っていた王姉がエイルさんの監禁場所に突入して救出、エイルさんはその足でそのまま会議室に乗り込んでくれたそうだ。だからあんなにボロボロだったのね。
後はエイルさんに頑張ってもらうしかないよね、って思うけど、彼は彼で国政からすっかり離れた生活だったので、諸々を叔母さんに叩き込まれているらしい。教えてくれたアンリが鼻で笑ってた気がしたけど気のせいかな…
そうそう。
ミエールはあの後、リュート王子が迎えに来て……なんと!
跪いて愛と赦しを請う、アレをやってのけた。
ミエールが赤面して、乙女の顔で返事してたけど……彼女を抱きしめたリュート王子の表情が、何か企んでるかのような悪い笑顔だった事は内緒にしておこう。知らぬが仏よ。
各国に設置された吸収石は問題なく作動し、魔物討伐隊も上手く機能している。魔物はそういう訳で多少は存在するものの、世界は概ね平和だし、私達の仕事も無くならない。
今日も私の日常は変わりなく流れている。
何十年後かに私達が世界からいなくなっても、変わることなく、平和であってほしい。
勇者も聖女もいない世界。
白雪姫もシンデレラも桃太郎も。
お伽噺のおしまいは時に、人魚姫のようなアンハッピーエンドもあるけれど、私達のそのあとは、幸せで満ち足りたい。
「……やっぱり〝めでたしめでたし〟の後もハッピーエンドがいいよね?」
語りかけるようにそっとお腹をさすると、私を後ろから抱える健の手が重ねられた。ポコっと返事をするかのように、お腹からの振動を感じる。
「……あんなに無くなってしまえと思った世界が、不思議だね。今はこんなにも綺麗に見えて、守りたい、って思えるんだ」
私は空を見上げる。
世界は繋がっていないのに、何故かこの空は向こうに、生まれ育ったあの世界に続いているみたいに思えた。晴れた空が眩しい青を反射する。
「そうだね。本当に綺麗」
健の笑顔に、私も微笑み返す。
物語の後が、毎日が、喜びで綴られていく。
キミと二人で。
―――そして輝きは、続く。
色々と設定が付け加えられたりの番外編でしたが、何とか無事に完結いたしました。
(アンリ好きの方にはほんっと怒られそう)
ラブコメだったはずがシリアス寄りの展開になったり、最後までついてきてくださった皆様には感謝感激雨あられ…!(古い)
元々知らなかったけど今回一気読みしたわー、って方もありがとうございます。良かったら星評価やブクマなどして頂けると、次への執筆意欲に繋がりますので宜しくお願いします!