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【完結】日雇い勇者と1ゴールドの聖女  作者: HAL
偽聖女と期間限定契約賢者
20/22

番外編3.偽りの聖女は長いものに巻かれたい





 怖かった。

 ゲームをプレイしてる時は大変だなとは思ってても、所詮、非現実の世界だったから。こんな風に目の前で怪我をした人を手当した事も間近で見た経験も、現実世界(リアル)では無い。

 

 痛みに呻く声が聞こえる。

 激痛に叫び、死の恐怖に泣き、治療を受ける人。

 充満する生臭い匂いに、胃の中の物が込み上がって手で口を覆う。

 治癒の力があるのだから、少しでも魔法を、と何度言い聞かせても体は動かない。


 何故、どうして自分はここにいるのか。

 何のためにここに来たのか。

 頭の中に響く声がこだまのように反響する。



―――貴女が聖女となってこの世界を救ってくれますか?


(い、いや……)


―――貴女が聖女となってこの世界を救ってくれますか?


(…出来ない、無理よ……)


―――貴女が聖女となってこの世界を救ってくれますか?


(……やめて…ほっといて…)


―――貴女が聖女となってこの世界を救ってくれますか?





「嫌よ!私には出来ない、出来るわけ無い!!」



 脳内で途方もなく何度も繰り返される問答に頭がおかしくなりそうだった。やっとそれから開放された時、流れ出る血を見て耐えきれずにその場から逃げ出した。


 この世界を救う『聖女』という使命から逃げた。

 いや。やっぱり自分は聖女じゃなかった、という現実から逃げ出したのだ。



 だって、本物の聖女(・・・・・)はあそこにいたのだから。





−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





「それで100回も質問され続けて断ったんだから、真理姉は根性あると思うよ」


 ついでに99回も拒否されてまだ聞いてきた女神様もね。


 マリエラ・ペンデルトン17歳。

 幼い頃から治癒術に目覚め、小さな傷ならば治してしまう(すべ)を持つ彼女の能力は母親譲りだとの事。定期的に騎士団の治療院へ慰問に来ていたらしい彼女だけど、たまたま健が運び込まれたその日が重なってしまった。それが運命のあの日。

 穢れも酷く、重症者が多く出た。

 いつもとは違う緊迫した状況に動けなくなったマリエラは、脳内に響く壊れた音源みたいな女神様の問いから逃げ出したらしい。(ちなみに重症者達は健をひっつけたままの私が治療したので皆元気である。)

 本来ならそこで聖女として覚醒するはずだったのに、逃亡により私が続投、となった……みたいだけど、どうなの?

 この世界ってゲームありき、のそういう話??


「マリエラ嬢が真理姉って事は、最初からこの展開が分かってたの?」

「まさか。知ってたらすぐ美菜ちゃんに会いに行ってたよ。思い出したのは勇者が運ばれてきたあの日。怪我人が沢山いて、治さなきゃいけないのに動けなくて……その時に頭の中に記憶が流れ込んできたの。野々宮(ののみや)真理(まり)だった時の記憶が。……私は美菜ちゃんが亡くなった7年後に白血病で死んだんだ。だから異世界転生、ってやつになるのかな」


 そんな。

 真理姉は私と一つしか変わらないから、その頃は30を過ぎたばかりのはず。叶えたい夢があるってあんなに頑張っていたのに。声優になりたくて養成所に通っていた彼女を思い出す。


「そんな顔しないで。声優にはね、ちゃんとなれたんだよ」

「ほんと!?良かった、おめでとう!」

「うん、それで、まぁ言いにくいんだけどね…私が、その、美菜ちゃんをやったの」


 ん?

 私をやった?


「聖女の時給は1ゴールドの、遠坂美依菜の『声』をやらせて頂きました……!!」

「ええーっ?!なに、どゆこと?!」

「ちょっとマリエラ?それマジで?あんた声優の野々宮真理だったの?!えーーっ!」


 私のびっくり声より驚いてるリリカの事はほっといて話を戻そう。


「いやぁ、私と美菜ちゃんって母方の従姉妹だし、歳も近くて声が似てたじゃない?それで叔母さんがイメージに近いからってゴリ押しで採用されちゃって」

「や、まって。なんでそこでうちの母が出てくるの?」

「そりゃ、叔母さんがシナリオ書いたからよ」


「はあぁぁぁああ?!」


 何故母が!私の!この世界の物語を書くの?!

 お母さんが女神の手下なの?!なに?どゆこと??

 パニクる私の頭をポンポンと優しく撫でる健に、少し冷静さを取り戻す。

 確かに母の仕事はそういう関係のシナリオライターというか、携わってたけど……。


「………トゥルーエンドってね、選択肢も何もない、ただ読み進めていくノベル形式なの。そこでプレイヤーは真実を知るわけなんだけど、ちゃんとエンディングがあってね、それが美菜ちゃんと健君の結婚式なんだよ。とっても、とっても綺麗で。リアルの映像にも負けないくらい気合の入った出来なんだよ!そして、最後のテロップにね―――」




―――我が最愛の娘、美依菜へ。




「って。女性の手と机の上の携帯に映る集合写真が!!もうね、号泣ものなの!!ファンもね、シナリオライターの名前が美依菜ちゃんと同じ苗字なもんだから騒がれたりして、これは実話なんじゃないかとか、そんなの妄想だろうとか、まぁ色々と憶測が飛び交ってたん―――美菜ちゃん?」


 真理姉の声がどこか遠くであるように聞こえる。



 あぁ…

 お母さん

 ごめんなさい

 一人にして

 何も、何も返せなかった

 沢山愛してくれたってわかってた

 離婚して、母子家庭だったけど精一杯の愛で育ててくれた

 これから恩返しするはずだったのに、私は



 死んでしまって―――ごめんなさいお母さん。



 止まらない涙と慟哭。

 子が親より先に死ぬ事は何よりも親不孝だ。

 だから自分より長生きしてね、と母は笑っていたのに。



「お、かあ、さん……!お母さん…!!」


 健に縋り付いて泣く私に、真理姉もアンリも何も言わなかった。リリカは何故か一緒に泣いていたけど。

 何とか泣き止んで顔を上げた私に、真理姉は言った。


「……美菜ちゃんの葬儀から1年位かな、叔母さんから二人の結婚式の動画を見せてもらったの。生前のかなと思ったけど、周りの人が人外というか、地球(こっち)の人間じゃない感が半端なくて。で、聞いてみれば『異世界で息子が姉の式の動画を撮ってきた』って言うんだもん。で、これをゲームにして残したい、って燃えててさ、私に美菜ちゃんの声をやって欲しい、って頼まれちゃって。聞けばちょっと前に出てきたGENZOって絵師と直斗君が知り合いで、その人からも詳しい話を聞いて世界観を作り上げたみたいで。凄いパワーだよね。叔母さん、美菜ちゃんの為に作り上げちゃったの。このエンディングを皆に見せたくて、美菜ちゃんが生きてきた、生きている証を残したくて。……おじさんも喜んでたよ、生命()を吹き込んでくれて有難う、ってお礼言われちゃった」


 あわわ、お父さんにも見せたのか!恥ずかしいなぁ。

 でも、時間軸がおかしいというか、ズレてぐちゃぐちゃなのね。私がこっちに来て1年なのに、向こうでは7年経ってて、しかもそこで死んで転生した真理姉が何故か過去の時代に生まれちゃってるんだから。

 そんなしんみりとした空気の中、んんっ、と咳払いして場の空気を変えたのはアンリだった。


「では私は父上達に説明してきます。ペンデルトン嬢もすぐに開放されるでしょうが、今後はこのような事の無いよう自重するように。それでは」

「いやいや、終わってないからな?いいようにシメるなよ」

「………」

「おいコラ、王子が舌打ちするな」


 綺麗に纏めて去ろうとするアンリをルディ様が引き留める。


「お前、このどさくさで『お茶会の本来の目的』を有耶無耶にして逃げようとしてるだろ?」

  

 いつもはポーカーフェイスのアンリもギクリと一瞬動揺した表情を見せた。直ぐに戻しちゃったけど。

 お茶会…ホントならあの時アンリの婚約者候補が決まってたもんねぇ……本人はとっても不服そうにしている。


「あの、美菜ちゃん、私達はこのへんで失礼するね。王城に頻繁には来れないからお手紙書くよ。たまにはお茶しようね」


 こそこそと真理姉が―――ううん、もう真理姉じゃないね、貴女はマリエラとして生きているんだもの。マリエラに耳打ちされて頷く。でも、マリエラがリリカを連れて帰ろうとしたその時。


「あぁ、君。ちょっと待って?」

 

 呼び止める声にガチ、っと体を硬直させたマリエラ。

 王太子に呼び止められて無視するわけにもいかない彼女は、油の切れたネジ式の人形みたいな動きでギクシャクと振り返る。


 あー、わかるわ、その顔。

 とてつもなく嫌な予感がするのに逃げられないって顔よね?


 マリエラのそんな悲壮感たっぷりな表情に私は心の中で同情するだけに留めた。だってなんか怖いもん。


「確か、君の前世では僕は君と結ばれるんだったね?」

「は、はい!でもそれは架空のゲームの話で、アンリ様だけでなく他にも選択できる対象者がいてですね「僕と結ばれるんだよね?」はいっ!そうです!」


 いや、圧。

 アンリの圧が怖い。

 美少年がキラースマイル浮かべてるけど、その目は笑ってないし、何なら獲物を狙う狩人の目だし。

 今も私の手を握ってる隣の健と同じものを感じるぞ?

 君達はソウルメイトとかなの?片翼とかなの?ねぇ?


「じゃあマリエラ・ペンデルトン。おめでとう、君が未来の王太子妃だ」

「いャ――――――あ、りがたく、お受け、致し…ます……」


 あ。長いものに巻かれたな。

 マリエラはこの一瞬で全てを悟ったのか、顔に令嬢スマイルを取り付けてそう答えた。満足顔のアンリにポンと肩を叩かれるマリエラ。そういえば前世でもよく貧乏くじを引いてたな、真理姉。





「……俺もここまで力技の婚約者内定は見た事ないぞ……」

 

 ルディ様は申し訳無さそうにそう零した。

 






アンリが腹黒化。


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― 新着の感想 ―
[一言] マリはにげだした! しかし回り込まれてしまった
[一言] アンリ久しぶりに読んだらこんな子になっとったとは……!!!苦労したんだね……色々……!!
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