2.聖女と招かれざる客
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「ただいまー!美依菜、お腹すいた…」
調理場兼食堂の扉が開く音がして、背中から甘えてくるように抱きしめられた。
その声と温度にホッとする。
今日も無事に帰って来てくれたと。
「おかえり、健」
城門に一番近い宮殿。
騎士団本部が隣に設置されたその離宮で私は暮らしている。
半年前に出会ったイケメン(私の審美眼で)と。
私は遠坂美依菜23歳。
話せば長くなるので割愛するが、日本からこの世界に召喚された異世界の聖女、というのがこの私。
同じく異世界に召喚された同居(?)人の健は18歳。
アイドル顔負けのイケメンである。
私より6年程前に勇者として召喚された先輩の彼は、不遇というにはあまりにも酷な仕打ちを受けていた。召喚の責任者は王を含め控えめに言ってもクズで、ゲスで。どんな扱いだったかなんて口にしたくもない。
心を守る為か、出会った頃の健は実年齢より幼く、見た目と精神のアンバランスさにうっかり萌えてしまった私は、つい必要以上に彼を可愛がってしまった。そう、ついうっかり。自分では母と姉を足したつもりで接していたのに、今ではどういうワケか嫁認定されている。解せない。
今のところは家族の延長みたいな関係だけど、なんか日々結婚への圧が強くなってるような気がしないでもないのよね…いやまぁプロポーズはされたけれども。是非気の迷いか若気の至りであってほしい。うん。
日本じゃ一応未成年だからってことで、のらりくらりかわしているけど、18で結婚出来ると知った時の健がどう出るか考えたくない。
夜逃げの準備しとくべきかな。いやでも、地の果てまで追いかけてきそう。体力はあっちが上だ。逃げ切る自信はない。
「うーっす、邪魔するぜ…って、そんなあからさまに嫌そうな顔すんな。多少は隠せ、多少は」
「あら、それは失礼しました」
そう思うなら来なきゃいいのに。
という言葉は飲み込んでにっこり笑う。
「いや、漏れてんぞ心の声」
この漫才のツッコミみたいな人はルディ・ロード・フェルドザイネス。無精髭で高貴さの欠片も感じない男だが、この国の王弟で騎士団の総司令官だ。
王弟は溜息をつきながらも食堂という調理場に入ってきて手洗いを済ませ、うがいをして席につく。当たり前のように座ってご飯待つのは何故なのか。
手洗いとうがいを帰宅時のルーティンにしたら、何故か健以外の面々もそれに習って行うようになったのよね。巷では聖女が考案したとして公衆衛生に貢献しているらしいけど、やめてほしい。考えたの私じゃないから。
ちなみに、足とか全身の汚れは洗浄魔法で先に落とされている。なので、ホントは手洗いいらないんだけど、日本人の癖なんだからしょうがない。
「美依菜、今日も変わりない?変なやつ来なかった?」
健が私の手を取り、そして真正面から目を合わせてくる。
これは彼だけのルーティン。
あー、毎日見てもイケメンだわー。眼福眼福。
「別のこと考えて意識反らしてるんだろうけど、ちょっと脈が早くなった。誰?俺の美依菜に手ぇ出そうとしたの」
「おー。そんな根性ある奴まだいたのか。いいねぇ。騎士団の奴はお前あらかた潰したよな。となると、次男以下の貴族連中か〜?」
あっという間に剣呑な空気を纏う健。
いつの間にヤンデレ属性まで生み出したの!?
あと王弟は対象範囲絞るのやめてもらえませんか。健に知れたら物理的、アンリにバレたら社会的に首が飛ぶわその人。
勝手に保冷庫(魔石を使った冷蔵みたいなもの)からラガーを取り出し飲み始めた王弟はこっちの気も知らずに言った。
「まぁ勇者のお手付きの聖女に不埒な真似するガキは、騎士団にいれて俺が根性叩き直してやるよ」
だから早く飯にしようぜ、とラガーの入ったグラスを空にしてお腹をさする。こやつ…奥さんに『遠征の後は騎士団の奴らと打ち上げだ』とか言ってる癖に、うちにご飯たかりに来おって。てかお手付き、って何よお手付きって。…奥さんにチクっちゃうぞ?
不穏な念波を感じたのか、王弟はゴホンと咳払いして『そうだこれ土産な』と重そうな麻袋差し出してきた。あ、お米!ちょうど切らしそうだったのよねー。
むー、仕方無い。
賄賂に免じて黙っていてあげよう。
私がこっくり頷くと、王弟は心底ホッとした様子。
えー、どんだけ家で食事したくないのよ…。
『遠征後だけ何故か張り切る』という彼女の料理は如何程のものか。非常に気になるが、確かその話をしようとした時の王妃様の顔が…うん、やめとこ。人には触れてはいけない領域ってあるよね。
「や、普段はうちの料理人の飯食ってるからな。そんな可哀想な子を見る目でみなくていいから」
ちょっと不憫なのでご飯多めによそってあげよう。
「で。話はすんだ?終わったなら僕の話、いい?」
あ。
健の中の魔王様が降臨しちゃう。
王弟は顔をそらして空のグラスでラガーをあおる振りをする。
ちょっ。必死か。
うーん、面倒そうな人達だったから言いたくなかったんだけどな。黙ってても明日には分かる事だし。
「ええと、誰がきたのかと言いますと」
「うん?」
「国際問題に発展しそうな方々…かな…」
なんて説明したらいいのか迷っていると。
「いけません!」
「ん?」
扉の向こうから言い争うような声が聞こえ、視線を向ける。それは徐々に近付いて来ているようで、慌てる声の主に聞き覚えを感じていると、突如、爆発音と共に扉が吹っ飛んだ。
「美依菜、こっち」
身構える前に、健の腕ががっちり回される。
私達の前には王弟が剣を構え、敵襲を警戒していた。
王族には救世主の血が流れている為、多少の聖力が使える。王弟はその血が濃いのか、聖気が強く、それ故に騎士団の総司令官を任されているんだけど、さっきまでとはまるで別人だわー。
なんてのんきな事を考えていたのには理由がある。
だって、私はこの襲撃が誰が知っているから。
「姫様、いけませんこちらは…」
「煩いわね!!あ、勇者様ですか!やっとお逢いできましたわ!私、バドグランディオ第8王女、ミエール・リエラ・バドグランディオと申します。どうぞお見知りおきを」
深々と淑女の礼をする可愛らしい少女こそ。
「勇者様、我が国に戻り、私の夫となって下さいませ!」
健不在の我が家に乗り込んできた、あの勇者の国『バドグランディオ』の王族のお姫様だった。
続く。
「イヤです」
って、続かなかったわ。即答だった。
姫様も、後ろの従者も侍女みたいな人も、王弟も、鳩が豆鉄砲くらったようにポカーンと間の抜けた顔をする。
「わ、わたくしの、聞き間違いかしら…?」
控えめに見ても美少女なお姫様は、提案を断られる選択肢がなかったようで、聞き間違いにする事にしたらしい。
まさか、さっきの2回言う気?
「勇者様、我が国にもど」
「絶対に嫌です。あなたと結婚もしません。俺はこの人以外の人と結婚しない。出て行って下さい今すぐに」
お姫様、2回言わせてもらえなかった。
屈辱だったのか、小さな体をぷるぷる震わせ、怒りと羞恥で顔を真っ赤に染める。
「…おい、姫さんのお付きのお前。国際問題に発展する前に早くその世間知らずのお嬢ちゃんを連れて帰れ。お前らの国が勇者に何をしてきたか知らないわけじゃないだろ?」
王弟がそう言ってお姫様の従者を一瞥すると、彼は声を失くし、顔を青くして震え上がった。
「私はそのような非道なモノに関与していませんわ!だからこそ、私の夫となり、我が国の生まれ変わった姿を見ていただきたいのです!」
だが、肝心のお姫様には王弟の温情は伝わらなかったようだ。誇らしげにそう言うと、健にがっちり抱きしめられている私を指差し、憎らしげに叫ぶ。
「貴女!女中風情がなぜ勇者様の隣に?貴女のような卑俗な……、っ」
値踏みするように私を見ていたお姫様の視線が、ある一点でピタリと止まる。ついでに、それに気付いた皆の視線も注がれた。
あー、うん。
そうだよね、
でも出来れば見ないで下さい。
「…健。腕、緩めて。身体の…その…」
健ががっちり抱きしめるから、胸が強調されて身体のラインの一部がまるわかりで。普段は聖女らしくゆったりしたローブを着てるんだけどさ、こっちにはちゃんとしたブラとかなくて。
「美依菜は巨乳だもんね、ゴメン」
苦しかったね、と、見当違いな事で謝られ、拘束を緩められる。ますます恥ずかしくなって、逃げ場をなくした私は健の胸に顔を埋めた。
「あーと、まぁなんだ。ミーナは女中じゃなくて、この国の聖女であり、勇者の婚約者だ。そもそもお嬢ちゃん、十かそこらだろ。結婚なんて…」
「……15よ……」
王弟のフォローにならないフォローに、場は凍った。
「ど、どうせっ、私は貧乳よ!!男の人なんて、みんな大きい方がいいって言うんでしょ?!」
「だ、大丈夫よ、人の好みはそれぞれ違うから…」
「煩いっ!あんたみたいな牛女に言われたくないわ!!
牛、ってこっちにもいるんだ。
捨て台詞を吐いて、泣きながら走っていくお姫様を見つめる私は、きっとチベットスナギツネみたいな顔だったろう。慌ててお姫様を追いかける侍従や侍女さん達も大変だと思うが、泣きたいのは牛女扱いされた私の方では?
台風一過、って感じに、やれやれと息をつく。
静かになった部屋に、やっと日常が戻ってきた感じがした。
扉はないままだけど。
「…なぁ、タケルがお前に感じた母性って」
「違います」
「でも、お前、あの乳は…」
「ち が い ま す」
「なんですかルディ様、その手。勝手に変な想像しないでください。この胸は俺のです。見るのも禁止です」
「?!!」
「おー、狭量な男は嫌われるぞー?」
「この胸は私んだーーーっ!!」
お姫様の件は、改めて明日、国王へ伝えることになった。
私としては腹は立つけど、まぁそこまで事を荒立てたくなかったから黙ってたんだけど、彼女の目的がそういうことなら受けて立つしかないですし。必要なら殴り込みに行くから、と言ったら王弟にまた止められた。
ちぇっ。
「僕は別に、大きいから好きって訳じゃ…」
何と言い訳しても墓穴を掘るだけになってしまう健は、久々に狼狽えて、俺が僕になっていて、ちょっとだけかわいかった。
美依菜はGカップです。ブラないと大変…