番外編1.聖女は糾弾される
お久しぶりの聖女です。
他作品から知った方で、最近読んでブクマして下さった方が多かったので番外編を少し書いてみることにしました。
相変わらずのゆるい設定です。
まさか、そんな。
魔王を倒して、世界を救って。
結婚までしてるのに、いまさら?
今更『ヒロインの座を返しなさいよ!』って言われても…
いや、そもそも『ヒロイン』って誰?
この世界での弟みたいなアンリの婚約者選定の為のお茶会をちょこっと覗いた私に、突然突き付けられた宣戦布告な一方的物言い。意味がわからない私はさぞかし間抜けな顔で唖然としていた事だろう。
いや、ほんと。
ヒロイン、ってこの世界、まさかの乙女ゲーだったの?!
私は、遠坂 美依菜、地球出身の日本人。
あ、違った。
えーと、結婚してめでたく荻原美依奈になりました。花も恥らう人妻です。なーんて!
フフフ。
1年程前、異世界に召喚された私は聖女の仕事を時給1ゴールドでやっている。
安すぎない?って弟に言われてこの世界の貨幣価値を改めて調べ直してみたら、1ゴールド…小金貨1枚は私達の世界でいうと3万円強な感じだった。1万円位だと思ってた。でもこっちの世界は貴族と平民でかなり感覚が違うから、平民のお店でパン1つが日本の五分の一位の値段なのに、お貴族様のランチが1ゴールドとかになる。うーん、格差社会。
私のお給料は日給じゃなく時給だし、実は他に基本給が大金貨10枚(小金貨だと30枚)もあるし、危険手当もボーナスも有給休暇もあって、週休2日、国民の祭日はお休みの超ホワイトな職場よ?
今は王宮の一角に住ませてもらってるから、衣食住は勿論、色んな経費がタダ!無料!ゼロ円!
…なもんだから、夫と二人でお金貯めて静かなとこに家を買うために頑張っているのだ。
だってねぇ?
やっぱり新婚だし、元々庶民の私達にはお城の生活とか向いてない。たまにお城の豪華なお食事を食べる位で丁度いいのよね。豪華が続くと胃もたれしちゃうし。じゃあ城務めの人と同じ食事を食堂で食べれば?と思うかもしれないけど、聖女と勇者がいるたけで場の空気がさ。うん。
それならば材料費を気にすることなく、自炊した方が気楽。
庶民としてはちょっと豪華なメニューを作っても贅沢にならないのは、厨房に立つにあたって必要経費を確認したからだ。勿論、王族に出される料理の経費もね。流石王宮フルコース!あと、地味に毒とかいれられるのも面倒。
そうそう。
夫って健の事ね。
私が召喚された聖女であるように、健も勇者としてこの世界に召喚された日本人なんだけど……彼の場合は、その環境が最低最悪だった。
私が召喚されるより数年も前に、別の国でお金儲けの為だけに召喚された彼は、当時12歳。
正しい方法を知らず『命の等価交換』で異世界人を使い棄てるように召喚した国『バドグランディオ』で18になるまで酷使された健は、その存在を無かった事にする為、廃棄処分になった所をこの国『フェルドザイネス』の王弟に保護された。
出会った時は心身共にボロボロだった健も、良く食べ良く眠り、健康的な生活をさせる事で未熟だった情緒も年相応に成長して。何やかんやで元勇者を倒したり、結婚したり、三国を覆う結界を消滅させたり、色々とあって今の生活があったりする。
それなのに。
再び嵐の予感…?
遡ること、一時間ほど前。
私は王妃様に呼ばれて王宮の一室でお茶をしていた。有難いことに、王妃様には『親戚の叔母』のような気安さで接してもらっている。でなきゃ丁重にお断りしたい、やんごとなき身分の人とのお茶会なんて。
ちなみに私の夫であり勇者の健はお仕事で本日不在。
お昼の分のお弁当だけ持っていったから夕方までに帰宅するだろう。パートタイマーみたいに聖女のお仕事を終えた私は、そのまま王妃様の元へ。
「ところで、なんか今日は皆さんソワソワしてるというか、ざわついてるというか、変じゃないです?」
渋くないお茶をいただきながら尋ねる。
流石、王族に出されるお茶。美味しすぎる。
私の質問に一瞬目を丸くして驚いた王妃様。でも流石王族、一瞬で元の穏やかな貴婦人スマイルを浮かべた。
「ふふ、あの子ったら恥ずかしがってミーナには内緒にしてたのね。あのね、今日はあの子の婚約者候補を決めるお茶会なの。名目上、親睦会とは言っているけど…今頃可愛らしいお花達に囲まれているんじゃないかしら」
「へぇ〜〜。それで皆浮き足立ってるんですね」
「未来の王太子妃選びですもの。気になりますわよね」
まぁアンリ本人は天使のスマイルを浮かべながら心はブリザードが吹き……いや!アンリは天使!うちの健とは違うはず。うん。たまにすんごいため息とか聞いちゃう事あるけども、うん。
でもそうかぁ。
アンリもお年頃だもんね。
私と歳が近かったら私が婚約者になってて、この国に血の雨が降っただろう、ってルディ様が胸を撫で下ろしてたけども。いや健だってそんなに、そんなに……嫉妬深い……かな。
「……どんな様子か気になりませんか……?」
王弟であるルディ様の妻、キャロラインさん(様は止めてと泣き付かれた)がボソッと呟く。
「まぁ…それは、ねぇ…?オホホ」
いや、笑って誤魔化しても駄目ですよ王妃様。
息子の色恋沙汰が気になるのは分かりますけども。
「ミーナさんは気にならないです?弟のこ・い・じ」
「えー、でも今日は多人数と顔合わせですよね?一目惚れするタイプじゃないし、普通にお茶して終わりそうですよね。あっ」
私の言葉にずーんと重い石を乗せられたみたいに沈む二人。
そんなにショック?
「……そうなのよ……16歳にもなるのに未だ浮いた噂の一つもない、加えてあの顔!王太子は性別がない天使だって言われてるのよ!」
「あー……」
「……ルディと噂になっていた事ならありますよ……」
「うっ」
天使だの男色だの、アンリ、モテすぎて大変だね…。
二人が心配するのも分かるので、仕方なく覗きに付き合う事になった。仕方なくよ?
王宮にいくつかある庭園の中で、一般開放されていない、王族のプライベートな催し物(?)とかする場所があるんだけど、今日のお見合いパーティーの場所はそこらしい。
余り詳細を教えてくれないので影に調べさせたらしい。
いや、そんな事に王家の影使わないでよ…。
とまぁそんな訳(どんな訳)で、お見合い会場に到着した私達。さて影から様子を見ましょうと女三人コソコソと生垣を使って隠れようと移動する。
「あ」
「は?」
「「……!!!」」
到着して30秒で見つかった。
「―――皆様、ほんの少しだけお待ち頂けますか?母が通りかかったようですので」
あ"あ"あ"あ"あ"あ"………!
アンリが音速でこっちくるぅ〜〜!!
てか!何で正面側に案内するかな?!普通背後でしょ!
「母上。義姉。ミーナ。なんの鑑賞ですか?」
「いやあの立派な庭園デスネ」
怖い怖い怖い。
王子スマイルなのにめっちゃ怖い怒ってるよこれは!
行こうって言ったの私じゃないのにぃ!
「へぇ。庭ですか。ふーん…そんなに見たいなら特等席でご覧に入れますよ。さぁどうぞ?」
ええー!やだ!何で私がお見合い会場に突撃しなきゃならないのよ!アンリの背後のご令嬢達がざわついてるというか、こっちむっちゃ睨んでるんですけど?!本気!?
エスコートの為に差し出された手とにっこり微笑む王子様。
まぁ何て麗しいんでしょう(棒読み)。泣きたい。
これは逃げられない。
有名なRPGの戦闘画面みたいに『ミーナは逃げだした!しかし回りこまれてしまった!』的な効果音の幻聴が。
私は泣く泣くアンリの手を取り、お嬢様達のいる席へと向かった。
「皆様、ご紹介致します。彼女が聖女、ミーナ・オギワラ。彼女の夫である勇者タケル・オギワラと共に、私達の国と世界を救ってくれた救世主です」
うわー。この場でそんな国の偉い人相手にするような紹介?!ほら見てよ女の子達の顔!あんたはお呼びじゃない早く帰れって顔してるよ??
13歳から18歳の色とりどりのお花達よ…私は今、無の境地に至っております。君達もう少し表情取り繕って。般若みたいになってる子もいるから!ほら、令嬢スマイルはよ!
「ミーナは私の姉のような人なので、私の伴侶となる方には彼女と仲良くなってもらいたいな。ね?ミーナ」
「―――」
あ、このぅ。私に丸投げする気だな?
お嬢様方のギラギラした目が私をターゲットに変えてきた。
ロックオンされたじゃないの。
元々こういうの面倒臭そうにしてたけど、結界が無くなって平和になった〜ってムードのせいか、政略結婚とか政治的な絡みで偉いさんの娘を紹介されたりする事が増えてきたもんね。私を風除けにしたい気持ちも分かるけど、私は勇者の妻だからあまり役に立たない。
それより、早く自分でいい人見つけるべきだと思うんだけどな。ま、それが出来ないからこその私なんだろうけど。
「あの、聖女様のご活躍いつも耳にしておりますわ」
「わたくし達の国をお守りくださって有難う御座います」
「聖女様はいつもお綺麗で羨ましいです」
あぁ…窓口が私になってしまった。
群がる令嬢達の社交辞令の攻撃を社会人スマイルで返す。
さて、どうやってフェードアウトしようかと考えていたその時だった。
「ちょっと貴女!こんな所にまで出しゃばってきて何のつもり?とっととヒロインの座を返しなさいよ!」
え。
ヒロイン??
一体何の話???
振り返ると仁王立ちで威嚇してくる女の子が。
「貴女が出しゃばるからイベントは起きないし、アンリ様は魔力暴走を起こさなくて、私も聖女に覚醒出来なかったじゃないの!」
長くてふわふわなストロベリーブロンドをハーフアップに結い上げた碧目の女の子。アンリと同じ位の年齢なのか、周囲の子よりちょっと年上な感じがする。まぁ、中身は伴っていなさそうだけども。
「えー、っと、ヒロインって何の事?あと、あなた聖女なの?」
「そうなるのを貴女が邪魔したと言ってるの」
ふんっ、って鼻息荒くそう話す女の子。
んなドヤ顔で言われても困るわー。
そもそもヒロインとかイベントって何よ。イベント、って言う事はゲーム?この世界はいつからゲームの世界になってたの?少なくとも私が向こうにいる間は聞いたことないな。断罪劇でも始まる訳?私は王子の婚約者じゃないし、何ならもう人妻なんだけど。
「あの、ここってゲームとか漫画の世界なの?」
「はっ、今更?」
うわ〜、なにその底意地悪そうな返事。
ここが小説の世界ならこの子絶対悪役令嬢じゃん。
「ここは『聖女の時給は1ゴールド』っていう乙女ゲームの世界よ!私はゲームのヒロイン、リリカ・ペンデルトン。本来ならゲームのオープニングで貴女は元勇者の瘴気を浄化して死亡、それにショックを受けたアンリ様が魔力暴走を起こして、巻き込まれた私は皆を守る為そこで聖女の力が覚醒するはずだったのに…!」
「えーと」
「聖女として目覚めた私は、アンリ様とルディ様、リュート様、そしてエイル様と魔王を封印すべく旅立ち、その中で愛を育んだり、ゼクス様や直斗君との違った出会いもあったり…とにかく!私の恋の邪魔をしたのは貴女よ!オバサンが無駄に生き残るから!!」
カシャン、とグラスが乱暴に割れる音がした。
「お、王太子殿下…」
音のした方に目をやれば、そこには上の部分が割れた、いや割ったグラスの持ち手を握り締めて凍てつくオーラを放つ、王太子アンリ・フォン・フェルドザイネス、その人がいた。
良く見れば氷魔法で精巧に作られたグラスだ。破片は溶けてしまうから怪我する心配はない。なかなかやるわね。
「……失礼。余りにも耳障りな音が聞こえたので。救国の英雄である『私の姉』に何か?」
ひぃっ!
むっちゃ怒ってる、怒ってるよー!
怒りの矛先は自分じゃないけど、美少年が凄むと迫力が違うね!いやー、私でなくて良かったです。
「わ、私はただこの者に世界の真実を教えようとしただけで、本当は私が、この物語のヒロイ……」
「なるほど?それが、聖女に『無駄に生き残った』と暴言を吐いた理由か。妄想も度が過ぎるな」
「!そんな、アンリ様!!」
名前を呼ばれたアンリは底冷えのする笑みを浮かべてこう言った。
「衛兵、この頭のおかしい女を連れて行け!!」
「はっ!!」
「ちょっ、待っ、お、お待ち下さい!私はホントの事を…!」
アンリが怖い。
普通に王族の威厳が。いや、王様に威厳がないとか言わないけど、いやはや、立派になったなぁ。
兵士に両腕を取られて引きずられるように連行されていく女の子をぼーっと見つめながら考える。あの子の言ってた事を。
あの子の話は多分妄想じゃない。
リュート殿下やエイルさんはまだしも、ゼクスと直斗の名前まで正確に出してきた。この国の人間が直斗の名前なんて調べようもないはず。
あの子はなんて言った?
アンリの魔力暴走に巻き込まれた……恐らく、健と初めて会ったあの日に起きたかもしれないもう一つの現実、って事?
もう少し詳しく聞きたかったけど、あの調子じゃまともに答えが聞けるか分からないしなぁ。ううむ。
そんな事を考えていたらいつの間にかお見合いパーティーは解散になってて、可愛らしいお嬢様達の姿が見えなくなっていた。
「あれ?みんなどこ行ったの」
「皆、帰らせましたよ。ミーナは大丈夫ですか?」
やっといつものトーンに戻ったアンリにホッとする。
私が傷ついていないか心配する顔に、弟の直斗を思い出す。元気でやってるかしら、あの子。
「先程の、ペンデルトン家のご令嬢でしたわね。あの髪色、彼女のお姉様と同じで目立ちますから…姉妹揃ってなかなか苛烈な方達ですね……」
そう言って遠い目をするキャロラインさん。
姉の方と何があったの…。
「ペンデルトン家には王家から正式に抗議します。ミーナは私達の家族も同然。そのミーナにあんな無礼な!」
王妃様も怒り心頭、といった感じか。
ところで二人共どこに行ってたんですかね。私がアンリに捕まった時、人身御供にして逃げてませんでしたか?
「うーん、ただ妄想というにはちょっと知りすぎてる感じがあるんで、もうちょっと話を聞いてみたいかな、とは思うんですけど」
あの調子じゃ無理かなぁ。
逆ギレして会話にならなさそうだし。
私と同じ召喚された人間なら貴族の家の人間じゃないだろうし、見た目も纏う色もこちらの世界の人間だし。何より召喚者の気配というか魔力とか無かったしね。
乙女ゲーム、ねぇ…。
まぁ健が攻略対象じゃないとこは褒めてあげるけど。てか、ルディ様まで攻略対象って、あの人キャロラインいるじゃない。どうにもこっちの歴史よりも悪そうな内容だな。
「直ぐに尋問しますか?不敬罪をしっかり償わせてからでも良いですが」
「いや?!物騒だよアンリ!いつの間にそんなキャラになったの?!」
健のせいですね分かってます。
王妃様とキャロラインさんに憐れみの視線を頂いた。
「あんな子供の嫌味くらい何でも無いですよ。ただ、健に知られると面倒な事になるんで、ここだけの話に―――」
ドガン。
擬音で言えばこんな感じか。
突然稲光があったかと思ったら雷が落ちたかのような地響き。これ、もしや魔王様降臨した??
バッとアンリの顔を見れば「もう伝書を飛ばしてしまいました。すみません」と、涼しい顔で言った。健くーん!
えーと、ペンデルトン家は無事ですかね…。
「王妃様…この場合の始末書は誰が書くべきで…?」
「これは自然災害です」
私はそう言い切った王妃様と、雲一つ無い晴天の空を見上げながら深い溜息を吐いた。
「いや、これ人災だよね……」
うちの旦那様が非常に申し訳無い…!
アンリと健は仲良しです。
続き、需要あるといいな(汗)