14.勇者と泣き虫な賢者②
ちょっと体調崩してて遅くなりました(汗)
「…非常に不本意ではありますが、ナナ殿の成長を待つよりゲンゾウを働かせるべきかと。人格破綻者ではありますが、魔術の扱いはやはり別格かと」
「むごーっ!むがーっ!!」
本人不参加の状態で(耳だけ参加)今後の結界についての話し合いが始まった。猿轡されているくせにゲンゾウ氏(一応年上だけど敬称に抵抗あり)は充分煩かったが。
「ナナちゃんを帰してあげる事は出来ないのかな…」
異世界召喚が等価交換である以上、対価となるべき人物のいないそれは、現状不可能と思われる。
それでも何とかしてあげたい。
皆もそう思っているが方法が見つからない。
静まり返る空気の中、一人言葉を発したのはゲンゾウ氏だった。
「ふがふふ」
ピーナツでも詰まらせたみたいにモゴモゴ言ってる。
ちょっと小馬鹿にしたような表情が憎たらしいけど、案があるなら聞いてみたい。
猿轡を外そうとしたら健がスッと出てきて代わってくれた。
お礼を言ったら『触らせたくないから』だって。ハハハ。
女子に飛びつかない事を条件に聖布の拘束を外されたゲンゾウ氏は、凝り固まった身体を伸ばしたりコキコキと音を鳴らして体を緩める。
「さて。等価交換をしない異世界転移の話だったな。結論から言うと可能だ。但し、送還のみで異世界人を対価なく召喚というのは出来ない。そして、膨大な魔力を必要とする。血が道を開くとはいえ、コントロールも必要となる…ゆえに、ナナたん一人では元の世界へ帰ることができない!そこでだ!この、天才大賢者であるボクが!!ナナたんを向こうへ送り届けようじゃないか!!」
…うん、なんか。
「前半は良かったのに、後半で台無しですわね」
ミエールの言う通りだわ。
「でも十年も経ってたら…貴方は帰りにくくないの?」
「ふん、そんなもの些細な事だ。それにこの世界には萌がないし、何より…」
ゲンゾウ氏は肩を落とし、心底辛そうに語った。
「ボクは!牛丼やカツ丼、豚汁にうどん…和食が食べたい!!この世界の味付がボクには合わない…ハンバーガーも無ければコーラもない…最初は美味かったさ。だが、生粋の日本人のボクの胃には辛い……この年になってようやく味噌汁が魂に染みる味だと分かったよ…どんなに調味料を再現しても、誰も!あの味を作り出せない!ボクはっ!日本でご飯が食べたいんだ!!」
あーうん。分かるわ。
洋食も一週間以上続くとキツいのよね。
てかジャンクフード不足なんだろうな。
私はまぁ、調味料があったから色々作って食べたけど(米もあった)、料理の出来ない人には厳しい世界だわ。
王弟が何か言いたげにこっちを見てきたので、目で語ってやった。『絶対に喋るな』と。
私がヤツの再現してきた調味料で日本食作りまくってるなんて知れたら、面倒くさい事言ってくるに違いない。
王弟は私の圧にコクコク頷いて目を反らす。
怯えてるように見えたのは気のせいでしょう。多分。
「という訳だ。どのみちキミ達は結界を消すつもりだったんだろう?あの膨大な魔素を魔力変換して帰還のエネルギーにする」
出会いの印象が著しく悪かったので、この人がちょっとマトモだとびっくりしてしまう。伊達に賢者を十年やってないか。
「なんか凄いですね。さっきまでの人とは別人みたいだ」
「腐っても賢者ですからね、ゲンゾウは。能力だけでいえば、先代賢者より高いと言われています」
感心するリュート王子にエイルさんが水を差す。
「エイルってホント、性格悪いよね〜。昔はあんなに可愛くて天使みたいだったのに」
ニマニマ笑うゲンゾウ氏にエイルさんがピクって反応する。
あれはもしや『地雷を踏んだ』ってやつでは。
エイルさんの手に炎の魔法のような光が集まっていくが、ゲンゾウ氏は気付かないのか昔話を続けていく。
「そこの聖女ちゃんより小さくてさぁ〜、ザ・美少女って顔した子がだよ?『賢者様尊敬しております』なんて目をキラキラさせて言ってくるもんだからさぁ〜」
「……言うな」
「ボクも男として応えない訳には…ん?」
「―――それ以上語れば消す!!」
「っ、わ、わわ!ちょっとタンマ!!落ち着こう!!」
人の頭位の大きさの炎の珠を掌の上に浮かせながらゲンゾウ氏に近付くエイルさんの表情は、悪鬼というか何と言うか兎に角怖かった。
「ストップ!話せば分かる!」
「話して分かる相手ならそうします」
「それ止めるつもりがない奴が言うセリフだよねぇ〜!」
テラスから外へ逃げ出すゲンゾウ氏を追ってエイルさんも出ていく。二人の過去に何があったか知らないけど(何となく想像はつく)、一生触れてはならない案件として私達の心に深く刻まれた。
そして数十分後。衣服が所々煤けてボロボロのゲンゾウ氏と疲れた顔のエイルさんが戻ってきて、話し合いが再開された。
「それじゃ賢者殿の言う通り、二人を異世界へ送還して壁を消すって事で皆いいか―――って、聞くまでもねぇな」
ゼクスの問いは皆の表情で肯定と判断される。
そういえば異世界召喚の時って、お互いにいた場所で交代されるのよね?私は交通事故寸でのとこだったし、健も水の事故だったって言うし。唯一魔力の足りた直斗だけは自室だったようだけど。
要は棺桶に足を突っ込みかけてる人間が召喚されてるとして、そんなとこに戻される二人は大丈夫なんだろうか。
「ねぇ、ちょっと気になるんだけど。二人が戻る地点って、召喚された場所でしょ?そんなとこに戻って平気なの?」
場所によっては非常に危険だ。
するとゲンゾウ氏はふふん、と小馬鹿にしたように口の端をあげて笑う。
「だからこその魔力コントロールだよ。到着座標のズレを魔法に組み込むんだ。まぁ、事前に転移場所は特定しておくにこした事はないけどね」
飛行機とか船の事故だと多少のズレでは済まされないからだ。
でもナナちゃんは幼すぎて状況把握が出来ていない可能性もある。さっきは途中で聞くのを止めてしまったけど、また聞き出そうとしてフラッシュバックする可能性も無いわけじゃない。
どうしたものかと思案していると、エイルさんがもしかしたら、と自信なさげに呟いた。
「ゲンゾウの作った魔道具に脳内の映像を念写する、というものがあるのですが…催眠魔法で意識をそちらに向ければそれが使えるかもしれません」
催眠療法で相手の無意識下を探る、ってやつね。
それならナナちゃんの負担も少なそう。
皆もそう思ったのか反対意見も出ず、ナナちゃんが寝ている今、実行に移すことになった。
エイルさんは大慌てで魔道具を取りに専用魔法陣で飛んで戻っての往復を慌ただしく行い、戻ってきた所で隣の部屋のドアを静かに開け、ベッドで眠るナナちゃんを確認しに近付く。ナナちゃんは小さな寝息を立てぐっすり眠っているようだ。これなら大丈夫そう。
いきます、と口パクと目で合図する。
ナナちゃんの頭に輪のような物をつけると『スクロール』と言う合図と共に、空間に沢山の映像がボンヤリと広がりだす。
ゲンゾウ氏の魔道具って凄いなと感心したら、どうも真っ当な目的で創った訳じゃないと聞いてがっかりした。ホント、ミスター残念男だ。
そうこうしてるうちに映像の輪郭がはっきりと映し出されていく。
それはナナちゃんが彼女の目で見てきた過去の映像。
ナナちゃんの世界。
「…さぁ、ここに来る前、君は何を見たのか教えてくれるかい?」
既にエイルさんの魔法で眠らされていたナナちゃんは、拒否反応を見せることもなくその場面を示してくれた。
「やっぱり」
最初に彼女が語ったように、家に押し入ってきた男が母親と口論。男はどうやら元夫らしく、復縁をしつこく迫っていた。断られた男は母親を殴り出すが、それを止めようとしたナナちゃんまでも殴られそうになり―――庇った母親の背中を男は一突きにした。
母親は刺された体で男にしがみつき、ナナちゃんの退路を確保する。そして逃げるよう叫ぶ母親の鬼気迫る表情と、最後に『幸せに、なって』と笑顔を向ける姿に涙が溢れた。
全ての人がそんな母親にはなれないってわかってる。
でもナナちゃんが本当にお母さんに愛されて、大事にされてきたことが分かる。
絶対に返してあげなければ。
直斗が代わりに転移したはずだ、女性は生きているかも知れない。いや、絶対に生きてナナちゃんを待ってるはず。
「…直斗さんもあの時『幸せになって』って言ってたね」
覚えてる。そう言って笑ってた直斗の顔を。
「想いが同調したんだろうな。両方共に家族への愛情だ。しかし、お前の弟はこの現場に転移したんだろうから驚いただろうな」
「あの子の事だから上手くやってると思います」
「ナオは『ジュードー』だかっつー格闘技をやってたって言ってたぞ?相手の男、のしてるんじゃねーか」
そっか、直斗、柔道やってたんだ。
このクズ男のことちゃんとぶっ飛ばしてくれてるかなぁ。
「この幼女はこの場所に戻しても大丈夫だが、念の為、向こうの世界の協力者に連絡がつくようにしてくれたまえ。ボクの場所からは遠すぎるし、すぐには向かえない」
そうだよね。
この人こそ十年後の世界に行くわけだから、お金も何もないもんね。余計なお世話だけど生活どうするんだろう。
「金なら当面は心配いらない。ボクには退職金がある」
「あ!金!」
「今の換金レートはまだ高い?」
確か友達が元彼にプレゼントしてもらったネックレスを質屋みたいな所でお金に替えてたな。その時の金額を教えてあげるとゲンゾウ氏はおお、と鼻息を荒くした。確か金が色んな物の媒体だか触媒だかになるんだっけ。だから世界的に需要があるとか何とか。
「結界が無くなれば異種族の交流も増えるだろうが、善人ばかりじゃないのが世の中だ。暫くは国境の警備に手を取られる事になるな。タケル、儀式の前に明日にでも確認に行くぞ」
「え。いやです」
「お前、少しは悩んでから答えろよ…」
結局、これも仕事だと王弟に言われてしぶしぶ了承した健に、こっそりお弁当を作ってあげる約束をした。
翌日。
「ここにいたのかい?ボクの女神に天使に妖精さん達!さぁボクの胸に飛び込んでおい」
「ぶぁーすとっ!!」
「でぐがぁぁぁああ!!!?」
アフタヌーンティーを楽しむ私達の部屋の扉をドカン、と魔法でふっ飛ばして侵入してきた不届き者を魔法で返り討ちしてふっ飛ばしたのは。
「できたの!みーなママのことまもれたよ!」
フンス、と鼻息荒く誇らしげのナナちゃん。
いつの間に、っていうか、誰よ魔法教えたの。
しかも賢者をふっ飛ばす勢いのえげつなさ。
「とね、たけるパパがね、おしぇーてくれた!」
そうよね、うん。そうだよねー。
ママとかパパとか言わせてるあたり、そうだと思いました。
よくできました、とナナちゃんの頭を撫でてあげると彼女は目を細めて無邪気に笑った。か、かわいい…!
たまらず抱きしめてぎゅうぎゅうやっていると、それを見てミエールは呆れたように息を吐く。
「どうせ『パパがいない間、代わりにママの事守ってね』とか言って教えたに違いないですわ」
ミエールのモノマネがちょっと似てて吹き出した。
やめてよー。お茶飲んでなくて良かったわ。
「勇者殿は嫁想いなのだな」
「想い、っていうか『重い』よね。あんたがまだ未婚だったらこの国で確実に死人が出たわね」
本人がいないからって言いたい放題か。
健は王弟達と仕事。日銭?を稼ぐため旦那様は朝からお出掛けだ。日雇い勇者ですから。勿論内緒でお弁当を持たせてある。
明日にはナナちゃんの送還が行われる。
聖女の祝福を込めまくったミサンガも作ったし、明日はお弁当もたくさん作ろう。すぐお母さんに会えなかったら困るしね。
このくらいの年齢なら時間感覚は曖昧だろうから、うまくいけば大人になってもこの記憶が残らないはず。
怖い思いをした事と一緒に忘れたほうがいい。
かわいい訪問者さんの記憶は、私達の中だけにあれば。
「さ、ナナちゃん。お菓子パーティーの続きしよっか!」
「うんっ!」
全て上手くいきますように。
そんな思いを胸にしながら冷めたお茶を飲み干した。
パパママ言わせたかっただけという…(無理矢理感)