12.勇者と泣き虫な賢者①
設定が変わったので書き直ししてました(汗)
結婚式の翌日。
雲一つないよく晴れたこの日、直斗は元の世界へ帰る。
挨拶は昨日までに済ませたからと、淡々とした様子で儀式の間へと進む。召喚対象は賢者だけど極秘裏に行うという事もあり、フェルドニアでの決行となった。
今更だけど、フェルドザイネスと国名が似てるなー、って思ってたら、初代聖女と婚姻して建国したのがフェルドニアの王族なんだそうな。なるほど。
「ナオ、すまないが戻ったら叔父貴を頼む」
「分かりました。任せて下さい!」
初め、ゼクスの叔父さんは異世界転移で命を落としたと思われていた。でも、セレスが三田村から等価交換の全容を聞きだして、その人が生きているんじゃないか、ってなって、今回の計画になったのだ。
召喚の儀に同行しているのはこの国に初めて訪れたメンバーと、ゼクス、セレスの8人。
「僕、一人暮らしだからそこにいると思うけど」
彼女が時々遊びに来るので鉢合わせしてないか心配、と言う直斗。
純朴そうな顔してこの男…と言いたかったけど、じゃあ私は年下相手に何をしたか、と反撃されるのが目に見えているのでスルーを決め込んだ。分が悪い。
召喚の為の陣は帰還魔法と違い、元々地面に描くものではなく、呪文を唱えて施行される。唱えるのは施行者じゃなきゃいけないので、かつてバドグランディオで行われていた召喚は奴隷紋なんかで無理矢理やらせていたのだろう。
通されたのは学校の体育館みたいな広さの部屋。
天井も高く、ここで召喚を行うんだなと思ったら、手が震えてきた。私が行くわけじゃないのに。
冷えた私の手を健がギュッと握る。
心配そうな顔を向けられ、慌てて笑顔を作った。
大丈夫。そう伝わるように。
一人、部屋の中央へ進む直斗だが緊張は見られない。
さすが大物。
持っていた袋から大きな魔石と血液の入った赤い小瓶を取り出す。血は賢者の子孫であるエレンさんの物。
「……始めます」
床に魔石を置いて血液をかける。
血は床に流れる事なくシュウシュウと音を立て、魔石に吸い込まれていく。
「血は祖なり。祖は異界の扉を開く鍵」
直斗の言葉に床が光を帯び、魔法陣が描かれ始めた。
「我願う、この地と彼の地を行き交う事を。汝の願いを叶える事を対価とし、道よ開け」
魔法陣が広がっていく。
青白く発行した線が描く紋様。
綺麗で、どこか悲しい。
これが完成すれば直斗は元の世界へ戻り、私達は二度と会うことはないだろう。
本来会うことの敵わなかった弟に会えただけでも奇跡だ。
でも別れはやっぱり悲しくて。涙を堪えて下を向いた。
「姉ちゃん」
私を呼ぶ声に顔を上げる。
「絶対に幸せになって」
「直っ…!!」
弟が最後に見た私の顔は、くしゃくしゃでとてもブサイクだったろうと思うと悔しいが、私は大泣きせずにいられなかった。笑顔の直斗が滲んで薄れていく。
「…行ったな。来るぞ」
青白い光がパアッと弾けるように消えると、紫の光が線を、紋様を描き出す。送還から召喚へと作り変えられる。
「…いやぁ、これは参ったな」
「………」
陣の光が弾けた先に立っていたのは。
「まさか二人いっぺんに喚ぶほど魔力が高いとは。ハハハ」
「……っ、う、あぁぁああん!ママぁ〜!!」
ゼクスに似たワイルドなオジサンと、泣き叫ぶ幼女(推定幼稚園児)の二人だった。
「じゃあ叔父貴はあいつの事知らねーんだな?」
「ワシが面倒見てもらってたのはナオトという青年の部屋にいたアミちゃんだ。異世界では交換した青年の姿形になるんだが、すぐに見破られてしまってな。仕方無しに事情を話したら、ナオトが戻るまで協力してくれたのだ」
やっぱ彼女と鉢合わせしてたのか。
あのおじさんが直斗の姿だったってのは驚きだけど、そうじゃないと私のお葬式あげられるわけないよね。
にしても。
泣き叫ぶ女の子をあやせる人間は消去法でいうと私一択。ゼクスやその叔父、王弟を見て更に大泣きした彼女は見慣れた日本人の顔である私の元へ一目散。
「おねえちゃん…っ」
ぶるぶると震える背中を優しく撫でると、ぎゅーっとしがみ付いてきた。か、カワイイ…。
堪らず抱き上げて抱き返していたら、隣から呆れたようなからかうような健の声がした。
「…美依菜は子供好きだよね……僕らも作ろっか?」
いやいやいや何言ってるの昼間っからこの子は!
意味がわからずキョトンとした顔で女の子は健を見た。
すると、その目が見開かれ、キラキラと輝き出す。
「おにいちゃん、おうじさま?」
その場が固まる。
だってこの場にいる健以外の男性が全員王子様。
であるのに。
「かっこいいねぇ!ね、おねえちゃん!」
「それは否定できないわ」
キャッキャッはしゃぐ女の子と私。
「残念ながら違うよ。僕はその綺麗なお姉さんの旦那さん。結婚してるんだ」
ニコッと笑った顔が王子スマイルだわ健…。
あと、恥ずかしいから私に綺麗とかつけないで。
「あなた、お名前いえる?」
「うん!むらかみ ななみ!みんなはなな、ってよぶの。おかあさんはむらかみれいな。おかあさん、とってもびじんなんだよ」
お姉ちゃんと同じ位、と無邪気に笑う女の子。
ナナミちゃんか。
見た感じ身綺麗にしてるし、虐待はなさそうでホッとする。
お母さんも好きそうだけど、何があったんだろう。
私のように事故だとしたら…直斗の事が気掛かりだ。
「ナナちゃんはここに来る前、何してたかわかる?」
途端にナナちゃんの顔から表情が抜け落ちる。
「わか、んない。いきなりおうちに、しらないおとこのひとがきて。ままがにげなさい、ってななのこと…」
「ナナちゃんわかった!もういいよ!」
これはまずい。
事件性のある話に、私と健は顔を見合わせる。
下手をするとこの子の目の前で母親が…
あっちの世界と縁が薄くなった人が喚ばれる。
私達の召喚人物条件に当てはまっているとしたらこの子は、見知らぬ男に殺されるところだったという事。
事故よりもハードすぎる。
世界は越えたけど、救い出せて良かった。
「ナナちゃん、あったかいもの飲もうか。ココア好き?」
「うん、だいすき」
「よーし、あま〜いの作ってあげるね!」
ホットチョコレートを準備する。
その間、ナナちゃんは健に抱っこされながら私の作る様子を眺めてご機嫌にしていた。
子供はスイッチの切り替えが早い。
とにかく今は思い出させないようにしよう。
ホットチョコを飲んだあと、ナナちゃんは会話の最中にパタリと寝入った。
「少し眠っていただきました。害のない魔法です」
エイルさんだった。
直前の記憶のせいか、大きなーーーある程度歳のいった男性に恐怖を抱くようなので、話をするためひとまず眠ってもらう事にしたようだ。
「ナオの魔力がでかすぎたのか、余った魔力でもう一人連れてくるとはね』
ゼクスはそう言うが、これは多分逆だと思う。
「多分、オマケがそっちのおっさんで、メインで呼ばれたのが賢者であるナナなんじゃ?」
王弟、自分もおっさんのくせに。
いやまぁあっちのがヒゲだし山男みたいだけど。
「あのちびが?!」
「だってそうだろ。俺達は元々賢者の召喚をしてたんだ。そこへ何故かお前らの叔父も一緒に現れた。あくまでも救世主になれるのは異世界人。だからそこにいるナナが賢者、って事になるだろ」
皆考え込んでるけど、この子は…
「魔力は相当あるけどね、この子。でも、まだ子供だから上手く使いこなせるよう訓練が必要」
私の膝で眠るナナちゃんの頭を撫でる健。
まさか未来の子供の為のイメトレじゃないわよね?
ああ、でもすごい絵になる。写メ撮りたい。
心の中で葛藤していた私の耳元に、突然知らない男の声が響いた。
「ええ?!ボクの聖女が子持ちって、そんなのあり!?」
あ、無理。
生理的に無理。
「うわっ!ちょっと!!あっぶないじゃないか!馬鹿なのキミ…って、やめ!こら!」
側にいた気配は一瞬にして離れた。
剣を持ち、私の前に立つ健。
私はナナちゃんを起こさないよう静かに抱き上げ、腕の中へと隠す。
「誰がお前のだ。この人は僕の唯一。わかったら死ね」
「いや、ちょっと待って!!何で挨拶するように殺人宣告してるの?!そもそもボクじゃなかったら最初の一撃で死んでるからね!」
「構わない。そのつもりだった」
「はぁ?!なにそれ怖いよ!ちょ、黙って見てないで何とかしてよエイル!!」
突然部屋に現れた男に呆気にとられる中、男からエイルさんの名前が出て皆彼に視線をやる。
「ああ、すみません。勇者様の魔法に見惚れておりました」
「相変わらずだね?!この魔法オタク!」
姦しい人だな。
でもエイルさんのの知り合いなんだ。
いや、いくら知り合いでもいきなりこんなとこ来ちゃ駄目でしょう。極秘が極秘じゃなくなっちゃう。
「ん?んん?」
男は眼鏡をクイッと上げ、位置をずらして健をジロジロ見だした。そしてまた突如声をあげる。
「えー?!なにこのジャ◯ーズも真っ青になるようなイケメン。キミも救世主なの?」
健はイケメンだけどいちいち煩いなこの男。
「…僕は荻原 健。一応勇者。この人は聖女で僕の奥さんの美衣菜」
「え?!キミどう見ても十代だよね?子供が、子供作っちゃったの?!淫行条例だいじょぶぐへっ!!」
「ーーー喧しい」
男はセレスの後ろからの一撃で昏倒した。
子供が起きるだろう、と言った彼女の声は届いてないと思うけど。
淫行条例ってなに?と聞いてくる健を躱すのに忙しい。
「で?エイル、この人は知り合いの魔術師か何か?」
リュート王子の質問にエイルさんの返答は。
「いえ、彼は一年近く前に消息を絶った我が国の賢者、ハゼクラ ゲンゾウです」
賢者?!
前の賢者って死んだんじゃなかったの?
だから今回、賢者召喚をすることになったんじゃ。
「生死が不明でしたのでもうこの世に居ないものと」
いや、アバウトすぎるわよティンパルシア。
「ゲンゾウは、常に『萌』というものを訴えていましたが、我々も何の事かわからず……奇行に走っているものとばかり」
凄い言われよう。何したのこの人。
「聖女を嫁にするから聖女を召喚しろ等と妄言も激しく」
「僕がやりましょうか」
健くん健くん。
それ『殺る』って書いて『やる』って読むやつでしょ。
あと語尾に?つけないと確認にならないから。
「国の恥なのであまり語りたくなかったのですが…」
「あんまりじゃないボクの扱い?!」
「あ、起きましたか」
いつの間にか縛られて転がされている自分に男は驚いたようだ。ほんと、いつの間に魔術封印の鎖で巻いたの。
「なんだよ、ボクがいなくなれば結界の修復が行われないから、聖女が召喚されると思って待ってたのに……こっちに来ることなく結婚してたなんてなんたる誤算!」
「貴方…そんな事の為に身を隠していたのですか」
「当たり前だろ?十年、召喚されて十年だ。誰もボクを分かってくれない孤独。その孤独を癒してくれる存在ーーー聖女を嫁にするつもりが、いつの間にか結婚式をやってるって言うし、慌てて会いに来てみればもう子供までいる。ボクの人生設計どうしてくれるんだ!」
どうもしないわそんなん。
あと私が産んだ子じゃないから。他所の子です。
「この変態賢者、どうするつもりですの?」
あ、ミエール。
私の勘だと貴女も危ないわ。
ゲンゾウは美少女・ツインテール・小柄な彼女を見てロックオンしたようだ。
「なっ…!う、美しい…!ボクの天使!!」
「!!?いやあぁぁぁっっ!!」
どうやったのか鎖ごと跳び上がってミエールの元へダイブするゲンゾウ。
だが。
「ぐは…っ…」
「エイル、もっとしっかり拘束して欲しいな」
ミエールを庇うように立ち塞がったリュート王子が、鞘付きのままの剣でゲンゾウを薙ぎ払った。
いつもニコニコしてたけど、ミエールが逆らえないくらいだもの。色々と秘密はありそうだけど聞かないでおこう。触るな危険、ってやつだ。
「聖布で簀巻きにしておきましょう」
とりあえず尋問はお任せする。
女性陣は居ないほうが進めやすそう、と、私達はナナちゃんを連れて部屋を出る。
「あぁ…俺の嫁たちが行ってしまう……」
通報すべき場所があるなら是非通報したい。
神様、お願い。
だが神様はつれないもので、数分後私達のいる部屋に転移してきたゲンゾウは、今度こそ呪文も唱えられないよう猿轡をされ、ガッチガチに拘束された。