9.勇者と結界の理⑥
とっても短いです。
三人称がその前に入れられなかったので…
「奪われる位なら…お前も絶望を味わえ」
美依菜の足元が崩れ、その下に海の青が広がる。
あの日の家族が水に飲み込まれる情景がフラッシュバックし、一瞬躊躇った。ほんの一瞬。
そのほんの一瞬で、健は美依菜に手を伸ばすのが遅れてしまう。
「きゃああああああっっっーーーー!!!」
「っ、美衣菜ぁぁぁあああーーーーっ!!」
再び絶望が健を襲おうとしたその時。
「な、…?」
彼の肩から光が溢れ、空中に魔法陣が浮かび上がる。
激しく発光して展開されるそれから浮かび上がる人の姿は、愛しい、誰よりも大切な人。
「美衣菜…っ!」
健は腕の中に落ちてくる美衣菜をしっかりと抱き止める。
「美衣菜、美衣菜っ」
揺さぶられ、ゆっくりと瞼が開き、二人の目が合う。
引き寄せられるように自然と抱き合い、重なる唇。
それは溶けて二人が一つになっていくかのように。
深く、深く。
魔力を混ぜ合うようなキスに、美依菜の脳内は痺れるような、そんな余韻を残す。
長い口付けの後、ゆっくりと離れていく唇を名残惜しそうに見つめる美衣菜。
「後でいっぱいしてあげるから」
あまり物欲しそうな顔をされると我慢がきかなくなる、と苦笑する健の言葉に赤面する。
「健、同じになった?」
「うん。全部覚えてる。もう大丈夫だよ」
美衣菜を攫われたあの時、一つになった健の心。
助けたい、それだけのシンプルな感情だからこそ重なりあえたのだろう。
「そうだ、この魔法陣…あの時の?」
「えへへ。上手く仕込んでたでしょ」
「言ってくれてればもっと早く助けられたのに」
ちょっと不貞腐れた健の頬に唇を寄せ、美依菜は『ごめんね』とチュッと音を立てた。
健の肩に齧り付いたあれは、一時的な契約魔法。
健の血を取り込んだことで、二人の座標を繋げる事が出来たのだ。期限は傷が塞がるまで、と、短いものではあるが。
「何故だ…何故お前だけ…!!」
二人に放たれる巨大な魔力の塊。
だが、三田村の全力で放った一撃は二人の力の前にあっけなく霧散し、その身を魔力の鎖で拘束される。
「何故僕だけ救われない…!」
彼から溢れるのはこの世界への嘆き。
召喚勇者達の声。
美衣菜が近付くと、三田村の身体に変化が起きる。
彼の体の中の瘴気が浄化により分解され、消えていく。
聖女の力で魔法を解かれた少年の姿は、本来の、老いた男の姿だった。
「間に合わなくてごめんなさい。救えなくてごめんなさい。あなたがやった事は許されないけど、どうか、来世に救いがありますように」
魔素で無理矢理保っていた細胞が限界を越え、ボロボロと崩れ朽ちていく体。
光の粒子となり世界に吸収されていく自分に男は泣いた。
「いやだ、この世界の一部になんてなりたくない…」
帰りたい。
それは男の願いであり、勇者達の思い。
「ああ、任せとけ。いつかお前の世界に還してやるよ」
ゼクスは試験管のような小瓶をとりだし、そこに彼の欠片を吸い込ませていく。
「お前も被害者だ。救済措置くらい、あっていいもんな」
消えゆく男の顔は穏やかで。
美依菜と健は静かに手を合わせて祈った。




