旅立ち5
『生け捕りは拘束から逃げられたら意味がないのよ。だから捕縛するときは決して解けないように縛らなければいけないの。だから蘭にはこの私直々に最も有効な縛り方を伝授してあげるわ。しっかり覚えて役立てなさいよ』
元乱波の侍女長はそう云って近くを偶々通りかかった男を素早く捕らえて縄で拘束しだした。
『四肢を封じるのは当然よね。解けないように跡がつくほどきつく縛るといいわ。ここで注意することは仕込み刀よ。切られないように掌は外向きに手首を動かせないように固定するの。手と足を別々に縛るとそれだけで逃走しやすくなるからこうやって……海老反りになるように一本の縄だけで縛る。この体勢にすることで羞恥心や自尊心を煽られるからイイ気味だわ。本当は首にも縄を掛けると身動ぎする度に絞められて苦痛に歪む顔を見られるのだけど、そうすると自害も出来るようになってしまうからそこが難点なのよね』
侍女長に教えられた通りに盗賊を縛っていく。昏倒しているからやりやすい。が、身体が硬いのかなかなか思い通りにいかない。勢いをつけて身体を反らせると起きはしなかったが呻き声を上げた。
『その場に置いておく場合は蓑虫のように木に吊るし上げる。運ぶ場合は……まあ引き摺ればいいんじゃないかしら。――これで動きを封じられ痴態を晒された無様な男の出来上がりよ。こんな事されたらとてもじゃないけど表を歩けないわよねぇ。愉快だわぁ。これで一石二鳥、いえ一石三鳥よ』
リーダー格の男一人を除き三人を木に吊るすと子供たちが寄って来ては木の棒で突いている。ぷらーんぷらーんと揺れているが丈夫な木の幹に吊るしたので落ちることはない。
「おい、起きろ」
吊るさずに残した男の服、襟元の部分を掴み頬を引っ叩く。何回か叩いて頬が腫れた辺りで意識が浮上し出したので掴んでいた手を放す。すると頭を打ち付けたのかゴンッと音が鳴った。それで完全に意識が覚醒したのか動こうとして縛られているのに気付き目を見開いた。芋虫のようにうごうご動いていると蘭の顔を捉えた途端吠え出した。五月蠅く怒鳴り散らかす男の頤を蹴って黙らす。
「拠点はどこにある。案内しろ」
「~~~~っ、誰がっ!」
懐剣を取り出し男の肩に突き刺す。痛みに呻く男の髪を引っ張り上げ視線を強制的に交わさせる。
「抵抗しても無駄。命がおしいなら早く吐いた方が身のため」
口角を上げて肩に刺した懐剣を弄ぶと途端に男は震え出した。
「わ、分かった。教える! 教えるからもうやめてくれえ」
終いには泣き出してしまったので根性ないなと呆れる。どうやら忠誠心もなにもないらしい。保身に走るのは間違っていないがそれでも根が折れるのが早過ぎだろう。情けない。……まあいい。
「今から賊の拠点に行くから誰か……えー、と……きしさん? のところに往ってくれ」
「は、はい。お気を付けて」
村民に一言告げてから男を引き摺り歩く。都度方向を確認し乍ら。自分で歩くから、逃げないから縄を解いてくれと懇願されたが勿論無視した。仮に逃げたとしてもすぐに捕らえられるが無駄な労力を消耗……はしないがわざわざ解く必要性を感じない。
「ここか」
目の前には廃頽した建物。ここが賊の拠点らしい。引き摺っていた男を木に吊るして堂々と正面から侵入する。
戸口を開けた直後目の前に何かが逼る。首を傾げるだけで躱し足を前に蹴りつければ後方に跳躍して躱された。中は薄暗く光源は隙間から差し込む陽光のみ。家具も何もない広い空間が広がっている。
見える範囲には八人。蘭を囲むように等間隔に立ち構えている。
「おいおい女が何の用だァ? ここがどこだか分かっているだろうなあ」
「お前たちを潰しにきた」
それぞれが顔を見合し噴き出したように嘲笑する。中には腹を抱えているものまでいる。
「女一人で何が出来るっていうんだ」
「腹痛ぇ、ひー……も、むり」
「笑いが止まんねぇよ」
ぎゃははがははと笑う男たちにムッと顔を顰める。耳障りな嗤い声が五月蠅い。生け捕りじゃなくてもう殺していいかなという思考が頭を掠める。
「俺らのリーダーは弧月と名を轟かせたイレイサさんだぞ。知らねえとは言わねぇよなぁ」
「しらない」
即答した蘭に場が固まる。男たちは目を見開き、蘭はこてんと首を傾げる。
「だれ、それ」
沈黙を破ったのは蘭だ。そして会話は終了かと一歩踏み出す。抜刀し手近の男を斬りつける。蘭は一人や二人ぐらい死んでもいいだろうといった気の持ちようだ。さらには腕の一本や二本失くしたとしても死なないだろうと思っている。――つまりはそういうことだ。
軽やかに舞うように動く蘭は動きを止めない。刀身に朱色が混じっている〈暁〉の軌跡があとにひく。一人、また一人と斬りつける。鎖鎌に戦棍、槍など多種多様な武器を持っているが当たらなければ意味を成さない。蘭は変な武器、と思いながらも利き腕を落としていく。暗闇でも感覚を研ぎ澄ませれば薄ぼんやりだが見える。投擲された短剣を弾く。
「へぇ、強えじゃねぇか。女だと侮っていたらやられそうだ」
「じゃあ死ね」
最初に攻撃してきた男、イレイサは両手に三日月のように湾曲した刃の武器を持っている。刃を受け止めようとすれば湾曲に従って刃は滑ってしまう。特殊な形により攻撃の予測がつけずらい。打ち合いになればなんとも厄介な武器である。そう、打ち合いになれば……の話である。
蘭は打ち合うことをよしとしない。鍔競り合いに持ち込まれれば力の差は歴然で押し負けてしまうから。蘭の戦術は速さと急所を的確に狙い斬る一撃だ。しなやかな動きで敵を翻弄し、全身を使った瞬発力で一気に距離を詰めて正確に急所を斬りつける。相手の刃を受け止めることはしない。受け流すから打ち合いにはならない。
イレイサは素早い動きとその独特な武器で相手を嬲るように痛める戦い方をする。小さい切傷をいくつもつけさせ疲弊させていく。性悪で執拗に甚振る男だ。
「っ、……クソ」
それでも蘭には敵わない。速さも手先の器用さも、蘭に軍配が上がる。相当な場数を踏んでいることを蘭は察した。なかなかの手練れの男だとは認める。けれど、足りない。麒麟児と期待され、羅刹と恐れられ、女ながらに戦を生き永らえた蘭の強さは常人の域を超えている。常に紅と共にいることから独りでは大したことないと噂されるもそれは見当違いも甚だしい。近しい者ならいの一番に否定する。第一に、弱き者なれば異名を付けられることも戦を生き永らえることもできないというのに。
「……っ」
嫌な予感がして後方に大きく跳び退る。蘭が先刻いた場所の地面は抉れて炎が燃え上がる。なにもないところから火の玉が。
これは、まさか――
「おんみょーじか!」
『古来日本には妖術と呼ばれる不可思議な技を使う陰陽師と呼ばれるものがいた。その者らは火や水を操り、動物や人形ですら操ることができると云われている。また陰陽道の知識や技能を有し占術、呪術に長けている。……だって。蘭はいると思う?』
『おんも、じ?』
『陰陽師だよ。なにもないところから火や水を出すことができるんだって』
『へー。……じゃあじゃあ、たきびがらくだね!』
紅が云っていた。なにもないところから火を出す者。陰陽師。どこだ、階段の上か……!?
「よそ見とは余裕だな!」
増援により調子を取り戻したらしいイレイサは蘭に猛攻をかける。イレイサの攻撃に加えどこからか火の玉が逼る状況に蘭は苦戦を強いられる。絶妙な連携攻撃に攻め込む機会を与えない。
蘭はどんどん壁際へと追い詰められてしまう。一歩引いた足が壁に当たる。目の前からイレイサ、左右から火の玉が逼る。イレイサはこれで終わりだと口角を上げた。それが一念にして愕然とした表情へと変貌を遂げる。
笑っている。追い詰められて、死ぬ間際になって、蘭の唇はいびつに歪んだ。先刻までの冷酷な冷たい眼差しから一転してその顔からは笑みがつくられていた。瞳を爛々と輝かせたその様はまさに捕食者の獣のそれであった。
怯むことなく真っ直ぐ駈ける。火の玉は壁に当たりイレイサの振りかざした刃は空を切る。身をすれすれまで低くしてイレイサの刃を回避する。そのまま脚を斬ればイレイサが膝をつく、直後に息を呑む音が聴こえた。その音源目掛けて一気に跳躍して太刀を振るう。人を斬る感触が手に伝わる。
「――終わり」
村落から借りていた縄で縛り上げ木に吊るす。縄が足りるか不安だったが生き途絶えた者もいたから足りた。その際、道案内に使った男がなにやら騒いでいたが蘭が睨めば怯えて即刻口を閉ざした。
廃頽した建物内を詮索すると地下から村落で奪ったらしい食糧と女性を見つけた。ボロボロになって怯え震えている彼女らを安心させるべく努めて優しく声を掛ける。手本は紅だ。表情声色仕草を真似る。ずっと見てきたからすぐに思い浮かべれる。盗賊は全員捕まえたと、もう帰れると伝えると強張っていた身体から力が抜けて泣き出した。
村落へ送り届けてから別れを告げた。拠点のあらましの位置を伝えて、お礼をと追い縋る彼らから辞して村落を出た。