旅立ち3
「ここが冒険者ギルドだよ。じゃあ早速入ろうか」
他より一層堅牢な造りの建物を前に顔を上に上げてポカンと呆ける。さっさと中に入っていったロジェームに続いて辺りを物珍しげに見ながらも着いていく。
二人がギルドに入った途端、一瞬の静けさの後、室内がざわりと騒がしくなった。彼方此方から向けられる視線に囁き声。その場のすべての注意注目、興味関心を向けられた。ロジェームはまたかとこの状況に少し呆れ気味だ。ギルドに着くまでも蘭は視線を集めていた。一目に衣服に目が向き、次いで顔に目がいく。道行く人々は皆一様に二度見をし、惚けたように眺め、通り過ぎた後も視線を追っていた。老若男女問わずで同じ反応だった。そして彼女はそれらに一切気付くことはなかった。
「あそこが受付窓口のカウンター。依頼の受注や達成報告とかは窓口に立っているギルド員を通さなければいけない。困ったことがあればその辺に居るギルド員に聞くといいよ。そういったことも業務の内だから。あっちは魔物の解体場。討伐した魔物を持っていけば解体をしてくれる。加えて皮や角などを買い取ってくれる。まあ、ランさんの解体は見事なものだったから買い取りだけだと思うけどね。あそこに人だかりができている大きなボードがあるでしょ。あれがクエストボードでそこに貼ってあるのが依頼書だ。魔物の討伐やら薬草の採取やらが書いてある。自分が受けたい依頼書を持って受付窓口に行くと依頼の受注が出来るんだ。酒場が併設されているから酒や軽食なんかはそこで済ますのもあり。味は悪くないしバリエーションも少なくない。ただ酔っ払いも多いから絡みには気を付けてね」
あっちにこっちに指を差し乍ら丁寧に説明していく。だがしかし蘭にとってはロジェームが云っていることが半分も、というか全く理解できていない。というより右から左へと聞き流しているので理解できるわけもないのだが。聞く気が全くないのは己に関係ないと思っているから。必要なら紅が教えてくれるから。
取り敢えず視線だけは差された方に向ける。それだけで頷くことも疑問をぶつけることもしなかった。
「――――……っ、冒険者ギルドへようこそ。ご用件はなんでしょうか」
受付窓口に来た蘭を見てギルド員は見惚れたように目元を赤くして固まる。蘭が首を傾げるとハッと気を取り直して笑顔で対応し始める。
「ああ、彼女の冒険者登録をしてもらいたい」
「新規登録ですね。でした銅貨5枚を……確かに受け取りました。ではこちらの用紙に記入をお願いします」
ロジェームがなにやら懐から取り出して台の上に置く。チャリっと金属の音がするから貨幣なのだろう。そういえば門でもなにか渡していたな。
蘭の目の前に出された紙にはなにやら書いてあったが、如何せん蘭の知る文字とは違っているようで読めない。書類を見詰めたまま一向に動く気配のない様子になにか察したのか――
「文字が読めないようでしたら代筆いたしましょうか?」
と尋ねられたので頷いた。
「では一つ一つ尋ねていきますね。お名前は」
「蘭」
「ジョブは」
「……?」
「剣士でしょ」
「じゃあそれ」
「……、年齢は」
「とーあまりやー」
「…………もう一度よろしいでしょうか」
「とーあまりやー」
この世界での成人年齢は15歳だ。そのため15歳未満での新規登録では保護者、もしくは後見人などの身元が保証されている者の承認が必要だ。受付をしているギルド員は蘭が15歳を迎えているようには見えなかった。だから失礼は承知で尋ねた次第である。
蘭の返答に困ったギルド員は助けを求めるようにロジェームに視線を向けるが肩を竦めているのを見てさらに眉根を寄せた。蘭は決してふざけている訳ではない。それは真剣な表情――実際は無表情なだけ――であることから十分伝わっている。だからこそ困惑しているわけなのだが。
「……ランさん、失礼を承知でお聞きします。ランさんの数の数え方を指折りで数えていただけませんか」
「わかった」
両手を開いて前に出す。それから数を数えながら一本ずつ指を折っていく。勿論蘭は真面目にやっている。やっているのだが傍から見ると幼い子供が覚えたての数え方を親に自慢するように披露しているようにしか見えない。なんともほっこりと気が抜ける光景に頬を緩めるが職務中だったと気を引き締め直す。
「……えーっと、18歳で……合っていますか」
良く分からず瞬きするが取り敢えず頷いた。ギルト員の女性が曖昧な顔をしていたがコホンと咳払いして次に進んだ。なんだか疲れた顔をしているがどうしたのだろうか。
「はい、ではギルトカードの作成をしますのでこちらの水晶に手を乗せてください」
門で見たものと同じような丸い物体に手を乗せるとまた白く光る。次いでピー、ガシャンと奇怪な音が鳴ったので吃驚して手を引っ込めた。水晶が乗せられていた台から四角い物が出てきた。
「こちらがランさんのギルドカードになります。街の出入りをする際はこちらのギルドカードを提示してください。身分証になりますので失くさないように注意してください。もし紛失した場合は再発行が必要になりますので気を付けてください」
ギルドカードを受け取った蘭は手元で矯めつ眇めつ眺める。失くさないようにと云われたのでどこに仕舞おうか悩む。頭を悩ませたものの蘭が現在携帯している袋物は腰兵糧のみだ。空になった腰兵糧に仕舞うことにした。
「では冒険者ギルドの説明をさせていただきますね。冒険者ギルドは各地に点在しております。基本、街には必ずギルドが建てられております。また、ギルドは国から独立した組織となっております。冒険者ランクは上からSABCDEFとなっております。ランさんは一番低いFランクからとなります。依頼の受注はあちらのクエストボードから受けたい依頼書を受付までお持ちください。依頼は現在のランクと一ランク上の依頼が受けられます。ランさんの場合ですとEランクとFランクの依頼ですね。……ああ、文字が読めなくても我々ギルド員が相談や紹介をしておりますから安心してください。依頼受注の際もギルドカードを提示する必要がございます。依頼内容が達成しましたらギルドにて達成報告をしてください。依頼達成が確認できましたらギルドカードに記録させていただきます。説明は以上となります。ご質問はありますか」
「大丈夫」
理解できていないが神妙な顔で頷いた。元々身分証目的で登録しているから説明を聴く必要はないと思っている。だから説明は右から左へ流していた。紅を探すのに依頼なんて受ける暇ない。
ギルド員は怪訝な表情をしている。何故だ。
「あっ、一つきいてもいい?」
「はい、なんでしょう」
「わたしに似た人は見なかった?」
「……? いいえ」
「そう、感謝する」
用は済んだとギルドを出る。もう雀色時だ。門はまだ開いているだろうか。
「ちょ、ちょっとランさんどこ行くの」
「つぎの街に往く」
「もう門は閉まっているよ。今日は宿に泊まろう? ね?」
「門が閉まっているなら壁を超えればいい。ごえいは終わった」
「えー辛辣だなー。まあ確かに護衛は街までって話だったし。仕方ないか……、ランさん護衛ありがとう。またね」
来た道とは反対の方へ歩き出した。運がいいことに門はまだ開け放れていたので早速ギルドカードを見せて街から出る。宵になる前にどこか森に入って食料調達しないと。
街中で紅の姿を探したが見つからなかった。冒険者ギルドでも囁き声に耳を澄ませていたが反応はどれもいまいち。手掛かりは何一つなかった。
……あっ、米があるか探せばよかった。
蘭がズィーナスでの滞在時間、おおよそ一刻足らずであった。