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旅立ち1

 あれから数日。尚も森を右に左に歩き進める蘭は、然れどなんの成果も見付けられなかった。




 そんな蘭に深刻な問題が――――


「恋しい……。にぃさまにあいたい。にぃさまのにぎりいいとみそ汁が食べたい」


 このところ食すものが肉か果実かのどちらかだった。森の中に居ることから食糧が豊富で食うには困らない。それはいい。動くには活力がいる。腹が減っては戦は出来ぬと云うし。餓えるよりかは遥かに良い。それでも、それでもだ。一汁一飯だった食生活に慣れていた蘭にとっては苦痛だった。米が、味噌が食べたいと思うのは当然の欲だった。



 もそもそと果実を怠惰に貪っていると、遠くで怒号が聴こえた。漸く人に出逢えるといそいそと声がする方に向かう。覘いた先には男がひー、ふー、みー……六人。恰好からして山賊か。


 さてさてどうしようかと一考する。数は多いが大した手練れという様子には見えない。賊だから尋ねたとして素直に答えてくれるとは考え難い。紅は無駄な殺生を行うのを由としない。紅の考えに准ずる蘭もそれを大事にしている。大事にはしている。




「もし、少し尋ねたい」


 不自然にならぬように足音を立てながら山賊に近付き声を掛ける。その声に反応するように六対の視線が蘭に向けられる。


「ああ゛?」


 山賊の一人が威嚇するような荒げた声を出す。見た感じ山賊集団の長は蘭から一番近い位置に立つ男だろうか。冷静な判断を下す蘭には男たちに対する恐怖や怯えといった感情はない。


「この森でにぃ……わたしに似た人を見なかった?」


 訝しく蘭を窺っていた男たちは途端に下卑た笑みを浮かべだした。


「頭ァ、こりゃあ極上の女ですぜ。売ったらいい値になるんじゃねぇですか」

「珍しい黒髪に黒眼で希少価値が付きますぜ」


 ニタニタと嗤いながら集団内でなにやら囁き合っている。


「質問に答えろ。わたしに似た人は見なかったのかときいている」


 再び尋ねた直後、山賊たちは一斉にガハハハッと大口開けて笑い出す。話が通じぬ彼らに蘭の腹の内はだんだんと苛立ちが募っていく。


 頭と呼ばれた男――蘭の予想した長――は随分と調子がよさそうに蘭に云う。


「ああ、見たぜ」

「本当か!?」


 色よい返事に蘭の気分は急上昇する。そんな蘭を嘲るように目の前の男は云った。


「もちろんだとも。今、目の前になァ。野郎ども、捕らえろ!!」


 男の掛け声に合わせて次々と武器を手にし蘭に向かってくる。どうやら蘭を捕まえる気らしい。それなら期待させるようなことを云うなと怒りが湧き上がる。



 一つ息を吐き太刀に手をかける。逼りくる男の合間を縫って長の手前へと奔り抜ける。その速さに反応できたものはいなかった。


 蘭が長に向かって太刀を抜き去りざまに斬る。逆袈裟斬りで斬り伏せた男には目もくれず、一人また一人と近い位置の男を順に斬っていく。流れるように次々と斬られていく仲間に、なにが起こっているのか理解できないと云った顔で固まって動けずにいる。それに好都合とばかりに斬りつける。最後の一人となったら漸く状況が理解できたのか恐怖に顔を青ざめて背を向け逃亡する。勿論蘭は逃がすつもりはなく背中を蹴りつけ押さえる。


「これが最後だ。わたしに似た人は見なかったか」


 それは尋ねるというより尋問のような云い方で。伏した男の背中を踏み立ち上がることを防ぎ、眼前に切先を向ける。


「し、知らねえ。悪かった、謝るから殺さないでくれ。死にたくねぇよ……」


 恐怖に竦み震え出した男は終いには泣き出し命乞いをし出した。その様子に蘭は溜息を零すとそれすらも恐いのか肩が撥ねた。


「武器を取るということは殺られる覚悟もできているということだ」


 淡々とした口調には侮辱も嘲りもない。ただ事実を述べているといった風で。恐怖に陥っている男に果たして蘭の言葉は届いたのか。死人に口なし、首を斬られた男に聴くすべはもうない。



「外れだったか……」


 漸く出会った人間は、大して期待はなかったけれど落胆はあった。血を薙ぎ払い鞘に収めようとしたその時、またしても遠くで人の声がした。げんなりとしてよし無視しようと決め込む。然れどその声はどうやら悲鳴のようで。ともすればどんどん蘭のもとへと近寄ってくる。


「えー……」


 面倒事がやってくる。それなら取る手段は一つ。出会う前に離れるか。


 しかしその判断を下すのは少し遅かった。


「わっ、お姉さん!? 危ないからお姉さんも逃げて」


 森から出てきた黄色髪の男は蘭に向かって声を掛ける。その後ろからは吠える犬が三匹。声を発することはせずに逃げてきた男と犬の方へ向かう。その歩みはゆっくりで。然もすれば散歩しているようでもあった。


「おわっ!」


 通り過ぎる間際に斬る。男も、犬も。犬はキャインと高い声を上げて地に伏した。男は間一髪といったように跳び避けて躱した。チッと舌打ちを打つ。山賊によって荒んだ内心は未だ和らいでいない。半ば八つ当たりのようなそれだが避けられたことが気に食わない。




 慌てて蘭の刀から避けた男が顔を上げるとそのころにはもうすべてが終わっていた。男の目には血を流して倒れているブラックウルフが三匹とその先には先刻斬りかかってきた女性が一人佇んでいる。いや、ブラックウルフだけではない。何人かの男も倒れていた。その血生臭い風景とは反対に、女性の表情はとても涼しげに見えて、それが何とも嚙み合わなくて異様な光景に思えた。




 蘭は呆然と座り込んで動かない男には目も向けず犬に歩み寄る。それはこの男に尋ねてもきっと知らないだろうなと何とも勝手ながらの断定と今はこれ以上の期待を持ちたくないと言った保守的な思考からの行動であった。


 蘭が動き出したのにつられるように男はハッとした。


「お姉さん強いね!」


 チラリと視線を向け、だがすぐに犬に戻した。


「そのブラックウルフどうするの?」

「食べる」

「えっ」


 なにやら放心した様子の男はほったらかしにして蘭は手際よく解体していく。


「あっ、えっと、この男の人たちはお姉さんがその……殺したの……?」

「そうだけど」

「つ、強いんだね……」


 引き攣った表情を浮かべる男に要領を掴めず語気を強める。


「なんの用」

「あぁ、えっと、オレはロジェーム。よろしくね」

「……」

「お姉さんは? 名前」

「蘭」

「ランさん、ランさんか。うん、ランさんに折り入って頼みがあるんだけど……いいかな?」

「断る」


 焚火の用意をするために枝を集める。そんな蘭の後ろをロジェームは着いてき乍ら話し掛ける声は止まらない。


「ちょっとちょっと、そんな即答で断らないでよ。内容ぐらい聞いてから返事してもいいじゃないか」

「断る」

「まあまあ聞いてよ。オレがブラックウルフに追いかけられえたのは見てたでしょ。それで次の街までランさんに護衛を頼みたいんだよ。さっきみたいに魔物に追いかけられるのは懲り懲りなんだよ」

「いらない」


 焚火を燈して解体し始める。手を動かしながらロジェームには一瞥もくれずにあしらう。


「いらないってどういうこと?」


 蘭を手伝うことはせずニコニコと笑みをつくりながら蘭の様子を眺めるロジェームに初めて視線を交わせる。


「だって、強い」


 驚いたと言わんばかりに目を見開き次いで愉しそうに笑い出す。


「どうしてそう思ったのか、聞いても……?」

「足捌きと呼吸。あと、わざと」

「…………バレてたか~。残念」


 声とは裏腹にとてもではないが残念そうにしていない態度で大袈裟に肩を竦めるロジェームから視線を外し肉を焼いていく。



 ロジェームと名乗った男は武器は見当たらないが足捌きは戦いを知る者のそれであった。犬との絶妙な距離感。大声を出しながら奔っているわりには乱れた様子のない呼吸から体力は人よりあるのが分かる。そして、明らかに蘭に向かって奔って来た。偶然とは言い難い。声が聴こえてきてから蘭の場所に来るまでの時間が短い。ずっと叫んでいたのなら最初はもっと微かな声だ。ならば耳を澄ませなければ聴こえない程度にしか聴こえないはず。どうして蘭の場所が分かったのかは謎だが狙って引き合わせたと想像するに容易い。


 剣筋を見切られて軽々と避けられたのが悔しいから云わないけど。手加減したつもりはない。急所を狙った一閃だったけど言動に反してよく見ている。その上隙もない。ムカつく男だ。



 肉を頬張る蘭に意外なものを見たという表情をして凝視するロジェーム。そしてなんの断りもなく蘭が手を伸ばした先の肉が刺さった枝を横取りして肉を口に含む。


「んっ、旨い……!」


 厚顔無恥を地で行くほどに自由奔放なロジェームを完全に無視することに決めた。関わりを持たなければそのうち何処かへ往くと本気で思っているために時すでに遅しと気付いてはいない。そんな彼女は鬱陶しくなったら斬ればいいかと暢気に考えていた。

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