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再会1

 蘭の後を追ってきたロジェームら一行は抱き合っている二人を遠目から眺めていた。揶揄ったり邪魔するような邪なことができる雰囲気どころか近付くのさえ無粋な真似だと感じて近寄るのを躊躇った。


「おっ! 感動の再会ってか。いいねえ」

「だからって魔物が迫ってきているなかで抱き合うか?」

「ていうか魔物の数おかしくないか……!?」

「よかったな……ランさん」


 ひゅうと口笛を吹いたり疑問を抱いたり青ざめたり涙目だったりと三者三様の反応をしていた。


「急に走り出したと思ったらまったく。このわらわを置いて行くなど不躾ではないか」

「フィリーネピュスじゃねえか。元気~?」

「おぬしは相も変わらず元気そうよな、ロジェーム」


 憤慨といった態度で現れた大きな杖を携えた女性にロジェームは親しい仲のように手を振る。軽い調子で話し掛けてきた飄々とした男にフィリーネピュスは睨みつける。


「すげぇ……Sランク冒険者が並んでいる」

「は?」

「ショウ、知らないのか? ロジェームさんとフィリーネピュスさんはSランクだぞ」

「はぁぁぁぁぁ?」


 驚愕といった顔で叫ぶ。目を瞠り口を大きく開けてSランクの二人を見遣る。だがすぐに目は乾燥して口の中には雪が入り込んだ。咳込んだ翔に対してアレクセイとクァールはマジで知らなかったのかという目を向ける。


「にしても彼奴らはいつまでああしておるつもりなのやら」

「熱烈なハグだよねえ。いやぁ青春だなぁ」

「惚けておるつもりか? はよ現実に戻さねば魔物が迫っておるというのに」

「結構な大群だよねえ。ワイバーンまでいるし。骨が折れそうだ」

「なんでそんなに暢気にいられんだよ。早く魔物をどうにかしねえとヤベェだろ」


 Sランク二人ののんびりとした会話に焦れた様子のパーティー組が責付く。


「あらまー」

「おや」


 抱き合っていた二人はいつの間にか武器を光らせて真っ直ぐ魔物の群れへと向かって行った。


「血気盛んよの。怖気ず向かうか」

「さてと。彼女らばかりに任せてられないし、オレたちもいっちょやるかな」


 感心したとばかりに声を上げるフィリーネピュスとゆるーい感じに物を云うロジェームは、だが瞬時に表情を真剣なものに変えて武器を構える。その切り替えの早さはさすがSランクといったものだった。遅れてパーティー組も武器を構え、先導する二人の後を追う。




 ☆ ★ ☆




 暫しの間、抱き締め合いお互いの存在を確かめ合った二人は同時に顔を上げた。


「蘭、往ける?」

「むろんです、にぃさま」


 紅に逢えた、それだけで蘭の身体は随分と軽くなったように感じた。内を蝕む闇も重く澱んで堪った黒いモノも一気に吹き飛んだ。ぽっかり空いた心は紅の熱によって再び満たされる。身体の底から力が湧き出すように気力が漲ってくる。


 逼る魔物を前に横並びに立つ。二人の顔に浮かぶは笑み。蘭は〈暁〉を、紅は〈青月〉と〈天つ日〉を携える。その刀身にはそれぞれ朱、青、淡い黄色の光が煌めく。それは魔力の輝き。武器を魔力で強化を施した証である。



 合図もなしに同時に奔り出す。


「にぃさま、上の鳥はわたしがやる」

「うん、任せたよ」


 再び放たれたワイバーンのブレスの回避に伴い左右に分かれる。



 息を吸って吐き出す。先刻と違って同じ身体かと錯覚を受けるほどに身体がとても軽い。視界が広がる。久方ぶりの高揚感に身を震わす。紅がいる安心感はやはり違う。なにものにも変えられない、変わらない。今なら本当に、何でもできそうだ。



 耳を澄ませば総ての音が聴こえる。

 どこまでも視界が広がり総てを見通せる。

 頭の中が空になり現状の情報だけが入ってくる。

 手の先から足の先までも神経が巡るのが分かる。

 身体は熱いのに頭は冴えてる。

 感覚が研ぎ澄まされる。



 どんどんと力が湧いてくる。焦りはない、恐れもない、怖いものなどなにもない。見える、聴こえる、感じる、すべて分かる。高ぶる気持ちに身を委ねる。



 目が弧を描き、口は歪む。悠々と上空を羽ばたく鳥に目を向け嗤う。ギラついた瞳は捕食者の如く爛々と輝く。もう一度、深く呼吸して思いっ切り跳んだ。




 ――――空を駈ける。




 それは中空に見えない床があるように、階段を猛スピードで駈け上がるように高度を上げる。



 蘭は魔力を認識していない。終ぞヴィルフィートに魔力について尋ねることも魔法の教えを乞うことはしなかった。――忘れていたというのもあるが。だがそれは、頭では認識していなかったというだけだ。身体は、本能は身の内に宿った力の存在を感じていた。全身に血が巡っているように、魔力もまた体内を巡っている。そして無意識下でそれを行使していた。

 それは身体を回復させるために。それは腕力を強化させるために。それは脚力を強化させるために。それは刃先を鋭くさせるために。

 蘭の感情の高ぶりに左右されて無意識下で魔力を使っていた。人間が生理的欲求を抱くように、動物が己の生態を把握するように、魔力を魔法に変換する方法を本能で理解していた。



 空を駈ける。

 それは地面を駈けているときと変わらぬ速さで。

 一匹目の鳥の近くまで辿り着いた。

 威嚇するように吠えて鉤爪を振るわれる。

 蘭に当たるより速く蘭は動く。

 さらに速く加速する。

 不視の床は蘭の思い通りの空間に展開される。

 それを踏み跳ぶさまはバネのようで。

 身体強化を施して跳ぶその速さは目にもとまらぬ速さに達する。



 身体強化は体を一つの物として付与する魔法。肉体に魔力を通すことで高い身体能力を得ることができる。魔法の基礎であり初めに習う魔法であり一番活用される魔法である。誰でも使える魔法。魔法の基本であり原点である。それが身体強化。


 だが今蘭の使っている身体強化はそれとは少し異なる。筋肉や骨、血管の一本一本にまで細分化して魔力を通す。それは途轍もない量で、ともすれば意識して行えるものではない。超人の技。普通の身体強化を遥かに陵駕する効力を発揮し、だが代わりに莫大な魔力を消費する。さらに肉体に多大な反動が生じる。それは指の一本も動かせなくなるほどになるだろう。まさに諸刃の剣。



 縦横無尽に空を駈ける。

 一直線でありながら捉えることのできない速さ。

 急な方向転換は消えたように映るだろう。

 身体全身を使っての跳躍はすぐに最高速度に達する。

 まずは一匹。

 鳥の図体の間を縫うように跳び斬り裂く。

 翼も脚も胴体も、次々と斬り刻まれる。

 それは一念ともいえる時間での出来事であった。



 刻まれた肉の落ちて行くさまを眺めていると自ずと地上の様子も視界に映る。


「あぁにぃさま……やはり強い」


 恍惚とした表情で呟いた言葉は風に掻き消されて誰の耳にも届かなかった。だというのにタイミングよく紅が上空を見上げた。目が合ったことに堪らず嬉しくなった蘭はブンブンと手を大きく振る。


 背後から逼ってきたワイバーンが嘴を開き噛み付く。それを振り返らずに同方向に跳躍して躱す。あぁ、不思議な感覚だ。見えないのに視える。すべてが分かる。



 感覚を鋭く研ぎ澄ました蘭は身体強化と同じく無意識に魔力感知をも使っていた。相手の動きや魔法発動を察知できるそれは魔力操作の修練を積んだものなら可能な技。魔力を読み解き瞬時の未来予知にもなる。人間が扱う魔力感知は……の話だが。魔物の上位種に当たる生物らは魔力感知を使う。だがそれらが使う魔力感知は人間のそれとは異なる。大気中の魔素から周囲の状況を感じ取り、疑似的に視認しているようにする。全方位360度見渡すまでもなく視覚として捉えられる。死角など存在しない。しかし同時に莫大で膨大で途方もない量の魔素情報を脳内で処理しなければならない。だからこそ、人間には到達できない絶対的極地。


 それに似た魔力感知を蘭は発動している。必要な情報のみを汲み取りそれ以外は切り捨てる。戦うことだけに耽溺できる蘭の脳内には不要と判断した情報は入らない。だからこそ魔素の情報量に脳が焼き切れることなく辛うじて耐えられるのだ。


 先刻だって下の方に焦点を合わせれば地上の戦況だってすぐにわかる。だがそこは蘭の拘り。やはり紅の勇姿は己の眼で見たい。



 さて、と残りの鳥二匹を見遣る。さっさと終わらせよう。魔力が心許なくなってきたし頭も身体も熱を出したかのように熱い。なにより……まだまだ紅にくっついていたい。


 もっと速く、もっと強く。貪欲に力を欲する蘭は底を知らない。深く深く魔力を行き渡らせる。血管からその周りへ、人体を構成する細胞一つ一つに魔力を通す。後先なんて考えない。大事なのは今この瞬間だけ。繰り出す一撃にすべてを掛ける。



 最大までしゃがみ、体勢を低くする。

 狙いを定める姿は獣の如く。

 跳躍した後の速度はそれまでの最速。

 残像だけを残して姿が消えた。



 二体のワイバーンは気付かぬうちに首を斬られていた。

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