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朴省へ行くには、山を越えなければならなかった。四つの省境を通る道は大きいが、商人や旅人が多いが朴は通らず丁へ行ってしまう。それでも良かったのだが、蚩尤はなるべく多くの街を見る機会を与えたいと、其方を選んだ。ウジより更に二つの村を通って、山道を向かう。


山の手前にある村で休息を取ろうと、宿をとった。村には宿が一軒しかなく選べない。一階は食事処になっていたため、空いている席に座ると、蚩尤は適当に注文をした。


店は異様な雰囲気が漂っていた。他の席に座る客達は蚩尤とユーリックを値踏みするかの様にじろじろと見る。どう見ても不成者だが、二人は気にする事なく食事を済ませると部屋へと戻った。


「……先程の者達は、何だったのでしょうか?」

「気にする事はない。放っておけば良い。」


明らかに怪しい者達だったが、蚩尤は明日からは山道で野宿になるからと早めに休む様にとだけ言った。蚩尤の意図は読めないものの、指示に従うしか無かった。


早朝には宿を出た。特に後をつけられるという事もなく、何事も起こら無かった。ユーリックは村を振り返りながら杞憂だったかと、前を向いた。


山の道は多くの者は通らず、木も多く茂っていた。少しばかり薄暗いが、街の喧騒が嘘だったかの様に静かな道のりだった。


虫の音や鳥の声、遠くに此方を伺う獣の気配だけが二人を囲んでいる。高く聳える僅かな木の隙間から差し込む光を眺めながら、ゆっくりと進んだ。


「静かな山ですね。」

「大きな街道が出来てからは、あまり使われなくなった。私はこの道が好きだ。」


ユーリックは前を行く蚩尤を見た。まるで、辰で師の共をしていた時の様だと、その姿に師を重ねた。


懐かしいと言う感情はなく、虚しさがユーリックの中に込み上げていた。ユーリックは思い出から目を背ける様に蚩尤から目を逸らし、ゆっくりと過ぎ去る木々を見つめた。


どれぐらい進んだ頃か、蚩尤は一つの方向に目を向けた。ユーリックも同様に何かの気配を感じていた。


「シエイ、囲まれています。」

「その様だ。」


気づいた事を悟られない様にと、馬を進め続ける。

馬を速めれば逃げられるだろうが、蚩尤はそのまま進む様に言った。


辺りの薄暗さが増した頃、前方に人影が見えた。

数人の男達が二人を待ち伏せする様に道を塞いでいた。二人が馬を降りると、後を付けていた者達が次々と姿を表した。逃げ道を断つ様に背後にも数人が現れた。


男達は得物を手に明らかな敵意が二人に向けられていた。

口を開いたのは頭目と思しき男だった。


「爺さん、金と女を置いていけば助けてやる。」


明らかな山賊行為にユーリックは溜め息しか出なかった。横目で蚩尤を見ると、穏やかな表情は消え去り、敵意を示していた。


「シエイ、どうしますか。」

「後ろは任せる。せっかくこれだけ集まったのだ、一人も逃さぬ様に。」

「生死は?」

「問わない。」


淡々と言ってのける蚩尤の目は冷たかった。もはや殺せと言っているも同然に聞こえた。何よりも逃さぬ様にするのならば、そうするのが手っ取り早いだろう。


焦れたように、不成者達が動いた。二人はそれを見て前に出る。ユーリックは短剣を手に取り、背後にいた男達に向かった。姿勢を低くし、足を狙う。


一人の男の足に短剣を突き立て、右手で顔面を殴りつける。相手は勢いよく倒れ、そのまま気を失ったのか、ピクリとも動かなかった。


ユーリックはそのまま、呆然と突っ立ったままになっていた隣の男の首を切り裂いた。近くにいた男が慌てて棍棒を振り上げるが、ユーリックはそれを視界に入れる事なく避けた。身を翻し勢いをつけ踵で男の右頬を蹴り飛ばした。


ユーリックは別の者に標的を変え、怯えて逃げ腰になっている者の喉に向かって剣を投げた。剣は喉元に命中し、男はその場に倒れ込んだ。その姿を見た者達は後ずさったが、ユーリックに獲物が無いと考えたのか手に持つ武器を再度握り締め、ユーリックに一斉に立ち向かった。


ユーリックにその場に佇む様にそれらが近づくのをただ待った。口からは冷気が溢れていた。足元に赤い陣が浮かび男達がそれを踏んだ瞬間だった。


男達は動けなくなった。何が起こったかも分からずに、慌てるばかり。陣を踏んだ足からじわじわと体が凍りついていく。痛みと寒さから男達は悲鳴ををあげるが、次第にそれすら凍った。恐怖の顔だけを残し、男達は動かなくなった。


ユーリックは自身の短剣を手に持つと、腰を抜かした者や伸びて動けなくなっている者達に止めを指すと、蚩尤を見た。


蚩尤も既に終わっていた様で、ユーリックの方を見ていた。


「見事だ。」

「いえ、蚩尤様の方が余程お強いかと。」


ユーリックは蚩尤が相手していた者達を見た。既に全員が事切れており、全てが一撃で倒されていた。


「蚩尤様はこれを狙っていたのですか?」

「あの村で手を出すと、仲間が出てこない。金を持っている者を待っていたのだろう。ユーリックの容姿も良い餌になった様だ。」

「私は然程……」

「老人と女なら容易いと思ったのだろう。利用するようで申し訳なかった。」

「構いません。しかし、これらはどうしましょう。」


辺りは血にまみれ、無惨な光景が広がっていた。

死体を処理するわけにもいかない。蚩尤は荷物から白玉を取り出した。白玉は鈍く光ると白い鳥が飛び出し、蚩尤の指に留まる。


「現在、クギ村付近の朴と杏の間に居る。山賊を討伐したので、処理を任せたい。」


言葉を伝えると、鳥は飛び立った。ユーリックは奇異なものを見ている様で、白い鳥が見えなくなるまで見つめていた。


「……今のは」

「言葉を伝えるものだ。知人に処理を任せた。もう少し先へ進もうか。」


ユーリックは不可解に思いながらも言葉を飲み込んだ。

その知り合いとは何なのか。口調からして、命令にも聞こえた。ユーリックには聞きたいことが増えてしまった。


その日は、省境を越えるどころか夜通し進み続けた。蚩尤は何も語らず、ユーリックは悶々とした気持ちを抱えたまま蚩尤の背中を見つめる他無かった。それ以外方法が無かったのも有るが、蚩尤はわざとユーリックに伝える様を見せた。


死体の処理を任せたと言う事は、あの鳥は大した時間も掛からずに、言葉を伝える事が出来るのだろう。そして相手は直ぐ様それが実行出来る人物だ。ならば何故、蚩尤は隠すような言動をするのだろうか。


ユーリックには蚩尤がわからなくなっていた。


不意に蚩尤は振り返り、後方にいたユーリックを見た。角灯の灯りで蚩尤の顔が仄かに橙色を帯びていた。そのまま馬の速度を下げ、ユーリックに並ぶ様に進んだ。


先程の山賊に対する冷ややかな表情とは違い、穏やかな好好爺然とした表情を見せる。

ユーリックは悩みながらも、今迄溜め込んだものを吐き出したくなった。蚩尤の様子を伺いながら、言葉を選ぶ。


「先程の鳥は、蚩尤様の言葉を届けたと言う事でしょうか。」

「そうだ。志鳥と言う。神が作った代物で、鳥が言葉を運ぶ。」

「……蚩尤様は何故、山賊の事を知っていたのですか?」

「数年前から、省間に潜伏すると言う噂は耳にしていた。」


当たり障りのない答えだった。以前は省都に住んでいたのなら、知っていて当然と言う回答にも聞こえた。


「……そんな事を聞きたかったのでは、無いだろう。」


腹を探れるほど、ユーリックが口が上手いわけでは無かった。相手は生易しい相手では無い事は理解していた。


「蚩尤様は、何者なのですか?」

「……漸く訊く気になったか。」

「それはどう言った意味でしょうか。」

「ユーリックは自身の事を訊かれたくないから、私が何者かを訊かなかったのでは?」


図星だった。ユーリックは顔を歪ませ目を逸らした。自身の過去を漁られたくない。ならば、相手にもそう有るべきだというのが、ユーリックの考えでもあった。


「腹を割って話そう。」


蚩尤は良い機会だとでも言う様に、一息ついた。


「私の姓は姜、杏省を治める姜一族の一人だ。先程連絡したのは、杏省の諸侯領主で私の義理の息子だ。」


ユーリックは然程驚かなかった。姜と言う名に覚えは無くとも、山賊をすぐ様対処出来る者などそうはいないからだ。


「では、蚩尤様は元領主で今もそれなりの権限を所有している。と言う事でしょうか。」

「権限は無いに等しい。姜を名乗ってはいるが、一時的に家を出た身となっている。」

「蚩尤様が、領主様に私の事を伝えなかったのは何故ですか?」

「身内に面倒なのがいる。貴女の事を伝えると、その者にも伝わってしまう。出来れば避けたかった。」


ユーリックは目を伏せた。思い当たる事は一つしかなかった。


「……それは私が不死身だったから?」

「そうだ。だからこそ、私で判断する事にした。人によっては不死身は危険という者もいる。何せ殺せないからだ。だが、最初から危険視すれば、それこそ心を澱ませるだけだ。」

「私は試されていた……と言う事でしょうか。」


蚩尤は頷いた。


「申し訳ないとは思っている。だが、貴女がどう行動し、どういった態度で過ごし、どれ程の実力かを知りたかった。」

「何の為に……でしょうか。」


蚩尤は真っ直ぐにユーリックを見た。


「今は言えない。だが、結果的に貴女の為でもある。貴女の身の保証に繋がり、この国で自由に生きられるだろう。」


言葉を選び未だ隠す答えだったが、蚩尤の目は嘘をついている様には見えなかった。


「では、行き先が皇都なのにも意味があると?」

「本当は、真っ直ぐに神殿に向かおうと思っていたが、寄り道も悪くないかと。」

「神殿に行けば、何かがわかりますか。」

「神殿には神に選ばれた神子がいる。貴女に害が無いと神子が判断すれば何の問題も無く、この国で生きられるだろう。」

「……蚩尤様が私に手を貸すのは目的の為ですか?」

「それも有るが……同じ不死として、力になりたいと思った。」


だからだったのだろうか。蚩尤は最初からユーリックに手厚い歓迎をした。監視と言いながらも客人として扱った。何より、ユーリックが不死身である事を受け入れるのが早過ぎた。


「……やはり、そうだったのですね。」

「不死は孤独だ。永く生きる中で道を失う事も良くある。勿論、貴女が不誠実な者なら容易に放り出しただろう。」


ユーリックは特に自分が誠実と思った事はない。蚩尤の温情に対して礼儀を忘れずにいただけだった。


「私は蚩尤様の優しさに答えただけです。最初に拘束でもされていたら、力ずくにでも逃げ出していたでしょう。」


蚩尤はユーリックの顔が見られなかった。純粋とも言える考えが、蚩尤には心苦しく思えた。拘束は考えていなかったが、それ以上の真似はしようとした。己がいかに不誠実かを思い知らされた。


「蚩尤様?」


突然黙り込んでしまった蚩尤の顔を見る。蚩尤は、はっと顔をユーリックに向けた。


「……私が今言えるのは、それくらいだ。」


蚩尤は前を見た。全てを話したわけでは無いが、蚩尤には考えがある。不信感を拭えたわけでは無いが、ユーリックの事を考えて行動していると受け取れた。


「ユーリック、過去は話したくは無いのだろう。今はそれで良い。私も全てを話せるわけでは無いからな。だが時が来て、私が信用に値すると思ったなら話して欲しい。」


ユーリックは胸を押さえた。キリキリとした痛みが滲み出る様に疼き出す。記憶を抑え込む様に瞼を閉じた。


「……いつか、必ず。」


その言葉は嘘か真か。蚩尤はユーリックの苦しむ姿から目を逸らし、ただ前を見た。

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