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村中で田植えが始まり、村人達は忙しなく動き始める。春の訪れで、子供達の賑やかな声もよく響いた。


ユーリックは蚩尤と共に二日後にはイルドを出る事になった。

旅路の支度は、殆どがジオウが済ませてくれるため、荷造りといっても大した事はない。


ユーリックのやる事は念の為武器の手入れをしておく事や、馬に乗り慣れておく事ぐらいだった。元々持っていた武器は、粗い使い方を繰り返していたため刃が欠けていた。蚩尤が持っている物を好きに使って良いと言われたので、一番手に馴染んだ短剣を頂戴した。


ユーリックは厩へ向かった。何度か訪れた事はあるものの、少しばかり馬を眺め撫でる程度だった。黒と濃い灰色の二頭。灰色を撫でると、馬は体を振るわせた。


馬を見ていると、師と共に南部を巡った事も記憶から蘇る様だった。南部の魔術師の仕事の多くが妖魔の討伐だった。辰では何故か南部だけが妖魔が出た。


増えすぎると山や森を出て人を襲う。原因は誰にもわからなかったが、食いっぱぐれる事がなくて良いと言うのが、南部の魔術師の考え方だった。ユーリックにもその程度の考えしかなかった。陽でも妖魔が出ると聞いて驚きはしなかったが、五十年程前から減り続け今は殆どいないのだという。


いつまでも撫でているわけにはいかないと、灰色に鞍を付けると乗り上げた。目線が高くなり、見晴らしが良くなる。初めて乗る馬だが、大人しくて乗りやすい。


馬を歩かせると、少しばかり敷地を出る。今までも散歩程度には村を歩いたが、この時間は多くの村人が田畑へ出払っている為、人通りは少ない。


ユーリックはどこに行こうか迷ったが、何気なく鎮守の森の方を見た。自身はその森の前に倒れていたのだと聞いてはいたが、一度も行くことはなかった。四半刻程歩いた所にあるというが、馬なら直ぐだろうと思い、向かってみる事にした。


「あんた、元気そうだな」


ふと、声の方を見ると、カンがいた。

カンはユーリックの事を蚩尤に報告した後、一度だけ会っていた。彼は人ではない物を見つけてしまったのではと慌てていたのだが、目を覚ましたユーリックを見て安心した様だった。

ユーリックは一度馬から降りると、カンに向き合った。


「前は礼を言いそびれた。お陰で助かった。感謝する。」

「いや、いいんだ。俺は蚩尤様を呼びに行っただけだし、何もしてない。」


そうは言ったが、カンは少し照れている様にも見えた。


「所で、何処に行くつもりだ?そっちは何も無いぞ?」

「馬を慣らしに、鎮守の森まで行ってみようかと。」

「行くのは良いけど、入るなよ?」

「入れないんだろう?行くだけだ。」


鎮守の森は誰もが知る神域だった。ユーリックは、その事を聞いてはいたが、信仰を犯す行為をする気はないと特に森へ入る気は無かった。


「なら良いが…道をまっすぐ行けば良い。馬ならすぐに着くだろ。」

「わかった。」


カンと別れると再び馬に乗った。

村を出ると、確かに道らしき物はあったが、雑草が茂っており、とても道とは呼べない代物だった。馬で良かったと思いながら、ゆっくりと進んでいく。


反対側は田畑や牧場などがあったが、此方には一切人の手は加わってはいなかった。


村から離れるほどに、無音になっていく気がした。風が吹けば草木の揺れる音が響いたが、鳥や虫の鳴き声が全くしない。まるで、白仙山にいた時の様だった。


暫くすると、森に着いた。馬を降りると、近くの木に馬を繋いだ。道は途切れており、鬱蒼と茂った木々が中を隠している様だった。見る限りはただの森としか思えない。この森は白仙山の麓まで奥深く続いているという。これ以上は意味もないと判断し、後ろを振り返ろうとした時だった。


不意に何かと目が合った気がした。気の所為と思いつつも再度森を見たが、やはり何もいなかった。胸がざわつき、何者かに見られている様な感覚だけを残し、ユーリックは馬に乗ると屋敷へと戻っていった。


――


夜、誰もが寝静まった頃、春の心地よい風がユーリックの頬を撫でた。


窓を開けたままだったのだろうかと、ユーリックは目を擦りながら身を起こした。

机の横にある窓が風に揺れて、カタカタと音を立てている。しっかりと閉めなかったのだろうと思い、立ち上がり窓に手をかけた時だった。


突如、突風がユーリックに襲いくるかの様にどっと突き刺さった。

ユーリックはあまりの強さに目を瞑り両手で顔を覆ったが、ほんの僅かな時間の事で、風はあっさり止んだ。


顔を覆っていた手を下ろすと足元に違和感がある事に気づく。足元はゴツゴツと土の上にいるかの様に感じ、目の前には暗闇が広がっていた。確かに寝室に居たはずなのに、今いる場所を確認する様に辺りを見渡す。


暗闇の中に揺れる木々が周りを囲んでおり、森の中にいる事だけが理解できた。


「此処は…」


ユーリックは裸足のまま立ち尽くすしかなかった。せめてもの灯にと、掌の上に魔術で火を灯す。ようやく周りが見えたが、状況は変わらない。


鬱蒼と茂る木々が視界を遮り、奥はひたすら闇が続くばかりだ。これは夢なのかと思うほどに、状況が理解できないでいた。

ふと、視線を感じた。それは昼間に鎮守の森で感じたものと同じだった。


「何がしたい!」


何がいるかも何がしたいかもわからない。せめて意図を教えて欲しく、ユーリックはただ何かもわからないそれに叫ぶしかなかった。


ユーリックの問いに応えるかの様に、白い光が徐々に現れた。それは徐々に形になり、白仙山で出会った白い龍と同じ様に視界に現れたそれは、白銀の鹿だった。灯があるとは言え、はっきりと白とわかる姿は神々しいと言えるほどの白光に包まれていた。


ユーリックは問い質そうと口を開こうとしたが、声が出ない。何より口を動かす事もできない。

現れたかと思えば、それは徐々に姿が薄れた。まるで何かが邪魔をしているかの様に、それの存在が遠くなるのを感じた。


その瞬間、また突風が吹く。目を開けていられず、顔を覆う。風が止み、ユーリックはゆっくりと手を下ろし恐る恐る目を開けると、また元いた部屋に戻っていた。


夢でも見ていたのだろうかと思ったが、ユーリックは足に違和感を覚えた。足を見ると裏は砂利や土で汚れていた。

ユーリックは蚩尤の言葉を思い出した。


それ程強い存在が直ぐそばにある。


あれが神なら、二度対面した事になる。神という不確かな存在を未だ信じきれずにいるが、確かにそう呼ばねば説明など出来ないだろう。


「(不可視の存在ではなかったのか?)」


あれらが神ならば、何故自身には見えるのだろうか。何故この国へ連れて来たのだろうか。そして、何故姿を見せるばかりで、何も言わないのか。誰も答えられぬ疑問ばかりが、ユーリックの中に積もっていった。

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