三
冬の来訪を告げる様に、雪が降り始めた。陽は辰よりも南にあるはずなのに、冷たい風が吹きつけ辰よりも寒さを感じた。特にイルドは白仙山により近いための影響が強いのだという。
地面が白く染まる中、ユーリックは白い息を吐きながら、屋敷の陰で剣を振るっていた。最初のうちは怪しまれる行動は控えるべきだと大人しくしていたが、暫く鍛錬をしていなかったせいで、腕が鈍るのが嫌だった。蚩尤に恐る恐る願い出てみると、あっさりと了承した。
ユーリックは短剣を好んで使ったが、鍛錬に使うには重さが足りないと蚩尤に剣を借りていた。
利き手である右手は背中に固定し、左手に逆手で構え空を切る。相手が欲しいところだが、贅沢も言えない。客人の様に扱っている蚩尤にこれ以上何かを願うのは失礼だった。
蚩尤は秦国や魔術師の事は聞きたがるが、ユーリック自身の話は避けていた。ユーリックも話したいとは思わないため、それも有り難かった。
「ユーリック。」
背後からの声にユーリックは驚きながらも振り向いた。蚩尤は剣を手にそこにいた。
ユーリックは、声をかけられるまで、その存在に気づかなかった。
「…いつ、いらしたんですか?」
「貴女が剣を降り始めた頃から。異国の剣術が気になって眺めていた。」
ユーリックは腕前にそれなりに自信が有った。蚩尤はそれの上をいっていると思う他ない。ユーリックは蚩尤の手に持つ剣を一瞥し、警戒しながらも、それを表情に出す事は無かった。
「私は剣術というよりは、体術に近い。何より、魔術師でもごく一部でしか使わないものです。とても辰国の剣術とは言えません。」
「なるほど。因みにだが、鍛錬の相手は必要か?」
蚩尤の申し出、ユーリック目を丸くした。警戒されているのかとも思ったが、どうやら違った様だった。
「……蚩尤様ご自身がですか。」
「そうだ。」
それを聞いたユーリックは剣を鞘にしまい、剣と一緒に持ってきていた短剣に持ち替えた。気配を断つ腕前と良い、蚩尤が何者かを調べるのには丁度良いと考えてた。
「では、お願いします。」
ユーリックは短剣を逆手に持ち前に構える。蚩尤も剣を腰に携えた。
「(抜かないのか)」
ユーリックは、前に出ようと足を僅かに地面からにじり寄せた瞬間だった。
目にも止まらぬ速さで蚩尤は剣を抜き、ユーリックに剣を向けた。顔付きは変わり、今まで仮面を被ってはいたのだろうかと思う程様変わりし、まるで修羅の様だった。
ユーリックは短剣でなんとか防いだが、衝撃で短剣が弾き飛ばされそうになっていた。
短剣を振り払われない様に強く握り締め、防ぐのが手一杯で後ろに下がるばかり。攻撃する隙を与えては貰え無かった。より一層強い力で振られた剣を防いだが、短剣は弾き飛ばされ、宙を舞った。
首元には蚩尤の剣が向けられていた。
ユーリックは両手を上げ、負けを認めた。恐ろしく強い。ユーリックは自分と蚩尤の力量の差を遠く感じた。
「参りました。」
その言葉と共に蚩尤は優しく笑って、剣を鞘に納めた。
蚩尤が剣を抜くまでは、腕ならし程度にと思ったが、彼の気迫でユーリックは気圧された。
歴戦とまではいかずとも、普段から当たり前の様に妖魔を狩り鍛えてきたユーリックは、とても自信が敵う相手ではない事がよく分かった。
僅かな時間しか経っていないというのに、ユーリックの息は上がっていた。蚩尤の平然とした態度を見て、腕前を計るなど烏滸がましくも思えた。
「中々に良い動きだ。」
「この国は皆、蚩尤様の様に強いのですか?」
ユーリックは剣を弾き飛ばされたのはいつ振りだろうかと考えた。ユーリックは女にしては身の丈も有り、体躯にも恵まれていた。
対して、蚩尤は身の丈こそ六寸程と大柄だが年齢は六十歳程に見え若くはない。
何処にそんな力があるのか不思議に思えていた。
「そんな事は無い。私は百年鍛抜いたからこそ、今がある。」
「それは言葉の比喩ですか?」
その問いに蚩尤は笑顔を浮かべるだけだった。
「……さて、まだ続けるか?」
「お願いします。」
ユーリックは再び構えた。
――
ユーリックが屋敷に滞在するようになってからというもの、蚩尤は退屈な日々から一転した。ユーリックの話す秦や魔術師の話は興味深いものばかりだった。
暫く剣を置いていた蚩尤だったが、ユーリックの実力には驚いた。蚩尤は初手から、ユーリックの剣を弾き飛ばすつもりで剣を振るっていた。
だが、彼女はそれを防いだ。
蚩尤には、それが面白かった。その後も幾度となく手合わせをしたが、よほど良い師の元で育ったのだろう。彼女自身の実力もあるだろうが、動きには無駄が無かった。普段から兄弟子達とも手合わせしていたと言っており、手馴れた様子だった。
暫くはそんな日々が続いたが、段々と雪が降り積り、外に出る機会は減っていった。
ユーリックは屋敷に慣れた様子を見せ、蚩尤だけでなく使用人達とも会話をする様になっていた。
屋敷には三人の使用人がいた。長年勤めるジオウとその娘、姉のユンと妹のノラ。最初こそ訝しんで、ユーリックを避けていたが彼女の礼儀正しさに次第に打ち解けていった。
暇な時は使用人達の手伝いをして過ごす様にもなっていた。蚩尤は隙を見て逃げ出すかと思っていたが、ユーリックにそんな素振りはなく、無償で屋敷に置いてもらっていることに恩を感じている様にも思えた。
ただ、彼女は何故白仙山に登ろうとしたかは決して口にしなかった。『誰も居ない場所へ行きたかった』そう思わせた程の事が有ったのだろう。蚩尤も無理には聞けなかった。
時折、雪が降り積もる様子を眺める姿は、何処か寂しげだった。
――
イルドは一面雪景色が広がっていた。
何日も続いた吹雪が止み、久方ぶりの晴天が顔を見せ、眩しいほどの日差しが雪を照らす。
晴れた隙にと、ユーリックはジオウと共に屋根から雪を落としていた。
ジオウは歳の割に動きが活発で、屋根の上では落ちる心配など必要のない様に動き回る。ユーリックも雪かきは慣れてはいたが、ジオウ程では無かった。
二人がかりというのもあり、屋根の雪はあっという間に無くなった。それが終わると、次は下だった。
家の付近から屋敷の隅へ雪を運ぶ。重労働ではあるが、力にも体力にも自信が有るユーリックには苦ではなかった。ジオウには、女性だから娘達の仕事を手伝ったらどうかと言われたが、ユーリックには体力を使う方が向いていた。
雪を屋敷の隅に運び終わると、村の子供が敷地の入り口からひょっこりと顔を出して覗いていた。
村では鎮守の森の出来事は知られていたが、ユーリックは誤って鎮守の森に足を踏み入れた旅人という事になっていた。それでも旅人自体が珍しく、こうやって時々子供が珍しいもの見たさに屋敷までやって来る。
子供が嫌いなわけでは無いが、どう相手して良いかが分からないユーリックは試しに一歩近づいた。すると、子供達は悲鳴にも似た声をあげて、逃げていった。何処か楽しげにも聞こえたが、ユーリックには判断もつかない。
子供達が逃げ去った方を何気なく眺めていると、ジオウが屋敷に入ろうと言っているのが聞こえ、適当に自身に付いた雪を払うと屋敷の中に戻った。
雪の中を歩き回った所為か、靴も裾も見事に濡れていた。屋敷を汚す前に着替えようと自室に戻ろうとすると、背後から蚩尤が呼び止めた。
「助かる。だが、貴女が仕事をする必要は無い。」
「じっとしているのが苦手なだけです。」
「何か温かい飲み物でも用意させよう。後で居間に来ると良い。」
「はい。」
ユーリックが居間に行くと、香ばしい香りが漂い、既にお茶が用意されていた。居間には暖炉が焚いて有り、それだけでも十分暖かい。蚩尤の前に一つと、対面の空席にも一つ。ユーリックはそこに座り、お茶を啜った。
「此方には慣れたか?」
「はい。お陰様で。此方の読み物にも慣れてきました。」
ユーリックは幾度となく蚩尤から本を渡された。
読めない事は無いが、古典を読んでいる様な表現が多く、難解だった。事あるごとに、蚩尤に意味を聞いては続きを読んだ。物語や真偽の分からない英雄伝、神話や民話など多種多様に揃っていた。その話の全てに不死と神が登場した。
そして、聞き慣れない獣人族や龍人族もまた登場した。蚩尤は以前、不死に準ずる存在がいると言ったが、龍人族がそれだと言った。龍人族には寿命があり、決まって五百年なのだと言う。
龍の方が永く生きそうなものだが、やはり誰も理由は知らない。
「神話を読んでも、民話を読んでも、創作の物語の様に思えました。」
「確かに貴女から見れば、あまり差は無いかも知れない。それだけ当たり前の存在という事だ。」
妖魔と戦う英雄、国を巡る虎の獣人族、神の信仰を綴ったものと、その他にも多くの書籍が有り、内容は様々だった。
ユーリックは陽皇国を知るためと読んではいたが、不可思議で自分が本の中に迷い込んだ登場人物の様にも思えてならなかった。
その中でも最も異様と思えたのは焔という国だった。その国が何処を指し示すのかも分からず、業魔と呼ばれる異形のものと戦かう異能を持つ者達の戦いや、可視化された神を崇め奉った話が綴られていた。
「時折、話の中に焔という国が出て来たのですが……」
「焔は陽歴の前を指す。陽歴は現在八百八十六年。それ以前が焔皇国となる。」
「国名と元号が変わった理由は何なのでしょう?」
「単純に国を治める一族が変わったにすぎない。今は黄龍一族が国主を務めている。」
その言葉にユーリックは驚いた。
「それは、皇帝が龍人族という事でしょうか。」
「そうなるな。龍人族は五つの一族が存在している。黄家、蒼家、玄家、|伯(白)家、朱家。その内の黄家の本家が皇族とし黄帝の位を賜り、分家は橫家と名乗り領地を治めている。蒼家、玄家、伯家も同様に領地を治め、朱家だけが領主の臣下として人に仕える道を選んだ。」
「焔も龍人族が国を?」
「いや、人だ。」
「皇帝の座を奪われたのですか?」
「謀反の記録は無い。当時の皇帝は、何の前触れも無く皇位を黄龍一族に譲位したと記録に有る。その方は焔皇国二代目で赤帝と言う。在位は僅か二一年。初代の炎帝は一代で千二百年近い歴史を持つとされる。」
途方も無い年月にも思われた。蚩尤が言うには、この国の不死も死なないわけでは無い。死は精神に左右されると言われ、それは永く生きれば生きる程顕著に現れる。千二百ともなれば永遠に近い時間にも思えた。
「……二代も続けて不死が生まれるのは当たり前なのでしょうか。」
「正確には、初代炎帝神農の孫が二代目の赤帝だ。神農氏の子息については、記録は殆ど残されていない。」
蚩尤はユーリックの質問に歴史書を暗記でもしているかのごとく、迷い無く答えた。
「それはこの国ならば誰でも知っている事なのでしょうか。」
「読み書きが出来て、歴史書を読んだことがあれば答えられるだろう。私は暇にかまけて、色々な本を読み漁ったにすぎない。」
屋敷には多くの本があった。屋敷の一室は書庫になっており、壁一面が本で埋め尽くされていた。それでも本を置く場所が足りず、居間もまた多くの本が置かれていた。蚩尤の部屋にも書棚が有り、既に本を置く場所は無い。
「この屋敷に有る本は全て読んでしまった。春になると商人が売りに来たり、私の実家が本を送ってくれるが、それも直ぐに読み終わってしまう。」
その言葉に、蚩尤が好んでこの地に暮らしているわけでは無い様に思えた。
イルドは何も無い。穏やかではあるが、店も無く近隣の村や街までは距離があり、簡単に村を出る事も出来ない。わざわざこの地に定住する理由が有る様にも思えなかった。
「蚩尤様は、何年この地に住んでいるのですか?」
「五年と言ったところか。それ以前は省都に住んでいた。」
省都はイルドより南に山と川を越えた先に有る杏の首都だと言った。
「朱色の屋根が並び美しい都ではあるが、人が多くて煩わしい。不便では有るが、此処は静かだ。」
イルドは人が少ない。杏でも一番人口の少ない村でもあった。山々に囲まれ、春から初秋にかけてしか出入りは出来ない。出来たとしても、来るのは商人か手紙を届けに来る者ぐらいだ。
「……何故不便なこの地に?」
ユーリック問いに、蚩尤はどう答えるか悩んでいる様だった。
「白仙山や鎮守の森に異変が起こらないかを見る為。」
「異変とは?」
「主に天災を指す。」
「異変が起こる可能性があると?」
「あくまで例えの話だ。起こった事といえば、貴女が現れた事ぐらいだ。お陰で退屈しない。」
蚩尤は微笑んだが、ユーリックは異変という言葉に引っかかった。
「私は異変に値しますか。」
「貴女の様な異邦人は、ごく稀だが青海から現れる。白仙山から現れたのは貴女が初めてだ。」
陽皇国の半分は山々に囲まれているが、半分は海に面していた。海は青海という神域にあたり、四海竜王達の領域だった。だが時々、外界から漂着物が流れ込んだ。そして、人もまた同じく流れ着くことがあった。殆どが死人であったが、稀に生きている者もたどり着く事があった。
その者たちは異国から来た客人としてもてなされ、異邦人と呼ばれた。
「それらは帰す事も出来ないため、保護される。言葉が通じない者が殆どだったが、この国に慣れ養子縁組や婚姻関係を結んで、この国の民となった。」
「……蚩尤様は、私に保護では無く監視と言われました。私が異変の可能性が有るから、監視の対象で、このイルドから出す事も出来ないという事でしょうか。」
「監視と言ったのは、貴女が不死身だったからだ。白仙山や鎮守の森にどういった影響を及ぼすか分からなかった。前例が無いだけに、対処法はそれしか思いつかなかった。」
その答えにユーリックは不満を覚えた。
「蚩尤様が異変を伺っていたなら、誰かしらに報告する義務があったのではないですか?」
「無用な報告はしない。現に何も起ってはいない。貴女が前例の異邦人と同等の扱いとするかも含めて判断する必要があった。」
「それでは、これから私はどうなりますか?」
「貴女自身に害は無い。監視を続ける必要は無いと思っている。」
「それでは答えになっていません。」
「ならばユーリック、貴女はどう考えている?自由の身になって、慣れないこの国でどう生きる?」
「それは……」
ユーリックに答えは無かった。目的も無ければ、この国で生きる術も無い。何より、ユーリックはこの国の事を知らない。
「金銭も無く、仕事も無い。定住する家も無い。どうやって生きていくつもりだ?また一人彷徨うのか?」
反論などできなかった。ユーリックは蚩尤に頼り切りのこの生活が心苦しかった。気を紛らわそうと、屋敷の仕事の手伝いを買って出たりもした。監視と言われる生活では無く、この国で生きれると言う保証が欲しかっただけだった。
「……私は、人らしく生きれるのならそれで良いのです。今も十分良くしていただいていますが、借り物の生活に過ぎません。蚩尤様にご迷惑をかけてばかりで……」
苦悶に満ちた顔を見せ、ユーリックは俯いた。
「迷惑と思った事は一度も無い。貴女は実に礼儀正しくあった。何より、貴女といると退屈しない。此処は不満か?」
ユーリックは蚩尤に向き直った。イルドでの暮らしに何の不満も無かったからだ。
「心穏やかに生きれる良い土地です。出来れば、ずっと此処に居たいと思う程。でも、監視でないなら尚更、甘えるわけにはいきません。このままでは、蚩尤様に恩を返す事すら出来ません。」
「恩など気にする必要はないが、貴女の考えを否定するのも心苦しい。少し良い手は無いか考えよう。」
「感謝します。」
安心したのか、ユーリックはまだ仄かに温かい湯呑みを手に取ると残っていたお茶を一口飲んだ。
自身も何か考えなければと、思案を巡らせた。
――
それから数日と経たないうちに、また雪が降り始めた。轟々と吹雪の音が家の中まで響く。木戸で締め切られた硝子窓からは何も見えないが、木戸に打ちつけられる風の音だけで外の状況は容易に想像できた。
「まだ降るのですね…」
立春までこの寒さは続くという。蚩尤は読んでいた本から目を離し、ユーリックの方を見た。
「吹雪は見慣れているだろう?」
「白仙山は晴れている事の方が稀でしたから。」
白仙山は殆ど吹雪だった。極寒の寒さを過ごしたユーリックには慣れたものだったが、暖かい家の中から過ごすのとでは違って見える。
「ユーリック、先日の事だが、何かしら答えは出たか?」
蚩尤を真っ直ぐ見るユーリックの目は何かを決断した様だった。
「……春になったら、この国を巡ってみようかと思っています。どの道、何も知らないのでは、決める事など出来ません。」
「金はどうする?」
「とりあえず、大きな街にでも出て、日雇の仕事でも探そうと思います。力仕事でも自信があるので大丈夫かと。」
ユーリックの剣技には力強さがあった。余程そこらの男よりも力は有るだろう。
蚩尤はユーリックの言葉を聞いて、納得したように頷いた。
「では、私も共に行こう。」
突然の申し出にユーリックは困惑した。
「有難い申し出ですが、蚩尤様は目的があって此処にいるのでは?」
「融通は効く。何より、貴女はこの国を知らないし、日雇いの仕事などさせるのも心苦しい。案内役とでも思って頂けただければ。」
ユーリックは断る理由など無かった。蚩尤の本心は見えないが、実際のところ、今のままでは蚩尤の言う通り彷徨うだけになる。
「では、お願いします。」
蚩尤はその言葉に立ち上がり、一度居間を出た。暫くして、一枚の紙を持って戻って来た。それを居間の卓の上に広げると、陽皇国の地図だった。
地図を覗くと、九つに区分けされた陽皇国ふぁ描かれていた。
「今いるのが此処だ。」
そう言って蚩尤が指差したのは、杏の中でも最北端の場所だった。そのまま指を滑らせ、次に指差したのは中央にある凰省だった。
「もし、貴女が白神に導かれた事の理由を知りたいと考えているなら、皇都にある神殿に行くのが良いかもしれない。神に会う事が出来る者がいる。」
それまで地図を見ていた目線を上げ、蚩尤を見た。
「興味があるなら……という話だ。他なら、龍人族達の領地も良いかもしれない。彼等の都はとても洗礼されていて優美だ。」
「……龍人族とは実際どう言う者達なのでしょう?」
「文字通り、龍と人の二つの姿を持つ者達だ。」
見た事もないものは想像し難い。ユーリックは眉間に皺を寄せ考えたが、いまいち思い浮かばなかった。
「……想像が出来ません。」
「では、まず朴に向かおう。そして、丁を通って凰へ。龍を知れば、この国を知る事が出来る。」
「龍……まるで、物語の様ですね。」
蚩尤はユーリックの言葉に漸く納得した。ユーリックにとって、この国は未だ未知の国であり、神も龍も幻に近い存在に過ぎないのだと。
信仰の無い国で育ち、目で見え無いものは信じていないと言った。どれだけそれに近い事象に出会ったからといって、易々と受け入れられるものでは無いだろう。
「……龍に会ってみたいです。白神の事はその後考えても宜しいでしょうか。」
「構わない。貴女がしたい様にすれば良い。」
ユーリックは未だ見ぬ地に少しばかり心を馳せた。
そして、二ヶ月が過ぎた頃、ようやく雪解けの季節が始まり、あっという間に青々とした草木が芽吹き春が訪れた。