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二十

応接間でお茶を出されるも、ユーリックは手をつける事はなかった。神妙な面持ちで、湯気の立つ湯呑みを見ていた。


儀式で何をするかの説明は無く、ただ待てとリュカに言われていた。離れたところに座るリュカは、一人静かにお茶を啜っていた。


準備が出来たと連絡が入ったのは、それから間も無くの事だった。


リュカは立ち上がると、ユーリックを見た。その時が来たのだとリュカに続いた。

次に、リュカは祝融を見た。


「祝融様、ご同行願えますか。」


目を瞑って、座っていた祝融は訝しむようにリュカを見た。


「何故だ。」

「彼女の意向です。」


彼女が何を指すか、祝融は理解したのか、それ以上何も聞く事はなかった。


「蚩尤様と明凛様は、ここでお待ちください。」


時間はとうに日の出まで僅かというのに、城の中は慌しかった。それでも、皇帝やリュカ、祝融が通れば、彼らは頭を下げた。


これが当たり前なのだと、今更ながらに皇族や神子の存在、姜一族に加わった事がどういう事なのかを、ユーリックは痛感した。


「では、中へ。」


皇帝の言葉で、後ろに控えて者達が扉を開ける。祝融は中へ入り、リュカとユーリックもそれに続いた。


中は窓も無く、蝋燭が円を描く様に置かれ仄かな灯りが照らしているだけだった。三人が中に入ると、扉は閉められより一層暗闇が増した。


「悠李、此方へ。」


リュカはユーリックの手を引き、蝋燭の中心で座る様に言った。祝融は、円の外で座り込み二人を見ている事しかできなかった。


「目を閉じて。」


リュカに言われるがまま、目を閉じる。何が起こるか分からない今、リュカに従うしか無かった。右手にリュカの手が触れる感覚だけが伝わる。


「悠李、心配しないで。白神が来てくれた。」


言葉の意味がわからず、ただ目を閉じたまま様子を伺う事はできない。だが、あの時と同じ気配がユーリックを囲んでいた。


「目を開けて。」


悠李はゆっくりと瞼を開いた。何が起こったのかと周りを見渡した。相変わらずの暗い部屋から何も変わっていない様にも思えたが、蝋燭の灯りが消えていた。


風は無いのにどうやって消えたのだろうと思ったが、ユーリックは背後にあったはずの祝融の気配がない事に気づいた。


先程感じた白神の気配がより一層強くなり、まるで幻でも見ているかの様に白神は突然目の前に現れた。二人を囲む様に十二体の獣達が集う。その中には、一度会った事のある龍と鹿もいた。


「神子様、これは……!」


戸惑い、周りを見渡し視線が全てユーリックに集まっていた。


「彼等は貴女を待っていた。」


ユーリックはリュカの言葉に戸惑った。待っていたとはどう言う意味なのか。リュカに問いただそうとするも、それは白神の言葉に遮られた。


幾つもの声が重なり一つと言ってもなって、一つの言葉を発する。リュカは白神は十二で一つの神なのだと言った。


―死を持たぬ者、ようやく会えた


会えたとはどう言う意味か。まるで初めてあったかのようにも聞こえた。


―さあ、更に深い眠りへ


ユーリックは気を失う様にその場に倒れた。


祝融は、動かぬ二人を見ているだけだった。何故自分がこの場に来る様に言われたのか、分からなかった。事が起こると言っている様にも思えたが、ただ待つしか無かった。


ふと、ユーリックが倒れ込んだ。祝融は何事かと構えたが、リュカだけが立ち上がった。


「祝融様、此方へ。」


言われるがまま立ち上がり、リュカが差し伸べる手を取る。


「リュカ、何が起こっている。」

「時期にわかります。」


リュカは再び座り込み、祝融にも座る様に言った。


「目を閉じて下さい。」


祝融は直ぐにでも問いただしたかったが、答えないであろうともわかっていた。今はリュカの言葉に従うしかなかった。

目を閉じて暫くすると、祝融は眩しさに目を開けた。


辺りは暗闇から何も無い白い空間へと変わっていた。リュカも居らず、そこがどこなのかもわからない。祝融は辺りを見渡すと、少し離れた場所に人が倒れているのが見えた。


「悠李?」


見覚えのある衣服に駆け寄り抱き起こすが、ユーリックの瞼が開く事は無い。祝融は夢に干渉する力を持ってはいない。何故ユーリックが眠っているのか、どうやれば起こせるかもわからなかった。


「リュカ、どうなっている!」


夢への案内役には必ず居るはずのリュカは名を読んだところで、姿を見せない。


「おや、随分と慌てておるな。」


祝融の背後から女の声がした。

慌てて振り返ると、そこにはユーリックに顔も姿も似た人物が立っていた。祝融は腕の中にいるユーリックと見比べたが、似てると言うよりは同じだと気づいた。


姿は同じでも、それの気配には覚えがあった。


「お前が悠李の中にいたものか。」


祝融はユーリックを庇う様に前に立ち、向き合い敵意を見せて警戒したが、ユーリックの姿でそれは貴婦人の様に口許を隠して笑った。ユーリックの顔で、声で別人の様に話すそれは、不気味と言うほか無かった。


「祝融よ、私が何か、誰かなどわかっておるだろう?そんな事をわざわざ聞くとは、長く平和に浸かりすぎたのかえ?」


祝融はそれを睨みつけたが、それは気にする事なく、話し続けた。


「番がかけた呪いの心地はどうじゃ?さぞ辛いであろう。」

「呪いを解く為にわざわざ来たのか?」


それは、にこりと笑った。


「最早、妾にそれ程の力は無い。どの道、呪いを解く気など全く無いがな。」


祝融は呪いが何を意味するかは、身をもって知っていた。それは、祝融の反応を見て高く笑った。


「俺をこけにする事が目的では無いのだろう。」

「こけになどしておらんよ。お前は、家族の為、国の為にと立派に戦った。神をも恐れずとは恐れ入る。」

「勿体ぶるな。」


それは、祝融を舐め回すように見ながら近づき、両手で顔を包み込んだ。


「この娘はのう。妾の依代となって、更なる厄災になる筈であった。」


祝融には最早聞くに耐えない言葉だった。手を強く握り震わせ、それに敵意を向ける。


これは、殺すべきだ。祝融の脳裏には、それしか浮かばなかった。


「そう焦るな。お前に妾は殺せない。忘れた訳では無いだろう?お前が受けきれなかった呪いが、どうなったのか。次に死ぬのは、お前の残された家族か、それとも別の何かか……。」


それの嘲笑う姿に、神など信ずるに値しないとさえ思えた。祝融は怒りをどこに向ければ良いかも分からなくなっていた。


「では、何故白神はこちらにお前を寄越した。」

「……祝融、番の力を失ったこの国は崩れかけている。この国を守る為には、白神だけでは足りないのじゃ。」

「それで悪神にすらなり得た存在を招いたというのか。」

「仕方のない事。白神にはこの国を守る役目がある。妾にはもう、どうでも良いことではあるが。」


そう言って、それは横たわるユーリックに目を向けた。


「この娘があまりに哀れでのう。痛みと苦しみに耐えるばかりで、それでも心が壊れないとは。」


それはユーリックに近づき隣に座り込むと、愛情でもあるかの様な眼差しを向け、頭を優しく撫でた。


姿さえ違えば、母が子に向けるものにすら見えた。その情景は小気味の良いものでは無く、祝融には薄気味悪さすら感じた。


「神子さえ思い通りに動いてくれたなら、静かな眠りに堕ちれたものを。可哀想に。」

「悠李はその様な事は望んでいない。」

「その様じゃ。導く者に心を奪われてしまうとは、何とも哀れな。あの男も役に立たなかったのう。」


祝融は、鼻で笑った。身内を馬鹿にされている様で、とても黙ってはいられなかった。


「お前の思い通りにはなっていない様だな。」

「未来とは不確かなもの。特に心など、どうなるかなど何者にも分からぬ。」


それは、手を止めることなく、ユーリックを慈しんだ。封印が、それの愛情とでも言っている様だった。


「それで、既に望みは断たれただろう。悠李からとっとと出ていけ。」

「もとよりそのつもりじゃ。これ以上、娘を苦しめるつも、助けてやる気もない。」

「不死身を解いてやれば、悠李は救われる。」


それは、その言葉にぴたりと手を止めた。ユーリックに向けていた目から一転して、悍ましい顔を祝融に向けた。


「本当に、良いのか?お前は、ただ一人の命運を共にする者を失う事になるぞ?」


祝融は何も言わなかった。ただ、表情がぴくりと動いた。それを意図するものが何かわかったように、それは高く笑った。


「孤独は怖いか?いずれお前の祖父の様に異形の存在になるのが恐ろしいか?」

「黙れ。」

「だからこそ、娘を必死になって助けたのだろう?手元に置いておかなければと思ったから、養女に仕立て上げたのであろう?滑稽なことよ。」


それは立ち上がると、再び祝融に向き直った。どれだけ祝融が強い存在であろうと、それが恐れる事はない。


「安心すると良い、もう娘の力も妾の手の届かぬ所まで行ってしまった。封印だけが、娘を救ってやれた。」

「それは救いでは無い。」

「つまらん男だ。」


それは祝融の目を手の平で覆った。


「最後に聞いておく。お前が抜ければ、異変は鎮まるのか?」

「多少じゃがの。娘の力に影響され、ここまで事が大きくなっただけではあるが、妾がこの国で存在し続ける限り、妖魔は湧き続けるぞ。」


祝融はそれには安堵せざるを得なかった。

それは、最後に呪いでも送るかのように、耳元で低く囁いた。


「神を恐れず殺した男、せめてお前の末路が憐れである事を楽しみにしている。」


祝融はその言葉に僅かに顔を歪ませた。目を伏せると、闇が舞い降りた。


――


祝融は再び目を開けた。蝋燭の灯りがぼんやりと部屋を照らし、目の前にはリュカが不安げな面持ちで祝融を見ていた。


「……終わったんですね。」

「ああ、お前どこまで見えていた。」

「何も、白神の力によって悠李が眠らされるところまでしか……彼女は私の介入を拒みました。」

「そうか……」


祝融は未だ眠るユーリックを見た。


「悠李からは、出ていった様だな。」

「気配すら、感じられません。最早、彼女を見つける事は不可能でしょう。」


ユーリックの無事な姿に祝融の脳裏にあれの言葉が蘇り、突き刺さった。顔を歪め、自分もまた、蚩尤と同様にユーリックを利用しようとしていたのだと、思い知らされた。


安らかに眠るその顔に、不安を抱きつつ上体を抱いた。


「起こせるか?」

「無理です、あれだけ大きな存在が抜けたのです。暫く目覚めません。」


祝融はそのまま、ユーリックを抱え立ち上がった。


「とにかく、少昊に報告せねば。」


リュカは先導する様に前を歩き、重い扉を開けると、光が差し込んだ。

既に日は昇り、朝日の中、皇帝はその場に佇んでいた。祝融に抱えられたユーリックの姿に、眉を寄せた。


「どうであった。」

「異変は鎮まる。だが妖魔は湧き続けるそうだ。」


リュカではなく、祝融が答えたことに訝しんだものの、皇帝は安堵の色を見せた。


「……そうか。中に居たのは何であった。」

「あれの番だそうだ。俺を恨んでいた。」


表情を無くした祝融に、少昊は言葉を失った。


「陛下、他領へ連絡を。それと、悠李をどこかで休ませあげなければ。」

「悠李は俺の別邸に連れて行く。ここにいては好奇な目に晒されるだけだ。」

「では、馬車を手配しよう。」


皇帝は側で控えていた文官達に、それぞれ指示を出すと、文官達は散り散りになってかけて行った。


「姜公、元老院達には何と説明するつもりだ。」

「さてな。これから考える。」


祝融は神などという存在よりも、面倒な連中など放っておきたかったが、それこそが本来の自分の役目だと前を見るしかなかった。せめて、謀らずもこの国を救った女を守る算段は考えなければと、歩きだした。

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