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(よう)皇国 (きょう)(しょう)イルド村


神々が住む国、陽皇国。


北方杏省、北の果てにある小さな村イルド。霊峰白仙山(はくせんさん)の寄り近くにあり、また神住む鎮守の森と共にある信仰深き村でもある。


黄金色に染まった美しい稲穂が揺れる農地。秋が深まり木々は紅く揺らめいていた。収穫祭の時期が近づき、村民たちは祭りの準備に忙しいようで慌ただしく駆け回る様子が、よく見られた。


そんな、平穏そのものの村に男はいた。


(きょう)蚩尤(しゆう)は田舎には似合わない上等な絹の衣を身にまとい、屋敷の二階の窓から忙しく駆け回る村民達を眺めていた。長く務めた仕事を後継に譲り、省都キアンからイルドへと移り住み、穏やかな日々を送っていた。


神が住むと言われる鎮守の森や白仙山の様子を伺うのに丁度良い場所ではあったが、特にすることがなかった。


村民たちは働き者で、収穫祭の準備でも手伝おうとすれば、気を使わせてしまうだろう。それでなくても、何かと気を遣ってくれる。


家のことも隅々まで三人の使用人たちが全てこなしてくれるため、日がな一日本を読んで過ごすこともしばしばあった。


友人には、そんな田舎で燻っていると中身まで見た目通りの年齢になってしまうと言われた程だ。


蚩尤は冗談にはすぎるとも思ったが、それもありうるのではと思ってしまう程、蚩尤には退屈な日々だった。


収穫祭も明日に迫ったある日、村はざわついた。

その日は、鎮守の森に祭壇の確認をしに村人のカンが向かっていた。


鎮守の森に入ることは許されないため、入り口に前に祭壇を設置し収穫した供物を捧げる。収穫祭当日は収穫した物の一部を供えるのだが、祭壇を建てたからには収穫祭が終わるまで少量の供物は必要になる。


今日はカンが当番になっていたため、朝についた餅を手に祭壇へ向かった。


村からはそう遠くはない。四半刻も歩けば祭壇に着く。

鎮守の森に近すぎるところには、人の手は入れてはいけないと云われているため、誰も村のこちら側には手出しはしない。

時々様子を伺う者のためにある程度は管理された道があるが、収穫祭の為、邪魔になる草を取り払っただけにすぎない。


道は轍ばかりで歩きにくい。皆が足元を確認しながらヨタヨタと足を取られまいと歩く。カンも同様に足元に気を使いながら歩いて行った。


祭壇まで着いたカンは昨日まで供物が乗っていたであろう皿に持ってきたものを捧げる。


取り替えに行くと、供物は無くなっているという。鎮守の森の神が持っていくと言うもの。動物が食べてるのだろうと言うものと様々だが、神であれ動物であれ、カンは子供の時に餅を炊きながら、喉に詰まらせないか心配になったが、神様がそんな間抜けなわけが無いと笑われたのを思い出した。


これで役目は終わったと、また歩き出そうとしたその時だった。森から音が聞こえた。草木をかき分ける音にカンは狼狽えた。この森は虫も動物も住んでいないと聞いていたからだ。


神が住む場所は神域と呼ばれ、生者には毒のような場所だ。遊びの真似事で森に入ろうものなら、出てこれないのだと伝えられている。


だが、今まさに目の前で何かが動き出てこようとしている。もしかしたら、神の姿を見れるのか、はたまた森に入れる動物がいたのか…。


茂み掻き分けるように、ゆっくりと姿を表したその姿は人間だった。黒い頭巾の付いた外套を見にまとい顔を隠す様に深く被る。身の丈から男と思しきそれに、いかにも怪しいとカンは身構えた。


それは、ゆっくりと顔を上げるとカンと目があった。


カンは肩を竦ませ驚いた。


紅玉の如く揺れる瞳がカンには、まるで異形のものにでも出会ったっかのようで恐ろしかった。


カンは警戒し、身を低くした。カンの手や顔は獣の毛が生え、それは全身を覆った。カンの姿は黒い狼へと変わった。

牙を剥き出しにし、唸り声を上げる。敵意を顕にし、怪しいそれに向けた。


だが、それは敵意に気付く事もなく、気を失ったようにその場に倒れ込んでしまった。


カンは恐る恐るそれに近づいた。


鎮守の森から出てきたとなればそれは、神か。どちらにしてもカンでは判断ができなかったが、一人の人物が頭に思い浮かんだ。


カンは姿を転じたまま、村への道を走って戻っていった。



村に戻ると、カンが姿を転じ走る姿を見た村民達は何事かと問いただそうとしたが、カンは構う事なく蚩尤の住む屋敷へと真っ直ぐ向かった。


カンは屋敷の扉を大きく叩いた。屋敷の主人に失礼に当たるだろうが、構ってなどいられなかった。扉から顔を出したのは、屋敷の管理を任されているジオウだった。騒々しいと言わんばかりの顔を見せ、カンに物申そうとしたが、あまりの気迫に気圧された。


カンは自身が出会ったものの事を伝えると、ジオウはカンに待っている様に言うと屋敷の中に戻った。


待ってる間もカンは気が気でなかった。自身が見つけてしまった物は一体何なのか、それともただの怪我人だったらと扉の前をそわそわと彷徨いた。


暫くすると、扉が開いた。穏やかな屋敷の主人である蚩尤は何事かと、カンに落ち着くように言った。


「とりあえず落ち着きなさい。何があった。」


諌めるように話す蚩尤の姿にカンは落ち着いてる暇など無いと捲し立てる様に口を開いた。


「鎮守の森に供物を持って行ったら、変なやつが森から出て来たんです。」


それを聞いた蚩尤の顔色は変わった。鎮守の森に何者も入れない事は蚩尤も知っていた。


「人の姿をしていました。」


蚩尤は考える間などなかった。一度屋敷内に戻ると、自室に置いてあった剣を手に取り、急ぎ鎮守の森へと馬を走らせた。


カンの言う通り其処には一人の人間がうつ伏せに倒れていた。蚩尤は顔を確認しようと近づき頭巾をとった。


身の丈から男とも思えたが、無造作に伸びた髪をかき分けると、歳若い女だった。口に手をかざすと僅かに呼吸が見られる。人にしか見えないそれは気を失っている様だった。


蚩尤は突如森を見た。


何者かの気配が自身を見ている様な気がしてならなかった。剣に手をかざし、辺りを探る。


『    』


人の言葉とは思えぬ何かが確かに聞こえた。それが何者にせよ、自身には聞こえぬ筈の声だと確信した。蚩尤は戸惑いながらも今一度、女を見た。とても人以外の何者にも見えないそれに困惑したが、女を抱え上げると蚩尤は馬に乗せた。


屋敷に運んだそれは、蚩尤にもよくわからなものだった。


今の時期には早いが内側に毛皮の貼られた黒い外套に、ここらでは見ない衣服を身に纏っていた。持ち物も護身用と思われる短剣と見たこともない硬貨の様なものを持っているだけ。


異邦人かとも思ったが、顔立ちは陽皇国の者と遜色は無い。何より、果ての地であるイルドまで迷い込むものだろうか。何より鎮守の森から出てきたと言うのが、理解できなかった。あそこは神かそれに連なる存在しか入れない。


カンが騒ぎ立てた事により、困惑した村人には遠方の旅人が鎮守の森に迷い込んだのだと説明をし、落ち着かせることにした。明日の収穫祭には何も影響はないだろうと。


女はまるで国を巡り続けた放浪者の様に薄汚れていたため、屋敷で働くジオウの娘達に女の体を清め着替えさせた。指示を受けた使用人達は、薄汚れた衣服とは違い、女の身体は傷ひとつ無く、旅人は思えぬ程白い肌をしていたと言った。


蚩尤は日に二度、三度女の様子を見たが、何日待っても目覚めなかった。医者に見せるわけにもいかず、歯痒さを感じながらも待つしかなかった。


そして、女を見つけてから九日が経った夕暮れの事、今日も目覚めないと溜め息を吐きながら部屋を出ようとした時だった。


背筋が凍る様な気配を感じた。蚩尤は振り返り、女を見た。


「(これは……)」


異様な気配に蚩尤は汗が滲む手を握り締めた。


これは危険な存在だ。


蚩尤は明確な殺意と共に女に近づき、女の首に手を伸ばした。


だがそれは、またもや聞こえた声によって阻まれた。


『    』


それは神の意思か。


今一度、女を見た。安らかに眠る顔は、人でしかない。

蚩尤は思い留まり、手を引いた。

女は未だ眠ったまま、目覚める気配はない。


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