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東の空が白んできた頃、漸く山を抜けた。


少し休憩しようと、馬を止めた。ユーリックはすぐさま眠りに付き、蚩尤も瞼が落ちると思った矢先だった。彼方から志鳥の姿を捉えた。蚩尤は手を伸ばし、志鳥の声を聞いた。


『山賊の件は助かりました。兵士を向かわせましたので、問題は有りません。父上が異邦人といる事は既にわかっております。何かしら目的があるのでしたら、祝融様に話した方が良い。祝融様は今皇宮に赴いておりますので、時間はあるでしょう。それまでにお考え下さい。』


声の主は玄瑛だった。相変わらず融通が効かないと、蚩尤は溜め息が出た。


蚩尤はイルドに硬貨を置いたままにした事を後悔していた。隠すつもりは無かったが、不周山で異変が起こった事については想定外だった。


蚩尤がイルドに滞在する様になってからというもの、休暇をイルドの屋敷で過ごすものは居なかった。わざわざイルドに誰かが趣くとは想定していなかった。


ユーリックと関連しているかは分からないが、時期的に考えても誰しもが関連づけようとするだろう。今は、ユーリック自身の影響で有る証拠はないが、そうで無いとも証明は出来ない。


杏へ連れ戻されれば、ユーリックに不信感を募らせるだろう。それから神殿に行っても意味は無い。蚩尤は思案を巡らせるばかりだった。


朝日の眩しさにユーリックは目を覚ました。

蚩尤は既に起床しており、ユーリックは慌てた。


「適当に何か口に入れた方が良い。次の村までは、まだ少し有る。」


そう言って、荷物から干し肉を取り出してユーリックに渡した。


「少し急ごう。」

「何故、そんなにも先を急ぐのですか?居場所を伝えたのは、問題があったのですか?」

「あちらは私を探している様だ。面倒なので、できる限り会いたくはない。」


イルドからは随分と遠くにきた。居場所を知られたところで、直ぐには追いつけないだろうとユーリックは考えていたが、蚩尤は杏には手段有るといった。


「ユーリック、龍人族で唯一人に仕えている朱家の話を覚えているか。」

「……朱家は姜一族に仕えているのですか?」

「彼らは、姜一族の命ならば従順に従う。龍は空を飛び、馬よりも速く駆ける。なるべくあの山からは離れなければならない。」


ユーリックは龍が空を飛ぶ姿がいまいち想像出来ないでいた。未だ龍には会えていない。


「次の村から省都迄はそれほど掛からない筈だ。時期に龍も見られるだろう。彼らは、金の瞳をしているから直ぐにわかる。」


ユーリックは白仙山で出会った白い龍を頭に浮かべた。あの龍の瞳も確かに金色だった。


「さて、村までは後一息だ。急ごう。」


ユーリックは干し肉を口に詰め込む様に頬張った。蚩尤が急ぐのには他の理由もある様に思えたが、蚩尤が何かを隠すのには大抵理由があった。ならば今は、彼を信じよう。そう心に決めた。


――


凰省 皇都シンラン


皇宮の一室にある真偽の間。そこには円卓と九つの椅子が置かれている。


一つは玉座を守る皇帝のもの。そして残る八つの椅子は、国を守る「八」の一族の代表がそれぞれ元老院として座っていた。その一つに祝融は座っていた。


皇帝以外に序列は無い。だが不死や龍人族は生きている時間が長く、特に祝融は一番長くその椅子に座り地位を維持している為、皇帝からの信頼は厚い。


金を帯びた髪と金の瞳をした青年が部屋を見渡す。青年は誰よりも煌びやかな金の刺繍を誂えた衣を身に纏っていた。それはこの国の最高権威を象徴する様だった。


陽皇国第三代黄帝(こうてい)少昊(しょうこう)

五十年前に陽皇国に平穏をもたらした英雄の一人であり、黄家龍人族が当主でもある彼は、賢君と呼び声も高かった。彼は全ての席が埋まっているのを見ると、口を開いた。


「まずは遠方より足労、感謝する。不周山にて異変があったと報告を受けた。姜公(きょうこう)、説明を。」


姜公と名を呼ばれ、祝融は口を開いた。


「不周山にて春の調査を武官一名、兵士二名で行なった。妖魔が多数出没し、その日だけで十七体の討伐。並の兵士では手に負えず、概ね武官一名の手で対処されている。後日、別の武官による調査で更なる数の妖魔を発見し、これも対処した。数は未知数であり、今も武官が交代で行なっている。他の領地では如何様か。」


室内はどよめいた。それ程の数の妖魔が増える事など、今までにはあり得なかった事だっただけに、誰しもが平静を装えなかった。


妖魔が湧く山は伯一族が治める朴の高麗山(こうらいさん)の他、(ふう)一族が治める(おう)豊邑山(ほうゆうさん)、蒼一族が治める(らん)崑崙山(こんろんさん)、そして姜一族が治める杏の不周山の四つだ。


遥か昔、神が封じられし地として選ばれたそこは妖魔が湧く根源として管理された。昨今は妖魔が減り、年に一度か二度、皇帝の勅命により諸侯等は調査及び討伐を行なってきた。


だが、これ迄は変化が無かっただけに、誰しもがその数に驚いただろう。もう長く平和が続いていた為、多数の妖魔と対等に戦える者などそうはいない。


また動乱が始まるのでは無いのかと、口にはしないが考える者もいただろう。

最初に口を開いたのは、蒼一族の当主でもある蒼郭園(かくえん)だった。


「此方は年明けに調査を行なっております。特に異常はなく、一体の妖魔も確認してはおりません。」


風一族代表の風鸚史(おうし)も続いた。


「此方は春ですが、三体の妖魔が確認されております。前回よりは増えてはおりますが、異常と判断する程ではありません。」


そんな中、白の髪を靡かせ、金の瞳が祝融を捉えた。朴省代表である伯玉茗(ぎょくめい)が口を開いた。


「姜公、原因はわかっておいでで?」

「不明だ。杏だけの事態なのかが知りたい。」

「高麗山でも増えている事は確かだが、不周山ほどでは無いかと。片手で数えられる程度といったところでしょう。」


狐の様に目を細ませ、袖で口元を隠し貴婦人を思わせる容貌だが、妖しく笑うその姿は龍人族とは思えない。


「姜公、杏省より異変が起こっているますね。心当たりは有りまして?」


祝融は不明瞭な異邦人の事を口にするか思い悩んだ。はっきり無いという事も出来ず、だが沈黙は懐疑心を産む。


「今はまだ調査段階だ。分かり次第お伝えする。」


僅かな間があった。(しゅう)桓元(かんげん)はそれを見逃すまいと、口を開いた。


「何か隠しておいででは?」


祝融はため息が出そうになったが堪えた。いつもの事ではあるが、周公が祝融に対して敵対心を持って発言している事は明らかだった。


「隠してはいない。調査中だと言ったはずだ。」


それで納得する訳もなく、周公は更に追求する様に続けた。


「確信を持っていなくとも、何かしら思い当たる節はあるのでは?」


周公の肩を持つ様に、(そう)貞燃(ていねん)も口を開く。


「いつもの姜公でしたら情報は全て開示せよと仰るであろう。」


面倒だ。下手に不確定要素を口にすれば混乱を生む。まだ推測に域を出ておらず、異邦人が原因との断定どころか、当の異邦人すら対面していない。


蚩尤の目的も分からず、情報など無いに等しい。祝融は言うまいと決めこんでいたが、二人をどう納得させるか口を開こうとしたが、それよりも速く皇帝が発言した。


「今は領地毎での影響を調査する事が先決だ。影響が他にも広がる様なら、山以外の根源地も調査を行うべきだろう。妖魔相手で力不足とあれば、此方より軍を派遣する。杏省が影響の根源地と見て間違いはないだろう。姜公には迅速な原因の特定を命ずる。」

「御意」

「諸侯等にも伝達はするが、根源地を封鎖し民を近づけるな。不周山で妖魔が増え続けているなら他も同様と考えた方が良い。不周山には皇軍を送る。」

「……此方は心配ない。武官はどれも優秀だ。」

「姜公、これには不周山の調査も含まれる。主導権は此方に有ると考えて頂こう。武官等にも協力せよと伝える様に。」


諸侯領武官であれど、皇帝の命令の前には逆らえない。杏省で起こっている事とは言え、不周山は国事に当たる。主導権は皇国軍で無ければならなかった。


「姜公はまるで不周山事態が異変の原因では無いと考えている様ですね。」

「皇軍が杏省に入ることに不満が有るのでは?杏は不死の武官を幾人も抱えている。自慢したいのでしょう。」

「御子息も武官でしたな。武官に活躍の場など久しく無い。手柄を与えたいのでは?」


嘲笑。人を馬鹿にするのが趣味とでも言わんばかりの発言に、祝融はただ呆れた。それは、皇帝も同じだった。

「此処は意見の場だ。私用な発言は控えていただこう。他の領地で少しでも異変があれば即時報告を。」


それぞれが御意と返事をした。

元老院達は口を閉ざしたが、周公や宗公の視線は未だ祝融を捉えたままだった。


――


元老院が集まっていた部屋の外には、豪雷が祝融を待っていた。多くの臣下や従者が元老院達の後ろに付き従っていく、豪雷は他の元老院が去るまで、その者達に頭を下げ、気配が過ぎ去っていくのがわかると祝融の下へと近づいた。


「志鳥が来ています。」

「そうか……。」


憂鬱な顔を見せる祝融に豪雷はまた何かあったのだろうと予測は出来たが、いつもなら苛ついていても皇宮にいる間は顔には出さない。いつ何処で誰が見ているとも知れないからと、気を抜く様な人では無いと豪雷も知っていた。


皇宮の敷地内には本城の他に多くの建物があった。その中には、元老院の為に用意された離宮もある。そこで暮らす者も居れば、祝融の様にようがある時のみ滞在するのに使う者も居た。


家を管理させている者と数名の女官が頭を下げて祝融と豪雷を迎える。


それを当たり前の様に気に留めることなく、祝融は応接間に向かった。然程広くは無いが、短期間の滞在には十分の広さが有る。祝融はやっと落ち着けると、頭を抱え溜め息を吐きながら、長椅子に腰掛けた。


卓に目を向けると、真ん中に白玉が置かれ、その上には志鳥が今か今かと祝融をじっと見ていた。

白玉を手に取ると、志鳥は祝融の指に留まった。


『祝融様、父上の居場所がわかりました。杏省と朴省の省間手前で山賊退治を行なった様です。ご自身で私に山賊の処理を頼んできました。正直、父上が何を考えているかはわかりません。』


志鳥は消えた。ジオウの言った通り、西ではあった。現在地は既に朴の何処かだろう。祝融は蚩尤が何をしたいのか、やはり読めなかった。


「どなたからでしたか?」


志鳥が消えた事で、言葉は終わったと確認した豪雷は、祝融の顔色を伺いながら口を開いた。


「玄瑛だ。蚩尤が連絡を寄越したらしい。わざわざ山賊の討伐を行なった。何が目的だ?」


山賊については、手こずっていた件ではあった。武官を向かわせたところで、姿を表さず、山中を移動していると聞いていた。蚩尤が女を連れているとすれば、山賊は格好の餌食とでも思ったのだろう。


「蚩尤様は朴に何の用があるのでしょうか。」

「朴とは限らんが、一度行く必要はあるな。」


ふと、白い鳥が音も無く壁をすり抜け部屋の中へと入ってきた。祝融の肩に志鳥が舞い降りた。


『いつもの場所に来て頂けますか。』


それを聞いて、祝融は立ち上がった。


「彼でしたか?」

「ああ、行ってくる。お前は皇宮を立つ準備をしておけ。」


祝融はそのまま離宮を後にした。


離宮を離れ、人気のない庭園の東屋へ足を運んだ。昔はここで宴などが催されたが、今は使われていない。あまり手入れはされておらず、草が生い茂っているが、東屋だけは綺麗に掃除されている様だった。


辺りが見渡せ、人に見られた所で話を聞かれる事は無いと、祝融はここによく呼び出されていた。東屋には、金色の髪を持つ青年が座っていた。それは、皇帝陛下その人だった。


「少昊、何用だ。」


まるで友人にでも呼びかける姿に、少昊は特に気にする様子も無かった。少昊は祝融に対面に座る様に促すと、祝融もそれに従った。少昊はそれを確認する間も無く祝融に詰め寄る様に口を開いた。


「何を隠している。」

「……隠してはいない。気になる事が起こってはいるが、何の判断も出来ていないと言ったところだ。」

「その気になる事を伺っても?」


少昊が食い下がる気はないと見た祝融は、仕方がないとため息混じりに言葉を発した。


「蚩尤がイルドで異邦人を見つけ、保護をした。」


少昊も白仙山と鎮守の森が重なるイルド村の事はよく知っていた。


「異邦人は珍しいが、何故イルドに?」

「俺もそれが分からん。」

「それなら、ただ何も無いで良かったのでは?即答出来なかったと思えば、気にするほどの事でも無いとは思うが。」

「……その異邦人は、昨年の秋に鎮守の森から突然現れたらしい。」


それを聞いて少昊は声色を変え、怪訝な顔を見せた。鎮守の森から出てきたのなら、異邦人とて見過ごす訳にはいかないからだ。


「何故それを言わなかった。」

「迷い込んで、たまたま出れたと言えなくも無いからだ。」

「それで、その異邦人は何処に?」

「蚩尤が何処かへ連れ立って消えた。」


悠々と言ってのける祝融に少昊は呆気に取られた。


「だから何も言えなかったのか。」

「俺は一度も異邦人に会ってはいないし、蚩尤からも報告は無い。不周山で異変があったと告げても沈黙を貫いている。だが、息子には連絡し、わざわざ居所を教える様な真似をした。何がしたいのかも分からん。俺は何も知らないも同然だ。」


少昊は納得した。祝融も言うかどうか悩んではいたのだ。口にすれば懐疑心を産み、祝融がより疑われる状況となるだけだ。今の元老院達は、より力も有り永く生きる祝融を疎ましく思っている。祝融は誰よりも発言に細心の注意を払わねばならなかった。


「……蚩尤殿は今何処に。」

「朴と予想しているが、何処まで行くつもりか分からん。」


祝融が身内だからと蚩尤を庇っている訳ではないのは、少昊もわかっていた。少昊は祝融だけで無く、蚩尤とも付き合いは長い。


蚩尤に何かしら考えがあって行動しているのだろうとは予測は出来るが、蚩尤の思考までは読めない。蚩尤は無鉄砲でも考え無しでもない事は承知の上だった。


「この場は公式なものではないから、此方から蚩尤殿に何かしら処遇を下す事はない。だが、今以上に異変が起こる様なら、此方も何かしら手段を講じる事だけはお忘れ無く。」

「了承した。」

「出来るだけ早く原因の解明も頼む。今の状況では、蚩尤殿を探すしか方法は無いだろうが。」


少昊は立ち上がり、東屋から去っていった。

本来なら皇帝の立場として、また元老院の立場として公的で無い場での会話は控えるべきだ。だが立場だけで話をすれば、腹を探り合うばかりで、友人として共に過ごした時間が消えてしまう様でならならかった。


祝融は少昊の姿が見えなくなると、自身も立ち上がりその場を去っていった。


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