8. 帰り道
「あ」
すっかり暗くなってしまった。練習室から出ると,薄暗い廊下の中,彼女と鉢合わせした。
「お疲れ様。今,帰り?」
「……うん」
窓から差し込む月と街灯の明かりに照らされた彼女の頬が,白く光っているように見える。
綺麗だな,と思う反面,彼女も練習していたのか,と複雑な気持ちになる。
「主席合格,なんでしょ」
「え」
彼女は目を見開き,困ったように目を逸らして笑いつつ,人差し指で頬を掻いた。
その様子が頭に来て,言葉が思わず口をついて出る。
「そんな人が,こんな時間まで練習?」
「あ,はは……えっと,どういうこと?」
「……別に,なんでもない」
一瞬口から出そうになった,「あなたがそんなに頑張ってちゃ,私がいくらがむしゃらにやったって追いつけないじゃない」という言葉。
……バカみたい。彼女なんかをライバル視して何になるの?
もっと上を見なきゃ。もっと先,自分が何を目指したいのか。
「良かったら,一緒に帰らない?」
邪気のない笑顔。むしろ,罪悪感さえ感じていそうな,人のよさそうな顔。
ムカつく。人の気も知らないで。
「……いいけど」
「やった! じゃあ,行こ!」
「あのね,この間見かけたクレープ屋さんがめちゃくちゃ美味しそうでね」――そう話す彼女の声を聴き流しながら歩く。
彼女が小走りに追いついてきて,そのままきゅっと手を繋がれた。
「……っ!」
驚いて彼女の横顔を見る。
ほんの少し赤らんだように見える頬が,そこにはあった。楽しそうに,少したどたどしく話す言葉は途切れない。
なんとなく離す気になれなくて,そのまま,薄暗い廊下を2人,帰路につく。