4. 桜並木
相変わらず,桜は脅されているかのように絶え間なく降り頻っていた。
「楽しみだね。美味しいんだよー!」なんて笑ってこっちを振り返る彼女に吸い寄せられるように,私は歩いていた。
桜並木の間を,人知れずふたりで歩いていく。
きらきらした,まるで世界には罪を背負っている人などいないかのような,現実感のない風景。
ピアノをやっている,と彼女は言ったが,どのくらいやるんだろう。挫折を知らなそうな人だし,「天性の才能」があるタイプなのかもしれない。
そんなことがよぎって,勝手に劣等感が強くなっていくのを感じる。私と彼女は違う。
「ねぇ,はるって呼んでいい?」
「…………好きに,すれば」
どうして彼女は私と一緒にいるんだろう。コネと繋がりが物を言う世界で,どうして私なんかと?
「ありがと。ゆみって呼んでよ」
疑うことを知らない笑顔。
きっとこれまでに,世界の暗い部分なんて全く見てこなかったんだろう。
「あ,ほら,もうすぐだよ」
彼女が人差し指を向けた先に,緩慢に視線をやる。
小さなログハウス風の建物が,何を宣伝するでもなく存在していた。
鼻先を,バターの焼ける匂いがくすぐっていく。