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第九話

 二つの川に挟まれたドゥルドゥの街は、遠くで起こっている干天の影響など受けず、いつもと変わらない日常が送られていた。

 紅茶や料理に使うハーブだけではなく、魔女薬に使うハーブも大量に育てられているので、グリフォンが一匹、二匹飛んでこようが気にする者はいない。

 他にもフクロウを筆頭に、ネコやネズミの小動物や、珍しいところで言えばコウモリなどの使い魔。それに、男の魔女などがお使いをしにきている。

 グリザベルの話では、今の時期は魔女薬に使われるハーブでも中和に使う重要なハーブが採れる時期なので、街への来客が多いという。ベテランの魔女になれば成程、中和ということにこだわるらしいが、魔女薬が専門ではないグリザベルも、その弟子のマーも詳しいことは知らなかった。

 グリザベルは街についた時からソワソワしていた。

 魔女薬の質問に答えられなかったからではなく、故郷の街に帰ってきたからだ。

「なんで変な緊張をしてるんスかァ? 別に家出して魔女になったわけじゃないんでしょ?」

 ノーラは通りで立ち止まったままのグリザベルのお尻に向かって声をかけた。

「そういう問題ではない。我にとってはもっと一大事なことなのだ」

 グリザベルの顔も声色の真剣そのものだった。まるで崖下に飛び込むのを覚悟する直前のような雰囲気だ。

 考えていることは一つだけ。友人であるリットとノーラのこと、弟子であるマーのことをどうやって両親に紹介しようかと言うことだ。友達という概念が出来る前に、祖母の『アチェット・サーカス』の元へ魔女修行へと出たので、友人を招待することなんてしたことがないのだ。

 どうすれば正解なのかがわからないグリザベルは、足が地面に張り付いたかのようになってしまっていた。

「あのなぁ……誰が紹介しろって言ったんだよ」

 リットは考えてることなどお見通しだと、ため息混じりに言った。

「何を言っておる。友に両親を紹介するのは当然のことだろう。我は既にお主の両親に会っているのだぞ。非礼になる」

「会ったのは父親だけだろ」

「五人の母親に会っておるぞ。産みの母親には会っておらんがな」

「それでいいんだよ。こっちにはいちいち友人と家族揃ってパーティをする風習はねぇんだ。変態じゃねぇからな」

「おかしい……我はお主のパーティに呼ばれたはずだがな」

「あれは親父が勝手にどんちゃんやっただけだ。アイツは変態だからな。目的は土だろ。くだらねぇ葛藤は土にまみれてからやってくれ」

 リットはグリザベルの背中を乱暴に叩いてから前に出ると、どこに行けばいいのかもわからないまま勝手に歩き出した。

「まったく……勝手なところはいつまでたっても変わらぬ。よいか?」と、グリザベルはノーラとマーに振り返った。「我の家は鳥の彫刻の柵に囲まれた畑にある。もし迷えば『ディスカル』の名で街人に聞くがいい。そこそこ名の通った家だ。名がわかれば案内も頼めるだろう。旅人に聞くなどという間違ったことはする出ないぞ」

「わかってますよォ。それじゃ、私達は水について調べてみますかねェ」

「お師匠様に負けない為にも、じっくり調べないと」

 マーはグリザベルに向かって不敵な笑みを浮かべると、ノーラの後を追いかけて行った。

「まったく……あんな顔はどこで覚えてくるのだ……」

「オマエの顔だろうよ」

 リットが声をかけると、グリザベルは驚いて飛び跳ねた。とっくに喧騒に消えて行ったかと思ったからだ。

「脅かすでないわ!! 先に行ったと思っていたぞ」

「いつまで経っても追いかけて来ねぇから、わざわざ戻ってきたんだよ。故郷で恥をかきたくなけりゃ、早く歩けよ」

「お主がかかそうとしなければ、恥などかくことなんぞないわ……。まったく……我らが目指すのは街の外れも外れだ」

 グリザベルは気を取りなおすと、自ら先導して歩き出した。



「街の外れってのは……この川のことを言ってんのか?」

 リットは一人文句を漏らした。

 振り返ってもグリザベルの姿は見えず、よく目を凝らせば遥か後方に疲れてトボトボ歩いてくる姿が見えた。

 仕方なくリットは一人で川の横に建っている小屋に向かったのだが、中には誰もいなかった。土嚢がいくつも積まれており、人が座るスペースもない。

 グリザベルの言うとおり、土を研究している者が使っている雰囲気はあるが、川が氾濫したときに積み重ねる蓄えに見えなくもない。

 リットは試しにいくつか土嚢を開いて中身を見てみたのだが、どれも同じ土に見えた。色も匂いも乾き具合もただの土だ。

 やることもないので、リットがぼーっと川を眺めていると、ひーこら言いながらグリザベルがよたよたと歩いてきた。

「それでよく弟子を連れて旅なんて出来たな」

「簡単なことだ。マーは我よりも体力がないからな……」

 グリザベルはぐったりと川縁の草の上へ横たわった。

「おい、研究者はどこにいんだよ」

「そう急かすでない……。いないのならば、どこぞに土を採取しに行っているのだろう。我らが出来ることは、ただ待つだけだ。焦らず……ゆっくり……風に吹かれ……」

「恥を晒さねぇってのはどうしたんだ」

「晒しておらぬわ。我は疲れて横になっているだけだ」

「何言ってる。太もも晒して、じいさんにパンツを見せつけてるぞ」

 リットに言われ、グリザベルは慌てて飛び起きた。

 黒のドレスが捲れ、確かに太ももを晒すことになっていたのだが、リットの言う老人の姿はどこにもなかった。

「適当なことを言いおってからに……」

 グリザベルはリットに文句を言うために踏み出そうとしたが、リットが手で制した。

「待てよ」

「待たぬわ!」

「じいさんを踏み潰すつもりか?」

 グリザベルの足元には仰向けでおじいさんが寝ていた。

 突然のことにグリザベルは声を出して驚き、背中から転んでしまった。

 おじいさんは「うむ……」感慨深く頷くと「眼福眼福」だと拝んだ。「そうは思わんかね? 若いの」

「どうだろうな。そういうのは次に目に入ってくるものによって決めたほうがいいんじゃねぇか? 最後の景色になるかも知れねぇぞ」

 リットに言われおじいさんが振り返ると、起き上がったグリザベルのビンタが飛んでくるところだった。



「いやー……。じいさんにあそこまでビンタ出来るとはな。成長したじゃねぇか」

「あれは不可抗力だ! とっさのことに手が出てしまっただけで、気絶させるつもりなどなかったのだ! どうすればい?」

「幸い、近くには流れる川もあるし、山ほどの土もある。水葬か土葬か選べるぞ。証拠隠滅には持ってこいだ」

「バカなことを言うてる場合か! 街まで運ぶぞ!!」

 グリザベルはおじいさんの足首を掴んでひきずろうとしたが、リットは落ちている汚れた木桶で近くの川から水をすくってくると、おじいさんの顔にぶっかけた。

 おじいさんはすぐさま起き上がり、咳き込みながらなんてことをするんだとリットに怒鳴った。

「……気絶しておらぬではないか」

 グリザベルはほっとしたのと同時に、気絶のフリをしていたおじいさんに呆れてもいた。

「場を和ませるジョークだ。見慣れない顔だったからな。緊張していたら困るだろう?」

「それと、我の下着を覗き見るのに関係はないと思うのだが」

「アンタは死んだ婆さんに似ている……。懐かしくて、ついちょっかいをかけたくなったんだ。ゆるしてくれ……」

 おじいさんは遠い目を空に向けたので、グリザベルもそれに習って空を見上げた。この老人の連れ合いははるか空高くにいるのだろうと。

 しかし、二人が空を見上げている間に新たな影が近付いてきており、おじいさんの後ろに立ってしわがれた声で「誰が死んだって」と怒気を含めて言った。

 おじいさんは振り返ると「化けて出た!」と、わざとらしく驚いてみせた。

「なにが化けただ。グリザベルちゃんに手を出してみな。アチェット婆さんに起こられるよ」おばあさんはため息をついてから「大きくなったね。マリーおばあだよ」とグリザベルを抱きしめた。

 グリザベルも「マリーおばあ! 久しいな」と、笑顔で抱きしめ返した。

 幼少の頃に会ったきりだったので忘れていたが、グリザベルはこの老夫婦とは顔見知りだった。

 土の研究からは手を引いて子供に任せているのだろうと思っていた話や、その子供は他にやりたいことがあると街を飛び出していったので未だに現役で研究をしていることなど、長い雑談が始まってしまった。

 リットは仲間はずれにされて、しょぼくれているおじいさんに話しかけた。

「おい、じいさん」

「若いの、気を使ってくれてありがとうよ。だが、わしだって話せるなら、男より女と話したいわい」

「暇なら土の説明をしてくれよ。それが目的で来てんだ。ちんたらしてたら死んじまうよ」

「せっかちな男だ。若いんだから、今日明日死ぬわけでもないだろうに」

「死んじまうのはあんただよ。いつぽっくり逝くかわかんねぇんだから、その前に説明してくれ」

「普通……頼み事がある時は、へりくだるものではないかね?」

「普通は……婆さんに孫の年齢くらいの女のパンツを覗いてたことを、告げ口されたくないもんじゃねぇのか?」

「さぁ! なんでも聞いてくれ。男と男。なにも遠慮することはないぞ」

 おじいさんはリットの肩を抱いて小屋の中へと入っていた。


 リットが今までのことを簡単に説明をすると。おじいさんは積まれた土嚢に寄りかかって悩ましい唸り声を上げた。

「あまりに突拍子もないことだ。考えが追いつかん」

「別に信じなくてもいい。要は精霊を入れておくために使う土が欲しいって話だからな」

「簡単に言うがな。この街には魔女が多くやってくるが、わしらは魔女ではないんだ。あまりじじいの脳を刺激するもんじゃないぞ」

「精霊のことを考えるのも、パンツを覗くのも同じようなもんだろ。じいさんには過ぎたる刺激だ。そのうちパンツの柄に似てるテーブルクロスを見てもぶっ倒れるぞ」

「あれは下着を見てぶっ倒れたのではない。下着を見るためにぶっ倒れたんだ。この二つの違いは大きいぞ。精霊を土に入れたいのか、土に精霊を入れたいのかくらい違う」

 おじいさんは意味ありげな言い方をすると、ニカッと笑ってみせた。

「同じことだろうよ」

「魔女に言わせれば違うらしい。なんでも順番が大事だそうだ。優先順位の問題だとな。重要なのは精霊なのかそれとも土か」

 おじいさんは二つの土嚢をリットの前に置くと、どっちか選べという風に少しだけ前へ押し出した。

 リットが少し悩んでから、とりあえず左の土嚢の中身を見てみようと手を伸ばすと「わしに言わせれば両方同じことだ」と、おじいさんが笑った。

 リットは笑うことも、ため息をつくこともなく「中身は何なんだよ」と聞いた。

「土に決まっているだろう。まぁ、ただの土とは言わん。魔女には酔狂な者が多くてな。土にこだわりを見せるものがいる。ハーブを混ぜるための器や、ハーブを植える鉢など、特定の土を使った物しか使わない魔女がいる。精霊の力を借りられるのだとかそういう話だ」

「そういうのを探してんだよ。まぁ、おあつらえ向き過ぎるけどな。今の話を聞いて適当に言ってんじゃねぇだろうな……」

 あまりに都合の良い展開に、リットは疑いの視線を向けた。

「そうだとしたら先に金を踏んだ食っている。情報を提供したのにはちゃんとした理由があるんだ」

 老人は土嚢を更に前へと突き出して、リットのつま先へと当てた。

「なんだよ。頼みごとか? この土嚢を届けろって」

「話が早い。まさしくそのとおりだ。届けてくれと言われているんだが、わしらも年なもんでな」

 リットはここまで歩いてきた距離を考えて、たしかに老夫婦が街まで土嚢を届けるには骨が折れるだろうと思った。

「まぁ、それくらいならいいけどよ。もう少し、使えそうな情報はねぇのか?」

「行けば聞きたいことは全部わかるはずだ」おじいさんは壁から古い地図を剥がすと、土嚢の上に広げてから地図の誇りを払った。「ドゥルドゥに流れる川は二つ。それぞれ別の山から流れてきている。一つはダタクスという山。もう一つは『ウトリ』という山。そのウトリ山の中腹に、弟子も付けず魔女が一人住んでおるのだが……どうにも偏屈な性格をしていてな……」

「どっかで聞いたことのあるシチュエーションだな」

「その魔女が手紙ををよこして土が欲しいと言ってきているのだが、わしらでは届けることは出来んのだ」

「そんなの馬車持ちに頼めよ」

「偏屈な魔女だと言っているだろう。馬車が入れないような場所に住んでいるんだ。だから困っておる」

「オレが土嚢を担いで山を登れるように見えるか?」

「見えん。だが、山を登りたくなるようには出来る。そこに住んでいる魔女こそが、土を使う魔女だからな。まぁ、他にも色々と……。風変わりな魔女だから、もちろん無理にとは言わんが。わしなら断らんな」

「まぁ……どうにかはなりそうだな」

 リットは小屋の壁の穴から出入りしている、ちゅーちゅーと鳴くネズミを見ながら言った。






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