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第八話

 サラマンダーとノームの暴走は一時的に止まったものの、干天はまだ続いている状態だ。だが、これ以上範囲が広がることもなく、自分の故郷への影響もひとまず安心だと、グリザベルはほっとしていた。

 後は速やかにゴーレムを作るだけだ。

 サラマンダーとノームの魔力は泡のように膨らんだ状態にあり、その泡はどんどんと膨らんでいっている。上手いこと中の魔力を抜いてやれば泡はしぼむが、このまま時間だけが過ぎると泡は割れ、中の溜まった魔力は一気に周囲に放出されてしまう。

 その時は、精霊召喚の比ではないほどの影響が起きてしまう。干天や豪雨などといった言葉では形容できないほどのものだ。それを災害と呼ぶのか災いと呼ぶのかはわからないが、世界に多大なる影響を及ぼす事態になるはずだ。

 かつてディアドレが引き起こした『闇に呑まれる』という現象のように。

「――さて、我々がすべきことは、まず材料を探すことだ。ノームを入れるにふさわしい器を作るためのな」

 グリザベルの声は大きく響いた。場所は湖のあった草原ではなく、近くの町の安宿の一室だ。

 薄い壁の向こうにはノーラとマーがおり、二人も作戦会議をしているはずなのだが、楽しそうな笑い声ばかりが漏れ聞こえていた。

「わかるか? すべきことはだな!!」

 グリザベルは壁に向かって言った。どうも真面目に話し合っているようには思えず、遠巻きにマーに注意しているのだ。

 息を吸い込み、大きな声を出す準備をしているグリザベルの背中に、リットはボロい枕を投げつけた。

「あのなぁ……気になるなら直接注意しにいけよ。部屋に自分一人でいるみてぇに怒鳴りやがって……」

 グリザベルは吸い込んだ埃に咳き込みながら、「ことは急を要するのだぞ」と涙目でリットを睨んだ。

「なら、まずこっちの話を進めろよ。急を要してるのはオレだ」

 リットが袖をまくって腕に入った紋章を見せると、グリザベルは「そうであったな……」と椅子に腰掛けると、体重を預けるのが不安になる程のきしむ音を上げた。

「そうだもなにも、ゴーレムを作るんだろ」

「まずはゴーレムの説明からだ。ゴーレムというのは、単に土人形だけを指す言葉ではない。我がブラインド村で動かしていた街灯もゴーレムだからな。術者の命令に忠実に動く人造物と言ったところか……。そもそも始まりはだな――」

 ゴーレムというのは、ゴーストの中でもポルターガイストという種族を真似て魔女が編み出した技術だ。魔力というものを、生命のように動かせないかという発想から産まれた。

 つまり、四精霊の依り代にはうってつけの技術なのだ。

「――もちろん。四精霊が協力的というのが第一条件だがな」

「そういや、東の国にも付喪っていう物に力を宿す方法があるって聞いたな」

「どこの大陸でも、似たようなことを考えるも者はおるということだな。ノームの力を発散させるには、やはり一体感が重要になる。それには素材に拘る必要がある。ノームというのは土の精霊だ。そこで、我は土の調査をすべきだと思っている」

「調査っていっても、見当がつかねぇよ。植物を育てる土を探すのとはわけが違ぇんだろ? まさか、歩く度に土を拾って集める気じゃねぇだろうな……」

 リットは途方も無い作業をするのはうんざりだと言った。

「安心せよ。いくつか目星はついておる。ゴーレムの中に入るのは精霊だ。やはり魔力に縁のある土地の土がいい。そう考えると、場所は限られてくる」

「あの湖がある草原もそういう土地なんだろ」

「そうだ。当然あの土地の土も候補に入ってくる。そう多くはない。時間はかからないだろう」

 グリザベルは用意周到だと自慢気な笑みを浮かべたのだが、リットは呆れのため息を一つ挟んでから口を開いた。

「移動距離を考えてから言ってんのか? その土地とやらを記してみろよ」

 リットが地図を広げると、グリザベルは最初に一つ目印の小石を置いてから、肩を落として二つ目を遠く離れた場所へと置いた。

「確かに離れてはおるが……。――そうだ! 我々にはグリフォンがいるではないか!」

「あの言うことを聞かねぇグリフォンか?」

「比較的お主の言うことは聞くだろう。グリフォンに乗れば、それこそあっという間だ」

「グリフォンっていうのはよ。少なからず魔力が関係してる生物だろ? こんな乱れた魔力が渦巻いてる場所へ来るのか?」

 リットが急に振り落とされて姿を見せなくなった理由はそれじゃないのかと指摘すると、グリザベルは増々肩を落とした。

 慣れない弟子との二人旅と、言うことを聞かないグリフォンの世話に追われて心身ともに摩耗していたので、根本的なことに気がついていなかった。まさにリットが言ったとおりだ。

 グリフォンは魔力の流れの変化に気付き、不穏な気配を感じ取った為暴れて逃げたのだ。

 今も好き勝手あちこち飛んでいる理由は、魔力の影響のないところを探しているからだ。

 それを裏付けるように、干天の影響がなくなった地で呼んだ途端にグリフォンは姿を現した。

「まさか……お主に言われて気付くとはな……」

「そんなに負担なら、弟子を取るの止めたらどうだ?」

「負担ではない。ただちょっと気疲れしただけだ。お主も一度弟子を取ってみろ。気を使うことばかりだぞ。怒ることも必要であれば、指摘することも必要。それなのに褒めなければならない。こっちの情緒がどうにかなりそうだ……」

「心配すんな」と声をかけるリットに、グリザベルは不機嫌に唇を突き出した。

「簡単に言うでないわ。それとも、お主がどうにかしてくれるとでもいうのか?」

「オマエの情緒はいつもどうにかなってるって意味だ。取る道は二つのどっちかだな。首に縄をつけて言うことを聞かせるか、首に縄をつけて目の前に餌をぶら下げるかだ」

「それをしてどうなるというのだ……」

「弟子は首の縄の外し方を覚える。師匠は縄がついてると安心してサボれるし、弟子は相手が油断してると思ってサボれる。お互いに利益しかねぇだろ?」

 リットがいいことを言ったろとおどけて肩をすくめると、グリザベルはため息をついてから地図のコマを一つ動かした。

「お主に相談したのが間違いだった……とにかく、我々が目指すべき場所はここだ。我の故郷である水の都『ドゥルドゥ』の街だ。あそこには土を研究している者がいる」

「魔女が使うハーブを育ててるんだったか。適当に土地を回るよりは有意義そうだな」

「そういうことだ」



 リットとグリザベルが話している間。ノーラとマーもただお喋りをしているだけではなかった。

 グリザベルが『さて、我々がすべきことは、まず材料を探すことだ。ノームを入れるにふさわしい器を作るためのな』――と叫んでいた時。その言葉は二人の耳にはっきり聞こえていた。

「ほら、お師匠様はまったく私を信用してない……ケケケ」

「ただの優しさだと思うんスけどね。わはは」

「私達じゃなにも考えつかないと思ってる。……ケケケ」

「でも、なにも考えつかないのも事実ですよ。わはは……。これ本当に意味があるんスかァ?」

 ノーラは作り笑いに飽きたとため息をついた。

「ある。私達が笑っているだけで、お師匠様は余裕があると勘違いするはず」

「勘違いされたとしてもですよ……」

「勘違いすれば、向こうも焦ってなにかを考えるはず。そこに聞き耳を立てて、情報をかっさらう作戦」

 マーは完璧だとノーラにピースサインをしてみせた。

「うーむ……。一言で言えば浅はか……向こうはノームで、こっちはサラマンダーっスよ。情報の流用なんて出来ますかねェ……」

「それも、今お師匠様が説明してる」

 マーは唇に人差し指を当てて、ノーラに静かにするようにジェスチャーした。

 そして「ほうほう」「うむうむ」と聞き耳を立てて頷いていた。

 マーが壁から耳を離したので、「それで、なにかわかりましたか?」とノーラが聞いた。

「どうやら私達はサラマンダーに合った器を作らなければいけないらしい」

「そりゃ驚きっスねェ。でも、良かったスよ。私がゴーレムの中に入るわけじゃなくて」

 ノーラは今更なにを言っているのだと思ったが、あえて直接口に出さなかった。

「ただの土で作ったゴーレムじゃダメってこと。お師さんに好物があるように、四精霊にも合ったものがある」

「私はお肉もお魚も野菜も主食もバランス良くが一番っスねェ。どれも美味しことが条件ですけど」

「さすがお師さん……深い」マーは真面目な顔で頷いた。「魔法というのも四大元素のバランスが大事。つまり欠けたとこを補うのが大事」

「それってサラマンダーのことっスかァ?」

「そう。サラマンダーが中に入るなら、火の元素は限りなくゼロに近くていい。関与する風と土は平等に、反する水の魔力は多く。水が重要ということ」

「それって……グリザベルの故郷についていくことっスよね」

 ノーラは壁を指しながら言った。

 壁の向こうでは、ちょっと前にグリザベルが故郷の名前を得意気に出したところだった。

「……そうともいう」

「まぁ、別行動をするにも、旦那しかお金を持っていませんしねェ」

「そういうこと」

 マーが胸を張って偉ぶると、部屋のドアが開いた。

 荷物をまとめるためにリットが戻ってきたのだった。

 元々この部屋はリットとノーラが借りている部屋であり、話し合う時だけリットとグリザベル。ノーラとマーという具合に分かれていたのだ。

 リットは「聞いてたんだろ」と一言言うと、支度をしろとノーラの鞄を指した。

「旦那ってばァ……。確かに聞いてましたよ。でも、いくら私達でもそんな単純だと思います? ここではライバル関係ってやつなんスよ」

 ノーラの言葉に、マーはうんうんと頷いた。

「私達を舐めないでもらおう。そっちには考えつかない素晴らしい考えがこっちにはある」

 リットはため息もつかず呆れた視線を送ると、自分の鞄をベッドに開いた。

 そして、背中越しに「聞いてなかったのか?」と再び二人に声をかけた。「オレは聞いてたんだろ。って言ったんだ」

 ノーラとマーは顔を見合わせた。リットがなにを言っているのかわからなかったからだ。

「旦那ってば……それ謎々っスかァ?」

「オレ達の会話が壁越しに聞こえたってことは、そっちの声も壁越しに聞こえるってことだ。それでついてくるのか? それとも来ねぇのか?」

 水の魔力が大事というのは聞こえていたので、ノーラとマーがついてくるのはわかっていた。それでも、リットがこういう聞き方をしたのはさっさと準備を始めて欲しいからだった。

「旦那がそんなについてきて欲しいと言うなら……ねぇ?」

 ノーラと顔を見合わせたマーは「仕方ない」と、渋々了解したといった演技で頷いた。

「なら、さっさと用意してこい。グリザベルがグリフォンを呼べそうなところを割り出してるから、そのすきに鞄に無駄な荷物を詰めろよ」

 マーは準備するために慌てて部屋を出ていこうとしたが、出ていく直前で一歩分だけ部屋へと戻った。

「……グリフォンを呼び出す?」

「そうだ。魔力の流れが荒れてないところなら、グリフォンが来るってことがわかったからな。それを踏まえて地図とにらめっこしてる」

「また私がいないところで……」

 マーは自分には重要なところは話さないのに、リットにだけズルいと文句を言いながら部屋を出ていった。

「旦那ってば……わざと不機嫌にさせてるんスか?」

「マーのことか? 勝手に膨れてるんだろ。無表情でなにを考えてるのかわからねぇし、自分の実力以上のことをしたがるし、かといって何かあったときの対処を出来るわけでもねぇ。立派な半人前だな」

 リットが言い終わるのと同時に壁が叩かれた。

 隣の部屋でマーが聞こえてると怒ったのだ。

「こういうのをわざと不機嫌にさせたってんだ」

「本当にもう旦那ってばァ……」

 ノーラは言っても無駄だと肩をすくめると、自分の鞄に食べ物を詰め込み始めた。

「そうだった……オマエにも言いたいことがあったんだ」リットは隣の部屋に聞こえないように少し声を小さくした。「サラマンダーとノームの問題を解決するついでに、師弟の仲を取り持つってのは乱暴じゃねぇか?」

「やっぱり、わかります? 一石を投じた結果。一石二鳥で、両手に美味しいお肉でもと思ったんスけど」

「その鳥は火に油を注いで焼いたのか?」

「いやっすよォ、旦那ってばァ。油を使うならこんがり揚げるのが、正しい調理法ってやつですよ」

「今食ってんのは割だよ。オレはどうも精霊と相性が悪いらしいな……」

 リットは自分の腕を見て言った。痛みもなにもないが、ぼんやりと紋章が浮かび上がっている。こころなしか古いウンディーネの紋章まで出てきているように見えた。

「そもそも旦那と相性の良い種族っているんスかァ? いつも文句ばかりですけど」

「酒。特にウイスキーだな」

「酒族なんていませんよ。今までの物事の三割でも旦那が謙虚なら、ポルっと解決出来たと思うんスけどねェ」

「ポルっと解決なんて、これからも出来ねぇよ……」

 リットは整理を終えた鞄を持つと、一足先に宿の外へと向かった。






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