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第七話

 目を覚ましたグリザベルが一番最初に感じたのは頭痛だ。脱水症状からくるものだった。

 気付いたノーラがすぐにグリザベルへ水を運んだ。

「大丈夫っスかァ? 私もちょっと前まで同じ感じだったんスよ。でも、この水を飲めばこの通りすぐに元気っスよ」

 いつもと変わらない明るいノーラの声は、聞くだけで元気になりそうなほどだった。

 グリザベルはゴクゴクと水飲み、ほっと息をついた。

「なんだこの水は……飲めば飲むほど体が楽になる」

「なんでも特別な水らしいっスよ。ウンディーネがどうのこうのって」

 ノーラの言葉にグリザベルは笑った。バカにした笑いではなく、乾いた体が一気に水に満たされたような気がしたので、あながち嘘ではないような気がしたからだ。

「リットも無事だったか」

 なにが起こったのか聞こうと近づいてくるグリザベルを、リットは座ったまま手で制した。

「こっち来んな。踏んだら割れちまうだろ。……いいからそこから入ってくんな」

 リットが振り向きもせずに言うので、グリザベルはムッとした表情で腕を組んだ。

「我はどうなったかを聞きたいだけだ」

「なら話してやるから聞け」

 リットは立ち上がることなく話し始めた。


 四精霊の領域とは、平らな器に四色のガラス玉が入っているようなものだという。

 ガラス玉が転がらないほど埋まっているわけではなく、数個分欠けている。それを補うように転がり続けているので、綺麗に四つに別れているわけではない。モザイク模様のように、秩序のある入り乱れ方をしているのだ。

 そして、その器の形も他の土地の四精霊の動きに合わせて変わっていく。

 だが、どんなに形を変えても器の面積は変わることがない。

 例えば、ガラス玉が百個入る器ならば、円でも四角でも三角でもいい。面積さえ同じならば、自然化の魔力が乱れることはない。

 そうして秩序が守られるはずなのだが、なぜか急に器の面積が広がってしまった。そのせいで、ここら一帯の魔力の秩序が乱れてしまったのだが、現在は元通りになっている。

 原因は不明。

 サラマンダーとノームはお互いに何かしたのかと疑っているわけではなく、広がった面積分の魔力を補う為に多くの魔力を使ったので、自身が発する魔力の制御が効かなくなってしまったのだ。

 その結果起こったのが『干天』という、魔女の世界では『精霊召喚』と言われている現象だ。

 そして今尚起こり続けている原因は、魔力の暴走の矛先がお互いの怒りへと向いたからだ。

 この土地のサラマンダーとノームは元々仲が悪く、シルフとウンディーネの力が強かった。

 サラマンダーはシルフ寄りに、ノームはウンディーネ寄りに魔力を合わせることでバランスを取っていた。なので、『乾』という性質が少なく、川が多く緑豊かな土地が多いのだ。


「なるほど……」グリザベルは合点がいったと頷いた。「元々ウンディーネとシルフの魔力が多い土地だった為。広がった面積分を補うのはサラマンダーとノームだったわけか。そして、慣れぬ力を合わせたせいで干天を引き起こしたと……。つまり、二人の仲を取り持てば問題は解決ということだな。それにしても……驚いた……。お主はよく一人でその答えにたどり着いたな」

「聞いたんだよ」

 グリザベルが「誰に?」と聞く前に、マーが泥の入った器を抱えて、小走りに戻ってきた。

「なるほど……マーの入れ知恵か。にしてもだ……答えが正確過ぎる気がするぞ。突っ込みどころがない。魔女の我が説き伏せられてしまった。――って! ちょっと待てい! マーはこの線より先に入っているではないか!!」

 グリザベルはつま先で線を引いて、リットが入ってくるなと言った領域を指した。

「コイツはいいんだよ。オレが頼み事をしたんだから」

 リットが言うと、マーは鼻を穴をふくらませて自慢気にグリザベルの顔を見た。

「見たか!? ノーラ! あのマーの顔を!!」

 グリザベルは納得がいかないと声を張り上げた。

「見ましたよ。アレはグリザベルに挑む顔ですねェ」

「師匠にあんな顔をするとは……。マーが出来ることは、我にも出来るに決まっている!」

 グリザベルは勇み足でリットの元へ近づくと、手元を覗いた。

 リットが座って真剣にやっていたのは、人形の修理だった。パズルのように、砕けた破片を泥を使ってつなぎ合わせていた。

「本当にやれるならやれ……こっちはイライラで頭が破裂しそうなんだよ……」

 リットがキツイ口調で言うと、グリザベルの耳元で「早く破裂させたい!」と声がした。

 グリザベルは振り返り「ノーラか?」と聞くが、ノーラは首を横に振って否定した。

 今度は逆の耳から「待ちきれない!!」と声がしたのでマーを見たのだが、マーもノーラと同じように首を振って自分の声ではないと否定した。

「なんなのだ! さっきから!!」

「サラマンダーとノームだよ……」

「なに!? どこにいる?」

 ウンディーネの時は姿を見られなかったので、今度こそは見てやろうと、グリザベルは犬のようにせわしなく周囲を見回した。

 しかし、声はすれども姿は見えない。

「……人形の欠片を踏みつけやがったら、あの湖に沈めるぞ」

 リットの淡々とした声は本気だった。

「なにをそんなに怒っておるのだ……。――なんだ!?」

 わけがわからないと首を傾げるグリザベルの体を足元の泥が襲った。

 蛇のように体に巻き付いて動きを止めると、あっという間に乾いて固まってしまった。

「壊すのはこっちがすることだ。おとなしくしてくれ」

「まさか!? 今のは精霊か? 精霊が我に語りかけてきたのか?」グリザベルは上ずった声で喜んだ。「どっちだ? サラマンダーか? ノームか? 我は聞きたいことが山ほどあるのだ。例えば――」

「ノーム……口を押さえろ」

 サラマンダーが言うと、グリザベルの口は泥で塞がれた。そして、すぐに乾いて剥がれなくなってしまった。

「さぁ、黙らせたぞ。早く人形を完成させてくれ。こっちはあの音が聞きたくてウズウズしているんだ」

 ノームはリットを急かせた。

 口をふさがれても涙目で騒ぐグリザベルに向かって、リットは片腕を上げた。

 そこには、ウンディーネにつけられたような紋章が新たに二つ浮かび上がっていた。

 これは、ノーラとグリザベルとマーの三人が気絶している時に、サラマンダーとノームに刻まれたものだ。

 簡単に言えば脅しの契約だ。陶磁器の人形を直さなければ、『干天』の現象がリットの身にも起こるという。つまりミイラ化して土に還ってしまうということだ。

 当然リットが望んだわけではない。無理やり刻まれてしまったのだ。

 精霊の紋章とは契約の印だ。それも一時期的なもので、ウンディーネのお茶会に誘われた時のように約束事があると刻まれる。

 だが、それは精霊と関わり合いが深い種族に限った話だ。

 人間というのは魔力の器が小さく、本来四精霊の影響は少ない。なので直接的な関わり合いを持つことは稀なのだ。

 人間のリットがサラマンダーとノームに紋章を刻まれた理由は二つ。過去にウンディーネに紋章を刻まれたことがあったからというのと、魔力の放出過多により二人がハイになっているからだ。

 つまり酔ったような状態になっている。そして、魔力を安定させるには、人間で言うストレス発散をさせなければならない。

「――と、いうことらしいですよ」

 黙々と作業を続けるリットの代わりに説明したのはノーラだった。

 ノーラの説明を聞いている間は静かだったせいか、グリザベルの土の拘束はいつの間にか解かれていた。

「ならば、あの人形を修理すれば、今回の事件は解決ということか?」

 グリザベルは拍子抜けだと肩をすくめたが、ノーラは答える代わりに黙って指を差した。

 指し示した方角では、リットが人形の修理を終えてその場から離れているところだった。

 サラマンダーはクマの人形に乗り移ると、火の魔法で素早く接着剤の泥を乾かした。

 ノームも素早くカエルの人形に乗り移ると、泥と陶磁器をつなぎ合わせて全く繋ぎ目のない人形に変化させた。

 そして「ひゃっはー!!」という頓狂な声を上げて、殴り合いを始めた。

 乾燥させたり、土を固めたりと各々調整した体は、修理を重ねる度に頑丈になっていっている。

 まるで金属で鍔迫り合いをしているような音が鳴る。

 しかし、長い時間は持たない。二人が渾身の力でぶつかりあうと、陶磁器の人形は同時に音を立てて砕けだ。

 それ見て、リットはうんざりと天を仰いだ。

 もう三回目だからだ。壊されては直し、壊されては直し。もし、四精霊を消す方法が存在していたら、リットは迷わず実行するくらいに苛立っていた。

「これじゃあダメだ!」サラマンダーは嘆いた。「もっと腕力で破壊するような力が欲しい!!」

「とても四精霊の言葉とは思えんな……」

 グリザベルに四精霊を思う最初の尊い思いはなくなっていた。偉大なる魔法という力があるというのに、物理攻撃に頼ろうとしているからだ。

「魔法で解決しなければ殴り合う。それしか道はない」

「だが、サラマンダーよ。自然界まで殴る必要はないはずだ」

 グリザベルは怒りを鎮めて、干天の現象の原因の魔力の暴走を止めてほしいと言いたかったのだが、サラマンダーには上手く伝わらなかった。

「魔女よ、道理だ。――物理で殴るのはノームのみ!」

「魔女。言いたいことはわかる」ノームは幾分落ち着いた声で言った。「だが、物理で解決するしかないのだ。魔法で解決すれば、なにが起こるかわからない。大昔の魔女が起こした厄災のようにな」

「もう止まれない。物理か魔法か。力の発散は二つに一つだ。選べ」

 サラマンダーの問いに、グリザベルは魔法と答えることは出来なかった。四精霊の魔力の暴走など、どういきがっても自分には止めらないことがわかっているからだ。

「だが、ここで延々と土人形の修理を続けたとて……結果はわかりきっている」

 サラマンダーとノームは小さな人形で戦うのには慣れてしまい。新鮮味がなくなっているのは、先程の言葉からもわかっていた。

「そこで私に良い考えがあるんスよ」

 ノーラはマーと肩を組み合って胸を張ると、張りすぎて背中から転んでしまった。

「……不安になる」

 ノーラは「なんのなんの」と立ち上がると、マーと力強い握手をした。「タッグチームを組むんスよ。どっちが強い人形を作れるか」

「ここは粘土がよく採れる土地。そして、土の人形といえば、魔女にはゴーレムという分野がある」

 マーがエヘンと大きな胸を張って揺らした。

 グリザベルは「ほう……」と感心した。

「強い人形を作って、サラマンダーとノームに戦ってもらうわけっス。私達は打倒師匠に燃えているんで、サラマンダーに力を貸すと」

 ノーラとマーが再び肩を組むと、サラマンダーが後ろで大きな火柱を上げて盛り上げた。

「つまり我はリットと組みノームに力を貸せば良いわけだな。問題ない。師匠とは地盤を固めるものだ」

 グリザベルが不敵に笑うと足元の土が盛り上がり、ノーラとマーを見下ろすのに丁度いい高さになった。

「それは面白そうだ。人間と協力して腕力でノームをねじ伏せるなら遺恨は残らない」

 サラマンダーの言葉にノームも賛同した。

「魔力を人形を動かす力に使えば、自然界に影響を与えることはないからな」

「だが、問題もある。干天が起こらないように、力を留めておくのも限界がある。パンパンに張った水袋のような状態だ。あまり遅くなればどうなるか、我々にもわからない」

「そうなる前に、他の精霊の土地を守るためにも魔力の開放を選ばさせてもらう」

 サラマンダーとノームの言葉は実に重いものだったが、グリザベルは「フハハハ!」といういつもの高笑いで応戦した。

「我の産まれた土地だ。それに、ゴーレムというのは我の得意分野の一つだ。きっとノームも気に召すだろう。尤も――我に挑戦する弟子の実力が気になるところだがな」

「こっちにはお師さんがいる。ヒノカミゴとサラマンダー。火の力はお手の物。完璧のゴーレムが作れる」

「ならば一時、師匠と弟子の関係を解こう。我とマーはライバルという奴だ」

「望むところ。そうと決まればさっそく作戦会議」

 マーはノーラを引き連れて、グリザベルから離れたところに腰を下ろした。

「そういうことだ。よいな? リット」

「ブサイクなクマとカエルの人形を修理しなくてもいいなら、もうなんでもいい……」

 リットは疲れたと倒れて空を見上げた。

「まったく……頼りにならん奴だ。少しはノーラのやる気を見習わんか」

「オマエが脱水症状でぶっ倒れてる間。誰がバカ二人の相手をしてたと思ってんだよ」

「お主はずっと人形を直していたではないか」

「もう一組のバカの話だ」

「ノームよ……申し訳ない。この愚鈍な男の代わりに我が謝る」

 グリザベルは四精霊に失礼言葉を浴びせたと謝罪したのだが、ノームからの返事はなかった。

「もうここにいねぇぞ」

「なぜお主にわかる」

「紋章を入れられたからだよ」

「前から言おうと思っていたのだが……お主はズルくないか? ウンディーネとお茶会をし、今度はサラマンダーとノームに紋章を入れられただと。お主が魔女だったら、間違いなく歴史を変えていたぞ」

「オレが魔女だったら、四精霊を消す方法を探してる……。少なくとも四精霊をこの拳で殴る方法は今すぐにでも探し出してぇ……」

 リットは拳を強く握ろうとしたのだが、その気力もなくなっていた。力が入らずに、半分程度曲がっただけの拳が胸元に落ちた。

 その姿を見て、グリザベルはため息をついた。

「お主が魔女だったら、ディアドレと同じような問題を起こしていたのだろうな……」






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