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第六話

なだらかな草原。濃淡の緑の絨毯には色彩豊かな花々が模様をつける。大きな木も少なく、急な丘もない。視線を遮るものはなく、遠くの山をかすませる。想像に容易い草原が広がっている。

 そこに大きくも小さくもない湖があり、水面に雲を浮かばせていた。

 そんな変哲もない風景を眺めて、グリザベルは風に髪をなびかせて「良きところではないか」と言った。

「……馬車で来りゃな。荷物の一つも持ってねぇからそんなことが言えんだ」

 リットの恨み節に、ノーラとマーも静かに頷いた。

 これからどうなるかわからないところへ、馬車や御者を連れて行くことは出来ないと、四人は徒歩でここまで来ていた。

 始めは四人がそれぞれ荷物を持っていたのだが、グリザベルがすぐにへばるので三人で分けて持つことになってしまった。

 過酷な地へ向かうわけではなく、それほど大荷物というわけではないのだが、手ぶらのグリザベルに比べると疲れるのは当たり前だった。

「そう文句ばかり言うな。我が元気だということは、それだけ集中力もあるということだ」

 グリザベルはマーに持たせていた荷物の中から、古い麻紐に括り付けられている、牛の角の中をくり抜いて作られた入れ物を取り出した。

 中には、特別に調合された乾燥ハーブの粉が入っており、グリザベルはそれに火を付けると風に流した。

 それを何度も繰り返して湖の近辺をウロウロしている。

「なにやってんだか……」

 リットは小腹を満たすために小袋からナッツを手のひらに出すと、小鳥がついばむようにノーラとマーが素早くつまんで取って食べた。

「あれは魔力の流れを見る方法の一つ。あれはかなり古い方法」

 マーが言うには、粉の燃え方や、煙の動き。それに香りの立ち方によって判断するという。魔女によって確かめ方は様々であり、亀の甲羅に土と水を入れ煮詰めて、その泥が乾いたときに出来る模様で確かめる方法や、その場で魔法陣を何度も描いては発動させて確かめる方法など、自分にあったやり方がある。

 グリザベルの方法は祖母から受け継いだものであり、マーにも受け継がせる予定のものだ。

 だが、まだ教える段階ではないと自分一人でやっている。マーはそれが面白くなかった。

 無表情ながらも、明らかに不機嫌だというのは雰囲気でわかった。

 ノーラはリットの手のひらからナッツを全て取ると、気を使うようにマーと半分に分けた。

「まぁまぁ、いきなりあれもこれも出来ないってなもんですよ。私だって一人前に卵が焼けるまでどのくらいかかったことやら……」

「あのなぁ……一人前を名乗りたかったら、目玉焼き以外の料理も覚えたらどうだ?」

「旦那ァ、私にシェフになれっていうんスかァ? 人が作ったものを食べるからこそ、料理は美味しんスよ。自分で作って自分で食べたら、それはもうただの食事ってものです。『美味しい食事』こそ人生ってなもんですよ」

「ただの食事って言うけどな。食事代はオレが出してんだよ」

「嫌っすよォ……旦那ァ。ただっていうのはそういう意味じゃないですって。だから、これからも食事代は旦那持ちっスよ」

 言いながらノーラはリットの鞄を開けた。中途半端に胃にものを入れたせいで、本格的にお腹が空いてきたのだ。

 その間に、マーがグリザベルに手伝いをしろと呼ばれて行ってしまった。

 鞄に頭を突っ込むようにしていたノーラは、お目当ての干し肉を取り出すと、地面に座り込んで「いやー、平和っすねェ」とほのぼのつぶやいた。

「どこがだよ。あちこちで干天が起きてるってのに」

「そうなんですけど……この風景を見てたらのどかなもんスよォ。シルフとウンディーネってのは何してるんスかねェ。サラマンダーとノームを止めたりしないんスかね」

「関わりたくねぇんだろ。今のオレらと一緒だ」

 リットは不満顔で手伝うマーと、それに気付かないふりで作業を進めているグリザベルを顎で指した。

 マーが頼まれた手伝いは雑務で、グリザベルは重要な作業を手伝わせなかった。

「やっぱり旦那もなにか言われました?」

「材料を買いに行っている間ずっとな。下っ端らしいチンケな愚痴だったけどな」

「こっちもすよォ。ちょっと譲歩すればいいと思うんスけどねェ。グリザベルも頑固っスから」

「いっそ湖に突き落として頭で冷やさせるか」

 リットが水筒を持って立ち上がると、ノーラは慌てて止めた。

「旦那ァ!」

「心配すんな。水を汲みに行くだけだ」

 リットが水筒を掲げて見せると、ノーラも同じように水筒を掲げた。

「私の分も頼むだけっスよ。これはチャンスと思って呼び止めたんです。この干し肉が塩辛くって……もう」

 ノーラは水筒を投げ渡すと、確かパンも残っていたはずだと思い出し、再びリットの鞄の中に頭を突っ込んで探し始めた。

 気楽なものだと思いながらリットは二人分の水筒を持って湖に向かった。

 湖に到着して水を汲むと、飛んでくる灰をリットは手で払い除けた。

「こら、邪魔をするなと言っておいただろう。お主に出来ることはないおとなしく待っておれ」

「水を汲みに来ただけだ。ノーラにも火は使わせてねぇよ」

「くれぐれも頼むぞ。ノーラの力は強大過ぎるんだ。使われては、この場の魔力が荒れてしまう。静穏してなければならないのだ」

 グリザベルはここだと決めると、マーに陶磁器の人形を二つ持ってくるように言いつけた。

「うーい……」

 マーが気のない返事をしながら、鞄の場所までとたとた歩いていくのを見て、グリザベルはため息をついた。

「まったく……。それで、今から我がなにをするのかわかるか?」

「罠を仕掛けるだろ?」

「……漁師が獲物を捕るように言うでない。本当にわからんのか?」

 グリザベルは話したそうにうずうずとしていた。何度もリットの顔をチラチラ見て、そわそわと指同士を突き合わせている。

「一時的に魔力を放出させて、それでウィッチーズ・カーズを起こすんだろ。魔力の吸収を利用して、四精霊を依り代に移す」

「なぜ知っておるんだ!!」

「マーから聞いたんだよ。オマエがマーを連れてけって言ったんじゃねぇか」

「そうだったな……」グリザベルは取り乱したことを誤魔化すように、さほど乱れていない髪を手で整えた。「だが、方法までは知らんだろう」

「もしかして、反抗魔法陣ってやつか?」

 リットがマーから聞いた言葉を当てずっぽうで言ってみると、グリザベルはやる気が無くなったと肩を落とした。

「まったくなんでもかんでも喋りおって……我の出番がないではないか……。そもそも、本来魔女の技術というのは門外不出なのだぞ。魔女同士でしか話してならないのだ。だからこそ、ウィッチーズマーケットというものがあってだな……」

「普段ちゃんと会話してねぇからだろ」

「お主になにがわかるというんだ」

「グリザベルだってオレにあれこれ話すじゃねぇか。普段喋る相手がいねぇからか、聞いてねぇことまでペラペラと。おかげで無駄に魔女に詳しくなった」

 リットはそのせいで、一度グリザベルの弟子になる羽目になったのだと睨みつけたのだが、グリザベルは聞かないふりで話題を変えた。

「とにかくだ。使うのは反抗魔法陣。それも複数の魔法陣を使うことで自動で描き換わるものだ。そうすることにより、魔力の穴が空く。空いた穴はかけた部分を補おうとする。つまり火と土の元素の穴をあける、四精霊に埋めてもらうということだ」

「魔力の均衡を見出してる本人らが、欠けた部分を補うってのか?」

 リットはそんな奴らならそもそも暴走してないだろうと言うと、グリザベルは浅い考えだと言うように鼻で笑った。

「よいか? 自分達の力とは関係ないものが暴れていたら、異変だと気付くはずだ。あまりにバランスが崩壊してしまうと、四精霊も存在することは出来ぬからな」

「なるほど」とリットは意味ありげに頷いた。

「わかったか?」

「わかったぞ。そういう技術を作るから、闇に呑まれるみてぇな現象が起きんだよ」

「我が作ったわけではないわ。今回の魔法陣だって一瞬だけだ。強い力もない。我に限らず、現代の魔女に動かせる魔力は限られているからな。過ぎたる力は身を滅ぼす」

「よーく知ってる。ノーラが目玉焼きを焦がしてたのと一緒だ。使いこなせなけりゃ意味がねぇ。あれを食ったら胸焼けがする」

「自分で言うのもなんでスけど……よく旦那はあんな焦げの塊を食べましたねぇ……」

 ノーラは関心と呆れが混じったため息をついた。

「食わせたんだろ……つーかなにしに来たんだよ」

「なにって、旦那が立ち話して遅いから、自分から水を取りに来たんスよ」

 ノーラはリットの手から水筒を取ると一気に飲み干した。

「まぁ、とにかく。もう少しで準備は完了する。待っておれ」

 グリザベルは手招いてマーを呼ぶと、一から説明を始めた。

「お師匠様……昨日の夜も説明された。一人でも大丈夫」

「万が一ということがある。よいか? 火の魔力を欠けさせるには、買いに行かせた材料の内の――」

 グリザベルは自分で一つ。ノームの分の依り代と魔法陣をセッティングしてみせると、サラマンダーの分を作ってみろとマーに命じた。

 何度もしつこく教わった上に、今目の前で見本を見せられているので間違うはずもなく、マーは完璧にセッティングをした。

 だが、それが自分の力で作ったのかと言われると首を傾げてしまう。これが成功しても、マーの中に達成感を味わうことはないだろう。

 そんなマーの心中とは反対に、グリザベルの心は満足感に満たされていた。

「さぁ、これで後は四精霊程の魔力を持ったものが現れれば自動で発動するはずだ」

 グリザベルが腰に手を当てて言った瞬間。急に周囲の雰囲気が変わった。

 青かった空は紫がかり、枯れた葉が風に舞って吹かれてきたのだ。肌はツッパるような不快感に襲われた。

「そんな……早すぎる!」

 そう発したグリザベルの唇は切れて血が滲んだ。

 乾いた風を全身に感じ、サラマンダーとノームが現れたのだと全員が察したのだが姿は見えない。

 枯れ葉と砂が舞い、時折礫のように小石が飛んでくるので、まともに前を見ることも出来ないが、まだ足元の草花は色を失っていなかった。

 口の中がぱさついてきたと感じるのとほぼ同時にめまいが起こり、リットは倒れ込んでしまった。

 その場にいる全員が脱水症状で気絶してしまったのだ。



 再び目を開けたリットの目に入ったのはしなびた雑草だ。

 青々としてはいないが、枯れてもいない。

 まだ焦点が定まらないので答えを出すことは出来ないが、リットは失敗したのではないかと思っていた。成功したのならば、草花は枯れてしまっていると思っていたからだ。

 だが、このしなびた雑草こそ成功の証だった。

 サラマンダーとノームが干天を引き起こす前に、依り代へと入ったのだ。

 それが証拠に、焦点が合ってきたリットの目には、ブサイクな陶磁器の人形二つが罵り合う姿が映った。

「お似合いだ」と大きなお腹を抱えて、クマの人形が笑っている。

「そっちこそお似合いだ」と、カエルの人形が大きな手で相手のお腹を指した。

 リットはフラフラの頭で、依り代へと入った四精霊だと理解したのだが、起き上がる気にはならなかった。まだ、脱水症状が続いているので力が出ないのだ。

 どちらがどっちの人形に入ったのかはわからないが、サラマンダーとノームはずっと罵り合いを続けている。

 だが、終わらない舌戦に業を煮やしたのか、どちらからともなく掴みかかった。そして、次の瞬間大きな音が鳴ったのだ。

 それは陶磁器が割れる音。依り代に入った四精霊はお互いをぶつけ合い。依り代の人形を壊してしまったのだ。

 そして、次の瞬間。二人同時に「最高!!」と雄たけびのように声を上げた。

「サラマンダーの頭をいつかこうやって粉々にしてみたかったんだ!」

「ノームを押しつぶせる日が来るだなんて!!」

 依り代から出たせいでサラマンダーとノームの姿は見えないが、その声はしっかりリットの耳に聞こえていた。

「もうひと勝負だ! もっと粉々にしてやる」

「望むところ! おい……でも、どうやって……」

 サラマンダーとノームは既に粉々になった陶磁器のかけらを見た。

 こんなかけらでやりあっても仕方がない。作られた形あるものを壊すから、爽快感が得られたのだ。

 かけらに入ってやってみたのだが、二人共気に入らなかった。あの砕ける音がなければ始まらないと。

 なぜこれがここに存在していたのかを考えた時。ようやく周囲を見渡して、倒れている人物がいることを確認した。

 その中でも彼らはリットを選んだ。単純に目が合ったからだ。

 リットからは見えないのでわからないが、精霊はリットと視線が合ったと認識していた。

「おい、これを直すんだ」

 リットは背中を温かいもので撫でられたように感じていた。

「出来るか……誰のせいでこうなったと思ってんだ……」

 先程までの二人の口喧嘩を聞いていたせいか、意識が朦朧としているせいか、リットの言い方は好戦的なものになっていた。

「仕方ない……ノーム、土で器を作れ。こっちで焼き上げる。それでそこの湖の水をすくって飲ませるんだ」

「そんなんで治るのか?」

「理由は知らないが、ウンディーネの魔力が流れてるから水を飲ませれば一発だ」

 その声が途切れるのと同時に、リットの鼻には泥の臭いと、釜の前にいるような熱さを感じた。

 それから、無理やり水を口に流し込まれたのだった。






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