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第四話

 荒野に変わった大地と、干上がった川を渡ること十数日。一同は疲れに疲れ切っていた。

 グリザベルはポテリの街までの最短距離のルートを出し、それは間違いはなかったのだが、馬車を借りることも出来なければ、御者を雇うことも出来なかったからだ。

 ベリアの街があんな有様になってしまったので、万が一のためにも馬車は手元に置いておきたいのだ。いざとなれば街を離れるために使うし、再び芽が出れば流通のために使うことになる。

 いくら呼んでもグリフォンが来ることもなく、歩くしかなかった。

 切って張り合わせたような緑と大地の境目に到着する頃には、既に水がなくなって一日経った頃だった。

 この境目を見れば誰もが驚くことだろう。ガラスをはめたかのように、川の水がせき止められているからだ。だが、リットとノーラとグリザベルには見たことのある光景だった。

「うむ……やはり精霊が暴走したことにより、魔力関係が崩れているようだ……。全てが消えていた闇に呑まれた世界は、四精霊すらもいない世界と考えることが出来る……」

 重々しく語り始めるグリザベルの話は誰も聞いていなかった。

 グリザベルの長話よりも、喉を潤すことが先決だからだ。弟子のマーでさえ、飛び込む勢いで川へと向かっていた。

「さっさと水を飲まねぇと、減らず口も叩けなくなるぞ」

 先に水を飲んで一息ついていたリットは、茶色と緑の境界線を跨いで見下ろしているグリザベルに声をかけた。

「減らず口というのは、お主の吐くような言葉のことを言うのだ」

「だから喉を潤して、減らず口を叩いてんだ。ぶっ倒れても運ばねぇぞ」

 倒れては元も子もないと、グリザベルはふらつく足取りで川べりにしゃがみこんで水を飲み始めた。

「それにしても、不思議な感じっスねェ。荒野とか砂漠とかって呼び方が近いところを歩いてきたのに、そんなに暑くなかったんスもん。これで暑かったら、きっと私達は干からびてましたねェ」

 たらふく水を飲んだノーラは、チャプチャプとお腹で水音を鳴らしながら立ち上がった。

「それは、暴れてるのがサラマンダーとノームだから。これがサラマンダーとシルフのバランスが崩れたとなると、熱の性質が精霊召喚を起こして『極暑』に変わるのだ」

 マーは腰に手を当てて偉そうに語った。それをノーラが拍手付きでやんややんやと盛り上げるものだから、マーはさらに調子に乗って語りだした。

「ウンディーネとノームだったら『極寒』。シルフとウンディーネだったら『豪雨』という精霊召喚が起こるの。これは精霊が協力をして起こすこともある。ウンディーネが泣き虫ジョンの滝を作るのに大雨を降らせるように。そうして自然の均衡を保つのが四精霊の存在なのだ。えへん」

「故に、我々魔女も自然の均衡を乱すようなことは避けなければならぬ。四精霊が役割を放棄した世界が、闇に呑まれた世界だと我は思っている」

 最後にグリザベルが、弟子の言葉に付け足して威厳たっぷりにかっこよく閉めようとしたのだが、突然グリザベルを大きな影が襲った。雨雲でも出てきたのかと見上げれば、グリフォンの体がまっすぐ落ちてきたのだった。

グリフォンはグリザベルを押しつぶすと「ちゅー」とネズミの声で鳴いた。

「遅えよ」というリットの言葉に、グリフォンの首を傾げて「ちゅーちゅー」と鳴いた。

「でも、ポテリ街まではまだまだかかる。グリフォンがいればあっという間」

 マーがグリフォンの首元を撫でてやった。

 その仕草からマーには懐いているものだと思っていだが、グリフォンは気に入らないとクチバシでその手を咥え込んだ。

「揃いも揃って……なんかしたのか? そいつによ」

 リットが軽く叩いてグリフォンの胸を押してやると、グリフォンはグリザベルからどけて、マーの手をクチバシから離した。

「……臭い」と、マーはすぐさま川で手を洗った。

「我ら二人が嫌われているわけではない。むしろ懐いているほうだ……」

 グリザベルは何事もなかったかのように立ち上がると、服についた汚れを手で払った。

 グリフォンは勢い任せに押しつぶしたわけではなく、ふわりと乗っかっていたようだ。

「懐いてるようには思えねぇけどな」

 リットが差した指の先では、グリフォンはもうグリザベルを無視して、ネコのように地面に体をこすりつけていた。

「奴は魔女嫌いだ。あの体を見ればわかるだろう? 魔女の世界も、他の世界と同じだ。いつの時代にも倫理を踏み外した者はおる。使い魔を従えるのではなく、造ることにした愚かな魔女がおったということだ」

「それがあれか? スズメの顔と翼に猫の体か……おまけに鳴き声はネズミときたもんだ。そこらにいるようなもので造られるとはな」

「実験だからな。金をかける意味もない。だが、悪い魔女もいれば良い魔女もいる。我の知り合いに、虐げられた使い魔を保護している魔女がおるのだ。その魔女の元で知り合ったのが、あのグリフォンだ。他の者は寄せ付けぬが、我にだけ近づくことを許した。魔女に慣らすためにも、我が預かっておるのだ」

「それってよ。懐いてるんじゃなくて、ナメられてるだけなんじゃねぇのか? まったく言うことを聞いてねぇじゃねぇか」

 グリフォンは後ろ脚で砂をかいて、執拗にグリザベルに飛ばしていた。

 グリザベルはやめろと手をかざすが、全く効果はない。

 グリザルを砂まみれにすると、満足したのかグリフォンはようやくおとなしくなった。

「まったく……ひどい目にあった」

 グリザベルが服の砂を払い落としている間に、リットはグリフォンの背中に座っていた。

「そんなことより、さっさと行くぞ。この様子だと、ポテリには酒も食い物ありそうだからな」

 リットは緑が広がる光景を見て、街につけばようやくゆっくり休めると思っていた。

「お主の使い魔じゃないというのに……」



 リットが乗っているからなのかどうかはわからないが、グリフォンはグリザベルとマーを振り落とすことなくポテリの村まで飛んだ。

 そして、リット達を下ろすと、また自由気ままに空を飛んでいった。

 ポテリというのは、陶磁器で有名な街だ。なぜなら土地柄粘土がよく採れるからだ。

 川に運搬される粘土は、下流で川の流れが緩やかになることで堆積される。その土や粘土は窯を作るのにも申し分なく、城や貴族達がこぞって買いに来るほどだ。

「いやーたまらないっスねェ。外はバシバシで、中はモウモウ。他とは一味違うってなもんスよ」

 ノーラは特性の窯で焼いたパンの美味しさに舌鼓を打った。

「久々に肉以外のものを食ったな」

 リットは焦げ目のついた太いアスパラを一気に咀嚼すると、酒で流し込んだ。

 途中で木の実を採ることも出来ず、ずっと干し肉を食べての移動だったせいか、どんな野菜でも美味しく感じられた。

「まったく……お主らは……わかっておるのか? ここへは食事ではなく、依り代になる焼き物を探しにきたのだぞ……」

「わかってる。でも、飯も食わずに探せとは聞いてねぇよ。それにな、ここの支払いはオレだぞ。食っておいて文句を言うんじゃねぇよ」

 リットはフォークの先を川魚のグリルがのった皿に向けた。

 これはグリザベルが頼んだもので、グリフォンに振り落とされた時にお金はどこかにいってしまったので、支払いはすべてリットになっていた。

「我が言っているのは、酒に飲まれるなということだ」

 リットが無言で傍らにあるワイングラスを指すと、グリザベルはそれを一気に飲み干した。

「旅の疲れを癒やすための一杯がダメなのか? だいたい……我の旅は悲惨だったのだぞ、グリフォンに振り落とされる前から散々だ……。魔女交流と言えば聞こえはいいが、上辺だけの会話に自慢話ばかりだ。聞いてやっても、泊まる場所は納屋じゃ割に合わぬ……」

「今まで婆さんばっかりのところで、甘やかされてきたからだろ。全員から孫扱いで、さぞ気持ちよかっただろうよ」

「ええい! うるさいわ! 我は愚痴っているのだぞ! 愚痴っていれば、慰めるのが友の役目ではないのか!」

「愚痴ってのは冷やかすもんだ。慰めたところで、口から出るのは「――でも」だの「――けど」だの。いちいち真面目に聞いてられるかよ」

「我はでもも、けども言ってないもん……。リットのアホめ。愚痴の一つくらい黙って聞いたらどうだ」

 グリザベルは文句を言うが、リットは何の反応もしなかった。

「――こら! なんとか言ったらどうなんだ!!」

「黙って聞けって言ったのはそっちだろ」

「黙れと言っただけだ。無視しろとは言っておらぬ。相槌くらいできるだろう! まぁた我をからかいおって……嫌なのだぁ! アホめ……冷やかすではないわ! リットの……ばーか。あほー……まぬけェ……」

 リットとグリザベルは酒が入ったことにより、すっかり席から動く気はなくなってしまっていた。

 そこで先に動いたのはマーだった。

「さて、行こう」とノーラを誘うと、椅子から飛ぶようにして降りた。

 ノーラもそれに続いた。二人共背の高さは同じくらいなので、まったく同じ動作だった。違いは胸が揺れるか揺れないかくらいのものだ。

「どこ行くんスか?」

「依り代を探しに行く。私が出来る弟子ってところをアピール」

「貪欲っスねェ」

 ノーラは他人事だと、興味はなくパンの残りを食べ始めた。

「待遇の改善には実績。つまり、依り代を見付けることで、私の評価は背よりも高くなる。つまり、ベッドのふかふか度合いもアップするってわけ」

「……それってご飯にも応用がききますかねェ」

「もち」

 マーが自信満々に胸を張って言うので、ノーラは慌ててパンを口に押し込んだ。

 そして、パンが詰め込まれた口の隙間から「さぁ、行きましょう」と言うと、マーに続いて歩き出した。



 グリフォンに乗せてもらったことにより、まだ昼と言ってもいい時間だった。

 街は賑わっており、あちらこちらで馬車の車輪が回る音と、牛や馬の蹄の音が響き渡っていた。

 この街に来る旅人の八割は商人といっていい。そして、その殆どが城や貴族お抱えの商人だ。なので、人気のある職人の工房には、昨日今日街に来たような冒険者は入ることさえ出来ない。たとえ異変が迫っているから優先させて欲しいと伝えても、実際に自分の目で見ないと信じないのが人の心だ。

 だが、能天気なノーラとマーがそんなことを考えるはずもなく、商人の間を割り込んで入っていき直接職人と交渉していた。

 商人達も近所の子供がうろうろしているくらいにしか思っていないので、止めることはしなかった。

 だが、直接職人と話せたとしても、結果が良いものとは限らない。有名な工房の殆どが、数年先まで予約先だということだった。

 それでも、情報だけは教えてくれた。陶磁器の食器や花器は人気だが、置物というのはこの街では評価が低いらしく手に入りやすいと。

 そして、職人やその弟子達が暇つぶしに作っているので、運が良ければ掘り出し物が見つかるかもしれないということだった。

 その情報を教えてもらうのと同時に、ノーラとマーは工房の裏へと通してもらった。

 この街の工房は全てギルドに入っているので連携している。工房は繋がるように円形に建てられており、中心は小さな広場のようになっていて、職人達の休憩に使われていた。

 ここに入れるのは街の者だけだ。一度工房を通らないといけないので、本来よそ者は入れない。食器や花器を目当ての客は珍しいので、特別に通してくれたのだ。

 広場は数人が煙をふかしているだけで静かだった。

 しかし、地面のいたる所に敷物が敷かれ、そのうえに陶磁器の人形と、値段が掘られた石が置かれていた。

 値段はどれも均一で、子供のお小遣いでも変えるような安いものだった。

 実際にお客の殆どが子供で、今もお金を握りしめた子供が駆け足で広場に入ってきたところだった。

 子供は吟味して人形を選ぶと、お金を置いて、代わりに人形を持って立ち去っていた。

 買い方がわかったところで、ノーラとマーも精霊の依り代となる人形の吟味を始めた。

「依り代ってなにがいいんスかねェ……」

「精霊が気に入ればなんでもいい。だからこそ、そこが問題……」

 マーは人形を一つ手に取った。一つはうさぎの形をしていて、もう一つは人間の形をしているものだ。

「どうせならインパクトがあるのがいいっスねェ……。鳥とか猫とかありきたりじゃないやつで……ほら、これとかかっちょよくないっスかァ?」

 ノーラが選んだのは明らかに失敗作だと思われる。片手とお腹がくっついてしまいデブに見えるクマの人形を選んだ。

「それなら……私はこれ」

 マーが選んだのも失敗作で、やたらと片手の大きいカエルの人形だった。着色に失敗したせいで、お腹の部分まで手のように見えてしまうせいだ。

 二人が選んだところで、マーが「お金……」と困った。

 ノーラは「心配なかれ」とお金の入った小袋を高く掲げた。リットのを勝手に持ってきたのだった。

「さすがお師さん……」

「ここで安く済ませた分。買い食いをしながら帰れるってなもんですよ。待遇の改善は、自らするものっスよォ」

 ノーラとマーはそれぞれ人形を小脇に抱えると、寄り道をたっぷりしてから酒場へと戻っていった。






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