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第三話

「人の夢って言うのは儚いもんスねェ……」

 ノーラは移動した先の宿の部屋で、薄汚れた壁を見ながら言った。

 木の板の隙間には長年の泥や誇りが詰まっていて、風が吹くといかにもな古臭いニオイを漂わせる。つい先程まで泊まっていた高級宿とは雲泥の差だった。

「『魔女の宿』に比べたら全然マシ」

 マーは一番マシなベッドを占領するように、自分の荷物を素早く置きながら言った。

「魔女は宿屋まで開いてるんスかァ? 手広くやってますねェ」

「修行中の魔女が野垂れ死にしないための制度。魔女は魔女を泊めなくちゃいけないっていう古臭い決まりごと」

「私が知ってる限り、グリザベルはいつも普通の宿に泊まってましたけどねェ」

 ノーラは言い終わってからすぐに、理由がわかったと手をぽんっと打った。

 グリザベルは人付き合いが苦手なので、今までは活用してこなかったのだ。言葉足らずや、冗長な話でなかなか本題に切り出せず、相手と意思疎通が出来ないということもあるが、魔女として優秀なために、泥臭い仕来りを守らずとも一人で生きていける強さを持っているせいというのもある。

 得意分野である魔宝石の一つをとっても、他の魔女が魔力をこめたものよりも質が高い。それは魔力に疎い一般人からしてもわかるくらい出来なので、誰かが一つ買えば口コミで噂は広がる。旅の資金を稼ぐのは難しくない。

 だが、マーという弟子を本格的に取ったので、魔女の世界を教える必要があり、自分でも知る必要が出来てしまった。

 慣れないながらも、グリザベルはマーと旅をして見聞を広げていたのだ。

「私はそれでいいのに……。魔女の宿なんていっても、納屋みたいなところばっかりだし」

 ため息をつくマーに、グリザベルはため息をつき返した。

「旅というのは辛く苦しいものなのだ。贅沢を覚えても良いことはないぞ。我のような実力者になれるとは限らんのだ。限られて路銀で旅をし、仕事を見つけるということも大事。そうして信用を得ていき、自ら信頼する街に魔女は根を下ろすのだ。もちろん、これは住居を構えることとは別の問題だ。植物を自ら育てるのも、魔女の仕事の一つだ。なぜなら、魔女薬や使い魔を呼ぶための香草などがだな――」

 グリザベルが師匠風を吹かして得意気に話しているが、マーはそれを耳に傾けることなくノーラと喋り続けていた。

「お師さんはいい。誰かを助けたお礼とかじゃなくて、あんな良い宿に泊まれたんだから」

「旦那もお金がある時くらいっスよ。ほとんど野宿とか、お酒を飲んだまま酒場で一夜を明かすとか多いんスから。まぁ、酒場の時は私も美味しいもの食べられるからいいんスけどねェ。旦那ってば食に興味がないから、そこは地獄っスよ。ただ煮ただけのスープとか、一生噛まないと飲み込めないような黒いパンばっかなんスから」

「私は食べるよりぐっすり派」

「私は選べって言われたら、寝るより満腹派っスかねェ」

 ノーラとマーはお互い理解し合ったかのように、意味ありげな頷きを何度も繰り返した。

「それが陰口ってんなら聞いてないふりをするし、当てつけの苦情なら聞かねぇぞ」

 リットは部屋に入るなり、ベッドの上にあるマーの荷物を乱暴に下におろして腰掛けた。

「遅かったっスねェ。どこ行ってたんスかァ?」

「見りゃわかんだろ。酒場だ」

 リットは手に持った瓶を見せるが中身は空。傷一つない木の蓋で栓をされたままだ。

「ここまでくるとビョーキ……」とマーは呆れた。「おままごとなら付き合わない」

「これが本当の酒だったとしても、小娘は飲みにも誘わねえよ。おい――グリザベル。独り言をやめて、これをどうにかしてくれ」

 リットは空瓶でグリザベルの肩を突いた。

「なんだ。人が気持ちよく、弟子にありがたい言葉をかけていたというのに……」

「今度は実在する弟子にかけてやれよ。さぁ、酒の時間だ」

 リットは足を伸ばして小さな机を寄せると、そこに瓶を乗せた。そして頼んだと言わんばかりに、グリザベルに手のひらを向けたのだ。

「せめて飲んでから酔わんか……」

 グリザベルは空の瓶をどうしていいのかわからず、チェック・メイトするかのように持ち上げてリットに寄せた。

 だが、リットもまったく同じ動作で再びグリザベルの元へと寄せ返した。

「いいか? なくなった井戸の水を復活させたんだろ? 同じことをしたら、酒瓶の中にも酒が戻るってのがオレの考えだ」

「如何にも魔力を聞きかじった程度の愚者が考えそうなことだな。浅はかだ。その酒瓶の中に泉があるか、四精霊の力に準じた世界を形成しているのならば別だがな」

「たしかに干天の影響はあると思うけどよ、普通に考えておかしいだろ。瓶の中身まで蒸発するってのは。オレらに見えてねぇってだけで、存在はしてるのかもしれねぇ」

 グリザベルは「ほう……」と感嘆のため息を漏らした。「そこにたどり着くとはな……やはり経験というものは人間を成長させるようだ。マーをお供に旅に出たのは間違いないな。あの闇に呑まれた世界にも連れていけていたならばと悔やまれる……」

「オレは二度とゴメンだ。それで出来んのか?」

 グリザベルはきっぱり「出来ぬ」と断言した。「だが、リットの考えには賛同するということだ。闇の呑まれた現象の時のように強大な魔力に酔って消されたものは、果たして無になったと呼べるのだろうかということ。我もずっと考えていた。あの現象を解決した時。まるで閉ざされていた『時間』という扉を開けたかのように、急激に世界が回り始めた。我らのいる世界と帳尻を合わせるかのようにな。いいか? そもそも魔力というのは――」

 リットにはグリザベルの言いたいことがわかっていた。クーに連れて行かれた『あっちの世界』のことだと。だが、余計な口を挟むとややこしくなるので黙っていた。

「――つまりだ。我は魔力の暴走というのは、もっと遠ざけるべきだと思っているのだ。用意に踏み込んでいい世界ではない。わかったか?」

 グリザベルは自分にも責任は取れないので、興味を持つなと念を押した。

「なら、話し合うことはこれから踏み込む世界についてだな。精霊を追い詰めてどうするってんだよ」

「追い詰めるわけではない。話が出来る状況まで持っていくのだ。それに必要なのは『依り代』だ。精霊は普通姿を現さぬ。そこで、意思疎通を図るための器が必要になるのだ」

「丁度いいのが二つ転がってるぞ」

 リットはノーラとマーを顎で指した。

 二人共リットとグリザベルの悪いところを上げて、どれだけ自分達が苦労しているのかということで盛り上がっているので、思わずグリザベルもリットの言葉に頷いてしまいそうだった。

「身に精霊を宿す方法を模索していた時代もあったらしいが、成功したという話は残っておらん。土人形が妥当だろう。相手はサラマンダーとノーム。土で作ったものを火で焼き上げたものがよい」

「ウンディーネはそのまま姿を現してたけどな。本当に必要なのか? 依り代ってのは」

 最初はウンディーネが姿を消していたことなど、リットはすっかり忘れていた。

「当然だ。精霊交流で最も基本的なものだ。古くから何度も使われている方法だ。土地柄や種族によって差異はあるがな。精霊の怒りを鎮める儀式などはよく聞く話だろう」

「ここで最初に起きたわけじゃなけりゃ、どっかの村で既にやってそうなもんだけどな」

「おそらくやっているだろうな。だが耳を傾けるほどの余裕がないのだろう。原因は不明だが、サラマンダーとノームのパワーバランスが崩れているのだ」

「パワーバランスが崩れたってのは、要するに揉めたってことだろ? 意見の食い違いなのか、女の趣味で揉めたのかはしらねぇけどよ」

「精霊の争い事を、酒場の喧嘩のように言うな……。と言いたいところだが、大抵は時間が解決するのには間違いない。だが、精霊の時間と我らの時間は違う。何十日も続けば、この土地に人は住めなくなる。我らの故郷もどうなるかわからんのだぞ。だから少々乱暴にでも依り代に入ってもらい、対話をする必要があるのだ」

「なるほどな。その依り代っては、さっき土人形って言ってただろ? ただの土と火で作っていいのか?」

 リットは特殊な材料や道具が必要だと思っていた。魔女がやることにはつきものだろうと。

 だが、グリザベルは首を横に振った。

「今回我らが相手にするのは精霊だ。過去の魔女の亡霊ではない。自然のもので十分過ぎるのだ。前にも話した通り、我の故郷ドゥルドゥは川から運ばれた肥沃な土地でハーブを育てている。二つの川に挟まれたような地形にあるのだが、この川沿いにはいくつか街が発展している。その中に一つ焼き物が有名な街があるのだ。名前は確か……『ポテリ』。目下の目標はそこを目指す」

 グリザベルはここら周辺の地図を机に広げた。

 適当に黒い糸を置いたような線が引かれており、ここは既に精霊が通った道だという。

「よく目に見えないものの移動した場所がわかるな」

「我は魔女の中でも、魔力解析に長けておるのだぞ。誰がディアドレの魔法陣を解いたと思うておる。現在進行で不自然な魔力の流れを追うなど容易きこと。問題は未知の部分だ。つまりこれからどう移動していくか、大体の目星はついているものの油断は出来ぬ。今日の内に荒れていないルートを絞り出しておく。明日の朝にでも出発できるようにな」

 グリザベルは忙しくなると、一人気合を入れて袖をまくった。

「なんつーか安心するよ」

「我の頼もしさにか?」

「いや、隠し事の出来ねぇ奴が考えた計画ってのは裏がねぇからな。こっちはイビキも高々良く眠れるってなもんだ」

「バカにしておるのか……」

「褒めてんだよ。バカ正直でありがてぇって」

 グリザベルはしばらく首を傾げていたが、一度集中してしまうとリットの言葉などどっかに飛んでいってしまった。

 今は多少大きな物音を立てようが、地図から目を離すことはない。ポテリの街までのルートに頭を悩ませていた。

 なぜなら大きな川は二つだが、地図にはない支流はいくつもあるので、よく考えなければいくつも川を渡ることになる。それに加えて干天で干上がった川を探して、距離の短縮も図る。考えるほどは山ほどあったのだ。

「それで、本当に隠し事はねぇのか?」

 リットが念の為に聞くと、マーは自信たっぷりに大きな胸を張って「ない」と答えた。

「旦那も疑り深いっスねェ。妹弟子を信じるってのも、兄弟子の大事な役目ですぜェ」

「そりゃもういいんだよ。オレの素性は割れてんだから」

「正直驚き。リットがディアナの王子だなんて……国民でもないのに、国が心配になるくらい」

「じゃあ安心しとけ。王子じゃねぇからな。血の繋がりがあるってだけだ」

「じゃあ、ディアナは安泰だ」マーは演技ぶった大げさなため息をつくと「それで、リットはなにを疑ってる?」と聞いた。

「なにってわけじゃねぇんだけどよ。最近、そのなにってのがわからねぇまま散々振り回されたからな。念の為だ」

「クーっスね」

 ノーラはリットが振り回されているのを見てきているので、前回のときも相当振り回されたのだろうと、同情するような頷きを数回繰り返した。

「クーって?」

「女っスよ」

「リットにも恋人いたんだ……まともな人?」

「そういう意味の女じゃないっスよ。……まともかって言われたら、首を傾げちゃうっスねェ」

「つまり、リットは女に振り回されて参ってると……いっちょまえにモテる風に」

 マーは見栄を張っちゃってと、やれやれ言いながら肩をすくめた。

「三人揃っても一人前になれねぇ半人前未満がなに言ってんだよ」

「他の二人は別の修行に行っちゃったよ。場所が知りたいなら時間がかかる」

「そういうこっちゃねぇよ……。口の聞き方に気をつけろって言ってんだ」

「だって、兄弟子じゃないなら気を使う必要はないし。……リットがそれを言うなんて驚き」

「たしかに」

 ノーラは口が悪いのはリットの方だと深く頷いた。

「そういえば、お師さんはリットの弟子なの?」

「私と旦那っスか? うーむ……そうとも言えるし、違うとも言えますねェ。ある時は弟子のようなもんですし、ある時は良きパートナー。またある時は雇われ店員。金食い虫にもなりますし、ただの居候の時もありますね」

「おぉ……二つ名がいっぱいあってカッコいい……」

 マーは本気とも冗談ともとれない口調で言った。

「つーかよ、いつまで師匠気取りでいんだよ」

 リットはノーラがマーにお師さんと呼ばれているのが気になっていた。

「いつまでもっスよ。私は旦那みたいに身分を偽ったりしていない、本物の師匠っスからね。私をお師さんと呼びたいなら、いつでも弟子入りを歓迎してますぜェ」

「オマエになにを教われってんだよ」

「……目玉焼きの美味しい焼き方とかっスかね。わかりましたよ……旦那が師匠でいいっスよ」

「オレからなにを教わったってんだよ」

「人の怒らせ方とか、呆れさせる方法とかっスかねェ……。あと、なぜ人は飲むのかという哲学の勉強もさせてもらってますよ。……ただの居候に戻ったほうが良さそうっスねェ。ご飯の心配しなくていいですし」

「オレもまともな弟子の一人でも取ってみるか……」

 リットは肩を落とすと、ため息をついた。






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